02 祖母
「まぁ、そう。マリーはそれでいいの?」
祖母のミリアムは、寝台に横たわったまま穏やかな声で問いかける。
枕元には、義母が贈ってきたという花が飾られていた。
三月のルガール王国は、ようやく冬の寒さから解放され、暖かくなってきている。
「はい。竜人国へ行ってみたいんです」
マリーはきっぱりとした声で答えた。
「あなたらしいわね……ゴホッゴホッ」
祖母はそういうと軽く咳き込む。
侍女達は軽く背をさすり、水の入った吸い飲みを口元に当てた。
祖母の病状は思わしくないようだ。
医師や魔術師の返答も、はかばかしくない。
大まかにわけて、病気は医者の領分、怪我は回復魔術師の領分だった。
ただ呪術が原因の場合は魔術師の領分であり、中には医師と魔術師を兼ねるものもいた。
「おばあ様、大丈夫ですか?」
マリーはそっと祖母の手を握りしめた。
「いえいえ、大した事ありませんよ。まったく歳は取りたくないものねぇ」
「マリーがお嫁に行くまで……いえ、ずっとずっと元気でいてくださいね」
そういって二人は微笑み合った。
「この頃、弓はどう?馬には乗っているの?」
「はい、この間の大会でも優勝しました」
「えらいわねぇ。お前はやはりご先祖様の血を濃く引いているのねぇ」
元々ルガール王国の民は、大陸の東北に住む騎馬民族であったと言われる。
女性も弓を操り馬に乗る。
主に狩猟や牧畜をして暮らしていたらしい。
そして千年ほど前に、現在の地に移り住んだそうだ。
今では昔ながらの狩猟や牧畜をして暮らす民は、ほとんどいない。
「相変わらず、刺繍や裁縫や音楽は苦手です。魔法も使えませんし」
「誰しも得手不得手はあるものよ、マリー。それに魔法が使える事が、王族の資格ではありませんよ」
ルガール王国は、他国と比べて伝統的に女性の立場が強い。
祖母のミリアムも、本来は王太后として国政に携わるはずだった。
だが病に倒れてからは、それも不可能になっていた。
「竜に乗ってみたいんです。おばあ様がいつかお話して下さったように」
いつも祖母は話してくれた。
馬に乗り、どこまでも草原を駆け抜ける時の事。
地平線に沈む夕陽。
そして、竜に乗って大空を駆け巡る姫君の話を。
かつて竜は現在よりもはるかに強力な力を持ち、人の言葉も話し、神としてあがめられていたという。
だがルガール王国では現在、大陸で一般的な光明神ディーヴァが信仰されている。
竜と人との伝説については、今は知る者も少ない。
兄妹たちの中で、祖母の話に真面目に耳を傾けるのはマリーだけだった。
なぜこんな面白い話を聞かないのだろう?
マリーはそう思う。
幼い頃から野山を駆け回り、馬に乗ったり、弓を射たりするのが好きだった。
姉や妹たちは、部屋にこもって勉強したり、楽器を弾いたり、お芝居の真似事をしたり、という事にもっぱら興味があるようだった。
マリーも勉強は嫌いではない。
むしろ歴史や古代語は大好きだ。
というより、新しい知識や体験、新しい出会いが好きなのかもしれない。
遊牧民や農民の子たちと遊んだり、馬乳酒の作り方を教わる。
農民たちの畑仕事を手伝う。
そういう事も楽しかった。
父も義母も、その事に関して良い顔はしなかった。
「そう。願いがかなうといいわね」
祖母は優しく微笑んで言う。
マリーの味方になってくれるのは、祖母だけだった。
「はい。竜人国をこの目で見て、おばあ様にお話してあげたいです」
「楽しみにしてるわ……そうだ」
祖母は侍女に命じて、小箱を持ってこさせた。
「これは我が家に伝わる古い首飾りでね。あなたにあげる」
「いいんですか?」
「元々は魔力が込められたものだったそうです。これで様々な伝説の生き物と交信したとも」
マリーはその首飾りを見る。
宝石をはめ込む台座が三つ付いていた。
だが今はそこには何もなかった。
「私なんかが持っててもいいんでしょうか」
「息子も他の孫も興味ないみたい。まぁこれが本当に魔力ある首飾りだったのかわからないんだけどね」
「わかりました。大切にします!聖女祭には戻ってきたいです」
聖女祭は八月の終わりに行われるルガール王国の祭だった。
王都の近く、ネセバルの丘の神殿で、聖女アフラに祈りがささげられる。
「気をつけて行ってきてね」
そして祖母の部屋から退出し、マリーは自室へと戻った。
侍女達が忙しく出立の準備をしている。
マリーは特に大事にされているわけでもない、十六人の兄妹姉妹のうちの十二番目の第十王女である。
とはいえ、ルガール王家の一員とあれば、それなりに格式を求められるらしい。
「私はちょっとした着替えがあればいいんだけどなぁ」
「そういうわけには、参りません」
どうやら父や義母から言われているらしい。
見栄や体裁のためであって、別にマリーのためではないだろうが。
マリーはふとその中の一人に目をとめる。
一緒に竜人国へ行くよう命じられた、アリスと呼ばれた黒髪の侍女だった。
「これからよろしくね」
笑顔で話しかける。
「は、はい。こちらこそよろしくお願い致します」
どことなく浮かない顔でアリスは答えた。
「どうしたの?気が進まないんだったら、お父様やお義母様に言って、竜人国行きをとりやめて貰ったほうがいい?私は一人でも大丈夫だから」
「い、いえ。とんでもありません!お供します……いえ、お供させて下さい!」
真剣なアリスの表情だった。
彼女は最近マリーの側仕えとなった。
確か貧しい男爵家の出身だと聞いた覚えがある。
父や義母に、何かしらの報酬を約束されたのだろうか?
事情はわからない。
どのみちマリー自身にはどうしようもない事だった。
「そのうち慣れるよ。ほら、住めば都というじゃない?」
「そうですね、マリー様」
納得したわけではないだろうが、アリスはそう言った。
周囲の侍女達は相変わらず忙しく準備をしている。
マリーも手伝おうと申し出たが、体よく断られてしまった。
かえって邪魔になるという事らしかった。
仕方なく別室で一人お茶を飲む。
いまだに王宮の暮らしは慣れない。
王女として生まれたのに奇妙な事だ。
馬を駆ったり、土いじりをしたり、遊牧民の子供と遊んでいる方が気楽であった。
ここは自分のいる場所じゃない。
小さいころから何となくそう感じていた。
今までは家庭教師に教わっていたマリーも十五歳になり、王立大学へと入学予定だった。
王族は無試験で入学できる。
ただこのまま何の目的もなく大学へ通っても、卒業後はどこかの王族だか貴族だかと結婚させられるだけだ。
竜人国でマリー自身の生き方が見つかるのか、まだわからない。
だが竜人国へ行けば、竜に乗って大空を駆け巡る事ができるかもしれないのだ。
もっともっと広い世界をこの目で見たかった。
あくまで留学生という名目だ。
まさかいきなり結婚させられる事はないだろう。
そうなったとしても、剣で切り破るまでだ。
夕食の準備ができたと侍女が呼びに来るまでの間、マリーはいささか物騒な事を考えていた。
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