04 マルレーヌ・ロージェル
<エインズフェロー工業株式会社・開発部係長 マルレーヌ・ロージェル>
私は、クセナキス星系の大企業エインズフェロー工業にて、移動式のゴミ分別処理装置の開発を担当しています。
人口増加によるゴミの増加に対しては、惑星上であれば必要に応じて大型ゴミ処理施設を建設――無論、予算があれば――すれば良いのですが、そんな場所も予算も無いある星系政府からの依頼により、研究を進めていたのです。
人間の活動に不可欠な水や有機物の分離については、宇宙船や宇宙コロニーには不可欠なため、かなり昔から小型の装置が開発されていました。
しかし金属類の選別分離は、目で見て判別分離できるものは分離し、残りは大型の溶鉱炉で溶かして分離する方法が一般的です。大型の溶鉱炉が設置出来ない場合は、コスト的に土に埋めるか、恒星に投棄すると言った方法が取られていました。
私達は5年の研究の成果、溶鉱炉で溶かすのではなく、比重によって金属とそれ以外を粗く選別分離する小型装置を試作しました。勿論、溶鉱炉のように細かく種別に分ける事は出来ませんが、大まかに分けるだけでも資源の再利用は進みます。
この試作した小型装置を組み込んだ、トレーラートラック型の移動式ゴミ処理装置の試作機を1年かけて製造し、依頼主であるクーロイ星系政府の要請により同星系の廃棄コロニーで実地テストしました。
一度目の試験では、選別分離処理そのものは高評価だったものの、ゴミを装置にかけるまでの収集作業の効率を上げたいという課題が出たので、一度ハランドリ星系へ持ち帰って修正や改造を行いました。
二度目の試験では空気の無い環境での収集効率も改善し高評価でしたが、プロジェクト責任者が開発部長から、副社長の秘書職でもあるクレフ・ベルドナット氏に交代したことが何よりの朗報でした。今までの開発部長は『失敗は担当者に成果は自分に』を地で行く人でしたから、これからは開発チームの風通しも良くなるでしょう。
ただ、二度目の試験でも細かい課題は多く、三度目の試験も予定されていますので、0区コロニーに倉庫を借り、数人の同僚と装置の改善に当たっていました。
そうして、開発作業に従事する中、いきなりクーロイ星系に宇宙軍が突入し、宇宙軍の兵士達20人程がこちらの倉庫にもやって来ました。
他の同僚は皆研究オタクでこういった責任者的な仕事には向いていないので、私がここの責任者にさせられました。仕方が無いので、交渉の場に出ます。
「資源回収会社エインズの社長、および従業員達が、当地クーロイ星系の領主と共に叛乱の疑いで拘束された。
エインズの正社員全員が拘束され、会社として体を成さない為、会社を解体する事として資産を没収する。
こちらの倉庫にもエインズ社の資産があると判明しているため、差し押さえさせて頂く。大人しく倉庫を明け渡しなさい。」
先頭に立つ宇宙軍の士官らしき人が主張してきますが、何と言う屁理屈でしょうか。
「エインズフェロー工業・開発部のロージェルです。
こちらは、自治政府と弊社エインズフェロー工業との共同事業で借りている倉庫であって、こちらの倉庫内で保管している資産は、全てエインズフェロー工業に帰属します。
そちらの主張される、資源回収会社エインズに帰属する資産はありません。」
私が発言すると、先ほどの士官が顔を顰めます。
「そんなはずはない!
こちらの差し押さえ令状に基づき、明け渡して頂く!」
令状を突き付けてきますので内容を確認しますが、発行元が宇宙軍第7突撃部隊司令官となっており、クーロイ自治政府の合意の下で、と記載されていますが、肝心の自治政府側の同意サインが有りません。
後から自治政府からの同意を貰う前提で、なし崩し的に資産を押さえる積りなのでしょう。
「この令状ですが、自治政府側の合意が無い以上、これに従う理由はありません。
この共同事業と倉庫内の資産についての権利保障については、クーロイ自治政府、およびクセナキス星系政府の合意に基づいています。
どうしても差し押さえをするというのであれば、両政府の合意を得た上でお話頂けますか。」
逆にこちらから宇宙軍に対して、自治政府、クセナキス星系政府そしてエインズフェロー工業で締結された共同事業合意書の写しを突き付けます。
「それに、この模様は録画もさせて頂いています。
余り無体な真似をされるようでしたら、クセナキス星系政府を通じて宇宙軍へ抗議をさせて頂きます。」
そう言って、倉庫の壁に取り付けられた監視カメラを指します。しっかりこの様子は録画し、クセナキス星系の本社へこのデータをリアルタイム送信しています。
「……チッ。後悔するぞ。 総員、引き上げだ!」
そう言って士官は踵を返し、宇宙軍は帰って行きました。
その翌日に、自治政府から電話が掛かってきました。
『自治政府、清掃管理課のローモンドです。
そちらにロージェル様はいらっしゃいますか?』
「私がロージェルです。御無沙汰しております、ローモンドさん。
今日はどのような御用件で?」
『宇宙軍がこの星系に来ている事は御存じかと思いますが、奴等が大量にゴミを持ち込んでいまして。
3区は奴等が穴を空けてしまったので使えませんし、こちらの処理施設の容量も限界で、ゴミ処理に困っているのです。
申し訳ないですが、明日から暫くの間、試験運用を兼ねてあの装置を使わせて頂けないかと思いまして。』
この星系の現状を考えると、それはゴミが溢れかえっているって事では?
