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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
閑章 廃棄物狂騒曲(ラプソディア・アポリマートン) ~カエサルの物はカエサルに~

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08 ピーター・クラークソン

<自治政府 総務長官代行 ピーター・クラークソン>


「この私に恥をかかせやがって。貴様、一体どういう積りだ!」


 監察官閣下の御座乗艦である重戦艦アストゥラピへ、食糧45000食――宇宙軍部隊2000人、1週間分の食糧を納品した日の夜。

 予想通り、監察官閣下から呼び出しがあった。

 閣下の執務室――元々、領主カルロス侯爵の執務室だったのだが、監察官閣下が占拠している――に入った途端、冒頭の発言だった。


「貴様等が提供した食糧で、部隊の慰労をする為のパーティーを予定していた。

 だが、あの食糧は何だ!

 何故再生レーションパックなんか食べなければならんのだ!」


 激昂した監察官閣下が、納品した食糧についての苦情を私に怒鳴りつける。

 それは勿論我々自治政府が、45000食の食糧を全て再生レーションパックで納品したからだ。製造原料は、宇宙軍部隊の出したゴミから抽出した水と有機物、そして賞味期限切れ間近の備蓄食糧だ。


 帝国軍は帝室の支持基盤でもある。だから宇宙軍にいい顔をしたいのだろう。だから我々が供給する食糧をあてにして、慰労パーティーなんぞを企画したのだろう。

 しかしそもそも、人口23000人の星系に2000人もの部隊で駐屯し、真面な食糧を寄越せ、というのが無理筋だという事を、この閣下は理解できないのだろうか。


「当星系は人口が少ないので、食糧の種類まで指定できないと申し上げた筈です。

 勝手に期待して、勝手に落胆しただけでしょう。

 むしろ、2日で用意できたことを褒めて頂きたいものですね。」


「あんな市民でも食べない物をか!?」


「ここは宇宙空間に浮かぶコロニーだという事をお忘れのようですね。

 宇宙服の状態でも摂取できるレーションパック(これ)は、コロニーでの食糧備蓄としては最適なのですよ。現に当星系の食糧備蓄でも3割を占めていますし、市民にも学校給食の段階から週1でレーションパックを提供して、慣れてもらっています。」


「レーションパックだけでなく、それじゃあ、あの()()()()()はなんだ!」


 コンテナ9台を監察官閣下の御座乗艦に持ち込んだが、レーションパックはそのうちの3台分だけ。

 残りの6台は、宇宙軍が最初にクーロイ星系で捨てたゴミから、再利用品を回収した残り滓だ。


「ゴミの不法投棄が、星系内で処理できない程の量がありましたからね。

 『カエサルの物はカエサルへ、不法投棄ゴミは不法投棄者の元へ』というのがここクーロイの法律です。

 再利用可能品を回収して嵩を減らしはしましたが、最終処分は宇宙軍でやって下さい。

 クーロイではもう処理できる余力がありませんので、ハランドリ星系へ持って行って処分をお願いしたらどうですか。」


「それはお前たち政府がやる仕事だろう。

 政府所有の貨物船でお前たちが持っていけ!」


「我々の貨物船は貿易用途です。つまり販売用の鉱物を運び出し、代わりに食糧を買ってくるための物です。宇宙軍の尻ぬぐいの為に徴用されるのは御免ですな。

 大量のゴミを持ち込んだのも宇宙軍、ゴミを捨てていた3区に穴を開けたのも宇宙軍。宇宙軍で責任を持つのが筋というものです。」


 採掘場で掘られている鉱物の内、リオライトは戦略物資のため、国が全部接収している。

 残りの鉱物――重力の軽いオイバロスでは、軽金属やリン、ケイ素等が主だ――は、クーロイ星系内の需要を除けば、全て売って外貨を稼ぎ、星系政府の収入に充てるのだ。

 特にリンやケイ素は肥料の原料になる。農業を主力産業とするハランドリ星系は、広大な農地で効率的に農産物を生産するために大量の肥料を必要としている。

 ハランドリ星系の政府や肥料商社は、当星系産のリンやケイ素をあればあるだけ買ってくれる上得意先である。そうして生産された農産物を、市民を食わせる為に我々が買うのだ。


