09 ミレーヌ・ヤハタ (前)
<宇宙軍第7突撃部隊 参謀部 総務経理グループ ミレーヌ・ヤハタ軍曹>
この第7突撃部隊は、5割が歩兵を中心とした陸戦部隊、4割8分が小型艦船拿捕に特化した艦隊運用部隊という構成をしています。残りの2分が参謀部なのですが、参謀部の中でも私達総務経理グループは、事務処理や厄介事を押し付けられる尻ぬぐい担当だと私は思っています。
私はまだ軍歴2年目。この部隊の参謀部の中でも一番の下っ端です。きっと私が一番雑用を振られるのでしょう。
部隊招集の際に、想定する作戦について部隊司令官から訓示がありました。作戦内容は『とある大型艦船の内部制圧、および小型艦船の拿捕』だということでしたが、作戦目標については機密だという事で一切知らされませんでした。
どこに行くか事前に知らされていないと、事前に駐留先の自治政府との協議が出来ません。そうなると食糧手配などいろいろな事に支障を来たします。
きっと後で困ったことになるだろうなと、この総務経理グループの皆が思っていました。
部隊招集後の練度を上げる訓練は、首都星系とその周辺の無人星系を使って行われました。
私達総務経理グループは訓練には参加しません。その間、部隊の予算管理や金額の大きい物資調達申請の審査等、経理的な処理を進めます。
その中で、気になる申請を1つ見つけました。金額的にも大きいのですが、何故こんなものを?
私では判断できないので、グループ長に相談します。
「グループ長。少し宜しいでしょうか。
この調達申請なんですけど、何故こんな物を申請されているのかが分からなくて。」
その調達申請には、調達対象としてゴミの再利用処理装置のレンタル費用が記載されていました。
「……金額的には通しても良いんだが。作戦の詳細が知らされていない以上、必要性については我々だけでは判断しづらい。
この申請は私が預かろう。作戦グループとも相談する。」
「よろしくお願いします。」
参謀部の内、作戦グループは作戦全体の立案・指揮を統べるグループなので、部隊編成当初から内容を知っています。必要性については、彼等が判断してくれるのでしょう。
この時は、この申請の事はそれっきり忘れてしまいました。
訓練期間中ですが、参謀部はいよいよ作戦行動を始める時期になりました。
参謀部内の作戦グループ以外のグループも、作戦準備の為に、他の部隊よりも早めに作戦内容が開示されます。
これから司令官ヌジャーヒン准将から、参謀部への作戦開始の訓示が行われます。
「これより、作戦の概要を述べる。
作戦目標は、帝国辺境にあるクーロイ星系である。
廃棄された第三コロニーに宙賊が潜んでいるという情報が入ったため、宙賊および協力者の拘束を行う。
ただし、作戦当日は当該コロニーにて、第三コロニーの事故追悼式典が行われる予定だ。協力者は多くがその式典に紛れていると想定されるが、星系政府にも協力者がいる可能性がある。
そのため、第三コロニーでの式典の制圧と協力者の確保、宙賊の制圧、そして当該星系の他コロニーの政府関係施設の制圧も併せて実施する。
宙賊は宇宙船を保持しており、別星系へ逃亡する可能性がある為、ハランドリ星系他5星系に、念のため拿捕の為に小部隊を展開する。
私は第四皇子殿下と共に先に現地入りし、当日は殿下と共に式典に出席する。当日の作戦指揮は現地にて行うが、それまでの指揮は副司令官が行う。
作戦の詳細は別途責任者に伝達するが、各グループは別星系に派遣する小部隊へ配置する人員を速やかに検討し、報告を上げる様に。
また総務経理グループは、速やかに現地での補給物資確保の為の段取りを進めよ。
以上だ。」
司令官は訓示を終えて去っていきます。
……ちょっと待って。現地での補給物資確保?