流石にそれは不味いですね。
「装置自体は明日には動かせるようにできます。
ですが、ローモンドさんが意図しているのは、現状のゴミからの資源回収による容積削減だと思うのですが、ゴミからの資源回収事業については自治政府の許認可制ではなかったですか?」
『実は先日、御社のベルドナット氏から連絡がありまして、こちらの星系の資源回収会社、エインズへのロージェルさんの出向手続きをしている、と聞いています。
貴女の方にも連絡をすると聞いていますが、御社内で連絡はありませんでしたか?』
……そういえば、先日ベルドナット氏から手紙が来ていましたね。
封を開けずにそのまま引き出しに仕舞っていましたが、あれがそうだったのでしょうか。
引き出しを開けて封書を開くと、確かに私宛の辞令でした。発令日は丁度1週間前で、開発部に籍を置いたまま、エインズという資源回収会社への半出向だそうです。
エインズと言うのは、うちの社長の末娘、開発部長の妹に当たる女性がクーロイで起業した会社らしく、ウチと資本関係は無いものの、処理装置の3区での実証実験に協力もしていたらしい。
「……今、確認しました。
確かに、私がエインズへ半出向の形になっていますね。」
『では、明日そちらに部下を行かせます。
彼に実証実験の現場へ案内させますので、宜しくお願い致します。』
そこから、とりあえず装置を使えるよう同僚達と設定変更を行いました。
翌朝、倉庫に若い男性の来客がやって来ました。
「自治政府、清掃処理課のアンジェス・カマロと申します。
処理装置の実証実験場へとご案内するため参りました。宜しくお願い致します。」
「初めまして。エインズフェロー工業のロージェルです。
装置の方は準備できております。」
処理装置は4人乗りトレーラートラックの形態で、運転席に私、助手席にカマロ氏、後ろの座席に装置の設定が一通りできる同僚2人を乗せます。
カマロ氏の道案内でやって来たのは、0区のシャトル駅の貨物ヤードです。
そこでカマロ氏は助手席から降り、ヤード入口を警備している宇宙軍と何かを話した後、再び助手席に乗ってきました。
「ロージェルさん、彼らの誘導に従って、奥のコンテナ置場まで行ってください。」
カマロ氏の指差す方を見ると、宇宙軍の兵士が誘導用赤棒で、進行方向を指示してくれています。それに従って、貨物ヤード奥、コンテナが山積みになっている所まで運転します。
そこには、大型コンテナが既に10台ほど積まれています。
「あれが、宇宙軍が駐屯してから1日で出されたゴミです。
住民の出した分は通常通り処理施設で処理していますから、あれは全部、昨日の宇宙軍とデモ隊との衝突で発生した分と、宇宙軍が持ち込んだ分ですね。」
「只でさえゴミ処理がひっ迫しているのに、あれだけの量を!?」
カマロ氏の説明に唖然とする。
「昨日一日だけのゴミでは無いでしょうね。
恐らく、今まで艦船の中に溜めていた分も吐き出したのでしょう。
どうも宇宙軍は、行く先々でゴミ処理を駐屯地に押し付けていたみたいですね、」
まだ若手の職員であるカマロ氏の、宇宙軍を見る目は剣呑です。
それだけここの政府にとって、ゴミ処理の問題は頭の痛い問題なのです。
「彼等は昨日の式典の時に3区に穴を開けましたので、投棄の為に持って行く事も出来ません。
最終的にどうするかは政府内で検討中ですが、あのゴミは再利用処理もしていない生のゴミなので、使える物は抜き取って嵩を減らしたいのですよ。
そこで貴女方には、この装置を使って、取り出し難い再処理物――水とか有機物の除去をお願いしたいと思います。」
「それは出来ます。
ただこの装置は御存じの通り、他の金属素材とか電子部品類も併せて除去できますけど?」
元々この処理装置は、クーロイ自治政府側の要求スペックから、そこまで一貫処理する事を盛り込んでいます。
「勿論それは分かっています。
ただ……特定業者に全部任せると後で癒着を疑われるので、こうさせて貰いました。
水や有機物の除去装置を持っている回収業者は他に居ないので、それだけはお願いしたいのです。
それらの除去をした残りは、そのまま排出して頂けますか。そこからの金属とか電子部品の回収は他の業者達に任せます。
排出場所は後で指示します。」
コンテナ前に処理装置のトラックを止め、カマロ氏の指示した排出場所は、処理装置の後ろに敷いたブルーシートの上。かなり広めにシートを敷いて、かなりの量を置けるようにしています。
