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囚われる  作者: はる
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最終話 囚われる

 光が見えた気がした。



 マミと呼ぶ声が聞こえた。


 あの声は「イク時は言えよ」の声に似ている。顔も名前も思い出せない男が私の名前を呼んでいる。



 土の中から引っ張り出された。


 ゾンビみたいだ、私。


 土の中から蘇る。この世界へ蘇る。



 私を消してくれなかった男に理不尽な怒りを覚えたその時、強く抱きしめられた。泥だらけの男が私を抱きしめて泣いているのだ。


 人が泣いている顔はなんて醜い顔になるのだろう。でも、その醜い顔に安心を覚えた。男の背後で理子が微妙な表情で泣いている。それはうれし泣きなのか、悲し泣きなのか。


 まあ、どちらでもいい。助けを呼んでくれたのだから。これも理子の罠かもしれないな。世界で一番嫌いな男にもバレるがいいという。いやいや、どちらかわからない時はいい方の答えを取る事にしている私は、前者をとった。



「理子、ありがとう」



 目を逸らされた。


 大きな木の下で真っ直ぐな男が、涙の代わりに血を流していた。涙と共に溢れ出てくる感情。愛という名の情。



 埋めてしまうぐらい私を愛している男。


 生き返らせるぐらい私を愛している男。


 消えて欲しい私を助けてしまう理子。



 みんな愛おしい。初めての感情が生まれた。誰も愛せない私は、今土の中で死んだのだ。



 醜い私が醜い人間達を、世界で一番愛している。



 今、私を泣きながら抱きしめている男の名前、そうだ幸男だった。平凡すぎて覚えられなかったんだ。身体だけで繋がっていた私達は今日で終わり。これからはちゃんと幸男を愛していこうと、私は固く決心した。


 見上げると幸男の涙は止まっていた。そして、幸男の視線は亮平に向いていた。



「死んだフリしてたんだな、お前」



 低い低い地の底から響いてくるような音で呟かれた。声ではなく音。どういう意味なんだろうと思った瞬間、幸男が唐突に私を突き離した。そして私に向かって手を出している。その手を握ろうとしたらはねのけられた。



「ここまでのタクシー代返して」



 えっ、この状況でもお金を払うの、私が。理解出来なかったが、いつもの習慣でお金を渡すと、「バイバイ」と言って、幸男は去っていこうとした。「待って」と言う私を一瞬振り向いた幸男の目は、汚いものを見る時の目だった。その目を見た瞬間、終わりを感じた。もう幸男は私を抱けないだろう。



 私から快楽が去って行った。



 さっき私を埋めた男の名前は、たしか亮平だったはず。もう私には亮平しかいない、埋められた事は水に流そうと思い、笑顔で振り返ると、理子が亮平の血を拭いていた。


 あの絡み合う視線は何だろう?見てはいけないものを見てしまった気持ち悪さが、波のように押し寄せる。


 理子のシーツは赤く染まるのだろうか。


 男の処女への憧れは、やはり女から産まれたからなのだろうか。マリア様への憧れ。


 大抵の男は母親から女の匂いがすることを嫌う。母親は女であってはいけないのだ。


 亮平は私に女を求めていたのではなく、母性を求めていたのかもしれない。そんな事をぼんやりと考えていたら、亮平と理子が立ち上がり、幸男とは反対の方向に歩いていく姿が目の端をかすめた。



 私から愛と友情が去って行った。


 私は山の中で一人佇んでいる。



 見えるのは、幸男の背中と、亮平と理子の並んだ背中。幸男の手にはさっき渡した一万円札が、亮平の手には理子の手が握られている。



 唐突に愛は消えるのだ。



 愛に気付いた瞬間愛は消える。愛はなんて脆いものなんだ。



 幸男、亮平、理子と声に出して名前を呼んでみた。


 誰もいない。私は一人だ。山の中で追いはぎにあったような気持ちになった。


 何もかも失った私の頭に、使い古された諺が浮かぶ。二兎を追うものは一兎も得ず。さすがだな、昔の人は。でも私は一石二鳥が好き。山の中で一人で諺を考えている私は孤独すぎる。心も身体も寒い。


 どれだけの時間、一人で佇んでいたのだろう。ふと気付くと目の前に大きな穴がある。



 あそこに入りたい。



 唐突に穴に入りたい衝動が沸いてきた。穴が私を呼んでいるような気がする。私の居場所はあそこなのかもしれない。


 一瞬でも愛に浮かれてしまった自分を呪う。羞恥心の塊の自分を、この世から消し去ってしまいたい。


 今まで私は何度も男のモノを自分の穴に入れてきた。私は男のモノの不格好な形を思い出す。あれはやっぱりおかしな形だ。身体の中の唯一の違和感。男と女、繋がるとお互いの足りない部分を補うようにピタリとはまる。パズルのピースがパチっとはまったような感覚。男のモノで穴は穴として成立していく。


 男はきっと隠したいものを、セックスする度に女の穴に隠しているのだ。そうか、女の穴は母性だ。母なのだ。


 私も母の愛に包まれたい。母の愛で、醜い私を隠してもらいたい。快楽に浮かれ、愛に浮かれ、友情に浮かれた私を、母性という名の穴に隠してもらいたい。



 穴に入りたい。



 囚われる。


 自分を消したい衝動に囚われる。




                  おわり

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