05 クラージェス・バルドー
<自治政府 都市計画部 食糧管理課製造係 クラージェス・バルドー>
3区での式典には、都市計画部からも多くの職員が応援に行きましたが、我々食料課は星系内の各コロニーの食料自給を担っており、日々業務が忙しい為、応援は免除されました。
なので庁舎で仕事をしていると、都市整備部から電話が入りました。どうやら3区での式典中に宇宙軍の兵士が乱入し、政府高官や3区の会を拘束したそうです。しかも、こちらのコロニーにも宇宙軍が進駐してくるらしいです。
それを聞いて、まず食料生産ブロックへ安易に立ち入り出来ない様にセキュリティレベルを上げました。
政府立ち上げ以来、警備部隊以外の宇宙軍が進駐してくる事は無かったのですが、宇宙軍が他の星系へ進駐した際には、星系政府へ食料の提供やゴミ処理を要求していたという話は、領主様の主星系からの出向者から聞いていました。
これまでと同じように、今回も自治政府へ食料提供を求めてくるでしょう。しかし、宇宙軍の進駐は数千人単位だと聞きましたし、クーロイ星系に限って言えばそんな人数を養う余裕はありません。下手をすると食料生産ブロックを急襲されかねません。
そんな事態になり食料生産ブロックが宇宙軍の管理下に置かれてしまうと、星系住民の食料が不足してしまいます。
「自治政府の食料管理の部署はこちらだと聞いた。責任者を呼べ!」
翌日の午前中、宇宙軍の制服を着た数人が、私達の部署の受付カウンターの向こう側にやって来ました。新人の男性職員が応対していますが、向こうは責任者を出せの一点張りで、職員の話を聞く様子が有りません。
私が出ないと仕方なさそうですね。
セキュリティが機能している事を再確認してから、席を立ってカウンターに行きます。
「えー、どちら様でしょうか。」
「宇宙軍第7突撃部隊所属、第4歩兵部隊第1中隊長のミヤタ准尉だ。
貴様が、星系の食料製造管理を行う部署の責任者で合っているか。」
……随分と居丈高な物言いの宇宙軍士官ですね。
「ええ、食料課製造係長のバルドーです。それで、御用件は?」
そう言うと、ミヤタ准尉は一枚の書類をこちらに掲げて言いました。
「宇宙軍、第7突撃部隊からの通達である。
当クーロイ星系領主のカルロス侯爵に叛乱の疑いが生じたため、先ほど3区にて侯爵および行政長官以下高官数名を拘束した。
宇宙軍第7突撃部隊は、叛乱協力者の捜索および捜査を監察官から委託されている。そのため、我々はこのシャトル駅に駐留し、クーロイ星系の捜査に当たる。
自治政府には、第7突撃部隊の進駐部隊2000人に対する、食料供給をして頂く。
これが、その通達書である。」
掲げているこの書類が、通達書ですか。
でもね、そのやり方がここクーロイで通用するとは思わない事です。
「一体、クーロイ星系の人口や食料生産能力をどの位だと思っているのですか。
クーロイ星系は人口約1万3000人。食料自給は80%です。
つまりは、宇宙軍は星系人口の6.5分の1もの人数で進駐し、食糧を脅し取り、他の住民を飢えさせろと、そう仰るのですね。」
「そんな事は言っていない!
