魚氷に上る【参】
さっきまで涙を浮かべていた女の子
名前は 上野 桃
改めて、私たちは彼女が話そうとしていた
話の続きを聞いてみる事にした。
「さっき、子供の行方不明事件の話をしていたわね
確か居なくなった子たちの共通点が【見えないお友達】だと」
やっぱり、くいなってば聞き耳立ててたんだなぁ
と思いながら私も話をする
「その【見えないお友達】が幽霊だったら
って所までは話してたよね
桃ちゃんはどうしてそう思ったの?」
私がそう問いかけると
さっきまで怯えた顔をしていた桃ちゃんの顔色が
少し青ざめた
まるで、思い出したくない光景を思い出したかのように
そして、小さな声で
ポツポツと話し始めた。
「実は、私には六歳の妹が居るのですが
その妹にも居るんです…【見えないお友達】が―」
桃ちゃんの話はこうだ。
桃ちゃんの妹さん上野桜
彼女がいつも遊んでいるお友達が
彼女曰く「あぶちゃん」という名前の子らしいのだが
桜ちゃんが通う幼稚園に「あぶちゃん」という名前の子供は
一人もおらず、名前も名字も心当たりがないと
桃ちゃんの両親は言っているらしい
だが、桃ちゃんのご両親は
イマジナリーフレンドが居るのだろうと思い
桜ちゃんがあぶちゃんとその日一日
何して遊んだ等の話を微笑ましく聞いているらしいのだが
最初は、幼稚園でだけ遊んでいたのに
先月には家の近くの公園で遊んでいると言うようになり
今月に入ってからは自分の部屋で一緒に遊んでいると言う
段々と距離が近づいてきて
ついには家に上がり始めた「あぶちゃん」
家の中で壁に向かって楽し気にはしゃぐ桜ちゃんを見て
桃ちゃんは少し気味の悪さを感じていたそうだが
そういう桃ちゃんも最初は小さい子供の一人遊びだろう
くらいに思っていたらしい
しかし、ある日の晩
零時過ぎに目を覚ました桃ちゃんの耳に
きゃっきゃと楽しそうに話をする桜ちゃんの声が聞こえてきた。
いつもは寝ているはずなのに
どうして今日に限って起きているのだろうと不思議に思いつつ
妹の楽し気な声に耳を傾けながらまた眠りにつこうとした時
桃ちゃんの背筋が凍った。
聞こえていたのは楽しそうに話す桜ちゃんの声
だけではない事に気付いてしまった。
桜ちゃんの声に交じって聞こえる
シャキッシャキッという無機質な音
そして「ふふ…ふふ…」と笑う
知らない女の声
妹が危ない!
そう思った桃ちゃんは急いでベッドから飛び起きると
桜ちゃんの部屋に入った
そこで、桃ちゃんは信じられない光景を
目の当たりにした。
桜ちゃんの部屋にある小さなランプだけが点いていて
桜ちゃんは自分の影に向かって笑いかけていた
その桜ちゃんの影が桜ちゃんとは全く別の動きをしていて
何よりも自分の目の前にいる桜ちゃんが持っていない
大きなハサミを、桜ちゃんの影が持っていて
そのハサミを桜ちゃんに振り下ろすような仕草をしていた
そして、桃ちゃんがその影を見た瞬間
桜ちゃんの影が桃ちゃんに襲い掛かって来て
桃ちゃんはそこで意識を失ってしまったという
桃ちゃんの意識が戻ったのは
日が昇る頃だった。
起きた時には、桜ちゃんは
何事も無かったかのようにベッドに大人しく寝ていて
自分は悪い夢でも見ていたんだ、と自分に言い聞かせながら
リビングに降りて行くとキッチンで
桃ちゃんのお母さんが朝ごはんの支度をしていて
「あら、こんな早くに起きるなんて珍しい」なんて言いながら
温かいココアを淹れてくれて
それを飲みながら何気なく目にしたテレビで
子供たちの行方不明事件のニュースを知り
それから桃ちゃんは
もしかしたら自分の妹もどこかへ消えてしまうのではないか
あの影に誘われて…
と、思うようになり不安になっていたのだが
相談するべき相手がわからず
とりあえず学校の友達に相談しようとしたのに
下らない怪談話として聞き入れてもらえなかったようだ。
桃ちゃんの話を聞き終わった時
いつの間にか二杯目のコーヒーを飲んでいた
雲路が口を開いた。
「主殿、これは…隠し神の類では?」
「あぁ、間違いないだろうね」
それを聞いた桃ちゃんはキョトンとした顔で尋ねる
「隠し神、ですか…?」
「元は聞き分けの無い子供なんかを
躾ける為の作り話でしかなかったんだ」
私の話に、雲路も続ける。
「元はただの架空の存在であったものが
長年語り継がれる事で人々の言霊が
それを具現化してしまった。という事ですね」
「でも、そいつが短期間で何人もの子供を攫うなんて
どうも腑に落ちない所もあるんだけどなぁ」
と、軽く頭を抱える私に
くいなが言った。
「この話、朧様に相談してみたらどうかしら
どうせこの後 琴音を神社に連れていく予定だったし
ちょうどいいじゃない」
「なんで私が白藤神社に行かにゃならんのだ!」
「だって、しばらく顔出してないじゃない!!
朧様も心配してるのよ」
「うぅー…。」
私を拾って育ててくれて
修行までしてくれた朧様に恩義はあるが
勝手に白藤神社を飛び出した手前
顔出しにくいんだけどなぁ
と、思いつつも
この件は私だけではどうにもならない事もあると思い
仕方なく、本当に仕方なく
私たちは桃ちゃんを連れて
白藤神社に向かう事となった。