天笠製薬へ(1)
★★★
天井の高い大きな倉庫の中で、男たちが机を囲んでいる。
室内にもかかわらず、男たちはサングラスをかけて黒い背広に身を包んでいた。
黒服の男たちは、暴力をビズにしている者が持つ特有の雰囲気を持っている。
ただそこに立っているだけで、倉庫の空気はピンと張り詰めていた。
彼らはヤクザ・アサシンだ。
「ウェイウェイ!」
「ウーッス!」
「チョレタッス! スマンス!」
机を囲んでいたヤクザ・アサシンが、言葉らしき音声を発する。
その音声は意味を理解するどころか、
通常の人間では聞き取ることも困難な音階を持っていた。
彼らが交信に用いているのは、「ウェイ語」と呼ばれる特殊な言語だ。
これは主にヤクザクランが用いる圧縮言語だ。
ひとつの言葉に複数の意味をもたせ、さらに発音を省略することで、
効率的なコミュニケーションを実現しているのだ。
その効率化はすさまじい。
ウェイ語はなんと「ウェイ」という単語ひとつだけで、
日常的な会話が可能になっているのだ。
彼らが用いるウェイ語の始まりは、
ヤクザ・アサシンの始祖「クニサダ・チョウジ」だと言われている。
彼はヴァイキングのバトルクライ(雄叫び)にヒントを得て、
ヤクザの戦闘時の掛け声に意味を追加して、
より複雑なコミュニケーションをできるようにしたのだ。
しかし、ヤクザ・アサシンでない一般市民にとって、
この「ウェイ語」は非常に難解な言語だ。
いや、とても言語として聞こえたものではない。
ウェイ語の発音は、非常に日本語に良く似た動物の声と評される。
「ウェイウェイ!」
「ッス!」
「ええい、何を言ってるかわからん!
ちゃんと日本語でしゃべれ、日本語で!!」
「ウス!」
「ウッスウッス!!」
机を囲み、奇声を上げる黒服たち。
彼らの視線はルイのかつての相棒――
ウーラ・ギルマンに注がれていた。
「ギルマンさん、襲撃の生存者がつきました」
「急に正気に戻られても、なんかアレだな……。
まぁいい、連れてこい」
「ッス!」
さがった黒服は、車椅子の上に白い物体を乗せて持ってきた。
いや、物体はわずかに動いている。
――人間だ。
車椅子に乗っていたのは、
全身を包帯でぐるぐる巻きにされている人間だった。
「なんだこりゃ、まるでミイラだな」
ギルマンの言うとおり、車椅子に乗っていた人間は、
実際、エジプトのファラオめいていた。
車椅子に乗ったファラオを連れてきたヤクザ・アサシンは、
ひどく鎮痛な面持ちで、なぜこうなったのかをギルマンに説明した。
「ッス、連中をアンブッシュしたッスが、
やつらの返り討ちにあってめっちゃ火傷してるッス」
「暴力の専門家であるアサシンが、ここまでやられるとはな。
いったい何があった?」
ミイラはとても喋れる状況ではない。
彼のかわりに、車椅子を押していたアサシンが話し始めた。
「へぇ……ギルマンのダンナの言うとおりに、
こいつらは『嘆きの壁』の近くで待ち伏せしてやした。
そんで、首尾よくルイちゃんを見つけて尾行をしたんですが――」
「ふむ、何か問題があったのか?」
「はい、なんでもルイちゃんが
見慣れない連中に護衛されていたとか」
「何ッ!? いったいどんな連中だ!!!
俺以外にルイの相棒はいないはずだぞ!!!」
気色ばんだギルマンが、ファラオを激しく上下に揺さぶった。
そのあまりの勢いに周りのアサシンは驚き、
慌ててギルマンを止めに入った。
「ッス! 落ちつくッス!」
「クソッ! これが落ち着いていられるか!
俺以外のやつとルイが~!!」
「落ち着くッス! 女っス!!
棒の生えてるやつは一人もいなかったそうッス!」
「スンッ」
そのアサシンの言葉を聞いたギルマンは、
急に大人しくなった。
「ふぅ、あわてさせやがって。
そういうのは最初に言うもんだ」
「ッス。情報の優先度が良くわかんないッスね」
「バカッ! それがいちばん大事なことだ!!
で、返り討ちにされたってのは……その連中にか?」
「そうみたいッス。
壁にいたルイちゃんは、クルマに乗って高速に入ったんですが、
そこでコイツらはマシンガンでクルマを止めようとして――」
「おい! 捕らえろって言ったはずだろ!!!」
「そこはほら、みね打ちッスよ」
「銃にみね打ちもクソもないだろ……」
「いや、他のクランは知らないっすけど、うちの銃にはあるんス。
不殺モードってみね打ちの設定が」
「えぇ……?」
「うち、アワブロ・ヤクザクランはシノギの関係上、
一般人とトラブることも多いッスから」
「あぁ、そういうことか」
「ンン~!!」
「ほら、コイツも言ってるっす。
みね打ちモードだったら、クルマのガラスも割れないッスから」
「ンーッ!」
「ま、銃弾を食らってピンピンしてるやつなんていないわな。
俺が戦ったモンスターの血清を打ってたやつでも、
銃で撃てば普通に傷ついて血を流したしな」
「ッス。いくらヤクザ・アサシンでも、
捕らえろって指令が出てるのに、
通常モードでぶっ放すやつはいないっす」
「それもそうだな」
「ッス!」
「「ハハハ!」」
「ンーッ!!!」
「さっきからうるさいな。もういいぞ下がって」
「ッス!」
やたらと唸って、何か言いたげだったミイラは、
車椅子ごと片付けられてしまった。
「ルイに護衛がついているとなると厄介だな。
俺も出ないといかんな。
今の彼女の状況はどうなってる?」
「偵察員の情報によると、どこぞの民家に入り込んで、
そこで飯食って寝てるらしいッス。
ギルマンのダンナ、夜襲するなら今じゃないッス?」
「ふむ……いやダメだ、それは紳士的じゃない」
「はぁ」
「何だその顔は。こういうのは勝ち方も重要なんだ」
「じゃあ正々堂々行くってことっすか?」
「あぁ、白昼堂々襲いかかり、
男らしくルイをさらっていくんだ!!
そのためのプランもある!」
「どんなプランっすか?」
「よし、それを今から説明してやる」
ギルマンは戦闘服の腕をまくり、机の上の地図に指を伸ばす。
倉庫の高い窓から見える黒い空が白じむまで、彼らの作戦会議は続いた。
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こいつらサイド、いつも楽しそうだな…(




