取捨選択
日が明けるまで、俺は悩み続けてしまった。
少しでもリスクを減らせないか。
何かもっと、良い方法はないものか、と。
それでも、何も見つからなかった。
結局のところ愛上がこれまでの数千年、下手したら数万年の間考え続けてきた方法に一晩で革命を起こすなんてのは無理な話で。
俺にできるのは俺自身を守ることで精一杯なのだと思い知らされる。
せめて、大事な仲間は皆守りたい。
そう願うことすら許されないほどにこの世界は滅びへと歩を進めている。
「さて、なにか考えは変わりました?」
朝食時に愛上に問われる。
「…いや、何一つとして思い浮かばなかった。悔しいけど俺の頭じゃ次の案は作れなかったよ」
自分でも驚くほどすらすらと口をついて出てきた自虐が嫌になる。
「あら、随分と気落ちしてらっしゃいますのね」
手元のナイフとフォークを止めることなく、愛上は答える。
「まあ、そりゃ…誰かを犠牲にする前提で作られた作戦ってのは可能なら止めたいし、もっと良い案があるはずだって思ってたからな」
何の深い意味も込めずに言った言葉に、角が立ってしまったのだろうか。
「貴方。この戦いを舐めてらっしゃいまして?」
声のトーンが変わる。
食事の手を止め、ナイフの切先をこちらに向けながら愛上は淡々と告げる。
「私の万を超える年月、造の天才的な頭脳を借りての私では到底辿り着かなかった多角的思考。冬月の神を顕現させしめる能力。崩壊を少しでも食い止められる皆様の力添え。全てが合わさってこそ、我々数人の犠牲でこの世界を救おうと、そう言っているんですのよ?」
「それは…わかってる。」
「いいえ。何もわかっておりません。これでは貴方を心待ちにした意味がないと言えるほどです。貴方は自分の力をどこまで過信しておいでですの?」
食器をテーブルに整え、愛上が奥の部屋へ早足で消えていく。
そして戻ってきた時には、大きな箱を抱えてきていた。
「これは、これまでの私達が遺した思考のほんの一部です。これがあるからこそ、今ここまでこれました。この思考に至るまで何十回と繰り返し、やっとここまで辿り着いたのです。」
おびただしい数の文字がびっしりと書き込まれている紙が何百枚見える。
もう既に腐り切っていて、触れれば崩れてしまいそうなものすらある。
新しそうに見える紙には造の文字であろう筆跡も確認できるし、これまでどれほどの思考と苦悩を繰り返してきたかは言うまでもなかった。
「私達の世界は滅びへ向かう運命。それを無理矢理にでも回避しようとしているのが私達である、ということをお忘れでなくて?何の犠牲も払わずに払わずに解決しようだなんて、虫が良すぎて笑えてきますわよ?」
飛ばされる言葉に言い返すことができない。
愛上がこれまでに費やしてきた時間と、その度に感じてきた喪失感を目の前の情報量は明確に示している。
「あのさ〜」
これまで全員が沈黙を守っていた中、声をかけてくるのは冬野だった。
「せっかくの朝ごはんが不味くなっちゃうからその話後にしない?」
「………!!?」
愛上が声も出せずに口をパクパクさせて腕をぶんぶん振っている。
『この空気でそれを言うのか』と言いたそうだが、声になっていない。
「ま、これ以上言ってもどうしようもないでしょ」
そう言ったリズが食事を終えて、さっさと出ていってしまう。
りでる、空綿、造…食事を終え、皆自分の成すべきことの為に動き始めていく。
「あ、私はまだ食べるんで。おかわりいっすか。」
冬野は…相変わらずだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ…」
肘を机に置き、頭を抱えた愛上の深い深いため息が響き渡る。
「先程は言いすぎましたわ。申し訳ありません。それでも、私の意思であることは間違いないことをゆめゆめお忘れなきよう。」
凛とした立ち振る舞いで歩いていきながら、小声で
「あと冬野はデザート抜き」
と囁いていたのが聞こえてしまった。
だがそんなことはどうでもいい。
この数分で、俺はこの世界の滅びに挑むということへの認識が甘かったのだと痛感した。
犠牲を払わずに救えるのなら誰だってそうしているし、それを望まぬわけがない。
これまでの時間を全て生きてきたということ自体、普通ではないのだから。
誰も居ない中で生き続ける孤独、何度となく滅びを見るしかできなかった絶望感。
その全てを無かったことになんて出来るわけがない。だとするなら、犠牲を払わずになんて事は無理なのだ。
もう、払っている。
ここまで辿り着くまでに、俺たちが背負うべきものを素肌愛上が背負い続けている。
「……俺も、俺に出来ることをするしかない、か」
冬野のおかげで弛緩した空気の中、食事を終えて外に出てみる。
そこにあるのは見覚えのある王都。
ここに来ると決めた時には、この王都の企みを暴くとか息巻いていた気もするが。
「……あれ?」
そうだ。確か俺は……
『この国を異能を持った人間だけにする』
みたいなことを聞いたんじゃなかったか?
それで、それを止める為に…みたいな話をしてたような気がするんだが。
「この国は…そんな風には見えないんだけどな」
どんな人も今を楽しんで、精一杯生きてるように見える。
前の世界では重く暗いイメージもあったが、今回は明るい国になっていた。
「この国もループごとに変わるのか…」
見渡すとそこかしこに見覚えのない建物があったり、土地が広がっていたり。あるいは縮小していたり。
とにかく変化が多かった。
そんなふうに見渡していると
「あの…」
とか細い声が聞こえる。
この声はあやめのものだ。
だが、どうにもこの感じには慣れない。
「え、っと…氷ちゃん。これから一緒に街に行ってみない、かな?実際見てみるほうが分かることもあるかもだし。」
なんとも調子が狂う。
世界が変わってあやめも変わってしまったのか…
「ああ。そうしてみようと思ってたんだ。よろしく頼む。」
街を見て回るのは賛成だった。
だが、それ以上にこの世界に来てからのあやめには違和感しか感じない。
常に一歩引いたような、距離感を感じる。
それをどうにかするためにも、この機会は逃せなかった。
もうちょっと、強めに夜上には愛上が言いまくる予定でした。断念しました。
一応お嬢様ですし。汚い言葉を使わせまくるのはキャラに反するかなと。
まあ本人『その上司はクソですわね!』とか言ってきそうなタイプだけども。まあそれはそれとして。
ほんでもってつい先日、この作品のヒロインの1人である猫宮あやめさんが引退を発表されました。
この作品に出てる人どんどん消えてるよ!?
最後まで残る人は何人なのか…怖えなあ