あれ? ドッペルゲンガー?
「へー、よく似合ってんじゃん」
「そういうの良いから。今日は和食?」
「そ、こんな日はね。あんた好きでしょ?」
「うん。ありがとう姉さん」
新鮮な焼き鮭に、丁寧な味付けをされた青菜。ふっくらとした卵焼きに、ホカホカのご飯に味噌汁と。やっぱり、姉さんは料理が上手い。
「はいはい。お世辞でも嬉しいわよーー、というか、花の高校生である私の時間を削って作ってるんだから、不味いとか言ったらぶっ飛ばす」
「言わないよ」
言えるわけがない。仕事の都合上、なかなか家に帰れない両親に代わって、色々と面倒を見てくれる姉に向かって、そんなこと。
「姉さん、今日の入学式は来てくれるの?」
「そりゃあね。制服とかは前もって買ってるけど、教材とか新しく購入する諸々、あんた一人じゃ持って帰るのも大変でしょ。折角の休日を返上してあげるんだから、感謝しなさいよ」
「恩着せがましくない?」
「足りないくらいよ」
と、家族仲良く食卓を囲んでいると、僕の前に置かれていた箸が一人でに動いて僕の口元に……。
「ん? どうかしたの?」
「なんでもないよ」
空中に浮かんでいるであろう箸をひったくって、誤魔化すようにニコニコとした笑顔を向ける。
『ちょっと何するの! 折角あーんをしてあげようと』
無視だ無視。少しでも構ってしまうと、姉さんに病院に連れて行かれてしまう。
ただ、そんなこっちの思いも知らずにしょぼんとするユーコ。そんな彼女を見て、今自分が持っている箸へと視線を落とす。
さっきみたいに、ユーコは霊体でありながら物を持てたりする。カーテン然り、鉄パイプ然り。
ただ触れるのもにも限りがあるみたいで、ヒトやネコみたいな生物。後、虫みたいな気持ち悪いのも無理とは本人談。
最後、私情が入ってる気もするけど。生物と虫を分ける意味もよくわからないし。
ユーコを利用すれば、リアル心霊動画も撮れるかもしれない。ただ今の時代、したところで編集を疑われるだけだろうけど。
そもそも、する気も微塵もないし。
当たり前のことかもしれないけど、ユーコには食事は必要ない。今だって目の前の料理には目もくれず、ただ不貞腐れているだけだし。
睡眠も同様にいらず、毎夜、自分の寝顔をずっと眺めていると嬉しそうに語っていた。
ただ、生きるために必要な欲は無くても、それ以外の欲望は人並みにあるようで。
すれ違う女性の服装や、通りに面するように飾られているお洒落な服を、羨ましそうに見つめる姿が度々見られる。
まあ、買ったところで着れないんだけど。話によると、今着ている白のワンピースは一体化していて脱げないらしい。本人と一緒に、消えているしね。
『どうしたの? 箸が進んでないけど、私が食べさせてあげようか?』
しつこい。
本人は自分の顔がタイプだなんだ言っていたけど、こっちに向ける感情としては母性って方が正しいと思う。
◇◇◇
「星稜高校までお願い」
「かしこまりました」
姉さんのその言葉に、家の前に停まっていた黒塗りの車が動き出す。
タクシーってわけでもない。
運転手は北村さん、父さんたちお抱えの運転手だ。今日は入学式で荷物もあるということで、特別にこっちに来てもらっている。
「いつも、悪いわね」
「いえ、これが仕事ですから」
そんな会話を聞いていると、やっぱり凄い家系に生まれたんだなー、と他人事のように思う。事実、ユーコにも『そんな漫画みたいなことある?』と驚かれたし。
ただその本人はもはや慣れた様子で、移り行く窓の景色を楽しんでいるみたいだけど。
やけに広い後部座席で、自分と姉さんの間に座ったユーコを見てると不思議に思う。こんなにハッキリ見えるのに、姉さんにも北村さんにも、誰にも認知されないなんて。
「勇輝。入学式が終わったらなんだけどーー、!?」
「? どうかされましたか?」
「……いえ、なんでもないの」
こちらの方に身を乗り出してきた姉さんは、見えていないはずのユーコに接触するやつ否や慌てて身を引っ込める。ユーコはそんな姉さんに、あっかんべーをしていた。
やめなさい。
これも彼女の話によるけど、ユーコに重なった場合、その人は身の毛もよだつほどの悪寒に襲われるのだとか。
姉さんの反応を見る限りそれは本当なんだろうけど、自分がユーコと最初に会ったあの日。彼女の手に触れて、すり抜けたけど、その時は何も感じなかった。
何か条件があるのか、はたまた自分が特別なのか。彼女のことに関しては、謎が深まるばかりだ。
そもそもが謎だらけの存在だから仕方ないけど。
◇
