第九五話 森の巨人 〇一
「山を登る羽目になるとは……」
『でもさすがアーシャさんですね、普通に登山できているなんて……』
私とパトリシア、そしてメルタの三人は魔物の討伐任務のため、ライオトリシアから少し離れたケントオン山を登っている最中だった。
登山が趣味の一つとして認知されていた前世とは違い、この世界の登山は基本的に苦行に近いものである……なんせ登山道なんて整備された道はなく、荒れた斜面を必死になって登らなければいけないケースが多いからだ。
ケントオン山は非常に古い時代に開拓が中止されてしまった関係で、すでに道らしい道はなく私たちは裾野から斜面へと広がる森の中をゆっくりと進んでいる。
人形騎士は本来こんな木々のある場所を歩くのには向いていないのだけど、ここの森林は木々の間が少し離れた感覚で生えており、案外快適に移動ができている。
自然にこうなったわけではなく、人為的に手を入れた結果だと思う……おそらく初期の開拓期に相当な工事が行われた結果だろう。
「開拓時代に意図的に木々の間隔をあけているみたいだな」
『多分魔術を使って生育に差をつけたんじゃないですかね』
大陸中の国で行われていることだが、魔術を使った開拓によりある程度人為的に木々の生育を変られる、これは帝国でも行われている話なので何ら不思議ではない。
この生育方法で問題になるとすればあまりに人為的に手を入れすぎると、そこには野生動物が棲みつかなかったり、人間が暮らしやすい環境では魔物もまた快適に生活できてしまうため、それを理解しているものたちは縄張りを広げるために移住してくるというところだろうか。
つまり……開拓地に魔物が襲撃をかけてくるのは、彼らもまたその場所が欲しいからだったりするというのを昔知り合いから教えてもらった。
「ここはもう長い間人の手が入っていないから、魔物が多いはずなんだけどね」
『全然いませんね……何ででしょう?』
「人形騎士がいるから怯えてるとかって話じゃなさそうだな」
パトリシアはメルタが運転する装甲馬車から上半身だけを乗り出して辺りをキョロキョロと見回すが、人形騎士を連れてきているとはいえ、様子見すらしてこないというのは異常だ。
小型の魔物すら気配を感じさせない……それどころか、野生動物も息を潜めているような感じがして、ひどく静かな感じがする。
魔物がこういうふうに少ないとか、妙に静かな場所というのは二つに分かれる……完全に人間が他の危険な魔物を排除し切っているか、そこに未確認の非常に強力な魔物がいるかだ。
『ちなみにお二人が考えるここにいそうな魔物ってどんなですかね』
『メルタさんも気になりますか?』
「そうだな……竜種ではないとは思ってるけど、他に強力な魔物がいるのは間違いじゃないね」
『他に何が考えられるんでしょうか?』
前に考えていたオーガ……の可能性は結構低いかな、と個人的には思っている。
あいつらは知能が中途半端に高いけど、人間ほどちゃんと考えて動いたりしないしそもそも人を喰う魔物なので、こんな森の中に篭ったりしないのだ。
どちらかというと雨などを避けて洞窟に篭ったりもするし、ここは人里から少し離れすぎていて食料に欠く気がするんだよね。
そしてこの整然とした印象のある森を見る限り、肉食系の魔獣も対象から外れる……いたらもっと木々がへし折られたり、体を擦り付けたりするから色々な痕跡が残るからだ。
ここまで考えていくとある程度知能が高く、雑食で無理に木々をへし折って行動しない魔物……という結論に達する。
私は左右を見ながら何か痕跡などがないか確認をしていくが、ある場所に奇妙なものがあることに気がつき、そちらに視線を向けながら二人へと話しかけた。
「……結構頭は良さそうな魔物じゃないかな……でも大きさはかなりあると思うよ」
『何でそう思うんですか?』
「そこに足跡が残ってる」
私がヴィギルスの指で指し示した場所……そこには大きな足跡が地面にくっきりと残されていた。
