06 アルベルト・ローモンド(前)
<自治政府 総務部清掃処理課 廃棄再利用係 アルベルト・ローモンド>
昨日の3区での式典は散々な事になった。
宇宙軍の乱入により式典は中断し、侯爵閣下や行政長官以下数名の政府高官が監察官側に拘束された。
総務長官と警備隊長は監察官側の拘束者には居なかったが、『職権乱用による警備隊の私的運用』が発覚して領主様に更迭された事、総務長官の後任として行政長官の補佐官をしていたクラークソン補佐官が、総務長官代行として当面の職務に当たる事が、行政長官の名前で全職員に昨夜通達が出されていた。
私は昨日、式典の運営に当たっていたので、3区の騒乱の現場にいたのだが、3区のゴミ置き場の壁を突き破って宇宙軍が乱入して来たのには蒼褪め、直ぐに怒りがこみ上げた。
我々政府職員や行方不明者家族達も一時拘束されたが、0区に戻って直ぐに解放された。しかし、奴等宇宙軍は3区の会事務局の全員を拘束し連行していき、彼らが今まで対応していた行方不明者家族達の事を政府側に押し付けて行った。
政府職員達で集まって急遽協議したが、3区の会が今まで対応していた内容がまるで分からず、ひとまず参列者達全員を宿泊先に連れ帰る事となった。
3区の会の手配した住居が0区にあった者は、それぞれタクシーを手配したり、近い場所の者は歩いて帰って貰った。1区や2区の空き部屋を充てられた者達は、シャトルを出して連れて行こうとしたら宇宙軍に止められた。それでは彼らの宿泊については宇宙軍に責任を取れと強く抗議して結局シャトルを出させ、それぞれの借り上げ住居に連れて行った。
全ての作業が終わった時、既に朝になっていた。
その時点で疲労の色の濃い一般職員は一旦家へ帰す事になったが、どうせまた朝になったら大きな問題が起こる事が目に見えていたので、私は他の役付き職員や多くの男性職員達と、政府庁舎へ戻っていった。
私達政府職員の中には、監察官や宇宙軍に対する激しい怒りがこみ上げていた。
式典参列者達を送り届け、庁舎に戻ってから、3区の会に代わって今後の彼らのサポートを誰が担当するかを話し合った。そこには総務長官代行がいつの間にか加わっていたので、話し合いはスムーズに決まった。
結論としては総務部の職員を中心に、別の部署の有志が数人加わって臨時チームを結成することになったが、私は免除してもらった。
何故なら、私の所属する課の担当職務……ゴミ処理で直ぐに大問題が発生することが目に見えていたからだ。
まず、昨日突入して来た宇宙軍が駐留している人数の問題だ。
クーロイ星系の人口は非常に少ない。0区が大体2万人、1区と2区はそれぞれ約1500人位だ。
星系のゴミ処理施設はこれだけで能力一杯どころか少し超える位だ。にもかかわらず、総務長官代行によると、宇宙軍は治安維持を称して2000人も駐留させているらしい。宇宙軍の慣習として、滞在中のゴミ処理は星系政府に押し付けて来るらしいので、2000人分のゴミが増える訳だ。
昨日、0区では大学で起きた反対集会がデモ行進に発展し、政府庁舎等の主要施設を制圧しようとした宇宙軍陸戦部隊とデモ隊の間でにらみ合いが起きたと聞く。結局デモ隊と軍の衝突には至らず、デモは解散になったそうだが、その際の撤去ゴミも宇宙軍が処理施設に押し付けたという。
