プロローグ 追放予告は突然に
「アナスタシア・リーベルライト少尉、そして男爵令嬢……貴様を栄光ある帝国中央軍近衛連隊より追放するッ!!!」
「……追放とは、どういうことでしょうか?」
今まさに追放されようとしている私の名前はアナスタシア・リーベルライト……生まれ故郷であるゼルヴァイン帝国における軍人にして、男爵令嬢である。
ゼルヴァイン帝国はこの大陸における覇権国家であり、先の戦争では最大の勝利者となっている。
私も五年前まで近隣諸国を巻き込んだ『統一戦争』に一八歳の頃から参戦し二三歳で終戦を迎えるまで最前線で戦い続けてきたのだ。
戦争が終わり、かつての仲間は様々な舞台へと配置転換され、私自身も帝都アエテルナ・レグヌムにおいて中央軍近衛連隊所属の少尉として、少し退屈ながら平和な毎日を過ごしていた……矢先の出来事である。
目の前で胸を張って追放を告げたのはグリン・リー・クラーク大佐……私が所属する中央軍第六五近衛連隊の隊長である。
小柄で少々小太りの大佐は、彼よりも背の高い私の顔を見上げるように睨みつけるが、その表情は『そんなこともわからないのか?』とばかりに威圧的な態度で侮蔑の色を帯びているのが内心非常に不快である。
元々彼は出世のために同僚すらも見殺しにすると囁かれるほど腹黒い噂の持ち主である……以前から良い印象を持っていなかったが、実際にこのような仕打ちを受けると、強い憤りを感じる。
「聞こえなかったのかね、追放……つまり解雇だ、君は耳が良くないなどと聞いた事はなかったが」
「い、いえ……自分は聴力検査では特に異常はありません、ただ……」
「なんだね、言ってみろ」
「自分がついほ……いや、軍を解雇される理由をお聞かせいただけないでしょうか?」
せめて解雇というなら理由を説明してほしい……とはいえ私は彼の解雇理由について一つだけ心当たりを知っている。
私の実家……リーベルライト男爵家に関わることではあるが、一応私は貴族令嬢ということになっており、軍人であるとともに帝国貴族の末席に一応名前が記録されてたりする。
そしてリーベルライトという家名はこのゼルヴァイン帝国においては特別な意味を持っている……帝国最大の貴族家、リーベルライト公爵家の血縁であるという意味だからだ。
公爵家は帝国における大貴族家の一つであり、帝国建国から連綿と受け継がれた血筋を有しており、広く帝国臣民からの尊敬を受ける対象なのだ。
ぶっちゃけて言えば……軍の上官という立場でもなければ平民出身のクラーク大佐に対して私は頭を下げる必要もなければ、叱責される覚えもない……というわけだ。
「……リーベルライト男爵家の君がそれなりのプライドを持っているのは理解している」
「は、はあ……まあ大したことのない家名ではありますが……」
「そうだな……公爵家とは程遠い男爵家の令嬢である君にはわからんだろうが……これは上層部の決定事項だ」
「上層部の……はあ……そうなんですか?」
「そうだ! 君のような男爵令嬢程度では想像もつかないような判断によって決定されたのだ!」
クラーク大佐は胸を張ってドヤ顔を見せるが、なんていうか……おやつが欲しいがためにイタズラをして「どうだ!」と言っている小型犬を見ているようで非常に間抜けな光景にしか見えない。
上層部……その一部にはリーベルライト公爵家の人たちも含まれているのだろうか? 帝国ではリーベルライトの家名は驚くほどの強力な身分証明である。
それほどまでに強力なリーベルライト家とのパイプを持ちたい、と考える人物は帝国内ではごまんと存在する。
実際戦争中でも私の名前を知った上官が、便宜を図ろうとするなんて光景はたくさん見てきている。
私の実家であるリーベルライト男爵家は確かに公爵家の血縁である……しかし私が育った男爵家の血筋は、長い帝国の歴史の中で遠くなっており、実際には名前が同じ別物と呼んでも良いのかもしれない。
