(幕間) 帝国歴一二七九年 新たなる命令 〇一
「ああ、こりゃひどいな……直すのは手間だぞ」
「そうですか……できれば直したいと思ってましたが」
ゼルヴァイン帝国ヴォルカニア王国方面軍の駐屯地に建設された、巨大な人形騎士整備工房の一角で、アナスタシア・リーベルライト曹長は先日の戦いで装甲のあちこちに凹みや、大きな傷を受けているケレリスを見上げて少し悲しそうな表情を浮かべていた。
それまでも数々の作戦で受けた損傷などを修復する暇などないくらいに、多くの任務に参加してきたのだろう……中にはかなり時間の経った大きめの矢が突き刺さったままの箇所なども散見され、整備にはかなりの時間を要することがはっきりと見て取れる。
しかし……と工房の職人筆頭であるエウスターキオ・アダミッチ工房少尉は隣に立つアナスタシアを見て、思わず唾を飲み込んだ。
辺境男爵家の令嬢ということだが、彼女の美しさは高位貴族の子女と比べてもなんら引けを取らず、さらに並の男性よりも高い背と、軍服の上からでもわかるほどスタイルが良い。
「そこまでいうなら直してやってもいいが……」
「本当ですか?」
「でもこいつは結構直すの大変でな……時間がかかる」
エウスターキオは実際にスクラップ寸前の人形騎士を修復した経験などもあり、実績の高い工房職人ではある。
彼の見立てでは目の前のケレリスは、見た目以上に内部へのダメージが浸透していたこともあっておそらく配備された段階で中古、もしくは一度大破した機体をオーバーホールして再利用されたものだとわかっていた。
なんらかの理由でアナスタシアという令嬢は、上層部もしくはさらに上の貴族家から疎まれている存在……つまり帝国軍の中では『死んでも良い』レベルの人物だと判断した。
彼の言葉に期待に満ちた表情を浮かべたアナスタシアと対照的に、エウスターキオは彼女の腰回りから胸の辺り、そして首筋などへと視線を向けた後、そっと彼女の肩へと腕を回す。
「ちょ……何を……」
「わかってんだろ? こいつは時間がかかるんだよ」
「は、はあ……でもそれが少尉殿の仕事なのでは?」
「面倒なんだよこういうの……でもお前さんがお願いしてくれるなら、考えてやってもいい」
これは正当な報酬の前払いだ、とエウスターキオは考え、横に立ち戸惑っているアナスタシアを楽しもうと考えていた。
彼もまた帝都では子爵位を授かる貴族の一員でもあり、工房少尉という地位に留まってはいるが、自分自身の腕を安売りする気はあまり持っていない。
帝国軍の内部は長年の戦争により腐敗し、中には公然と賄賂を受け取るような軍人も増えている……だが、彼は楽しむだけ楽しめたら、ちゃんとアナスタシアの願いを叶えるつもりではあった。
彼女がちゃんと自分を満足させられるのなら、新品同様に戻してやるつもりではあったのだ。
数多く建造されているケレリスとはいえ、最前線から人形騎士一騎を喪失するのは帝国軍の不利になるからだ。
彼はそのまま彼女の軍服の上から、豊かに隆起した胸へと手を滑らせる……だが、次の瞬間彼の鳩尾に固く重い拳がめり込んだことで、エウスターキオは悶絶して腹部を抑えて膝をついた。
「……ああ、これは失礼、思わず耳が腐るかと思いまして手が出てしまいました」
「……っ……て、てめえ……このクソアマッ!!」
「サカってんじゃねえよ、このクソ野郎が!!!!」
「ぐえぁああっ!!!」
アナスタシアはそのままエウスターキオの顔面に蹴りを叩き込む……彼はそのままごろごろと地面を転がって、痛みに耐えきれずに失神してしまうが、それを見ていた他の職人たちが慌てて走ってきた。
そして職人たちは仁王立ちして怒りの表情を浮かべるアナスタシア『曹長』と、上司であるエウスターキオ『工房少尉』を交互に見て……そして決断した。
上司を守り軍の規律を守るべし、帝国軍に入隊した際に口酸っぱく教え込まれるその教義に、平民出身の職人たちは正しく従ったのだ。
