02 ジャスティン・ブロワー
<自治政府 総務部 清掃処理課2区担当係 ジャスティン・ブロワー>
私は自治政府の総務部清掃処理課……要は、ゴミ処理を担当する部署の一般職員です。
私の担当は2区の一般ゴミ収集です。
0区の場合は、惑星上と同じように、置場のゴミを収集車で集めて回ります。
1区や2区の場合は、ある程度の住居ブロック毎にゴミの置場が決まっているのは、0区とは変わりませんが、コロニー内部が宇宙船の様な構造になっているため、車を走らせる事は出来ません。そこで、我々が委託した者が直接ゴミ置き場のゴミを確認し、問題ないゴミは専用のダストシュートへ放り込みます。一方、問題のあるゴミの場合は、ゴミを出した者に直接突き返す事になっています。
今日は3区での式典の日。今日は、0区の本庁舎勤務の清掃処理課職員達は大半が式典に駆り出されたらしいです。こちらの2区の分庁舎での仕事にはあまり影響が無かったのですが、夕方に突然、事務所に宇宙軍の部隊が乱入して来ました。
分庁舎といっても、20人程しか職員が居ない小さい事務所です。
そんな場所に100人程の部隊が押しかけて来ましたが、予想と余りに違ったのか『責任者を出……してくれ。』と。尻すぼみに声を掛けて来ました。
一応、分庁舎長という肩書の者は居ますが、分庁舎に勤める係長職以上の者が持ち回りで兼務する、ほぼ名誉職の扱いです。
今の庁舎長は再来年退官予定の私の上司、清掃処理課2区担当係長です。
係長は清掃処理課には珍しく交渉事を苦手としている人間のため、クレーム対応には大抵私が対応することになります。というか、この事務所で一番クレーム対応に慣れているのが私なのです。だから今回も私も係長に呼ばれて、一緒に前に出る事になりました。
「君達が、ここの責任者か?」
部隊長らしき人物は私達の方を向いて、居丈高に聞いて来ます。
「私は、こちらの者の部下になります。
上司は分庁舎長という肩書も持っていますが、名誉職ですから、実際に取りまとめている訳ではないのです。普段は私と一緒に別業務に携わっています。
上司はこういう交渉事が苦手でして、クレーム対応は大抵私がやっているのです。
それで、小さな事務所に大人数で押しかけて、何の用ですか?」
クレーム対応という所で、相手の眉がピクッと反応しました。
クレーマー扱いされたと思ったのでしょう。間違いでは無いですけどね。
「ここクーロイ星系領主である侯爵に叛乱の疑いが浮上したため、政府要人等と共に拘束した。その容疑の捜索のため、こちらを改めさせて頂く。」
係長……分庁舎長の方を向くと、『仕方ないな。』とぼそっと呟きました。
つまり、受け入れろという事ですか。
「ここは、2区の住民の皆様へのサービスを担うだけの、小さな役場に過ぎないのですけどね。
拒否したら、武器をちらつかせて従わせるんでしょう?
だったら、さっさとやって下さいよ。データは全部システムに入っているのですから。
分庁舎長?」
「あ、ああ……任せます。宜しくお願いします。」
普通のクレーマー相手だったら、こんな対応はしないんですが。
こういう居丈高なクレーマー相手の場合は、警備隊の応援を仰ぐのですが……今回は軍人ですから、受け入れざるを得ないでしょうね。
「偶に受ける外部査察だと思って、受け入れますよ。
ほら、さっさとして下さい。
手際よくやってくれないと、我々も業務が止まってしまうのですからね。」
これは外部査察と一緒の対応で良いっていう、周りの職員達へのメッセージです。
本庁舎が偶に外部査察を依頼して調査が入る時があります。その時は、こんな風に業務を止めてデータを調べてもらうのですが、30分程で終わります……果たして宇宙軍の皆さんは、手際よくやってくれますかね。
「……そうか。協力、感謝する。」
そう言って、部隊長は10人程を呼んで各部署に分かれて調査を始めました。時折、職員が軍の担当に質問を受けていますが、データは全部システムに入っていますから、職員達はそのデータの場所を示すだけです。
この分庁舎では徹底してゴミを出さない様にしていますから、紙書類なんてまずありませんし、使っているシステムは全部0区の本庁舎とデータを共有していますから、調べた所で大した物は出てきません。
清掃処理課の業務についても、目の前の担当からあれこれ聞かれますが、住民の個人情報以外なら話せますし、必要ならデータはシステムの中にあります。我々の触れないデータについては、本庁舎で聞いてください、で終わりです。
……そんな簡単な対応だけだったのですが、1時間以上かかりました。周りを見ると、まだ終わってない部署もあります。
内容的に外部査察とあまり変わりなかったのですが、随分手際が悪いですね。
全部の部署の対応が終わってから、さっきの部隊長さんに話を振ります。
「これで全部ですか?」
「ああ。協力感謝する。」
「それでは、いい加減出て行ってくれませんかね。仕事の邪魔なので。」
「そうも行かん。我々も任務なのでな。
大半は引き上げるが、警備の為10人程はここに置かせてもらう。」
警備と言いつつ監視とかだと思いますが。
でもこんな狭い場所に、軍の人間を10人も置いておける訳無いでしょう。
「ここは住民の皆さんも結構来るのですよ?
