09 竜の巫女
「ハネス様……」
王が遠慮がちに声をかける。
王宮の片隅にある、小さな神殿のような建物だった。
部屋は意外に狭く、中央には小柄な人物がいた。
長いローブに身を包んだ、高齢の男性らしき様子だ。
王の相談役の竜魔術師であるという。
椅子に座り、目を閉じている。
王がもう一度声をかけると、ゆっくりと目を開く。
「ハインツか」
その声は意外としっかりしていた。
「以前お話しした、マリー殿を連れて参りました」
「うむ……おお」
ハネスと呼ばれた魔術師はマリーを見る。
「これは……」
ハネスの目が見開かれる。
そして手にした杖を握り、低く呪文を唱えた。
しばらくすると再び口を開く。
「竜の巫女……だがまだ眠っておる」
「そうですかやはり!ですが眠っているとは?」
王が疑問を投げかける。
「本当の力に目覚めておらぬのよ。マリー、その首飾りを見せてくれんかな」
マリーはハネスに、祖母からもらった首飾りを渡した。
「竜の首飾りと言われる物に似ている。だが本来ここには、金銀銅の三つの竜珠があるはずじゃ」
ハネスは空の台座を指し示す。
マリーは、たまらず訊ねた。
「竜の巫女って何なのでしょう?魔術師と違うのですか?」
王と竜魔術師はマリーをじっと見つめる。
「そうじゃな、少し長くなるが……」
ハネスはマリーに向かって話し始めた。
「竜人族とは文字通り、竜に姿を変えられる人間なのじゃが」
竜人族がいつどこで誕生したのかは、定かではない。
人間族がいつ誕生したのかわからないのと同じく。
元々は竜の姿であったようだ。
「だがいつからか、自由に竜の姿に変身できなくなっていったのじゃ」
「では、全員が竜になれるわけではないと?」
「その通りじゃ、マリー」
今はある程度自由に変身できるのは、限られた竜人だけだ。
竜人族も新たな生き方を見つけねばならない。
そう思った現在の王家の先祖が、様々な部族に分かれていた竜人族を統一し、竜人国を作ったとの事だった。
そこまで詳しい事は、マリーは知らなかった。
「竜の巫女についてはわからない事も多いのじゃ。竜人族を癒し本来の力を与えるものと言われておるが……」
ハネスは言った。
「ルガールの人間である私がなぜ?私には魔力はありません。十五歳の時の儀式ではっきりしています」
「竜の巫女とは特別なもの。魔法使いと同じようでいて違う。他国の魔力鑑定ではわからぬよ」
ハネスはそう答えた後、王のハインツを見る。
「竜人族がかつての完全なる竜の姿を取り戻す事はないだろう。だが竜の巫女の力で、竜人族の暴走を防ぐ事はできるかもしれない」
王は言う。
「力の暴走とはなんでしょう?」
「この間のルドミラのようになる事だ。このところ、何故かそういう事例が増えている。理由はわからない」
「わしもみてみたが、ルドミラはどうやら違うようだ。もしかすると、マリーの竜の巫女の力を感じ取り、そうなったのかもしれん」
それまで黙って聞いていた竜魔術師のハネスが口を開く。
「なるほど。その可能性もありますな」
王は髭をなでる。
続いて、マリーに向かって言う。
「我らの歴史には、何故か不明な点が多いのです。それに関してルガールの学者と共同研究をしたかったのですが、なかなか交渉がうまくいきませんでな」
しばらく沈黙の時が流れた。
「私はそんな大それたものじゃないです。竜に乗って空を飛びたいなんて子供っぽい望みがあるだけです。そしてできれば、自分の力で生きていけるようになりたい……」
マリーは思わず口走る。
言葉にするうちにそれが自分の本心かもしれないと思えてくる。
子供のころから変わっていると言われていた。
姉や妹が興味を示すことに関心が無い。
いや普通の女の子が興味を持ちそうな事が、面白いとは思えなかった。
このまま、学校を卒業し、どこの誰ともわからない人間と結婚させられる。
それが王女として生まれたものの定めなのだろうか?
だがそんな人生に意味があるとは思えなかった。
「竜に乗るには、まずは竜人の信頼を得ねばならぬな」
ハネスは真面目に答える。
「信頼を……」
「そのためにも、竜の巫女の修行はやってみて損はないじゃろう」
「わかりました。やってみます。それがみんなの役に立つものでもあるなら」
「このところ、例の連中の動きが活発化しているという報告も受けてますしな」
王は何か考え込むように言う。
「例の連中?」
「竜人にも色々ありましてな、マリー殿。昔の竜としての力を復活させようとするものもいるのです」
竜人国とはまた違う勢力なのだろうか?
それについては、またいずれお話ししますと王は言った。
「ではまたわしの所へ来るがいい」
そういって竜魔術師は再び目を閉じた。
「あの……」
マリーは声をかける。
ハネスは返事をしない。
「もう眠りにつかれたようだ。また後日だな」
王が言う。
今日はこれまでのようだった。
その後は王やアスラン、ルドミラたちとお茶やケーキを楽しむ。
夕食も一緒にと誘われた。
ただあまり遅くなるのもまずいし、ミラミラやアリスたちと約束していたので、辞退する。
「じゃあまた学校で、マリー」
「マリーお姉ちゃん、また来てね」
「またね!」
マリーは馬車の窓からアスランやルドミラに手を振る。
まだ会ってまもない。
だがずっと以前からの知り合いのような気がする。
少なくともルガールの王宮よりはずっと居心地がいい。
「おかえり、マリー」
大学の寮につくと、ミラミラ達が出迎えてくれる。
夕食は、ミラミラ、アリス、ユリアと一緒だ。
「今日はどうだったの、マリー」
「うん、あのね」
ミラミラの問いかけに、アスランやルドミラとお茶を楽しんだと答える。
だが、竜の巫女の件は黙っておいた。
何か理由があったわけではない。
何となくそうした方がいい気がしたからだ。
「へぇ、凄いねぇ。あたし、お城なんて行った事ないよ」
「そんな大したもんでもないよ!堅苦しいしね」
そうは行ったものの、母国の城の雰囲気とは違った事を、また思い出す。
「ところでさ、みんなは選択科目は何をとるの?」
マリーは聞いてみた。
矮人族のミラミラは農学。
侍女のアリスは、服飾。
長耳族のユリアは、薬草学や魔道具の授業を受ける予定らしい。
「へぇ、そんなのあるんだ面白そう!」
「マリーさんは何か決めてるものはあるんですか?」
ユリアが言う。
「それが全然……そうだ。この護身術や乗馬術、冒険者入門とかは面白そう」
結局みんなが選ぶ科目も受けてみる事にした。
これから忙しくなるだろう。
竜の巫女としての修行もある。
だがルガール王国にいた時よりも、ずっと未来が開けているように、マリーは感じていた。
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