07 ドワーフ芋
「もし良かったらこれ、食べてみたいんだけど」
マリーはミラミラに向かって言った。
母国にいた時も、騎馬の民や農民たちが食べていた、珍しい食べ物を試してみるのが好きだった。
もちろんその後に、王宮のパンだのお菓子だのをかわりにあげたものだ。
相手はむしろ、こんな高価なものをと恐縮していたが。
「え?いいけど。でもこのままじゃ食べられないしねぇ」
「あの……厨房を借してもらう事はできないでしょうか?」
それまで黙って聞いていたアリスが言う。
「それいいね。調理道具だけでも借りられたら」
マリーの言葉に
「うん。ダメで元々だから。頼んでみようか」
ミラミラもそう答えた。
そしてその日の夕食後。
「厨房を?別にかまいませんよ。何なら大学の調理実習室もありますし」
寮長の女性はあっさりと答えた。
自国の食材を調理するための設備もあるらしい。
寮生がホームシックにならないためのものだそうだ。
行き届いた事である。
マリー達は土曜日の午後に、ドワーフ芋というものを試してみることにした。
その日の夕食はミラミラと一緒にとることにした。
基本的には寮では朝と晩の二食が出る。
寮の食堂は大学と共通だ。
昼は売店で、簡単なものを買って食べる事もできる。
「大学といっても、ここしか無かったんだよ、学費も安かったしね」
夕食を食べながらミラミラが話す。
ドワーフの国である、ルッカ国の出身だという事は、自己紹介で聞いていた。
どうやら土地持ちの農家の出身らしい。
「ドワーフ芋って、ルッカではみんな食べるの?」
「うん、最近は特にね。あちこちで栽培されてるんだ」
元々は東方から伝わったらしい。
それを矮人族が品種改良して、最近盛んに栽培されているようだ。
その後もアリスを交えて、三人で色々おしゃべりする。
話が途切れた時、マリーは周りをふと見回した。
寮生たちはそれぞれ食事をとっている。
寮での生活は、さほどの日数はたっていないはずだ。
ただすでに、長耳族は長耳族、人間は人間、竜人は竜人同士でグループができているように思われる。
せっかく竜人国に来たのだから、いろんな人達と仲良くなりたいな。
マリーがそう考えていた時だった。
「ねぇ、マリーちゃんは、もう履修科目決めた?」
ミラミラが訊ねてくる。
そういえば、そんなものもあった。
「ええと……自分で受ける授業決めないといけないんだっけ?」
「必修科目と選択科目があってね。自分で決めて受ける授業があるんだよ」
「そうなんだ。いやそれが全然……」
「良ければ同じ授業とらない?私、専門は農学を選ぶつもりなんだけど」
一年生の時は、一般教養を学び、二年生からはそれぞれの専門分野を学ぶ。
それは知っていた。
「ミラミラちゃんは凄いなぁ。私何も考えてないや」
「そんな事ないよ!ゆっくり決めればいいんだし。マリーちゃんは王族としてのお仕事があるんだろうから」
ミラミラの言葉に対し、「まぁ……ね」と一応返事はする。
食堂を出て、ミラミラやアリスと別れ、自分の部屋に戻る。
「自分の将来か……」
まともに考えた事はなかった。
漠然と、竜に乗って空を飛びたいとか、それくらいだ。
既にやりたい事、やるべき事を考えているミラミラがずっと大人に思える。
騎馬の民や農民の子供たちと遊ぶ事、馬に乗る事、剣や弓の練習は楽しかった。
竜人国でも、みんなと楽しく笑っていたい。
まぁゆっくり考えればいい。
ミラミラもそう言っていたのだし。
とりあえずはそう思う事にして、明日の準備を始めた。
翌日――
まずは教室でカリキュラムの説明があった。
古代語や大陸の歴史、体育等が必修らしい。
魔法学や薬草学が選択科目であった。
護身術などという授業もあった。
これもなかなか面白そうだ。
とりあえず本格的な授業は来週からだ。
それまでに考えればいいだろう。
その後は担任のエヴァ先生に案内され、校舎内を見て回る。
「えー、ここは実験室で。こちらの扉を出た所に図書館が……」
校舎内はまだ新しい。
なにしろできたばかりの大学である。
マリーは物珍し気に、あたりを見る。
「マリー」
その時声をかけられた。
王子のアスランだった。
「こんにちは、アスラン」
「どう?学校は慣れた……といってもまだ二日目だよね」
「新しくて、いいとこね」
「うん。ところで今度の日曜は時間ある?」
「あるよ」
「王宮に来て欲しいんだ。この間の件で」
「この間の?うん、わかった」
「じゃあ昼前に馬車を迎えに寄こすよ」
アスランはそう言うと、去っていった。
「ねぇねぇ、あれ、この国の王子様でしょ?」
ミラミラが興味津々な表情でマリーを見る。
「そうだよ、知り合いなの?」
「まさか。かっこいいよねぇ。王子様知ってるなんてやっぱり凄いよね、マリーちゃん」
「そんな事ないよ!たまたまだよ」
そうは言ってみたものの、王族同士なのだから、たまたまではないかもしれない。
王子と知り合いだから特別な人だと思われるのも、マリーとしては落ち着かない気分だった。
まぁあまり気を回しすぎるのもよくないだろう。
まだ誰も何も言ったわけではないのだから。
そして土曜日の午後――
「この竈を使ってね」
厨房の係の人が言う。
せっかくなので、クラスの人間や目についた寮生の何人かにも声をかけた。
だが、ドワーフ芋というと、みんなに体よく断られてしまった。
「どうしてなんですかねぇ」
アリスが言う。
「矮人族以外は芋ってほとんど食べないからね。しょうがないよ」
ミラミラはあっさりした口調だった。
「アリスは嫌じゃないの?無理に付きあわせたみたいでごめんね」
「とんでもありませんわ、マリー様。私も興味はあるので。それにこうなったからには、色々な事を経験しなければなりませんし」
アリスはきっぱりと言う。
気持ちを切り替えたというより、切り替えなければならないと思ったのかもしれない。
結局、ドワーフ芋を試すことになったのは、マリーとミラミラとアリスの三人だけだった。
竈は薪を使う方式のものだった。
王宮だと魔石式のものもあるが、かなり高価であるから当然だろう。
マリー達三人はまず芋を洗い、ミラミラが持ってきた鍋に、水と一緒に入れる。
「ドワーフ芋ってこうやって食べるんだ」
「このやり方だけじゃないよ、マリーちゃん。でも今日はふかして食べようかと思ってね」
準備をしている間に、テーブルにお皿を並べる。
調理器具や、ドワーフ芋につけるバターやジャムは、ミラミラが持ってきたものだ。
「これだけしかなくて。またおばあちゃんに頼んで取り寄せてもらおうかな」
「充分だよ、ミラミラ。あまり気をつかわないで」
マリーが持ってきたのは、荷物に入っていた多少のクッキーと、子供たちに貰ったコチカの実だった。
その時ふと外を見ると、テラスのベンチに座っている一人の少女が目に留まる。
金髪に尖った耳。
一目見てわかる、長耳族だった。
「ねぇ」
マリーは思い切ってその少女に話しかけた。
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