「貴様ら……市民の安全を守る宇宙軍に対する敬意は無いのか!」


 敬意だと? はっ、笑わせてくれる。

 この閣下は、自分の思い通りにならずに癇癪を起こした子供だ。そう思って扱うのがちょうど良いだろう。

 なまじ権威を持っているのが鬱陶しいが。


「今一番、クーロイ星系の市民の安全を脅かしているのは、宇宙軍です。

 星系人口の1割もの人数で押し寄せて、経済活動を止めて、大量のゴミを押し付け、食糧を寄越せと騒いでいますからね。」


 監察官閣下を睨みつけると、歯噛みしながら睨み返してくる。


「なんだと!」


 クーロイ星系は食糧の単独自給もできない。宇宙軍が、貨物便含めたハランドリ星系との全ての航路を封鎖している所為で、食糧事情も経済活動もストップしているのですよ。

 全く……宇宙軍には迷惑しか掛けられていない。

 この狭いコロニーで、我々政府と市民が、どれだけゴミと食糧に気を配っていると思っているのだ?


 こんな口論を続けていても話が先に進まない。


「閣下の()()()期待は別として、ちゃんと45000食の納品はしましたよ。

 それで、ハランドリ星系への旅客、貨物航路の再開は認めて頂けるのですか?」


「……認めないと言ったら、どうする積りだ。」


「どうしようもありませんな。

 帝国政府が約定通り生産ブロックを供給頂けていませんから、クーロイ星系は食糧自給が賄えていません。貨物航路が封鎖されている以上、外部からの購入もできませんから、備蓄が減る一方です。

 そうして、備蓄を食い潰した時点でこの星系は破綻です。これ以上我々に食糧供給を要求するなら、食い潰すのが早くなるだけの話です。そうなったら、市民達の怒りはどこに向かうのでしょうね。