『うわー! すごい人の数!』
車から降りたユーコはふわふわと移動しながら、ドアをすり抜けて正門をくぐる。
物体に触れる彼女だけど、本人の意思でそういう幽霊っぽいことも可能ならしい。便利な身体をしている。
というか、正門の前に停めるんですね……。他の生徒からの視線が刺さって痛いような。
「何してんの。はやく降りなさい」
「あ、はい」
その点、姉さんは流石だった。人の視線も気にせず、堂々とした立ち姿で自分の座ってた方のドアを開けてくる。
車を降りるとその寄せられる目線は、より不躾なものとなった。『なんだあれ、姉弟か?』『にしては顔似てなくない? 男の方はちょっと残念』なんて、声も聞こえてくるほど。
そんな評論も、姉さんの一睨みで完全に沈黙することになるんだけど。ユーコもユーコで、身体をすり抜けていく等の地味な嫌がらせをしていた。
……なんだか、情けなくなってくる。
「何、落ち込んでんのよ。ああいう輩は、私がなんとかするって言ってるでしょ」
「うん……そうだね」
思うところはあるものの、その言葉に頷いてしまう。また姉さんに、悲しい顔をさせるわけにはいかないし。
姉さんは強い、もうやめちゃったけど昔は空手を習っていたし、有段者ですらあった。
それでもこっちにもなけなしのプライドはあるわけで、武道系の部活にでも入ろうかと密かに考える。
「それじゃ私はこっちだから……一人でも大丈夫?」
「何言ってんの。高校生だよ、もう」
「冗談よ、冗談」
その言葉は冗談じゃないことを知っている。まだ姉さんに心配される自分が、どうにもやるせなかった。
隣では、ユーコが『一人じゃないよ!』としきりに叫んでいる。一人だよ、一人。
(クラスは1ー3か)
生徒の人混みを必死にかき分けて、やっとたどり着いたクラス名簿が貼られたボード(追い払ってあげようか、と提案してきたユーコを必死に止めた)。
そこに書かれていた内容を一人、復唱する。
家の近くでそこそこ学力の高い高校を選んだため、知り合いは少ない。そもそも多くはないけど。
そんな自分とは正反対に、周りを見れば既にグループを作っているところもちらほら。一緒に同じ高校を受けてたりしたのかな。
そうなると結構、心細い。隣で喧しいやつがいるとは言え、心細い。
「よ、お前も1ー3?」
そんな自分なんかに、声をかけてくれる人が一人。見れば、同じく1ー3で区分された下駄箱に靴を入れる男子生徒の姿が。
がっしりとした身体のスポーツマンと言った風な見た目で、少し伸びている前髪から猫みたいなアーモンド状の目がのぞいている。
「俺は久我亮介。お前は?」
「駒沢勇輝」
「そっか。これから一年間、よろしくな駒沢」
そう言ってガッと自分なんかの手を掴んでくる久我くん。
悪い人ではない……どころか、メチャクチャ良い人なんだろうけど、ユーコは懐疑的な目を向けている。
『どうする? 呪っとこうか?』
そうこっちに問いかけてくるけど、そんなこと頷けるはずがない。そもそも、そんな能力もないだろうに。
ポルターガイストによる物理的な攻撃、その手段はどこまでも暴力的だった。
「あー、光武中? 俺は西富だから、結構離れてるな」
「西富って、東の方にある? 大分距離あるけど、ここまでバスで来てるの?」
「いやいや自転車よ。これが、良い運動になるんだな」
それが事実だと指し示すように、パンパンに膨れ上がった足を見せつけてくる久我くん。よく平然としていられる、筋肉が張って痛いだろうに。
「お、1ーCってここか。ラッキーだな」
「何が?」
「いや、校舎の裏口に近いじゃん。昼休みになったら、すぐにグラウンドにいけるぜ」
価値基準が小学生すぎる。それで喜べるのは、多分久我くんだけだよ。
声に出さずそんなことを考えながら、先に入っていった久我くんの後に続いて教室の中に入る。
真っ先に目につくのは、教室全体にチープに飾られた装飾、そして黒板に描かれた黒板アート。
そんな自分たちを歓迎する、諸々には目もくれず、教室のある一点に目を奪われてしまう。
「え? ん? え?」
陽の光が幻想的に照らし出す窓際の席で、周りに興味を持つ様子もなく文庫本を熟読している少女が一人。
その容姿は視線を惹きつけるには充分すぎるほどで、他の生徒の注目を自然と集めている。
ただ、その少女から目が離せなかったのは、また別の理由からで。
思わず隣に浮いている霊体の少女と、その窓際の少女を見比べてしまう。も、その相違点は残念ながら見つからず。
瓜二つ。
全くもって同じ顔の人物が、そこには座っていた。