一人の職人がアナスタシアの背後から工具を片手に殴りかかる……だが、その動きを読んでいたのか、それとも別の理由なのかわからないが、彼女は振り向きざまに顔面へと拳を叩き込む。
「……見えてんだよッ!!!」
「ぐえっ!!」
「お、おい……ふざけんなこのクソ女! やっちまええッ!!!」
「うおおおおおっ!!!」
「この女の敵どもが!!! かかってこいやぁッ!!!!!」
背後から彼女を殴りつけようとした職人が鼻血を舞い散らせながら、昏倒して地面へと倒れたのをきっかけに、職人たちは熱に浮かされたようにアナスタシアに殴りかかった。
だが女性としては背が高く膂力に優れた彼女は、まるで赤い猛獣のように俊敏な動きで左側にいた若い職人の顔面に回し蹴りを叩き込むと、そのままの勢いで今度は前にいた一人へと拳を叩き込んだ。
軍人となる前から貴族家の子女は騎士学園でさまざまな技術を叩き込まれる……アナスタシアもまた、格闘戦や剣術などを学んでいる。
剣術の腕はあまり良くないのだが、格闘戦技術においては教官からも一定の評価を受けていた。
「このクソ女がッ!!」
「おせええっ!!!」
鉄製の工具を振りかざした初老の職人の顔面が、アナスタシアの一撃で跳ね上がる……凄まじい速度で体をくるりと回すと、別の方向から襲い掛かろうとした職人を殴り飛ばす。
だがいかんせん多勢に無勢……アナスタシアの赤い髪の毛が別の男性にぐいと引かれたことで彼女はバランスを崩し、後ろへと転んでしまう。
チャンスと見たのか別の職人が彼女へと飛びかかろうとするが、アナスタシアは前蹴りを放ってかろうじてその職人を引き剥がす。
だがその隙を狙った横から工具の一撃は避けきれず、ガンッ!! という鈍い音と共に彼女のこめかみから血が舞う……軽い悲鳴と共に地面へと倒れたアナスタシアを取り押さえようと、職人が覆い被さろうとしたその瞬間。
「はいはい皆おしまいだよ、はーい、おしまい!」
「はぁ? なんだ……このッ!」
「はーい、駐屯地司令のベニート・マッテーイ大佐の命令書ですよー、争いはやめましょう〜」
気の抜けたような声で命令書らしき紙を持つ男性……アナスタシアの指揮魔術師であるニルス・テグネール曹長が、ガタイの良い職人に胸ぐらを掴まれていた彼女のそばへと音もなく歩み寄ると、彼女と職人の間に割り込み手に持った書類を彼の顔へと擦り付ける。
その紙は軍で使用される耐水紙で、マッテーイ大佐の署名が記入された正式な命令書だったため、職人たちは慌ててアナスタシアを手放すと敬礼を見せた。
ニルスも帝国軍曹長であり、命令書を受け取っている彼になんらかの危害を加えたとしたら軍法会議にかけられる可能性があるためだ。
アナスタシアはいきなり手を離されたことで、そのまま地面に頭をぶつけたらしく痛みで頭を抱えてその場でうずくまってしまった。
そんな彼女を片手で引き起こしながら、ニルスは職人たちへと優しく微笑んだ。
「申し訳ないね、大佐から彼女を連れてくるように命令されててさ……怒りはごもっともだが、許してあげてほしいな」
「ふざけんなっ! 誰が止めろって……!」
「いいからいいから……怪我してるんだから、治しに行くぞ」
ニルスはアナスタシアを宥めるが、彼女の頭からどろりとした血が流れるのを見て軽くため息をつく。
血の気の多さはわかっていたし、彼女が美しいことも理解していたが、そんな彼女を見て男たちが劣情を抱かないわけがないという重要なことを失念していた。
どうやら向こうで失神している工房職人は、彼女の逆鱗に触れるような言動をしたのだろう……バカなやつだ、と内心唾を吐きかけたい気分を抑えながら、笑顔で彼女をぐいぐいと引っ張って工房の出口へと向かう。
「それでは皆さん、今度生きて帰ったら酒でも奢るからさ……水に流してやってくれ、よろしくね」
_(:3 」∠)_ やっぱりおっきいと少し触ってみたくなるじゃん?
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