表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

童話orフェアリー・テイル

『こがらしやまの かぜのこくん』

作者: 髙山志行

 私が住んでいる街の、西方の街はずれ。隣りの街との境界近くに、「古賀志山(こがしやま)」という山がある。

 それほど高い山ではなく、半日のハイキングくらいに最適な山。(ふもと)には、年に一度、自転車の国際レースが開催される「森林公園」があり、以前は勤務先の関係で、よく帰宅前に、その公園でジョギングをしていた。

 そして、そこからず~っと北に()がっていくと、いま私が山頂に立っている「太郎山(たろうやま)」がある。

 国立公園の中に位置してはいるものの、周りには、もっと高くて有名な山々があり…たぶん、頻繁に訪れる事のできる、私みたいな地元の人間でもなければ、足を踏み入れる事もないような山。

 ひっそりとした(たたず)まい。そんな景色を眺めていると…


「ピー・ヒョロロ~」


 初秋の頃だったか? あれは、どこだったか?


「やつらには、風が見えるんだ」


 私の(かたわ)らに座っていた老人が、ポツリとそう()らす。その声につられ…空を見上げる事など、(つい)ぞなくなっていた自分に気づきながら…私も首を()らし、天を(あお)ぎ見る。


「ピー・ヒョロロ~」


 つがい(・・・)なのか? そこには、淡い午後の陽射しの中、二羽の(トビ)が、円を描いて舞っていた。


「ピー・ヒョロロ~」


 確かにそうだった。私の父ほどの年齢。その老人が言う通り、羽ばたきもせず、その大きな翼を広げただけで、風をつかみ、高空の高みにまで舞い上がる。


「ピー・ヒョロロ~」 


『どこかで見たような光景だ』


 でも、その時はまだ、私の記憶には(もや)がかかっていた。


       ※       ※


「う〜、寒い!」


 私は思わず、首をすぼめる。山頂に出ると、いきなり冷たい北風が吹きつけてきた。

 見渡せば、向こうには、一面まっ白に雪化粧した山々が連なっている。私が登ってきたこの山も、北斜面は、数日前に降った初雪が残っている。


『南側にはなかったのに…』


 陽当たりのよい南斜面にだまされて、この山に登り始めたのに…ここから先は、すっかり冬支度が整っているようだ。このあたりから先は、冬になると、『ゴールデン・ウィーク』の頃まで幹線道路も閉鎖される豪雪地帯。

 そんな景色を眺めていると…


『そういう事だったのか』


 急に目が覚めた時のように、突然(よみがえ)ってきた遠い記憶。


『そうだったんだ』


 私は納得した気分になった。

 なぜだか、その名に()かれて登り始めたのだが…冷たい北風に吹かれながら、冷涼とした景色を眺めていて思い出した事がある。封印されていたかのような、幼い日の記憶。

 あの頃…一番最初の記憶がつき始めた頃…ほんの一時期だが、どういう訳か私の家族は、郊外の一軒家に住んでいた。


『こがらしやまの かぜのこくん』



 タケくんは、お母さんの自転車の補助椅子に乗って、いっしょにお買物。

 天気はとっても良いけれど、風が「ぴゅう ぴゅう」とっても寒い。

「びゅう」と強い風が吹くと、お母さんの前に座っているタケくんは、息もできないくらい。

 前から吹いて来る風に、自転車を漕ぐお母さんも大変そう。


「ぴゅう」


 またまた強い風が吹いて来た。


「風さん、どいて!」


 タケくんは、冷たい風に目をつむって叫びます。


「ごめん・ごめん」


 あれ? だれかの声がしました。


「お母さん、なにか言った?」


 タケくんは振り返って、お母さんにそう尋ねます。


「なにも言ってないわよ…」


 風に向かって自転車を漕ぐお母さんは、とっても大変そう。


「おかしいな…?」


 タケくんがそう言って前を向くと、今度は後ろから風が吹いてきました。

 だれかが自転車を押してくれているように、すーいすい。あっと言う間に、おうちに到着。


       ※       ※


 今日も良い天気。

 タケくんは、おうちの前の広場で(タコ)上げをしています。お休みの日には、大きなお兄さんたちが、野球やサッカーをしている大きな広場です。

 タケくんのおうちは、大きなお山の近く。でも、冬はお山の方から「びゅう びゅう」と『木枯(こが)らし』が吹いて来ます。それでタケくんのおうちでは、そのお山を「こがらしやま」と呼んでいました。