実家がハランドリ星系に居るから、クーロイ星系の事情も少しは分かるんだけど、あそこって小規模の居住コロニーが幾つかあるだけの、2万人かそこらしか人口が居ない星系じゃなかったかしら。
そんな星系で、数千人規模の部隊の食料を確保するのって……。
そう思ってグループ長を見ると、彼は平静な様子です。何か手立てはあるのでしょうか。一応聞いてみましょう。
「グループ長、クーロイ星系での補給物資確保ですが、大丈夫なのですか?」
「ヤハタ軍曹。君は経験が無いかもしれないが、こういった作戦現地での徴発はよくある話だよ。
今回は部隊規模も小さいから、気にすることは無いと思う。」
グループ長は今までの経験からか、楽観的な返答が返ってきましたが、問題はそこではありません。
「ひょっとして、クーロイ星系を御存じないのでしょうか。
あの星系は居住可能惑星の無い、資源採掘を主としたコロニーのみの星系です。
確か星系全体で2万人くらいしか人口が居なかった筈なのですが。」
「は? たった2万人!?
それでは、現地での徴発は……!」
ええ、難しいと思います。
幾つか小部隊に分けると司令官閣下が仰いましたが、それでもクーロイ星系に数千人規模の部隊が駐屯することになるのでしょう。星系の人口が少ないので、現地での徴発は困難と思われます。
問題はそれだけではありません。
「あと、目標星系まで行く間に発生したゴミは、いつもの作戦行動ではどうしていますか?」
「居住星系の場合は、大抵は現地政府にお金を払って引き取って貰うが……そんなに人口の少ない星系だと、処理能力が足りなくなるな……。」
「あそこはコロニー星系ですから、ゴミの扱いについては政府も住民もかなり神経質です。
そこに大量のゴミを押し付けるようだと、市民の宇宙軍に対する非難が高まり、活動にも支障が出かねないと思います。」
ゴミと言えば……あ、あの申請!
「そういえば、ゴミの再利用処理装置のレンタルの申請が出ていましたよね。
今思い出したのですが、あの申請、グループ長預かりになっていた筈ですが。」
「あ、あれか……。
今となっては口惜しいが、あの申請は却下された。」
恐らく申請者は、作戦地域がクーロイ星系だという事、それにクーロイ星系がどういう場所かという事を知っていたのでしょう。
「今からでも、再審議出来ないのですか?」
「どうもあの申請は、司令グループでも上の方で却下されていた。つまり、クーロイ星系が作戦地域だと知っていて却下しているのだ。
司令官閣下が訓示と作戦開始宣言をされている時点で、作戦日程も各艦船への積載物も既に確定している。再申請を出しても、再検討する時間も積載スペースも無い。間違いなく却下されるだろう。
つまり、現地で何とかせざるを得ないのだ。」
蒼い顔で、グループ長は答えます。
現地で何とかする……つまりその面倒事は、間違いなく私達、総務経理グループに降りかかって来るという事です。
更に、現地政府からの苦情の矢面に立たされることにもなるでしょう。
本当に……やってられない。
司令官は先に現地に入っているという事で、副司令官の乗る重巡洋艦に参謀部の一員として同乗し、作戦に参加しました。
総務経理グループは作戦行動そのものには加わらないので、参謀部控室という名目の待機部屋で推移を見守っていましたが、3区コロニーに穴を開けたのを見て頭を抱えました。
処理しきれないゴミを3区に捨てているんじゃなかったっけ……。この状況で自治政府にゴミを押し付けたらどうなるか。
星系の中でも一際大きな0区コロニーのシャトル駅に接舷し、部隊が駅を接収したので、駅事務所の一角に総務経理グループの執務スペースを確保します。
早速駅職員にゴミの処理について確認すると、
「ゴミ処理機の故障のため、ダストシュートは全て封鎖しています。
運航管理以外の職員の退去命令が宇宙軍から出されているので、修理人員もこちらに来ることが出来ません。」
