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生き霊というか、悪霊。

『あ、私。生き霊だったっぽい』

「は? へ?」

「おい、驚きすぎだろ。確かに凝ってるとは思うけど」


驚きのあまり、疑問符ばかりを口にしてしまう自分に対して、幸いにも勘違いしてくれたようだったけど、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。


「ちょっとトイレ」


それだけ言うと、その場から逃げるように立ち去る。そして二階へと続く階段の踊り場へと逃げ込み、何か知っている様子のヨーコへと問い詰める。


そこを通る人はいない。この上の階に教室のある上級生たちは、入学式ということもあって誰も来ていない。


「生き霊って、何? どういうこと?」

『ほら、幽霊って言っても種類あるじゃん。その場に留まる地縛霊とか、その逆の浮遊霊とか。その一種が生き霊。本人はまだ生きてるのに先んじて霊体になっちゃった、特殊な霊の総称だね』

「……なんか、詳しいけど」

『そりゃあ、幽霊仲間に色々と教えてもらったしー?』


どや! とでも言いたげに、胸を張るユーコ。状況がよく読み込めてないのか、それともそんなに焦るほどの状況じゃないのか。

無知な僕には、判断ができなかった。


「でも、生きてるときに霊体にって……それってつまり、幽体離脱ってことでしょ。普通本人は、意識のない状態で眠ってるんじゃないの」

『だよねー。なんでだろうねー』


……焦るような状況ではあったみたい。本人に、その危機感は備わってないみたいだけど。


「……他人の空似とかなんじゃ」

『いやいや! 一目見てビビッと来たんだよ、あれは私自身だって! そっくりだったでしょ、ほら!』


確かに驚くほどにそっくりだった。違うとしても髪の長さくらいで、ユーコの髪も首元くらいまでで切り落とせば見分けもつかなくなるだろう。


『それに記憶だって、微かにだけと思い出したし』

「記憶って」

『幽霊ってね、所縁のある場所や縁のある人物に遭遇すると、ピカッて感じで生前の記憶が戻ることがあるの。まあ、私の場合は生前でもないけどさ』

「それじゃあ、こんな風になった経緯とか」

『そこまではわからないよー。ただ、鬱屈感とかストレスとか、痛みとか恐怖とか、そんな経験がフラッシュバックしたってだけだから』


な、なんでそんな負の感情ばっかりを? 明るく朗らかに言ってるけど、どうなんだそれは。


「取り敢えず彼女と同一人物だとして……どうしたら、向こうの身体に戻れるのか知ってる?」

『えー、私にいなくなって欲しいの。寂しいなー』

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。生き霊になってるってことは、それだけ危ない状況ってことなんじゃ」

『うーん? そんな心配はないと思うけど』


何か確信があるのか、それとも違う何かが見えているのか。これに関してはハッキリ言って専門外。無知であるからこそ、強く尋ねることもできない。


『ーー、あ。やっぱり危険な状態かも』

「そ、そうだよね。そりゃそうだよね」


途端、ガラッと意見を変えるユーコに目を白黒させながらも、同意するように頷く。勿論、解決策もあるんだろう。

危険な状態と言いながら、どこかにやにやとしているユーコを見て、ほっと一息つく。


「それで、どうしたら戻れるの?」

『ふふん、簡単な話だよ。私と……あの子と両想いになればいいのさ!』

「はーーー?」


何、素っ頓狂なことを言ってるんだろ。聞き間違えかな、聞き間違えだよね。


「ごめんごめん、今ちょっと耳鼻科通ってて。もう一度」

『ほら、幽霊になるのって未練が原因って言うじゃん? 要するに今の私はあの子の未練とか、欲望そのものってわけだよ。なんか自立しちゃってるけど、それだけそういう欲求が強かったってわけだね。こういう形で、本人の満たせない欲求を解消してるってこと。多分。つまり、本人の無意識化のそれを満たすことで、今の私という存在は必要なくなって元の身体に戻れるってわけでしょ? おそらく! きっと! そう!』

「……そういう欲求って?」

『そりゃ恋だよ! 花の女子高生、それ以外に興味あるわけないじゃん!』


何をとち狂ってるんだろう。そう思わずにはいられないほど、熱の入った熱弁だった。


ただ、言っている意味は分かる気がする。ほんとはどうか知らないけど、幽霊が未練を叶えることで成仏するってのは創作物の定番だし、それで戻れるっていうならそうなんだろう。だとして、