 でも今日は、ぜんぜん風が吹いて来ません。タケくんが一生懸命走って、糸を引っ張っている間は空に浮かんでいるタコも、走るのをやめると、ぱたりと落ちてしまいます。

「こがらしやま」の方を見上げると、赤や青や黄色の、色とりどりのハング・グライダーやパラ・グライダーが舞っています。


「風さん、来て!」


 タケくんが「こがらしやま」に向かって叫ぶと、「ぴゅう」という音がして、風が吹いて来ました。地面に倒れていたタコが、ぱたぱたと舞い上がります。


「風さん、ありがとう」


 タケくんがそう言うと…


「どういたしまして」


と、だれかが返事をしました。


「だれかいるの?」


 タケくんは、びっくり。


「ここだよ」


 タケくんは、声のするあたりを見ました。でも、だれもいません。


「見えないよ」


 タケくんがそう言うと、広場の隅っこの所で、くるくると()の葉が舞い始めます。


「これならどうだい」


 声がそう言うと、もやもやと砂ぼこりが舞って、タケくんと同じくらいの男の子の姿が見えました。

 大きな空色の瞳に、向こう側が見えそうなくらい白い肌。青っぽい髪の毛が、目のあたりでフワフワ・ヒラヒラ揺れています。


「きみはだれ?」


 タケくんは、その男の子に向かって言いました。


「ぼくは風の子さ」


 男の子は、ふわふわく・るくると回りながら答えます。


「そうそう。このあいだは、ごめんね。ぶつかっちゃって」


 風の子くんは、そう言います。タケくんが、お母さんとお買物に行った時、タケくんにぶつかった風さんは、この男の子だったのです。


「おわびに、おうちまで押してあげたんだ」


「そうか。どうもありがとう」


 タケくんは、お礼を言いました。


「でも、どうして、くるくる回っているの?」


 タケくんは、さっきからずっと、その男の子がくるくる回っているのが不思議で、そう尋ねました。


「ぼくは風の子だから、じっとしていられないんだ。でも、ここには吹き(だま)りがあるから、少しの間なら、ここにいられるよ」


 タケくんも、風の子くんといっしょに回りながら、話をします。


「ぼく、タケくん」


「ぼくの名前はたろう」


「かわった名前だね」


「風の子は、みんな『たろう』っていう名前なんだ」


「でも、ぼくたち二人とも『た』がつくから、お友達だね」


 二人は、すっかり仲良くなりました。

 たろうは行ったり来たり、何度も何度もたけるくんの周りに巻き付いたり触ったり。二人は広場を駆け回りました。


「ゴ〜ン…!」


 やがて夕方になって、遠くのお寺の(かね)が鳴りました。


「もう風のやむ時間だから、おうちに帰らなくちゃ」


 たろうがそう言います。


「おうちは、どこにあるの?」


 タケくんが(たず)ねると…


「このお山のむこうさ」


と言って、風の子たろうは、「こがらしやま」の方へ飛んで行きました。


「たろうくんはいいな。お空が飛べて」


 タケくんはそう言って、お山の方に手を振りました。


       ※       ※


 次の日から、風のある日はいつも、二人は仲良く広場で遊ぶようになりました。

 でも今日は、タケくんはおうちの中。


「暖かくしてないと、風邪ひくわよ」


 お母さんに、そう言われたのに…


「ぼくは風の子くんとお友達だから、風邪なんてひかないんだ」


 きのうはそう言って、遊びに行きました。


「おうちに帰ったら、手を洗って、うがいをしなくちゃだめだよ」


 風の子くんにそう言われたのに、きのうは手も洗わず、うがいもしませんでした。それで今日は、風邪(カゼ)をひいて、お二階のお部屋のおふとんで寝ています。

 タケくんは、窓からお外を眺めていました。すると、「とんとん・とんとん」。だれかが窓をノックします。


「たろうくんだ!」


 タケくんがそう言って窓を開けると、冷たい風が「ぴゅう」。たろうが姿を現わします。


「どうしたの?」


「カゼひいちゃったんだ」


「そうか。じゃ、今日は遊べないね」


「たろうくんはカゼひかないの?」


「ぼくは風の子だから、カゼなんてひかないんだ。暖かいのは苦手だけどね」


「そうか、いいなあ。それに、お空が飛べて」


 タケくんは、いつもそう思っていました。


「ぼくが大きくなったら、お空に連れて行ってあげるよ」


 たろうが、そう言います。