だから宇宙軍のゴミは宇宙軍で処理してね、って事ですか。
グループ長に報告して、ゴミは全て持ち帰るようグループ長から通達を出して貰いました。
これで一安心と思っていたのですが、甘かったと知るのは翌朝。
部隊の兵士と市民が駅舎の入口で揉めていると連絡があり、仲裁の為に行くと、大量のゴミ袋を横に兵士達と市民が口論をしていました。
聞いていると、どうやら兵士達が通達を無視して、ゴミを一般市民のゴミ捨て場に大量に投棄した模様。
横にある黒ビニールのゴミ袋の山はこれでも1か所分らしい。こんな量が、近隣のあちこちのゴミ捨て場に捨てられている模様。どうやら、クーロイに来るまでに艦に溜まっていたゴミも全部捨てたらしい。
これは手に余ると、引き返してグループ長に相談する。グループ長は更にその上と相談してくれて、一旦宇宙軍側が出したゴミを引き取って、コンテナに詰め込んで処理施設へ持ち込む事になった。
兵士達へのゴミの回収命令を上から出して貰ってから、揉めている現場へ引き返す。市民の皆さんに頭を下げ、宇宙軍側が出したゴミ――市民が通常出しているゴミは専用袋なので、そうでない分は全て宇宙軍の出した物と判別できる――を宇宙軍で回収することを説明し、納得してもらった。
兵士達には、駅に接舷している艦からコンテナ付きのトレーラートラックを回して貰い、回収したゴミをコンテナに入れて貰う。
すると私の端末にグループ長から電話が掛かった。
「ヤハタ軍曹。君がここの事情に一番詳しい事を見込んだ上での命令だ。
回収したゴミがコンテナが一杯になり次第、現地の処理施設に持ち込んで引き取って貰ってくれ。
命令書は別途送る。では頼んだぞ。」
「え、ちょ、ちょっと……!」
現地の苦情の矢面に立つのが面倒なのか、押し付けられた……!
とはいえ、命令書まで発行されるとなると、私に逃げ場はない。
程無くコンテナが一杯になり、まだまだゴミは有りそうなので、ひとまずトラックに同乗して処理施設まで行く。
処理施設の入口で事情を説明すると暫く待たされ、施設奥から中年の女性が一人やって来ました。
「ちょっと、唯でさえ処理しきれないのに、宇宙軍が大量のゴミを持ち込んだってどういうことだい!」
責任者の方なのでしょうが、最初からお怒りです。
「宇宙軍第7突撃部隊、総務経理グループ軍曹のヤハタと申します。
私自身はクーロイのゴミの現状は理解しているのですが、何分、上からこうして命令が出された以上は仕方なく、宙軍のゴミを持ち込ませて頂きました。
申し訳ありませんが、受け取りの程、宜しくお願いします。」
上からの命令書を見せながら、その責任者と思しき女性に頭を下げる。
「……ここの施設長の、クレーネンだよ。
宇宙軍ときたら、どいつもこいつも居丈高に怒鳴って来る奴ばかりだったが、物が分かってて頭を下げるのも居るんだね。
まあ良いわ。頭を下げたあんたに免じて一旦受け取ってやる。軍曹程度の階級じゃあ、上に逆らえない事はわかってるしね。
これは、後で別の所に突き返すかも知れないけど、それは構わないよね?」
「はい、申し訳ありませんが、それでお願い致します。」
何とか受け取って貰えましたが、結局この日は1区や2区で突き返されたゴミを含めて、コンテナ10台分のゴミを処理施設に持ち込む事になりました。
私はゴミの回収と処理施設の持ち込みだけで振り回され、持ち込む度にクレーネンさんから苦情を受け取る羽目になりました。
クレーネンさんは、自治政府を通じて部隊司令部に猛抗議をして、持ち込んだゴミを全て貨物ヤードに突き返したらしい。
はあ……。短い軍歴ですが、特にこの作戦は杜撰だと感じます。
元々、経理技能を買われて入隊し、家族も宇宙軍への入隊を喜んでくれましたが……ここまで杜撰な部隊運営だと、やる気が削がれてしまいますね。
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