帝国にはそういう傍流のリーベルライト家が星の数ほど存在し、ぶっちゃけリーベルライト公爵本家でもなければ大した権力など持っていない場合が多いのだ。
実際に私の実家であるリーベルライト男爵家は、ライオトリシアという辺境にある地方都市の貴族会議で議員をしているだけの零細貴族でしかない。
「……いえ、その説明では理解できませんので、もう少し詳しく教えてください」
「君はバカかね、高度な判断と言っただろうが」
ああ、これ本当に私怨で追放決めたやつだ……というのもリーベルライトという名前を見た大佐は、着任早々私をダシに出世のために便宜を得ようとしたのだろう。
あろうことか貴族家の主催する夜会へ同行しろと言い出した、自分がエスコートするからお前は知り合いの貴族を紹介しろという公私混同甚だしい言葉を添えてだ。
まあ男爵令嬢なんて肩書を見たらそりゃ鴨がネギ背負ってやってきたようなものだとは思うが、私は何年も夜会など出席していないし、そもそも大佐は私の婚約者でもなんでもないのだ。
まるで関係ない赤の他人にエスコートさせる令嬢がどこにいるんだ! と話を聞いた時は噴火しそうになったが……上官をぶん殴るわけにもいかず冷静に断りを述べることにした。
そんなものには同行できないし、そもそも自分の家は男爵家で大した影響などないと、理由を添えて極めて丁寧に突っ返したのだがどうもそれを根に持っていたようだった。
「……めんどくさいなあ……」
「何か言ったかね?」
「いえ……リーベルライト少尉、命令をお聞きしましたのでこれより宿舎を引き払います、退室してよろしいですか?」
「よろしい、ただし遅くとも明日中に荷物をまとめて出て行くように、君はすでに軍人ではないからな」
「……短えよバカ……承知! いたしました! では! 失礼致します!」
小声で文句を言ったことを聞き取られないように敬礼しながら怒鳴るように声を張り上げた私に少し驚いた様子だったが大佐はまるで犬でも追い払うかのように手を振って視線を外す。
その対応に内心では憤りを覚えるものの、ここで上官を殴りでもしたら確実に軍警に逮捕されてしまう事案なのでなんとか堪える。
襟のあたりに付いていた少尉の階級章……ピン留めされているそれを外して大佐のテーブルの上へと置くと、もう一度敬礼してから部屋を出る。
そのまま廊下を足早に歩いて行くと、通路の先から一人の女性が歩いてくるのが見えた。
桃色の髪と瞳を持つ少し小柄な美女……私はその姿を見つけると通路の脇へと移動し敬礼をしたまま通り過ぎるのを待つ。
この女性はエミリー・エゼルレッド中尉、帝国軍参謀本部より配属されている近衛連隊の正規参謀であり、一つだけとはいえ階級が上なのだ。
能力至上主義で出世が可能な帝国軍ならではの人材なのだが、この人もちゃんと前線勤務の経験があったりするのが本当に不思議で、同じ世界の人間とは思えない可愛らしさである。
背は小さく一五六センチメートル程度で一見か弱い印象を受ける彼女だが、相当なやり手の上、実は自分より年上という恐ろしいほどの才女だった。
「あら? 少し急いでましたね少尉……どうされました?」
「いえ、なんでもありません」
「そうですか……何か困ったことがあったら言ってくださいね」
私は敬礼をしたまま黙るが、その様子を不思議そうな表情で見つめた後、エゼルレッド中尉は微笑みながら敬礼を返すと、大佐が待つ部屋へとノックの後に言って行くのが見えた。
いい人だったんだけどなあ……中尉、個人的には嫌いではないタイプだったし彼女も同じ女性ということで私を気遣ってくれてた印象がある。
仕方ないか……私は廊下を足早に歩きながら自分の部屋へと戻っていく、長年の軍人生活とはいえ最小限の荷物で生活していた、今日中に支度は終わるだろう。
廊下を歩きながら私はひどく虚しい気分に陥り、独り言を呟いた。
「頑張ったんだけどなあ……戦争中も、その後も……」
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