第九三話 帝都の噂にて
「珍しいね、アンタが飲み行こうとかいうの」
「……今までは必要なかったからな」
工房からの帰り道私達は、タラスが贔屓にしているというライオトリシア中心街にある少し大きめの建物にある酒場へと赴いていた。
私の記憶では前世ではレストランのような店は一八世紀まで誕生していなかったはずだが、この世界では食文化の発達が少し歪である。
この世界の料理は前世日本人の私としては非常にシンプルだと感じるが、帝国人は大陸中の国々でも屈指のグルメな国民であるとされていて、凝った料理を提供する店が国内には多く存在している。
そういった店では地方ごとに独自の発展を遂げた郷土料理というのが提供され、格式の差はあれど基本的には対価を払えば様々な食事を楽しめる場所、つまりレストランに相当する店があるのだ。
そこでは酒と料理を楽しめる、仕事帰りに一杯なんて楽しみ方が終戦後では帝国人の楽しみになっているらしい。
「今日は四人だ、個室で頼む」
「これはノイラート子爵……四人ですね、承知いたしました」
タラスが店の入り口に立っている初老の男性へと話しかけると、彼は恭しく頭を下げたのち扉を開ける。
入り口に人が立っていて、すぐに店内へと入れないタイプの酒場は貴族むけの高級店であり、貴族としての証明や紹介がないと入ることは難しい。
この店は『黒猫の楽園』という貴族むけの高級店で、一応私は貴族家の一員なので入店できるが、興味がないので一度も訪れたことのない場所だ。
入り口から中へと入ると、そこは黒く塗装された壁で通路が奥へと伸びており、ところどころに設置された扉から個室へと入る形になっていた。
個室タイプの店は交渉ごとや秘密の会話などで使うため、防音の魔道具などが備わった本格的なものである。
私たちが入るのをためらっているとタラスは黙って通路を進み、扉の前に立つとこちらへと振り返って手招きをした。
「すでに予約はしてあった、あまり駐屯地では話せない内容だからな」
「……なんかあったのかい?」
「それも飲みながら話そう」
タラスが入っていった個室へと私たちが入ると、そこは中央にテーブルと椅子が置かれ、外見とは違って高級な家具などが置かれた静かな場所であった。
椅子へと腰を下ろすとそこで控えていたメイドたちが食事の準備を整えていく……こういうのを見ていると酒場、という言葉が適切なのか不思議な感覚があるが、この世界ではレストランという言葉自体がないので仕方ない。
ある程度の準備が終わると、私たちの前には軽い食事とワインなどが置かれ、メイド達は一度お辞儀をするとそのまま部屋を出ていった。
つまりあとはご自由に、ということか……私が手始めにグラスに注がれたワインへと手を伸ばすと、それをきっかけに仲間達もそれぞれのグラスを手に取って軽く煽った。
「ふう……これいいワインだな」
「貴族向けの店だからな、一定のクオリティは保っているさ」
「アーシャさん、この肉も美味しいですよ」
パトリシアがワインはそこそこに、目の前に置かれた肉の盛り合わせへと手を伸ばしているが……実家でも結構食べるんだよな、この子。
衛兵隊の駐屯地で食べる食事は庶民向けの味付けで少し味が濃いものが多いため、女性の胃袋には少々辛いものもあるそうだが、パトリシアは毎回完食していて偉いなと思う。
もりもりと食べ進める彼女を尻目に私は軽く肉を摘んだあと、目の前でワイングラスを揺らしているタラスへと話しかけた。
「それで? 個室まで用意して何かあったのか?」
「俺は帝都に昔の仲間が住んでいてな、そいつに情報をいくつか仕入れてもらっているんだ」
「へえ……軍仲間かい?」
「まあそんなところだ、で面白い話を聞いた」
タラスは別皿に載った焼き魚を手に取ると口へと放り込み……骨ごとバリバリと噛み砕き、ワインで喉奥に流し込んでいく。
ちなみにこういうのは貴族の前でやるとめちゃくちゃ嫌がられるが、北方の貴族は結構ワイルドな食事をしているという話を聞いたことがあり、内心『そのまんまだな』と思った。
グラスがあっという間に空になったタラスは自らの分として用意してあるワインを注ぐと、軽く煽ったあとに口を開き始めた。
「今回聞いたのは赤虎姫が昔いた近衛部隊の件と……もう一つはまあいいか」
「近衛の?」
「ああ……まあ聞きたくもない部隊の話かもしれんが……」
近衛部隊……少し前までそこにいた、ということも最近は忘れてしまっていたが、戦後の配置転換で私は三年ほど近衛部隊少尉として勤め、そして解雇・追放されたわけだ。
解雇の宣言を受けた時は驚くというよりはクラーク大佐への呆れのような気持ちが強く、そしてあのギルドの職員は今でもぶん殴りたくなる気持ちでいっぱいである。
懐かしい、と思うよりはそういや私はそこにいたんだっけ、という気持ちでしかない……すでに過去でしかないし、今更近衛の話をされてもなという気分だったりもする。
「聞きたくないってかもう過去の場所だからな……」
「そうか……実は近衛部隊内部の人事が大きく動いたらしい」
「……クラーク大佐はまだ健在なのか?」
「彼は退任……ある意味放逐されている」
「げふっ……! ま、まじか?」
思わずワインを吹き出しそうになるが……クラーク大佐が放逐? あの自己顕示欲と出世欲の塊みたいな人物が自分からあの地位を手放すとは思えないが。
私が驚いているとタラスは自分の手に握られたグラスからワインを煽ると、口元を歪めて笑う……その顔が見たかった、とでも言いたげな彼の表情に内心腹立たしさを覚える。
近衛部隊は第二皇子であるテーオドリヒ・ヴァーミル・ゼルヴァイン殿下の管轄で、彼が全ての権限を握っていた。
近衛行きの件については、私の古い知己であるグラディス殿下が軍にとりなしてくれたおかげで、再び最前線へと戻らずに済んだんだよね。
そういえば慌てていたのでグラディス殿下に何も言わずに出てきちゃってるけど、多分怒ってるだろうな……ちなみに私は殿下のことがめちゃくちゃ苦手だ。
学園時代から知ってる人物ではあるが、何度もセクハラされまくったんだよね……近衛に入ってからも、彼は自分の護衛は私でないと不機嫌になるって文句も言われた。
「一人挨拶していない人を思い出してしまった……」
「お前なあ……縁を大事にしないと後で泣く羽目になるぞ」
「どうしよう……もう結構経っているんだよね」
「そんなの知るか、それでな……クラーク大佐には第二皇子殿下から密命が降ったらしい」
戦争中も密命だ! という名目の元様々な任務をこなしたけど……実際にその密命というのが大したものではなかったりするのは世の常だ。
そういった意味で碌でもないものなんだろうなー、と思って私は懐から帝国印を取り出し火をつけて、軽く煙を燻らせる。
食事の場でタバコを吸うという行為自体はあまり褒められたものではないんだけど、昔のことを思い出すとどうしても吸いたくなる。
私が少し落ち着いたと見たのか、タラスは再びワインボトルからグラスへと中身を注ぐと、その中身を軽く煽ってから口を開いた。
「その密命はな……アナスタシア・リーベルライト、お前を帝都に連れ戻せ、という命令らしい」
_(:3 」∠)_ ババーン! 連れ戻せっ!
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