 我々も、監察官閣下による()()政策が不当だったと、中央政府と有力貴族達に声を大にして訴えますよ。」


「……。」


「それに、旅客航路も封鎖していますので……式典の為に来た行方不明者家族とマスコミがいつまでもクーロイに留まることになります。

 人数の関係で式典に参加できなかった方々も含めて、結構な人数が居ますので、その分も食料備蓄が減る理由になっていますね。

 備蓄を食い潰すまで、それほど猶予はありませんよ。」


「……やむを得まい。貨物航路の封鎖は解除する。今日明日には手続きさせよう。

 だが、旅客はまだだ。」


 やれやれ。資源貿易の再開がようやく出来そうだ。

 監察官閣下とは議論にならないから、かなり時間を無駄にしたな。




「旅客の再開が駄目とはね。

 式典の一般参列者をクーロイに留め置く理由はどこにも無いはずですけどね。

 マスコミを解放することで、クーロイの現状が知れ渡るのを恐れてるのでしょうか。」


「式典から行方を晦ませている、3区の会の協力者と思われる者達を探しているんだろう。

 まあ主には、食糧管理課長の言う通りだと思う。」


 監察官閣下の呼び出し後、執務室に食糧管理課長とバルドー製造係長を呼んで話をする。


「ともかく、貨物航路の再開についてだ。

 鉱石の販売と食糧の買い付けだが、食糧はいつもの1割増しの量の買い付けをして欲しい。これは備蓄の減った分だ。

 宇宙軍からの依頼と資金供給が無い限りは、こっちが食糧を買ってやる理由も無い。

 それで食糧管理課長には、向こうへ情報を流す人員を貨物便に紛れ込ませてほしい。渡りをつける先は、できれば有力な高位貴族家が望ましいな。」


「近いところなら、やはりトッド侯爵でしょうか。

 こちらは清掃処理課の方で伝手があるようなので、向こうの課長とも相談して人選します。」


 ローモンド君のところという事は、エインズフェロー工業からの繋がりか。


 旅客便だけ封鎖しても、情報の拡散を止める事はできない。遅いか早いかの違いでしかない。

 貨物だけでもクーロイ星系外へ出る手段があるなら、私は積極的に情報を流出させるだけの話だ。


「それが良いだろう。

 エインズフェロー工業の御令嬢も拘束されているから、救出のために協力してくれそうだしな。

 その人員に、ありったけの情報を持たせてくれ。

 侯爵や政府高官、3区の会といった面々が明確な証拠の開示無く拘束されている事もな。

 俺の方も、監察官との議論――というより、閣下から一方的になじられる音声データを提供しておく。」


「そこまで漏らして、良いのですか?」


「構わん。内密の話だとはっきり表明していない奴等の落ち度だ。

 権威を笠に着た上の奴等の脱法行為にはうんざりしている。

 一度明るみに出して、痛い目に遭ってもらった方が良い。」


 第一、宇宙軍への食糧供給やゴミの引き取り処理なんかは、他所の星系ではそれほど負担になっていないからか慣例になっているようだが、受入側政府の()()()()()()。それが、宇宙軍にとって既得権益かのような認識になっていて、横暴な振る舞いに繋がっている。


 監察官はもっと酷い。カルロス侯爵閣下を拘束し、一時的に領主代行の役も担っており、さらに宇宙軍の突撃部隊への命令権まで保有している。

 つまり帝室としての権威、領主代行としての権限――正式なものではないので、空位の高官の任命や、存在する高官を罷免する権限は無いはずだが、当初は私の罷免をしようともしていた――、駐屯する宇宙軍への指揮命令権まで持ち、当星系に対する独裁者かのように振舞っている。

 奴の側近連中もその威を借りては振る舞っている。側近連中は、まだ度を越した振る舞いは控えているが、早めにあの監察官閣下を打ち負かさないと、側近連中もそのうち増長して、手が付けられなくなるだろう。


 皇帝陛下はあの閣下を甘やかしているとの噂だが、閣下のクーロイで振る舞いの中身を貴族達に流せば、帝室と貴族達の大規模な対立になることは想像に難くない。

 早急にそれ位の騒動を起こさねば、ここの事態は沈静化せず、ずるずると現状容認へ向かってしまう。そうなってしまえば、領主様、カルロス侯爵閣下はそうそう解放されないだろう。

 カルロス侯爵閣下の拘束には明確な根拠も無いし、さっさと解放されるよう動かねばなるまい。




 次の日、再度監察官閣下から呼び出しがあった。


「総務長官代行。

 君を呼んだのは、駐屯部隊への次の食糧供給についてだ。」


「次は、レーションパック何食分必要ですか。」


 レーションパック以外の備蓄食糧は、供給する気はない。


「は? 何故レーションパックが前提になっている。

 次は通常の食糧を供給して貰うぞ。

 毎週、1週間分の通常食糧を供給しろ。」


「それは、宇宙軍の部隊統括としての御命令ですか。

 それとも領主代行として?

 あるいは帝室としてですか?」


「……部隊統括としては、君への命令は出来ないだろう。

 だから、これは領主代行としての命令だ。」


「であれば……市民への通常食糧の供給が出来なくなりますな。

 それでは閣下の命令で宇宙軍へ食糧供給を求められたので、市民の皆様にはレーションパックで我慢してください、と布告しましょう。

 では、その準備にかかりますので、失礼を。」


「ま、待て! どうしてそうなる!」


 執務室を出ようと立ち上がると、慌てて閣下が止めに入る。


「どうして、ですと?

 市民への供給も100%出来ていない現状で、それに加えて宇宙軍2000人を食わせる食糧など無いのですよ。宇宙軍へ供給すれば、市民への供給が減るのは当然では無いですか。」


