魚氷に上る【漆】
雲路が影の中から救い出した子供たちは
全員、大広間に寝かされて
くいなたち春野シスターズが
神社の井戸から汲んできた綺麗な水で
体を清められていた。
私は、子供たち一人一人の左手首を確認して回る
やはり皆、桜ちゃんの時と同じように
あの黒い髪が巻き付いていたのだろう
今はすでに消えてはいるが
私には、それが巻きついて食い込んでいた
痛々しい赤い傷跡が見えていた。
桜ちゃんの言っていた「優しいおじさん」
子供たちの左手首に刻まれた赤い線
私は大広間を後にすると
事の経緯を説明する為に
朧様と桃ちゃん達の所へ向かった。
。。。。。。。。。。
神社の外では、すでに体を清めた後の
桜ちゃんがきょろきょろと誰かを探し回っていて
その姿を、桃ちゃんと朧様が見守っていた。
「あっ、琴音さん!!」
私の姿を見付けた桃ちゃんが駆け寄ってくる
「桜の近くにはまだ【見えないお友達】が居るんですか?!」
そう尋ねてくる桃ちゃんに
私は首を横に振った。
「もう大丈夫、あぶちゃんはもう消えたよ」
「じゃあ、どうして…」
きっと桜ちゃんが探し回っているのは
あぶちゃんだろう。
私は、桜ちゃんに歩み寄った。
「桜ちゃん、あのね…」
「お姉ちゃん!あぶちゃんがね、あぶちゃんが居ないの!
桜の大事なお友達!いつも一緒にいるのに!!」
そう言いながら、桜ちゃんは私に
自分の左手首を見せてくる。
「お姉ちゃんにはまだ見える?
桜の大事なお守り!桜には見えなくなっちゃったの!!」
「お姉ちゃんにも、もう見えないな」
そう言うと、桜ちゃんは顔を真っ赤にして
目に涙を滲ませていた。
「桜の大事なお友達、桜だけの特別なお友達なのに…
お守り、桜がなくしちゃったんだ…。」
そう言って泣きじゃくる彼女に
私は、ピンク頭のお人形を手渡した。
「桜ちゃんにとって、本当の大事なお友達は
この子じゃないのかなぁ」
「メルちゃん…。」
「メルちゃんはさ
ずーっと桜ちゃんと一緒に居た
大事な大事な友達じゃないのかい?」
「うん、桜が赤ちゃんの時からずーっと一緒」
「この子はきっと、お守りなんて無くたって
桜ちゃんとずっと一緒に居てくれるんだ。
だって、この子 桜ちゃんの事が
とっても大好きなはずだからさ」
「桜も、桜もメルちゃんの事大好きだよ!!」
そう言うと桜ちゃんはニッコリ笑って
お人形をぎゅっと抱きしめた。
あの時、影に飛び込んでいった
ピンク髪の女の子
あれは、間違いなくメルちゃんだ。
きっと私の霊力を少し吸って
桜ちゃんを守るために現れたんだろう。
でも、メルちゃんが吸った私の霊力は
微々たるもので 姿を見せる事しか出来なかったはずだ。
それでも大好きな桜ちゃんを助ける為に
自分の魂ごとぶつかっていった。
今、桜ちゃんに抱きしめられている
ピンク髪のお人形
初めて見た時は確かに魂が宿っていたが
今のお人形には何も感じられない。
きっとメルちゃんの決死の覚悟だったんだろう。
自分の魂と引き換えにしてでも
守りたかったんだなぁ
「桜ちゃん、メルちゃんの事
これからも大事にしてやってな」
「うん!!」
結局、桃ちゃんには
桜ちゃんの事はメルちゃんが守ってくれた
とだけ伝えた。
不思議そうな顔をしてはいたけど
これ以上、桃ちゃんに怖い思いをさせたくなくて
詳しい話はしなかったんだ。
それでも、誰かを探すような事をやめて
メルちゃんを大事そうに抱きしめる桜ちゃんの姿を見て
桃ちゃんも少し安心してくれたみたいで
桃ちゃんは怯えた顔をしなくなっていた。
そして、二人の事を雲路に任せて
二人は家路についた。
私は、二人を見送った後
すぐに朧様に事の経緯を話すことにした。
。。。。。。。。。。。
「そうかい、ついに『アレ』の存在に
再び出くわす事になったのか」
「はい、間違いなくあの髪の毛は
『アレ』の一部でしょう。
あのおぞましさを私は忘れた事がないので」
「確かに、あのおぞましさ
忘れる事なんて出来やしないだろうさ」
そう、実は私にしか見えていなかった
『アレ』の姿を朧様も見ていた。
私が色んな霊媒師に助けを求めていた人の中に
朧様も居たんだ。
けれど、当時の朧様は一時的に力を失っていて
見えはしても、祓う事が出来なかった。
母を失った私を育ててくれたのは
朧様の罪滅ぼしなんだと私は思っていた。
だって、朧様は時々
私の顔を申し訳なさそうに見つめる事があるから
そんな気持ちにさせてしまうのが私も申し訳なくて
私は白藤神社を飛び出したんだ。
「それで、どうして『アレ』の一部が子供たちに?
どうして『アレ』の一部が隠し神なんかを
呼び出したのか、わかっているのかい?」
「今はまだ、私の憶測でしかないのですが―」
きっと誰かが『アレ』の一部を媒介にして
隠し神を呼び起こしたんだ。
架空の存在が具現化したとはいえ
本来、式神のように都合よく使役出来る
存在なんかじゃない
それを可能にさせるのが『アレ』の力
そして、それを子供たちに配り歩いている犯人が
「優しいおじさん」
こいつが何者なのかはわからない。
だけど、確実に
そいつは『アレ』がどんな存在なのかを
私以上に知っているはずだ
きっと『アレ』の祓い方だって
私はそいつを見付けなければいけない
消えた母の為にも
。。。。。。。。。。。
空が白み始めて来た頃
救い出された子供たちは皆
自分たちの足でしっかりと地を歩き
各々が自分たちの家へと帰っていった。
こうして、巷に広がる行方不明事件は
事件の真相も犯人も謎のまま
幕を閉じた。
【第一幕 完】