これをどうするのかとは疑問に思ったけど、カマロ氏の指示通り、積まれたコンテナに吸い込み口を差し込み、ゴミ処理を開始します。
処理済のゴミを出したブルーシートの方には、いつの間にか人だかりができていました。
「これから順次、このゴミから再利用品を探して頂きます。
今回は排出するゴミが多いですから、このブルーシート一杯になる毎に、再利用品を探す権利をオークションに掛けます。」
カマロ氏が拡声器を使って説明をしています。
どうやらあそこに集まっているのが、エインズ以外の再利用品の回収業者らしい。水や有機物を除いても、まだ金属素材や電子部品はゴミの中に残ったままで、それを回収業者に回収させるようです。
ゴミの量が多いので、一定量毎にオークションを行って業者に買い取らせて、この貨物ヤードで別々に回収作業をさせる様です。
カマロ氏は別に重機を用意していた様で、オークションでゴミを買い取らせた後、重機でブルーシートをヤードの端に動かし、元の場所に別のブルーシートを敷き、そこにまた装置から処理済のゴミを排出します。
「おい、あそこに置いてあるショベルカー、使わせてくれ!」
「事前に使用申請の無い重機の使用は認められん!」
「使用申請って、あれは元々このヤードに置いてある物だろう!
宇宙軍の物じゃない筈だ。
おい、役人さんよ。あれ使って良いだろう!」
「今このヤードは宇宙軍が管理している。政府の許可云々ではない。」
「じゃあ何で使わせないんだ!」
「警備上の理由だ!」
そうして回収作業を進めていたのですが、回収業者達はヤード内を警備している宇宙軍と、あちこちで揉めている様です。
ブルーシートを動かす重機はカマロ氏が手配したものの様ですが、他にもこのヤードには重機が何台か置いてあり、これらの重機を使わせて欲しいと宇宙軍に掛け合っているようです。兵士達は断っている様ですが、そこで回収業者達が大人しく引き下がらず、口論になっている様です。
しかし、カマロ氏達政府職員は。この事態を静観していて、仲裁する気はなさそうです。
「あれ、収拾しなくても良いのですか?」
「今日のこの処理も、宇宙軍が何とかしてくれと言うからやっているのです。
3区に穴を開けて、ゴミを勝手に押し付けて来る宇宙軍を、こっちが助けてやる義理なんてありませんよ。」
回収業者と宇宙軍兵士達との言い争いに、カマロ氏は関与する積りはなさそうですね。
「おい、政府の役人共! この事態を何とかしろ!」
「わかりました。では……。」
そう言って、カマロ氏は拡声器を取り出して、各業者に呼びかけます。
「回収業者の皆さん、宇宙軍は早くここを撤収して欲しいそうです。
ですから、ここの重機を所有する政府として、重機使用を許可します。」
「おい、ちょっと待て!」
事態の収拾を求めた宇宙軍兵士が、思わぬ展開に怒鳴り声を上げています。
カマロ氏はそれを無視して続けています。
「ただし使用する場合は、最長で連続1時間までとします。
使用をする場合は、ここまで戻してください。」
「おお! あれは俺達が使うぞ、早い者勝ちだ!」
「俺達はあの隅のを!」
重機の使用を許可しちゃいましたが、大丈夫なのでしょうか。
回収業者達は宇宙軍の制止を振り切り、ヤードの隅の重機へと我先に走って行きます。
処理の間、私達の分は処理装置を動かして、抽出される水や有機物はある程度溜まったら政府側に引き渡すだけ――報酬は、ウチの会社と回収会社エインズで折半だそう――ですが、他の回収業者は重機を動かしたり、ヤード内の他の設備を使おうとして宇宙軍と揉めたりと、ヤード内をひっかき回していました。
結局、最初に置かれていた10台のコンテナのゴミは夕方までに大半を処理することが出来、処理後はゴミの量が半分近くにまで減りました。
ただ、その日に新たにゴミがコンテナ6台分持ち込まれ、その分は手つかずのままです。
宇宙軍の出すゴミの量が落ち着くまで、暫くの間、毎日朝から夕方まで、この処理を続けて欲しい、と政府から要請がありました。
ここを警備する宇宙軍の皆さんの顔にかなり疲労感がにじみ出ていたのが印象的でしたが。この状況がまだしばらく続くのでしょう。
いつもお読み頂きありがとうございます。
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