獣の足じゃない、歴とした二足歩行の生物が歩いた後で少し時間が経過しているのか、水たまりとなっているが、その足跡の指はきっちりと五本残っている。
五本指の魔物なんかそうそう数がいるものではないし、魔獣系のように鋭い爪などがあるようには思えないものだ。
おそらくこの世界でも多く生息する人間型の肉体を持ち、それでいて体高は人形騎士並みにでかい種族……巨人こと『ジャイアント』がこの山には生息しているのだろう。
『ジャイアント……ですかね? わたくし図鑑でしか見たことがありません』
「私は戦争中に一回だけだね、サイクロプスだけど」
戦争中に見たのは巨人族の中でも特に大きいサイクロプスと呼ばれる体高が一〇メートルを超える一つ目の種族だった。
ちなみにこいつは雑食のはずが、戦場跡で人の味を覚えてしまい国境沿いの村を襲って人間をおやつがわりに食べ散らかしていたという最悪の個体だった。
サイクロプスは顔にある瞳が一つしかない非常に凶悪な顔をした巨人で、知能はジャイアントとしてはちょっと低め、それでいてちゃんと武器は扱えるという手先がそれなりに器用な魔物だ。
生息域を縄張りとして認識していて、そこに入ってきたものを無慈悲に殺すが、あえて人間の生息域に入り込もうとする個体は非常に数が少ない。
「腰に人間を生きたまま縛り付けてて、小腹が空くと頭から丸呑みするヤバいやつだった」
『うわ……』
『気分が悪くなりますわ』
「でもまあ、軍隊ほど強くはないんで損害は出たけどちゃんと倒せたよ」
サイクロプスが縄張りにした場所が戦場近くになるっていうんで、部隊で討伐に向かったけど……おやつ代わりの人間に完膚なきまでに叩きのめされて討伐されるとは思わなかったんだろう。
のこのこ襲ってきたところを返り討ちにして、首を刎ねて砦の城門に飾ってた記憶がある……腐ったらひどい匂いが出たって言ってすぐにおろして埋葬したようだが。
腕力は強いけど人間が乗る人形騎士があれば、それなりに戦える相手だけど……サイクロプスは移動時に木々をへし折る可能性が高いから、ここにはいない気がする。
だが、そんなことを考えていると魔道具から緊張気味のパトリシアの声が響き、私も同じように異変に気がついた。
『アーシャさん……何か動いている気がします』
「揺れてるね、私の後ろに回りな」
ほんの少しだが私たちの方向に向かってくる何か、大きく重いものが移動している振動のようなものが伝わってきたため、私はヴィギルスに武器を構えさせる。
ゆっくり、ゆっくりと歩く何か……森の木々を薙ぎ倒すわけでもなく、その間をゆっくりと移動している生物らしき何かが近づく度にその脅威に怯えた鳥や動物たちが逃げ出していくのが見える。
大きさは森の木ほど大きくない、そして高さ的には人形騎士とあまり変わらないサイズのように感じるが……重さは凄まじいようで、私が乗るヴィギルスの機体がビリビリと震える。
黒くあまり手入れのされていない薄汚れた髪の毛、そして体のあちこちに苔のようなものがこびりついた異様な姿……そしてかろうじて体のあちこちを隠すように巻きつけられた魔物の皮を使った衣服とは呼べないレベルの格好をした巨体は、でっぷりと突き出た腹が奇妙さを感じさせる風貌をしている。
人が出入りしない深い山や森の中に棲みつき、自然の中で暮らす種族……そして巨人としては非常に珍しい部類に入るフォレストジャイアントと呼ばれる古い種族が目の前に姿を現した。
私たちを見たフォレストジャイアントは、突き出た腹をボリボリと節くれ立った指で掻きながら、口をひらく。
「おんやぁ? おでのやまにちっこいやつとおおきなやつがやってきたぞぉ? おめらなにものだぁ?」
_(:3 」∠)_ ということで巨人との邂逅……!
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