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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

左が前の白い装束。未発表な

作者: 仁槃

 僕は今まで色んな人が死ぬところを見ていた。

 ガンで亡くなった父親に、車にはねられた母と妹。みんな揃って最後は白い服装をしていた。僕は白色が嫌いだった。

 僕と彼のと話を書こうとおもう。彼と初めて会った頃からこれを書いていたらなら。一番記憶が新しい時に。そう思ってしまう。少し後悔している。

 『物を書くのは記憶が薄れてからの方が、顔や声に話したことを忘れていてもその時の気持ちや気にしていなかった周りの風景も見える。』

 ある小説でそんな文章を見た。好きな作家だ。

 それを読み、僕はこれを書くことを決めた。薄れゆく記憶も、体が覚えているはずだから。


 彼はとある書店でアルバイトをしていた。高校生くらいに見えた。

 その書店ではいつもナットキングコールかスティーヴィーワンダーあたりが流れていた。

 流れる曲の雰囲気につられて、そんなような小説の棚に向かっては、手に取って買っていた。

 僕は本屋にいるのが好きだった。

 毎日来ていても、毎日新しい作品が出るわけじゃないし、違いも大してない。毎回見る棚も同じ。新刊がないと分かっていても同じ小説の置かれてる場所に行く。不思議とそれが楽しく感じた。

 そして彼も毎日いた。初めて出会った時。僕の好きなファンタジー小説。その小説のポスターが落ちていて、滑って倒れかけた。

「あそこにポスターが落ちてましたよ」

「どこですか」

「あそこですあそこ」と僕は指を刺した。

 ポスターの場所にとっとっと。と走っていき手に取った。

「ありがとうございます」

 返事の代わりに頭を下げた。そしてその日はそのポスターの小説を買い、家に向かった。

 それが最初の出会いだった。


 毎日彼と会っていた。おそらく向こうも僕の方を認知していたんだろう。

 いつものように本屋に向かうと彼はいなかった。秋と冬の間ごろのことで、そうか、受験でもあるのだろうと僕は思った。棚に並んだ本を眺めて家に向かう。

 帰り道、大きな横断歩道で彼を見かけた。信号は赤。

 彼の目が僕には期待しているように見える。通る車を見て。

 死のうとしているようにうつった。

 看取ってきた人。死を覚悟する瞬間か、死のうとしてる時。同じ顔をしていた。絶望のような、軽蔑のような。諦めたのかスッキリしている顔の人もいた。

 でも彼は期待している。疲れてるのだろうか。呆れてるのだろうか。

 信号が青になると彼はいつもレジにいる時と同じ、好きでもない曲を聴いて放心状態になったような気力のない顔に戻った。

 右の方へ歩いて行った。僕の家は左。


 次の日は店に彼がいた。僕は小説のを持ってレジに向かう。

「615円です」

 いつもカバーをつけてもらっていたので、いつのまにか言わなくてもカバーをつけられるようになっていた。

 慣れた手つきで彼がカバーをかけている彼に

「バイトが終わったら、紅茶でも飲まない? 駅前の新しいあの店で」

 と言うと少しびっくりしたような顔をしてから

「四時に終わります」

 と言ってカバーをかけた本を渡される。


 四時十五分あたりになって彼が来た。

「少し遅れました。雨が降ってて」


 彼は自分の名前を教えてくれた。

「名前と同じ地名があるんですよ。京都に。僕はこの名前好きじゃないんですよね」

 と彼は笑う。

 彼とは話があった。僕らはいろいろと話した。

 この前買った本や流れてる曲。ディープパープルの『Hush』。

 映画の話。あの監督の新作。車の撮り方は四つ前の五作目の時と同じだったね。と。

 彼は小説を書くようだ。

「気を張ってる時ってミスが多くなったり、これって思うものほど次の日に見るとイマイチになっちゃいますよね」

 彼は耳の裏をかつかつと掻きながら少し恥ずかしそうにいった。いろいろと話した。

「昨日横断歩道のところに居たでしょ」

 彼は少し驚いたような顔をして、そしてすこし優しいようないつもの目つきに変わった。

「目でわかるんだよ。僕ね。死ぬ前の人の目を見たことがあるんだ。その日からちょっとわかるんだ」

「5、6%くらいですか?」

 と少し茶化しながら言ってくる。

「最近ね。飼っていたネコが亡くなったんですよ。家から出て行って、探しているとひかれていたんです。車に」

 彼は道路を見ている。

「もう、大丈夫ですけどね。もうすぐ寿命だったんですよ。猫は、飼い主に弱っているところを見せたくないって言いますから。きっと見られたくなかったんでしょう。自分の最後が。そんなもんです」

 そこからしばらく二人とも喋らない静かな時間が流れる。

 僕は店に流れる空気を読まない明るい曲に耳を傾けながら彼を見ていた。

 彼は窓の外を眺めたり、届いたコーヒーに砂糖を入れて混ぜたりしていた。

 少し客が増えて、店に流れていたアルグリーンの『Let’s Stay Together』が喋り声で聞こえなくなっていった。

 会話はいらなかった。客が増えて声が増えていく度に少しずつ何かがわかっていく様な気がした。気まずいような沈黙じゃなかった。


 目が覚めた。体の節々が痛い。体を起こすとパキッペキッと関節が鳴る。知ってる天井。いつも見ている天井とは違う。僕は床で寝ていた。

 昨日のあの後のことを思い出す。

 この家。外観は四角く不要なものを全て削ぎ落としたような見た目をしているがあくまで外見。

 部屋の方はDVDと小説、古い映画のポスターや詩集に画集に漫画。デッサン基礎などの本で埋め尽くされて足の踏み場なんてほとんどない部屋。

 家具はアウトドア用品を使っているからか、散らかっているのに妙に小洒落た部屋になっている。


「今度貴方の書いた作品を読ませてくださいよ」

 別れる直前。会計を済ませて、靴の飴を吸い込んだマットレスを踏んで店の外に出た後彼は言った。

「前にノートを忘れていったことありましたよね」

 彼は少し声を張りながら言った。

「あの作品、好きだったんですよ」

「もちろん。僕なんかので良ければ」

 僕も声を少し張ってそう返した。

 

 この部屋に来て、僕はステンレスのコップで水を飲み、積まれたDVDや本の間から紙切れを探して探して探した。

 積まれているものを倒しながら僕は探した。両親に、妹に読んでもらったことを思い出していた。

 あの頃の思い出が、あの頃に流れていたビートルズの『Here Comes The Sun』をBGMに少しずつ浮かんでくる。

 書いてから一週間後。自分で読み返す際に、これじゃあダメだ。あの頃に唯一最後まできちんと読んだ小説に影響を受けすぎている。と自分でも恥ずかしくなるような作品を僕の家族は褒めてくれた。

 最後の一枚。最後のページだけ見つからないので他の部屋も探す。すると今はもう使っていない、きれいにしたままの妹の部屋に最後の一枚が見つかった。

 用意するのを忘れてしまっていた入学祝いに

「プレゼントはこれでいいよ!」

 と言っていたあの日を思い出す。事故の前日。

 ほっぺたに違和感があった。久々に感じる違和感。暖かさに悲しさに悔しさ。全部混ざったような不思議な感覚。風に吹かれた雨上がりの木のように、次々と涙が溢れていた。

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