13 栽培
「はい、それでは今日は農業実習です」
教官の声が響く。
マリーたちは大学の所有する栽培園にいた。
今日は農業実習の授業であり、実際に作物を育てるのである。
マリー、侍女のアリス、矮人族のミラミラ、長耳族のユリアの四人とも、この授業をとっていた。
「こんなに本格的なのは初めてですわ」
アリスが言う。
「といっても、体験学習だからね」
ミラミラは本格的な農業の経験がある。
彼女にとっては、こんな授業は遊びのようなものだろう。
マリー達はせいぜい、ちょっと土を耕したり、草むしりをしたりといった程度だ。
それでも王族や貴族にとっては異例の事だろうが。
最初は用具や実習の流れ等の簡単な説明だ。
本格的な栽培は次回以降になる。
「とりあえず育てる作物の種や苗はこちらで用意します。持ち込みの希望があれば考慮します」
教官はそういって、初回の授業は終わった。
「ねぇ、ミラミラ。あのドワーフ芋は育てられないかな?」
マリーはふと思い立って聞いてみる。
「気に入ったの?多分この土地でも育つと思うけど」
「うん。美味しかったし、栄養があるって事だし。もっと広まればいいのに」
ミラミラから聞いたが、ドワーフ芋というのは凄いものらしい。
痩せた土地でも栽培でき、収穫まで三ヶ月。
くせがなく、何にでも合う味。
これは小麦に替わって主食になるのではなかろうか?
この大陸の国々にも、定期的に小麦が不作の年があり、飢饉も起こる。
ドワーフ芋がそれを解消できるかもしれない。
決して、マリーが食いしん坊だからこんな事を考えるのではないと思う。
「魔法の作物なんてないよ、マリー」
芽に毒があったり、作る土地によっては病気に弱かったりするらしい。
「でもやってみて損はないでしょ?」
「そうだねぇ。まぁ先生の許可が出れば」
「もしかして、あれって他の国に持ち出しちゃいけないものとか?」
「そんな事ないんだけどね。ただあまり広まらないのよ」
それはわかる気がする。
この大陸では、あまり芋というものを食べる習慣がない。
うまいかまずいかとは、また別の話であった。
そして授業の後は、竜魔術師のハネスに会いに王宮に行く事になっている。
週に何回か通う事にしたのだ。
あらためてマリーを、ハネス以外の幾人かの魔術師が検査をした。
だが、魔力のかけらも見当たらなかった。
ただ「我らの使う地水火風の魔法とは違う波動を感じます」と言われた。
竜人国における魔法も、ルガール王国の魔法と基本的には同じらしい。
「マリーさん、お疲れ様」
「マリーさん、こんにちは」
竜人国の騎士や貴族らしき学生達が挨拶をしてくる。
マリーも挨拶を返した。
あのエリザとの試合以降、彼らの見る目が変わったようだ。
竜人国は尚武の国であり、女性であっても強いものは尊敬される。
確かアスランがそう言っていた。
母国にいた時は、王女が剣や槍や弓を習ってどうするのだと言われたものだ。
ルガールでは学問や芸術に長けた人間が尊敬される。
国によって違うものである。
マリーは王宮からの迎えの馬車に乗る。
一人で馬に乗っていくからいいと言ったのだが、そういうわけにもいかないと断られた。
何しろマリーは竜人国の王女であるルドミラの恩人でもある。
ここは相手の好意に甘える事も必要だろう。
そう割り切って馬車に乗る。
王宮に行けば行ったで、丁重な扱いを受ける。
かえって気づまりになるほどであった。
「来たか」
ハネスの部屋へ行くと、彼は既に目を覚ましていた。
今日は二人きりである。
ハネスは今は一線を退き、主に後進の指導にあたっているそうだ。
「竜の巫女の事を、もっと話してくださいませんか」
マリーは話の口火をきる。
「といっても、竜に力を与え、竜を癒し、竜を治める存在という以外はわしも知らぬでな」
「これの事も?」
マリーは竜の首飾りを見せる。
「竜の巫女がつけていたというものだが……」
ハネスはそう言って語り始めた。
はるか昔。
竜人族の先祖は、光竜と言われる竜が治めていた。