さらに式典の最中、監察官の指示で突入して来た宇宙軍は、よりによって3区のゴミ捨て場の壁を突き破りやがった。外に穴が空いている分、危険性が高くなる。とてもじゃないが、危なくて3区へゴミ捨てに行けなくなった。
結果、1区や2区では、恐らく宇宙軍にゴミを押し付けられたら、うちの担当者達なら不法投棄の対抗措置を取るだろうと思われる。そうすると、1区2区で押し返されたゴミを、宇宙軍の奴らは0区に持ち込んでくる可能性がある。
そして処理施設は、既に処理し切れないゴミで溢れていることだろう。更に1区や2区で溢れたゴミが加わる。
かと言って、いつもの様に溢れた分を3区へ持って行って捨てることも出来ない。
このゴミをどうやって宇宙軍に押し付け、責任を取って貰うか……私の頭の中は、それだけで一杯だった。
朝に政府庁舎に戻り、1時間だけ仮眠をとって仕事を始めた。
案の定、午前10時頃に処理施設長から直電が掛かり、散々に苦情を聞かされた。やはり予想した通り、駐留する宇宙軍は自分達のゴミを全て処理施設に押し付けたらしい。
これは我々清掃処理課に対する、宇宙軍からの挑戦と受け取ってやる。
私は早速、シャトル運航を管理する都市整備部シャトル運輸課に連絡を取り、貨物ヤードへの貨物持ち込みについて確認を取った。
彼らによると、やはりシャトル関連の設備は全て宇宙軍によって接収されているらしい。シャトル運航については宇宙軍の監視・荷物検査の元で旅客のみ運行が許可されていて、貨物は宇宙軍による物資運搬のみ。3区へのゴミ捨て用シャトルの運航は却下されているそうだ。
彼等から宇宙軍の駐屯データを貰おうとしたら、直ぐに送ってくれた。既に用意してあったらしい。仕事が早くて助かる。
他のメールを確認すると、『ゴミを引き渡すので適切に処理して欲しい』という宇宙軍からの通達が来ていた。
……適切に、か。ここに解釈の余地がありそうだ。
ふと、こうしたら良いのでは無いか、そんなイメージが頭に浮かんだ。
これは私一人では出来ないし、まず上と相談が必要だな。
周りを見ると、課長が自席で書類作業をしているのが見えた。席を立ち、課長の元へ急ぐ。
「ん、ローモンド君。どうした?」
「0区の処理施設に、宇宙軍が自分達のゴミを大量に押し付けて来たらしく、施設長から至急の対策を求められています。
そこで、ちょっと課長に相談がありまして。」
「あいつ等……!
それで、君は何か腹案があるようだな。
宜しい、話を聞こうじゃないか。」
課長が会議室を予約してくれ、2人で入る。
2人着席してから、現状と、1区2区が取るだろう対策、それによって今後何が起きるかを説明した。
「恐らく、今のゴミの量は宇宙軍が艦船に溜めていたゴミも押し付けた物だと思われます。宇宙軍のゴミを処理するだけの余力は我々にはありませんし、押し付けて来たゴミがこれで全部だという保証もありません。
なので、基本方針は、これらのゴミを全部宇宙軍に突き返すべきかと思います。」
「それはその通りだ。だが、宇宙軍と軋轢が生じかねないぞ。」
「いえ、むしろこれは我々清掃処理課に対する挑戦だと思っています。
ですから……。」
それから、我々清掃処理課の宇宙軍への対抗案を話した。
「……待て、ローモンド君。
君は、真正面から宇宙軍に喧嘩を売るつもりか!?