10人もこの狭い事務所に居座られたら、住民の皆さんが入れないじゃないですか。」
そこから交渉したのですが、最初は外に10人、中に10人のつもりだったようです。それは幾ら何でも無理だと流石に部隊長さんも思ったようで、上と掛け合って貰いました。
結果的に7人は事務所の外に、3人は事務所の中に残す事になりました。あまり住民相手に居丈高になられても困るので、中の人の分だけは椅子を隅に用意しましょう。
この日はなんとか定時を少し過ぎる位で、業務を終える事が出来ました。
家に帰って知ったのですが、式典の方は3区に宇宙軍が乱入して中断し、領主様……侯爵閣下や行政長官など高官の方々が拘束されたそうです。
私が最も気になったのは、3区に宇宙軍が乱入した時にコロニーの外殻を破壊して侵入してきた事。あの状態で3区へのゴミ投棄はできるんですかね。
宇宙軍が大挙としてクーロイに押し寄せた事といい……なんだか、凄く嫌な予感がします。
嫌な予感がしたので、翌朝はいつもより30分早く出勤しました。いつもは業務開始ギリギリに出勤してくる係長も、今日は1時間前に出勤したらしく、先に担当分――係長は産業ゴミ、事業ゴミの担当です――のゴミの収集状況を確認していた様です。
「係長、ゴミの回収状況はどうですか?」
「シャトル駅とその周辺の複数の事業用ダストシュートで、大量のゴミが不法投棄されているらしいな。回収員達の報告が挙がっている。
ブロワー君も早く確認した方が良い。一般ゴミの方も大変な事になっていると思う。」
係長は眉間に皺を寄せ、普段丁寧な口調で話す係長の口調が変わっています……相当腹に据えかねている様子です。
係長の言葉に、慌てて自分の担当分、一般ゴミの回収状況を確認します。
……やはり、シャトル駅周辺の住居エリアにて、大量の不法投棄が報告されていますね。
一般ゴミの場合、まず我々が配布する専用袋にゴミを入れないといけません。この専用袋、IDタグが埋め込まれていて、どの家から出たゴミなのかが分かるようになっています。
配布する専用袋の数も制限されています。各家庭に備わっている簡易リサイクル装置を通す事で、極力ゴミを減らす事が前提になっているのです。
係長担当の事業ゴミも、出て来るゴミの種類や量は一般ゴミと異なりますが、専用袋の種類や配布数、回収場所が異なるだけで、運用は一般ゴミと同様です。
産業ゴミについては工場等の規模の大きい事業所が対象です。各事業所に簡易リサイクル装置とダストシュートが備わっていて、直接ゴミ処理プロセスに回されます。なので基本的に我々がゴミ回収することは無いのですが、投棄するゴミの量によって事業所に利用料を課す仕組みになっていて、投棄されたゴミの量を常に監視しています。
2区の再処理装置の容量は決まっているので、私達は一般ゴミ/事業ゴミ/産業ゴミの処理割合を調整し、それぞれが決められた量を越えない様管理するのが役目なのです。
ところが、今回の場合は専用袋に入ってさえいないゴミが、一般ゴミ、事業ゴミの捨て場に大量投棄されている様です。
専用袋に入っていないゴミは回収しないというルールは住民に徹底されている筈です。偶に新規で引っ越してきた住民が専用袋ではない袋で捨ててしまう事はありますが、こんなに大量に……普通の家庭からのゴミの数十倍の不法投棄がされたことはありません。
間違いなく、ゴミの出所は宇宙軍でしょう。
「係長。産業ゴミの方は大丈夫ですか。」
「各事業所とも、自分の所のゴミはちゃんと管理している様だ。
ただシャトル駅に近い事業所の幾つかは、宇宙軍が押し掛けてゴミの廃棄方法について質問して来たらしい。産業用ダストシュートでゴミを捨てるつもりだったのだろうと察して、私達に聞けと突き返したそうだ。ブロワー君の方はどうだ?」
出所はやっぱり宇宙軍ですか。
「一般ゴミも、シャトル駅に近い場所ほど大量の不法投棄があったようです。
普段の数十倍の量ですね。」
「……悪質不法投棄の対応マニュアルで行こう。
ブロワー君。ロボットの準備も事前にしておいてくれ。
奴等が来たら応対を頼む。言質を取ったら即座に開始して構わない。
関係する各課には私から許可を取って置く。」
係長……静かにキレていますね。
「了解です。」
おや。丁度、本庁舎の清掃処理課から、宇宙軍の駐屯に関する情報が送られてきました。良いタイミングです。
……必要な情報は揃いました。
本庁舎の皆さん、良い仕事をしてくれました。有難うございます。
業務開始後しばらくしてから、昨日来た宇宙軍の部隊長が分庁舎にやって来ました。上司と私が呼ばれますが、私だけ対応に出ます。
「君の上司はどうした。」
「ちょっと今手が離せないので、私が。
念のため会話は録音させて頂きます。
それで、御用件は?」
「……まあいい。
街中をパトロールしていたんだが、あちこちのゴミ置き場にゴミが散乱している。ゴミ処理は君達の仕事じゃないのか?