そして竜に力を与える竜の巫女と暮らしていたという。
いつの頃か、竜の巫女が生まれなくなり、それとともに竜人族の力も徐々に衰えていった。
竜の巫女の力は地水火風の魔法とは違う系統であること、竜の巫女の見分け方等だけが細々と伝承されたという。
「私は竜人族ではありません。でも竜の巫女の資格があるのでしょうか?」
「竜人族であるかは関係ない。人や長耳族であった事もあれば、もちろん竜人族であった事もあるようだ」
「そうですか」
「竜の巫女の力は魔法とは違い、あくまで竜自身の魔力や治癒力を高めるものだと思っておる。そして竜は竜の巫女を傷付ける事はできないとも言われている」
そういってハネスは目の前の杯に手を伸ばす。
「この前竜に乗りたいと言っておったが、竜人も古竜もなかなか気難しい。まぁおいおいな」
そして修行が始まった。
竜の巫女になるための修行というのは、当然ながら知られていない。
そのため、昔から伝わっている、魔力を高めるための基本訓練である瞑想をする。
後々は、回復魔術師や補助魔術師が行う訓練もやるらしい。
マリーは目を閉じ、呼吸を整える。
まずは鼻から息を吸って鼻から吐くらしい。
そして頭の中に太陽を思い浮かべる。
暖かくさんさんと降り注ぐ日差し。
その光が全身を循環し、それから自分の体が光り輝く様子を想像するよう言われた。
だんだんと体が温かくなっている気がする。
その時、ノックの音がした。
「何じゃ?しばらく邪魔をするな言ったろう」
「申し訳ありません、ハネス様。緊急事態でございまして」
入ってきたのは魔術師らしき風体の男だった。
「宰相エーリッヒ閣下のご子息の竜化が止まらず、是非ともハネス様にお越し頂きたいとの仰せで」
「ふむ……わかった」
ハネスはマリーを向いて言う。
「マリー、おぬしも同行するがよい」
「わかりました」
という事で、ハネスとマリーは宰相宅へと向かった。
王宮からほど近い、歩いていける距離である。
案内された先には部屋の中央に大きな寝台があり、その周りには大勢の人間がいた。
「おおハネス様、それにマリー様も。昼過ぎからオスカーが急にこのように……」
宰相のエーリッヒは、戸惑い憔悴した様子だった。
マリーは中央の寝台をあらためて見る。
オスカーと呼ばれた、小さな子供の竜がいた。
苦しそうに喘ぎ、うめき声を上げている。
「魔術師団の団長はちょうど北方へ巡察に出ておりまして。今の王都の医師や魔術師では……」
宰相の言葉を聞きながら、ハネスはベッドの上の竜の様子を見る。
「うむ……これは」
ハネスは祈りながら、宰相の息子の手を握っている。
「子供の竜変異は体に負担がかかります。このまま竜化が止まらなければ」
エーリッヒは動揺を隠せない口調で言った。
「だが、これはちとやっかいじゃな。時間がかかるやもしれぬ」
ハネスは難しい顔をしている。
「あの、竜化が止まらないと、どうなるんですかハネス様?」
「ふむ。この機会に知っておくのも良いじゃろう」
子供の竜変異は体に負担が大きい。
それだけでなく、竜の姿を長い間取り続けていると、理性を失って暴れ出すのだという。
そうなってしまった竜人をどうするか、ハネスはあえて言わなかった。
「それは……」
ハネスは目を閉じ、祈り続けている。
竜魔術師のハネスにできない事はマリーにもできないだろう。
だが竜の巫女は竜の力を強め、癒すものだという。
(そうだ、さっき教わったじゃない)
マリーは呼吸を整え、目を閉じ、太陽を思い浮かべる。
ハネスの肩にかるく手を置く。
いつの間にかマリーの体は光に包まれていた。
そしてその光がハネスへと流れ込んでいくのを感じる。
「おお」
宰相のエーリッヒは、驚きと安堵のため息を漏らした。
オスカーはいつの間にか竜の姿から、元の子供の姿に戻っている。
そしてじきに、安らかな寝息を立て始めた。
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