「百歩譲って、恋することがその未練だとしてなんで自分が? 人は選びなよ」

『もー! 言ったでしょ、顔がタイプだって。それに何より、こうして私が付きまとっているのが何よりの証拠でしょーが』

「自覚はあるんだね」


なら、付きまとうのはやめて欲しい。切実に。


「じゃあ、何? あの人に告白でもすれば、元の身体に戻れるの?」

『駄目だよ! そんな義務的な感じじゃ。言った通り、ちゃんと両思いにならないと』

「さっきの説明を聞く限り、その必要はないんじゃ」

『女の子はわかるの、本気じゃないってことぐらい! そういう態度で告白されたら、百年の恋だって一瞬で冷めちゃうよ!』


その原因から解決策までどこまでもユーコの主観なんじゃ。ぷりぷりと怒られている最中、そんなことを感じる。

いや、主観でも問題ないのか。本人の話なんだし。


『ちゃんと恋愛してよ。ラブコメもかくやってぐらい、甘々しいやつ』

「えーっと、こっちの意思は?」

『いやなの? こんな美少女と付き合えるのに?』


そう言われて、あの近寄りがたい雰囲気を持った少女のことを思い出す。あのさらっとした髪、きめ細やかな肌、瑞々しい唇に冷たい瞳……口が裂けても、嫌だなんて言えない。


『…………』

「な、何? なんか不機嫌になってるみたいだけど」

『別に』


珍しく端的な返答。いつものユーコでは考えられず、それこそ人が変わったみたいな。



そのとき丁度チャイムが鳴った。階段から、一階の廊下を見渡すも既に人ひとり見受けられない。


急いで教室に戻ると、大半の席は埋まっており全員行儀よく着席している。新しい環境に馴染む前の、緊張感や期待感が混じった独特な空気が、そこには充満していて。


その中でも異質なのは、その少女の周辺。あまりにも完璧なその容姿によるものか、前後左右の視線をかき集めている。


「ずいぶん遅かったじゃん」

「あ、うん」


偶然にも、前の席になった久我くんに声をかけられる。そして自分の席は、教室の窓際の一番後ろ。

男子の五十音、女子の五十音と並んでいるので自然、その席になる。


ちなみに、彼女の席はその席の右斜め三つ前……そう言えば、名前もまだ知らない。ユーコに聞けばわかるんだろうか?



そんなことを考えていると、スーツを着た大人の人が教室に入ってきて教壇に立つ。

歳は結構若く、眼鏡の下の怜悧な瞳が油断なく教室中に視線を飛ばしている。かと思ったら、似つかわしくないニコッとした笑顔を全員に向けてきた。


「皆さん、入学おめでとうございます。と、いきなりの登場にびっくりされた方もいるかもしれませんが、私、このクラスを受け持つことになった飯田直樹と言います。どうぞ一年間、よろしくお願いしますね」


初っ端の挨拶に全員が戸惑ってか誰も挨拶を返せない中で、気にした様子もなく先生は続ける。


「これからの予定を伝えますね。今から後、30分後に体育館で入学式を執り行います。15分前には廊下に並んで、そのままの形で体育館へと入場するのでそのつもりでいてください。入学式が終わったらそのまま教室に戻って配布物等を配りますので、帰らないでくださいねー」


そこで控えめながらも笑いが起きる。クラス内の緊張も、幾許かほぐれてきたようだった。


「その後は購入した物品の受け取りが終わり次第、各自解散という形になります。説明はこれくらいですね。後、まだ10分ほどありますので、トイレに行ったり交友を深めたり、自由にして良いですけど時間には廊下に整列していてくださいね」


そう言って、手をパンと叩く飯田先生。それを合図に、席を立って隣の教室へと移動したり、既にグループを作って談笑したりと、各々が自由に動き出す。


「…………」

『ほら、何ぼさっとしてるの! 今がチャンスだよチャンス、早く声をかけないと!』


隣で急かすように、行け行けゴーゴーと拳を突き出してくるユーコを疎ましく思う。

いけるわけがない。今、件の少女は孤立気味のようにも見えるけど、その実、全員が距離感を見計らっているにすぎない。


そんな状況で、率先して声をかけるなんてとてもとても


『えい!』


そう掛け声をあげるや、ぬるっと身体の中に入ってくるユーコ……は? 何やって


「お? どうした駒沢。トイレか?」


どうしたはこっちのセリフだった。なぜか勝手に立ち上がった身体。腕や足の節々に力を入れようとしても、操られたように動かない


ユーコの姿が見えないことと、何か関係があるのか。そんなことを考えていると、ふと頭に恐ろしい予感が過ぎる。


これってもしかして、憑依されてるってやつじゃ。


「『おーい!』」


こっちの意思とは反対に、その少女の方へと向かう足、親しげに振られる手、気持ち悪いほど満面の笑みの顔。


周りからわずかな悲鳴が聞こえてくる、自分自身泣き出してしまいそうになる。

そんな思いは無情にも自ら裏切る形となり、自信満々と言ったふうに、その口は告げた。


「『君、可愛いね。友達にならない?』」

「死んで」

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