「ほんと!」


 タケくんは、びっくり。


「ほんとだよ。ぼくはまだ子供だからできないけど、大きくなったら人間くらいわけないさ。大人の風が怒ったりすると、牛だって自動車だって飛ばしちゃうんだよ」


「でも、どうやって?」


 タケくんが尋ねます。


「ほら、見てごらんよ」


 二人は、「こがらしやま」の方を見上げます。今日も色とりどりの、ハング・グライダーやパラ・グライダーが飛んでいます。

 でも、よーく見ていると、だんだんと大人の風さんたちが見えてきました。翼やパラシュートを、上から引っ張ったり、下から持ち上げたり。


「飛行機だって(タコ)だって何だって、お空を飛んでいるものは、ぼくたちが持ち上げているんだ」


 大人の風さんの背中に乗って、鳥さんが気持ち良さそうに飛んで行きます。


「鳥さんは、お友達なんだ。ぼくたちが、遠くまで乗せてあげてるんだよ。きみもぼくのお友達だから、ぼくが大人になったら乗せてあげるよ」


「ほんとだね!」


「ほんとだよ」


「約束だよ!」


「もちろんさ」


 その時です。


「タケくん! 何してるの?」


 下から、お母さんの声がしました。


「窓を開けていると寒くなっちゃうし、このお部屋は、ぼくには暖かすぎるから、きょうは帰るね」


 たろうはそう言って、「ぴゅう」と飛んで行きました。


       ※       ※


 陽射しが強くなって、だんだんと暖かくなってきた、ある日の事です。今日もいっしょに遊んでいたたろうが、タケくんにこう言いました。


「ぼくがいなくなっても、寂しくないかい?」


 タケくんは、びっくり。


「どっかに行っちゃうの?」


「ぼくたち北風は、暖かくなったら、北の国に帰らなくちゃならないんだ」


「お山の向こうに帰っちゃうの?」


「ううん。もっと、ずっと・ずっと・ずーっと遠い所さ」


 タケくんはそれを聞くと、とっても悲しくなってきました。でも我慢して、こう言いました。


「平気だよ。幼稚園に行ったら、お友達がいっぱいできるって、お母さんが言ってたよ」


「また来年、風が吹いたらここにおいでよ。いっしょに遊ぼうよ」


「うん」


 タケくんは、涙をこらえて返事をします。


「一年たって大きくなっても、ぼくのこと忘れないでね」


 風の子たろうは、そう言います。


「ずっと忘れないよ」


 タケくんは、そう答えます。たろうは、たけるくんの周りをくるくるっと回って、飛び去って行きました。

 あとには、舞い上げられた枯れ葉が一枚。タケくんは、それを大切におうちに持って帰りました。


       ※       ※


 春になって暖かくなって、タケくんも今日から幼稚園生。

 幼稚園のお庭に出てみると、お二階の屋根から、大きな大きな、高い高い滑り台がありました。タケくんはお二階に上がって、滑り台の所に行ってみます。

 てっぺんから見下ろす滑り台は、ちょっと怖かったけど、タケくんは勇気を出して滑り出します。「ぴゅう」と風を切って滑り降りると、とーっても良い気分。

 タケくんはお空を見上げ、とーっても大きな声で叫びました。


「風の子くん! ぼく、お空を飛んだよ!」


「ピー・ヒョロロ~」


 お空の上の方では、(トンビ)がくるりと輪を描いて、飛んでいました。


       ※       ※


「…」


 風に吹かれてしばし。


『あの時の約束、彼はおぼえているだろうか?』


 あの後すぐに、私の一家はあの地を移った。そしていつしか、彼との記憶も薄れていった。だいたい…


『あれは、本当にあった出来事なのか?』


 確信が持てない。


『それとも、幼い日のただの妄想?』


 とにかく、空を飛ぶ事には、まったく縁の無い生活を送っている。


「ブル・ブルッ!」


 冷えてきた。


『そろそろ降りよう』


 (きびす)を返す。と、その時、目の前で反転した風が…確かに見えたのだ…下から私の帽子の(つば)(あお)る。

 後方に飛び去った帽子を追って振り返ると…


ピー・ヒョロロ~(いい眺めだ)!」


「このことは、絶対に秘密(ナイショ)だよ」


「もちろんさ!」



(参考楽曲:Frankie Knuckles “The Whistle Song”)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