「だがそんな布告をすれば、市民の不満が私に向かうだろう!」


「領主代行としての命令で、市民生活に大きく影響を及ぼすのです。そこには市民への布告は帝国法で定められている、絶対必要な事項です。

 代行と言えど領主たる者、クーロイ星系住民23000もの命を預かる訳です。

 その者の発する命によって起きる住民の不都合、不満は、命を発した領主代行に集まるのは当然では無いですか。

 それを承知の上での、領主代行としての御命令でしょう?」


「っ……。」


 閣下は私の正論に、悔しそうな顔で黙り込む。

 帝国軍はいい顔をしたいが為に、その分発生する面倒事も市民の不満も、全部自治政府の官僚達に押し付けよう、などというのは通らない。


「で、では帝室として、その布告の差し止めを……。」


「ほう。この帝国法は領主貴族の横暴を抑え、住民を守る為のものと理解していますが。

 いざ帝室にある自分が領主権限を持てば、そんな法律も住民を守る責務も無視して、好きにやらせろ、という訳ですか。

 これは全貴族総会に報告すべき内容ですな。」


「!……。」


 私の反論に、監察官は途端に顔色を蒼くする。

 全貴族総会……これは帝室の暴走を抑えるため、貴族達が派閥を越えて協議する会議体だ。

 この台詞を全貴族総会に報告すれば、貴族達は帝室に対してどう出るだろうな。少なくとも、帝室の権威はかなり揺らぐことになるだろう。

 こんな帝国法を逸脱した馬鹿げた命令を実行すると、自分と帝室への非難に繋がることは、一応この閣下も頭の片隅にはある様だ。


「それで?

 これ以上何も無いのであれば、先ほどの命令は、やらせて頂きます。」


「ま、待て!……先ほどの命令は、撤回する。」


「撤回と言うのは、どれの事を?」


「……宇宙軍への食糧供給の命令、……布告の差し止めの、両方……だ。

 その上で……宇宙軍への食糧供給について、現実的な案を……検討してくれ。」


 監察官は悔しそうに、絞り出すような口調で撤回を表明した。やれやれ。

 何もかも自治政府に押し付けて、宇宙軍に良い顔など出来ないと漸く理解したか。

 こちらは最初から、現実的に対処しようとしていたと言うのにな。


「市民生活への影響が少ない様に、という事で良いですね。

 であれば自治政府としては、レーションパックでの食糧提供くらいしかできませんよ。それも、2000人の1週間分を毎週、という供給量は無理です。

 初回という事で大判振る舞いしましたが、昨日の供給で備蓄量がかなり減っていますので、次回以降は昨日の供給量の6割で精一杯です。

 備蓄を元に戻すことも考えると、安全マージンを取って、必要量の4割とさせて頂きたい。

 勿論、その全量がレーションパックとなります。」


「半分未満……しかもレーションパックで、だと……。」


 最初のゴミは宇宙軍が溜め込んでいた物だったので、再利用でそれなりの量を回収できたが、昨日宇宙軍が出したゴミの量は初日ほどでは無かった。

 クーロイ市民2000人分よりもかなり多かったのは間違いないが、昨日のゴミの量から逆算したレーションパック製造量は、概算で昨日の納品分の5~6割ほどだった。

 ここに居る監察官閣下やその取り巻き連中の世話は別枠だし、宇宙軍が拘束している領主カルロス閣下や高官の方々――更迭された前総務長官は除く――への食事も、レーションパックという訳にはいかない。

 それに、備蓄を増やすのに余力を振り分けておかないと後々不味い。

 率直に言えば、この目の前の閣下の口にレーションパックを捻じ込みたい所ではあるのだが。


「それとゴミについてですが、宇宙軍が滞在する以上、水資源の利用は通常よりかなり増えていますので、水資源含めてゴミから再利用できる物は、全てこちらで回収させて頂きます。

 回収後の残り滓の最終処分は出来ませんので、それは宇宙軍の方でお願いします。」


「最終処分?」


「一般的には、燃やして土に埋めるとかだと思います。

 クーロイではそのような手段は取れませんから、恒星に対して射出したりしていますよ。

 駐留部隊の出したゴミは、駐留部隊の方で恒星に投棄して貰っています。

 そこは、宇宙軍内でもゴミ処理について詳しい人が居るでしょう。」


「……わかった。宇宙軍内部で検討させる。

 食糧についても、部隊予算で調達させよう……。」


 この小さいクーロイ星系に宇宙軍の食糧やゴミといった面倒を押し付けるなど、無理だという事を漸く理解したのか。ひとまず、現実的な線に落とし込めそうだ。


「食糧にせよゴミにせよ、軍内部での検討案が出ましたら、速やかにご連絡を。

 そこから現実的な線に落とし込むための会議なら、ウチの連中も拒否一辺倒にはなりませんよ。

 それでは。」


 意気消沈の様子の閣下にそう言い残して、領主執務室を後にした。




話としては一区切りつきましたが、この閑章はもう少し続きます。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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