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闇の竜王、スローライフをする

彼女の語る物語(闇の竜王、スローライフをする。コミック3巻発売記念短編)

作者: 稲荷竜

この物語はコミカライズ中の『闇の竜王、スローライフをする。』のコミック3巻発売記念短編です

コミック3巻まで、あるいはなろうに掲載している小説本編を読んでないとわからない箇所が多々あります

ご注意ください

 その生物は『生命として理想的なデザイン』をされた家畜なものだから、寿命もとても長かった。


 基本的に『人の営みは好きだが子供作りとかの生々しいのはちょっと……』という嗜好を持つ上位存在にデザインされたので、子作りの機能はない。

 彼女の生まれた場所はすべての生物がそうだった。決まった手順で『作製』されて、決まった年数だけ決まった働きをして、決まったものを食べ、決められた範囲の娯楽をして、決められた寿命で死んでいく。


 危機に瀕することのない世界。


 そこに住まう人は自分たちの状況について、誰も疑問を抱いていないようだった。


 だが、確かに、それはそうなのだろう。


『疑問』

『努力』

『思考』

『改善』


 それらはすべてストレスなのだ。変わる必要のない、言われたことだけしていれば幸福で安定した世界の中で、誰がそのような『心を傷つけるような行為』をするだろう?


 彼女がこういった人々を客観的な視点から観測できているのは━━


 彼女が人ではなく、牛だからに他ならない。


 青牛はかつていた土地のことを回想するのだ。


 世間の人々は翼の生えた双子ばかりを激動の人生に巻き込まれた者と思いがちだが、青牛もまた激動の人生に巻き込まれた牛であった。

 なにせ安穏と牛舎で決まりきった量のミルクを提供していればいいだけだった人生は終わり、危険まみれでなんの管理もされていない、しかも乱暴者だらけでオッパイの吸い方一つ知らないボウヤたちまみれの地上に降ろされたのだから。


 かの竜王━━最上君主こと光の竜王は、どうにも人型の生き物以外に感情や知性を認めていないところがあるのだ。

 たぶんそれはかの竜王だけではなく、多くの『知的生命』がそうなのだろう。

 彼らは二本足で立つ生き物にだけ、知性、認めがち━━しかし四つ足には四つ足の悩みがあり、知性があり、生き様がある。

 というか光の竜王からして四つ足なのに、なぜ二本足の生き物ばかりを優遇するのか、これがわからない。アンタは二本足か四本足(どっち)かと言えば四歩足(こっち)側でしょ! と。そう言いたい、


 まあ、当時の青牛には『言葉』がなかったのだけれど。


 青牛は実のところ地上に降ろされたことにはそれなりのストレスを感じていたわけだが、それでもこの大地の上には悪いことばかりではなかった。


 一つは闇の竜王というのが、おそらく竜王内でも変わり者であり、すべての生命を等しく扱っていたことだ。

 青牛は『住民』としての待遇を受けたのである。


 あの竜王はおそらく『家畜』というのを職分の一つとして勘定していたのではないだろうか?

 でなければ『家畜に言葉をあたえて意見を聞く』などということはしなかったと思う。


 まあその後もちょいちょいしゃべれてしまったのは『闇』らしく、かの竜王も理由がわかっていないようだが……

 青牛はかの竜王の祝福をしばらく与えられていないというのに、体調がいいと人の言葉を操り、人に準拠した知性を発揮することができる(普段は牛に準拠した方向の知性を発揮している。当たり前だが、人と牛では知性の向く方向が違うのだ)。


 そして、かの竜王がいた集落の者どもも、青牛を住民として扱った。


 もちろんそれは『人のように屋根とドアがある家に住まわせ、人のようにテーブルで食事をとらせる』などというふざけたことではない。

 だいたい四つ足の自分にそんな扱いをしようものなら、逆に虐待だと思う。

 自我がはっきりしないうちから人のように扱われていればまあ慣れるのかもしれないが、青牛は光の竜王の箱庭で生まれた生命なので、生まれつきある程度の知性と、牛としての自覚があるのだ。今さら『人っぽくしろ』と言われても困る。


