3話
先輩とのことを考えていたが、ふと隣に座る先輩が、寒そうにコートの前を合わせるのが目に入った。そうだ、このオフィスは僕のせいで、暖房が効いてなかったんだ。どうしようかしばらく逡巡した後、僕は勇気を出して、
「先輩、寒くありませんか?…良かったら、僕のコートどうぞ。」と、自分の肩に掛けていたコートを差し出す。
「え?大丈夫だよ。そっちこそ寒いでしょ?」と断られたが、「僕は寒くないので大丈夫です。」と半ば無理やり先輩の肩にコートを掛ける。
良かれと思って、コートを掛けてしまったが、気持ち悪がられてたら、どうしようと、内心焦る。怖くて、先輩の顔が見れない。
そんな僕の耳に、「…あったかい。ありがとう。」と嬉しそうに、つぶやく先輩の声が聞こえた。それだけで心が満たされる。「いえ。」と、もごもごと僕は答える。
それからしばらく、僕は寒さを我慢しながら仕事を続けた。そしてもう少しで仕事が終わるという頃、僕は寒さのせいだけではなく、極度の緊張でガタガタと震えていた。それはなぜか、隣に座る先輩にさっきからずっと、見つめられている気がするからだ。
僕は先輩の方を振り返ることが出来ず、ひとりドギマギしていた。いや、そもそも自意識過剰な僕の思い込みかもしれない。先輩は、僕越しにただ、窓の外を眺めているだけかもしれない。うん、きっとそうだ!僕なんて、見つめるはずない。
思い切って先輩の方を向くと、先輩とばっちり目があった。「…っ!え、あっ、…。」と慌てる僕に先輩は、「お腹空かない?」と聞いてくる。
「…っへ?」と、僕は間抜けな声を出してしまう。言われてみれば、お昼から何も食べていない。確かにお腹が空いた。僕は正直に「空きました。」と答える。
「そっか。私もお腹空いたんだよねー。」と朗らかに答える先輩。ということは、一緒に出張に行った藤崎さんとは、ご飯に行っていないのか。いや、でも小腹が空いた的な意味かもしれない。
「あのー、…藤崎さんとは帰りにご飯とか行かなかったんですか?」と恐る恐る聞いてみる。
「え?行ってないよ。藤崎さんとは駅で別れたし。」
「へぇー、そうだったんですね。」と平静を装いながらも、僕は内心小躍りしてしまいそうな程、喜んでいた。「何ニヤニヤしてるの?」と先輩に指摘され、僕は真顔に戻る。どうやら顔に出ていたようだ。
「仕事、終わりそう?」
「えーと、…あと5分あれば終わります。」
「じゃあ、ちょうど良いね。」と先輩は立ち上がる。どうしたんですか、と尋ねる僕に、先輩は「ふふ、楽しみに待ってて。」とどこかに行ってしまう。何だろうと思いつつ、僕は仕事を続けた。