もうちょっと穏便に事を進められないのか。」
「喧嘩を売ってきたのは向こうです。売られた喧嘩を泣き寝入りすると、奴等は更につけ上がります。つまり要求レベルが上がるだけです。
これによって迷惑を被るのは住民側なのです。
やるなら最初に徹底的に反撃しないと。」
「……言いたい事はわかる。私もそう出来たら良いと思う。
ただ、これをやると矢面に立つのは総務部長であり、就任したばかりの総務長官代行になる。
ここは、上の判断を仰ごうじゃないか。」
課長から、総務部長とその上、長官代行にアポイントを取って貰う。
2人は丁度長官代行の執務室で引継ぎの最中だったが、要件を課長が話すと『今すぐ来い』との事だったので、2人でそのまま長官代行の執務室へ向かう。
就任したばかりのピーター・クラークソン長官代行は、私より数歳若い気鋭のやり手だと聞いていたが、実際には帰って来てからの話し合い以前にはお会いした事が無く、先ほどの話し合いでも直接話はしなかった。
しかし執務室に入ると長官代行は声を掛けて来た。
「清掃処理課のオールデン課長に、廃棄再利用係のローモンド係長ですね。
昨日の夕方から急遽長官代行に就任した、クラークソンです。
ローモンド君。資源の廃棄と再利用の業務を良くやってくれていると、君の評判は聞いていますよ。
ところで、オールデン課長からは、ゴミ処理の事で大問題が発生したと聞いています。ローモンド君には腹案があるそうですが、聞かせて貰えますか。」
長官は私の事を御存じだと言い、こちらが挨拶をする間もなく提案を促して来る。
補佐官時代の噂通り、せっかちでやり手の御方らしい。
課長に説明した内容を、長官代行に説明する。
「……成程。宇宙軍に売られた喧嘩を、真正面から返してやるわけですね。」
長官代行はウンウンと頷いて、私の話を聞いてくれた。
これなら行けるか……。
だが、次の一言に冷や水を浴びせられた。
「ですが、これでは駄目です。」
……駄目なのか……。
失望感が出て来るが、しかしそれを感じるには早かった。
「残念ながら、それでは不十分です。
宇宙軍相手だけなら良かったのですが、全ての元凶はここの上に居ます。どうせやるなら、上の御方に吠え面をかかせなければ、私も溜飲が下がりませんよ。」
意味する内容に唖然とした。総務部長も課長も顔色を失っている。
領主執務室を占拠して居座っている、監察官閣下の事では。
あの、長官代行……もしかして監察官閣下……第四皇子殿下に喧嘩を売るつもりですか!?
「むしろ上の御方を黙らせなければ、領主権限と司令官権限、皇族の権威を上手く使い分けて逃げられてしまうでしょう。
そもそも宇宙軍が喧嘩を売ってきたのは、上の御方の後ろ盾があるからです。
だからこの喧嘩を買うなら、上の御方を黙らせるのは必須条件なのですよ。
それに……ここだけの話、宇宙軍から自治政府へはもう一つ、駐留中の食糧提供まで要求されています。」
な、何だって!
奴等、ゴミも食料も……負担を全部政府に押し付ける積りか!
「貴方達も知っての通り、奴等2000人を食わせるだけの余裕など有りません。ただ、こっちは私の方で既に対策を考えています。貴方達は気にしなくて構いません。
それより、このゴミの件も大問題です。
どうせなら、もう1つ奴等に吠え面をかかせたいじゃないですか。
ローモンド君の案をベースに、もっと良い手を考えましょう。」
長官代行はそう言って、そのまま我々は企画会議に突入した。
部長と課長はどちらかと言うと調整役を得意としているので、主に私と長官代行がアイディアを出し、部長と課長がそれに対する課題を挙げる形で議論が進み、一つの作戦案がまとまった。
「さて、この作戦案ですが、ローモンド君の部署だけではなく、政府内の各署の協力が必要です。
総務部長、他の部との調整はお願いします。
清掃処理課長には、課内の情報共有と調整を宜しく頼みます。
そしてローモンド君。君の発案と政府への献身には感謝します。
思う存分やって下さい。私が全責任を持ちます。
何か変更が必要でも、君の裁量の範囲内であれば事前相談は不要です。
ですが、報告は上げてくださいね。」
「は、はい! 了解しました!」
「そうだ、どうせなら、この作戦名を決めたいですね。
思いついた物があるのですが、私が決めてもいいですか?」
部長も課長も、異存は無いようです。
私ももちろん。
「では、作戦名ですが『カエサルの物はカエサルへ』ではどうでしょう。」
それは……悪質不法投棄の対策措置を提案した初代総務長官が引き合いに出した。大昔の格言ですね。
「今回の作戦の達成目標からして、これが一番ピッタリだと思います。」
もちろん、長官代行の案に誰も異存は無い。
部長も課長も頷いている。
「殿下に余計な事を探られない様、全体像を把握するのはこの4人だけにしましょう。特に部長と課長は、他に全体像を漏らさないようお願いします。
それでは、早速動きましょう。」
その言葉を会議終了の合図として、私は課長と共に、長官代行の執務室を後にした。
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