 そういうのもふまえて、彼らは青牛を『住人』として尊重した。

 これが二つ目の『地上に来てよかったこと』だとおモォう。


 ……人らしい思考は長くもたない。


 青牛は……牛なのだ。


「闇の竜王ちゃんがいなくなってからしばらく経つのねえ」


 最近の青牛を世話しているのは、例のあの、なんだっけ……なんだかバブみを求めている疲れ果てた社会人みたいな……そういう女性ではなくって、それより何世代かあとの人らしい。


 なので青牛がこうして言葉を取り戻すと、『当時のこと』を聞きたがり、人を集め、青牛を取り囲むように座って静かにしている。


 青牛はもう乳を出さない。

『完璧にデザインされ、決まった寿命を生き、寿命のあいだは十全に働ける、ミルクを出すためだけの家畜』は、その役割をこなせなくなってなお生きているのだった。


 あたりにはノーマル牛たちがおり、それらは人らしい動きも思考もせず、もちろん言葉も話さない。

 だが古老となった青牛には尊敬みたいなものを抱いているようで、青牛が人のように話していると、なんとなく周囲で牧草を食んだりしつつ静かにしている。


「あの乱暴なお嬢ちゃんは生きているのかしら? あら、亡くなったの? ……ああ、前も聞いたのね。いいのよぉ。あの双子ちゃんは? たまに『降臨』する? すごいわねぇ。神様になったみたい」


 青牛は人が『神』と呼ぶ存在にあんまりいいイメージはないのだが、人が『神』をどういうイメージで見ているかはなんとなく知っているので、配慮した表現ができる。


 とりとめもなく話をしていく。


 神を自称した、わがままな困ったちゃんのこと……

 青牛や双子ちゃんを産んだ、精神にどこか子供らしい潔癖さを残した引きこもりちゃんのこと……


 乱暴でお酒が好きなお嬢ちゃん……

 オッパイの吸い方も知らない力任せのベイビーちゃんたち……

 疲れ果ててよく抱きついてきた子のこと……


 なんか気付いたら集落にいなかった子のことは有名で、むしろ青牛の方がみんなから教えてもらうぐらいだった。

 あとは双子ちゃんのことに……双子ちゃんがお気に入りだった元気な子のこと……


 そして…………


 人の意識が薄れていった。


 青牛はこうしてぼんやりするたびに、『次』はないのかもォなというようにおモォうのだ。


 青牛は寿命を超えて生きている。


 それは創造主の計算を超える人生だった。


 もはや生に対する執着はなかった。

 それでも死は少しばかり怖かった。


 けれど、人のように思考して、一つの結論をとっくに出している。


 これだけ老いて、老いて、老いて、老いて、生きて、生きて、生きて、生きて、たくさんの子たちに囲まれて、あらゆる子との思い出を作って、語って、語って、語り尽くして━━


 そんな自分が死を恐れたら、歳をとるのが恐ろしいことばかりのように思われてしまうではないか。

 重ねた思い出が最後に悲しみになるなどと思わせたくなかった。長く生きることは素晴らしいのだと、古老こそがその態度で示さなければならない。それは『人』としての彼女が、この歳になって己に課した役割なのだ。


 だからのんびりと語り、のんびりと……


「眠くなってきちゃったわねぇ」


 ……眠る。


 青牛の大きな背が世話係に撫でられ、四つ足でゆっくりと立ち上がると左右から力のある男たちがその身を支えた。

 ふかふかの藁が敷かれた牛舎は青牛専用で、それは改築を重ねて住環境を改善し続けてはいたけれど、ベースになるのは、彼女がこの集落に来て初めて入った家なのだった。


 思い出は古びていく。

 しかしそれをベースにして新しいものが建っていく。


 彼女はこの集落に残された最後の(いしずえ)だった。


 いずれ朽ちても、その上には新しいものが建つのだろう。


 いや、すでに……


 ……もう人のように考え、人のように話すことはないのかもしれない。

 けれど最期にもう一度話すことになれば、その時に語る言葉は決めていた。


 おやすみなさい。


 古老はただ眠るように息を止めるのだ。

 当たり前に生きて当たり前に死んで、満足しながら眠ることが、『長生きするのはいいことだ』と子供たちに示す最高の手段であると考えているから。

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