元々宇宙コロニーの場合、食料生産率は人口比120%を維持する様定められている筈だ!」
帝国法では、確かにそうなっていますがね。
「自治政府立ち上げ時に、元々人口は8000人に抑える予定だったのですが、コロニー容積に余裕があるだろうと中央政府が入植者をどんどん送り込んできましてね。
一方で、元の計画から人口が大きく増えましたが、追加の農業生産ブロックは一向に中央政府から提供されません。星系規模が小さすぎて、政府が独自で農業生産ブロックを購入する余裕は無いのですよ。
ですので、今回の食料供給の要求は住民への影響が甚大となります。
帝国法の宇宙軍進駐に関する規定上、帝国市民の安全が脅かされる事態に当たる場合に当たりますので、要求は拒否させて頂きます。」
「くっ……。
余り拒否するようだと、強制執行権を発動しても良いのだぞ!」
強制執行権……宇宙軍と地元住民との折り合いがつかなかった場合に、宇宙軍の任務遂行の為、強制的に執行する権利を有する、というあれですか。
「食料泥棒が出ても困りますから、かなり厳重なセキュリティが掛かっています。宙賊に奪われる可能性も想定して、最悪の場合は爆破される仕様になっています。
強制執行権を行使して農業生産ブロックに突入して、そうしてブロックが失われた場合、宇宙軍は補償してくれるのですか?
あなた自身にそれを担保するだけの権限が無いでしょうから、この場での口約束は信用できません。
書類を今から用意しますので、持ち帰って頂いて、部隊司令とその上の宇宙軍の王都側の責任者の署名を頂けますか。」
セキュリティレベルは先ほど最高にまで上げましたから、無理やり突入しようとすると生産ブロックごと爆破されます。
それによって、星系の住民の生存に重大な影響を及ぼすとなれば、宇宙軍は二の足を踏むはずです。
「くっ……。
領主が拘束された為、現在は監察官閣下が領主代理として統治権をお持ちである。
監察官閣下が統治権を行使すれば、貴様らは食糧を提供せざるを得なくなるぞ。」
「コロニーでの市民生活の安全を司る総務長官の下で、政府は機能しています。
それを飛び越え、軍を率いる監察官閣下による統治権を発動するということは、宇宙軍による戒厳令の発令でもするのですか?」
それをすると、それ以降発生する事象の全責任があの監察官閣下と宇宙軍に降りかかる事になります。
星系住民の不満も全て監察官閣下に向かうでしょう。
でも上層部から漏れ聞こえている閣下の性格から考えると……そんな面倒な事は嫌がるでしょう。彼等は面倒な事が起きたら自治政府側に矢面に立たせたい筈です。
これは単なる脅し文句で、実際に発令させるつもりは無いと見ています。
「くっ……。では、民間の食料業者を紹介しろ。」
案の定、こちらに応じる気が無いと見た士官は、顔を歪めます。
民間業者に捻じ込んで、支払いは政府に回すつもりなのでしょう。でもそれは無理と言うものです。
「隣接星系であるハランドリ星系からの食料輸入業者は数社ありますが、いずれも小規模です。流石に2000人の宇宙軍を食わせるだけの供給は出来ませんよ。
そもそも貴方がた宇宙軍が、民間人による星系間の往来を制限するのではなかったですか。先ほどの通達書にも書いていましたよね。
ですから、貴方がたが自分でハランドリ星系へ行って、現地で食料商社と交渉する方が早いですし、確実だと思います。」
「……くそっ! どうあっても応じる気は無いというのか。
この件は上を通じて抗議させて頂く。覚えておけ!」
そう言い残して、士官たちは去っていきました。
食糧提供の要求はひとまず突き放しましたが、相手は宇宙軍です。武力がある以上、いつまでも拒否し続ける事も難しいだろうと感じました。
案の定、翌日になって、総務長官代行から呼び出しがありました。
「バルドー係長、昨日は良くやってくれた。
あそこで突っ撥ねないと、奴等はつけ上がって要求がどんどんエスカレートしていくからな。
さあ、中に入って座ってくれ。」
上司である食糧管理課長と執務室に行くと、長官代行がにこやかに出迎えてくれました。
前総務長官は式典直前に行政長官の命で更迭され、後任に指名されたのが、行政長官の右腕と言われていたピーター・クラークソン氏。
