調べ屋
「なるほど……確かにここなら人は寄り付かないな」
「でしょう?」
俺は首を上に向けて、空を仰ぎ見る。
夏の青空は、暗い灰色の鋼鉄の板で断ち切られていた。
ここはあの「願いの壁」のすぐ側にある街だ。
少し歩いているが、なるほど。
人気がないどころか、すれ違う人すらいない。
この街自体が活動をやめ、すでに死んでしまったかのようだ。
「まともな人間なら、この壁に近づこうと思わないだろうな」
「そうですね。モンスター化は土地のせい、あるいはモンスターに近づくと……」
「モンスター化のことを、病気のように考えているヤツも少なくない、と」
「――ええ。そう考えている人は多いです。
ここに居ると、いつモンスターになるかわからない。
そんな場所に好んで近づきたがる人はいません」
「正体の分からないモンスター化には、銃もドスも役に立たない。
ヤクザも震え上がるってわけか」
「そういうことですね。
ルイさんにとって、この壁の近くは比較的安全な場所かと」
「そりゃありがたいね。
壁の近くなら自由に出歩いて買い物ができるってわけだ。
店があればの話だけど」
「ココらへん、なんもねーからなー!!」
リーはガハハと笑うが、彼女の言うとおりだ。
本当に何もない。
道中でコンビニに通りすがったが、中をのぞくと真っ暗だった。
商品はおろか、それを置くための棚すら無い。
ただ冷たいコンクリートの床が広がっているだけだ。
そりゃそうだ。
人がいないんだから、商売のしようがないよな。
「……この壁は人間のモンスター化が始まってから建てられました。
建築の際、ほとんどの住人が周辺から立ち退いています」
「壁を作る作業のジャマだから退かされたのか?」
「はい。壁の近くの建物は、そのほとんどが空き家になっています。」
「ほとんど、ね……話が見えてきたぞ。
人が出ていった後、ここに住み着いた連中がいるんだな」
「さすが『奪い屋』だけあって、察しが良いですね。
人が出ていった後、血清を打った人々が自然と集まってきました」
なるほどな。
わざわざモンスターの近くに寄って来る人間はいない。
怪物の姿を隠すなら、怪物の近くにってことか。
「なるほどね。
今の俺たちにとっては、人間が来ないってだけでありがたい。
さては、調べ屋もモンスターなのか?」
「それは見てのお楽しみということで。
――こちらです」
シヴァは近くにあった商店街に俺を案内した。
商店街はアーケードで覆われていた。
その入口には「ふれあい通り」と書かれた色あせた看板がある。
俺は入口をくぐって商店街の中に入った。
商店街の中に人の姿はない。
外と同じく、俺たちの他に何も動くものはなく、いやに静かだ。
商店街に立ち並ぶ店のほとんどがシャッターが降りている。
シャッターが降りていない店もいくつかある。
だが、それも同じようなものだ。
電気はついておらず、窓の中は昼にもかかわらず真っ暗だ。
この場所にはおおよそ生命の輝きというものを感じない。
街が死ぬとしたら、きっとこんな感じになるんだろう。
シヴァが歩くヒールの音が、アーケードの中で反響する。
普段は雑踏に消えるような小さな音でも、とても大きな音に聞こえた。
「どの店もやってないようだが」
「昼の見た目はそうですけどね。
夜はにぎやかですよ」
「屋台が並んでお祭りみたいになってるぜー!!」
「そっか、リーはたまにここに来るのか?」
「うん! シヴァの手伝いで来る!!」
「へぇ買い物なんかで?」
「うん。あっそうだ!
なぁなぁ、シヴァ、せっかくだしなんか買うものあるか!!
運ぶぜ、チョー運ぶぜ―!」
「ふぅ。そのたびにねだられるのよ
考えておくわね」
「ふぅん……まんざらでもなさそうだが?」
「こっちよ」
あっ、ごまかされた。
シヴァのやつ……まさか照れてる?
彼女が俺を案内したのは、これまた昭和な雰囲気の喫茶店だ。
看板には「喫茶&ゲーム『ゴックマン』」って書かれているが……。
名前が危なすぎる。
看板に書いてるキャラの絵も、明らかに◯ックマンだし。
この版権にゆるい感じも昭和感がスゴイな。
「調べ屋のオフィスは元喫茶店か。
コーヒー飲めるのか?」
「えぇ。今となっては、メニューの半分はやってないけどね。
早く入りましょう」
「さびれた喫茶店にありがちなやつだな。
前、クリームソーダ頼んだら、アイスが乗ってないやつが来たぞ」
「それただのメロンソーダじゃない……。
どうでもいいけど、意外とカワイイもの頼むわね」
チリンとベルの音をさせてドアが開く。
中に入ると、これまた懐かしい感じのする光景が広がっていた。
すり切れたサテンのカウチに、変色して青色になった赤レンガの壁紙。
そしてカウンターには、グラスを磨いている人影があった。
だが、周りにあるものに比べると、その影はいやに小さく見える。
まるで子供のような……?
――!
「カウンターにいる彼が、私が頼んでた『調べ屋』よ。
彼はキクオ――ゴブリンよ」
グラスを磨いていたのは、とがった耳をした緑色の肌の小人。
ファンタジー映画やゲームに出てくるゴブリンそのものだった。
「おや……誰かと思えばシヴァ女史でしたか
そちらの方は?」
「ウチにきた新入りよ」
「俺はルイって名前だ。
それでモンスターとしてはその……。
角と翼を見ればわかると思うが、サキュバスだ」
「オレっ娘サキュバス?!
キター!!
これはまた逸材でござるな!!
おっとこれは失敬、ゴブブ!
拙者はキクオと申すものでござるよ!
ルイちゃんと申すのですな!
今後ともよろしくでござるよ! デュフフ!
あ、初めてこの店に来た客にはサ―ビスしてるでござるよ!!
何が良いでござるか!?」
「ま、こういう感じ」
「うわぁ……」
め、めんどくせぇ……。
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クリームソーダを頼んだらメロンソーダが出てきたのは実話です。
かなしみ。