年齢がまだ若い為『代行』と付いていますが、食糧政策で何度もやり合った私の印象では、彼はかなりのやり手です。
彼がわざわざ私を呼び出した時点で、褒める為だけでは無いのでしょう。
促されるまま、執務室内の応接スペースのソファーに座ります。
「あそこで拒否しないと、住民用の食糧が食い潰されてしまいかねませんでした。
とはいえ、いつまでも拒否し続ける事も難しいと思います。」
「そうだな。君達を呼んだのはその事だ。
先ほど監察官に呼ばれて、食糧の事で文句を言われた。『宇宙軍へ食糧を提供せよ、協力は市民の義務だ』なんて宣いやがった。
どうも奴等は元々こっちの食糧をあてにして、それほど食糧を準備してなかったらしい。」
勝手に来て占領しておいて、食糧を出せなんてふざけた話ですね。
「それは代行も突き放したのですよね。」
「それがそうも行かん。
知っての通り、奴等はハランドリとの航路を封鎖している。農業生産ブロックの生産量だけでは市民の自給すらままならん状況だ。拒否した所で、備蓄を食い潰す事に変わりはない。
そこで、まずは奴等の食糧を1週間分供給し、代わりにハランドリへの航路を一部認めて貰う方向で交渉している。」
私と上司は驚きました。
「一度奴等に食糧を供給したら、要求はエスカレートしますよ!」
「わかっている。
だから、奴等にただ備蓄食糧を渡す気はない。」
代行閣下は不敵に笑い、食糧供給についての考えを話しました。
……その案なら、食糧を供給したという実績になりますが……。
「それは、宇宙軍の奴等は頭にくるでしょうね。
却って事態を悪化させたりはしないでしょうか。」
「そのための、ハランドリ星系への航行の復活だ。
鉱物資源を売ってハランドリから食糧を輸入しなければ、星系は保たんのは確かだが、その為だけに航行を復活させるわけではない。
外部の有力貴族に働きかけ、監察官や宇宙軍の法を外れた行為を訴える必要がある。」
このクーロイ星系に宇宙軍が進駐して来た経緯や現状を外部に訴える事で、奴等の横暴な動きを封じようというのですね。
その為の時間稼ぎとして、一旦食糧を供給する。
しかも、その食糧があれだとすれば……。
「閣下の考えは読めました。
つまり、宇宙軍の無理な要求で、それしか供給できないという実績を作る事で、外部への訴えにも説得力がでてくる、と。」
「そうだ。
奴等には早く出て行って欲しいし、どうせならただ追い出すだけではなく、一泡も二泡も吹かせたいではないか。」
ふふふ。面白いですね。
窓口応対で奴等の横暴な本質は目にして腹も立ちましたから、ここは閣下の計画に乗るべきでしょう。
「面白そうですね。折角ですから、閣下のプランで行きましょう。
それで、その供給する食糧の材料はどうします?」
「幸いというか、奴等が持ち込んできた未処理のゴミが大量にある。
回収業者と、あと3区でテストした再利用処理装置の試作機を使って、明日以降そこから再利用品を取れるだけ取る予定だ。
明日以降も奴等は大量にゴミを出す筈だから、材料には事欠かないだろうな。」
3区のゴミ処理に使おうとして、2回テストしたあの機械ですね。
あれはまだクーロイに置いてあったのですか。
「分かりました。
では私の方で、製造装置の点検を済ませておきます。久しぶりの稼働になりますので、ちゃんと動くか確かめないといけません。
製造した食糧はどうしますか?」
「大型コンテナに詰めて、工場に置いておいてくれ。
コンテナの輸送については私の方で手配する。」
「了解しました。そのように準備しておきます。
早速取り掛かりたいのですが、話は以上で?」
「ああ、宜しく頼んだ。くれぐれも奴等にはバレないようにな。」
上司と共に、代行閣下の執務室を後にしました。
あの横暴な宇宙軍の連中に一泡吹かせる計画に加担できるなんて、ワクワクしますね。事が済んだら、また怒鳴り込んで来そうな気もしますが、それを差し引いてもなお楽しみです。
さあ、準備に取り掛かりましょう。
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