パトロールに支障が出るから、早急に対応して貰いたい。住民の皆も迷惑するだろう。」
案の定、あちこちに山積みになっているゴミの事でこっちにクレームを入れてきましたか。
元は貴方達宇宙軍の出したゴミでしょうに。
「現状は理解しました。
それでは、クーロイの法に則って適切に処理させて頂きます。
宇宙軍としては、それで宜しいですね?」
「ああ、よろしく頼むよ。」
よし、これで言質は取りました。
「それでは、これから処理をさせて頂きます。
御用件はそれだけで?」
「ああ。早く処理してくれたまえ。」
そう言って、部隊長は帰って行きました。
それから1時間くらいして、先ほどの部隊長が血相を変えてやって来ました。
来客応対は若い女性職員にしてもらうのですが、あれの初期応対をさせるのは申し訳ないので、私が直接応対します。
「詰所前に大量にゴミが置かれているじゃないか!
さっさとどけろ!」
「……それに対して、何故我々に苦情を?
私達は、クーロイの法に則って適切に処理しております。
それで良い、と先ほど仰いましたよね?」
「それが何で、俺達の詰め所前にゴミを置くことになるんだ!」
やれやれ。事前にクーロイの法規定について調べていないのですか。
そうだろうとは思いましたが。
「クーロイの法規定では、ゴミ処理について特別規定があります。
特にこのコロニーでは、クーロイ住民以外のゴミ投棄は許可されていません。住民以外が出したゴミは、出した人に持ち帰ってもらうのがルールです。
住民の場合も、一般ゴミの場合は既定のゴミ袋で1袋まで、事業ゴミでも事業所あたり3袋まで。産業ゴミは従量課金です。
今回、既定の袋にすら入っておらず、簡易リサイクル装置を通してもいないゴミが大量に投棄されていましたので、悪質不法投棄対策として、法に則って特別措置を取らせて頂きました。
……カエサルの物はカエサルに。不法投棄ゴミは、不法投棄者の元へ、です。」
「なんだと!?」
係長と私がやった悪質不法投棄の対策措置。それは、捨てられたゴミを捨てた者達の住居に返すことです。他の住民に迷惑を掛けないよう、コロニーのメンテナンス用に用意された裏の通路を通じて、ロボットで不法投棄ゴミを投棄者の元に運び込みます。
今回は本庁舎から送られた駐屯地のデータから、奴等が本部を置いている場所を特定して、そこに不法投棄ゴミを現在進行形でお返ししています。
「しかし、不法投棄ゴミが大量にありまして。
全部をお返しするのに、あと2時間くらいは掛かるのではないでしょうか。」
「まだ増えるのか!
いいから、さっさとあれをどけろ!」
「いいですか。
大体、この特別規定が組まれた理由は、1500人の住民のゴミだけで、コロニーのゴミ処理装置の容量が一杯だからなのですよ。
そこに300人もの兵士を駐屯させて、兵士の出すゴミ、艦艇に溜まっているゴミ、そんな物を捨てられては、コロニーのゴミ処理ができなくなります。
宇宙軍で出されたゴミは、宇宙軍で責任をもって処理して下さい。」
「処理装置の場所へ案内しろ。直接ゴミを持ち込んで処理してやる!」
「処理装置はもう一杯です。
そこに大量にゴミを追加するのであれば、処理しきれないゴミが溢れる事になります。
その責任を取るというのなら、有料の利用申請を出して頂きます。
では、そちらの端末から……おや、そういえば、クーロイ住民以外の個人による利用申請はできませんでしたね。
できたとしても、利用料を個人でお支払いできる量とは思えませんが。」
1kgあたり1000帝国ドラクマの従量課金制ですからね。
なお端数は全て、kg単位の切り上げです。
宇宙軍が出したゴミの量、少なく見積もって半トンはありそうでしたから……50万帝国ドラクマは下りませんか。一般会社員の年収何年分になるのでしょうね。
あの量は昨日今日だけの物ではないでしょう。軍艦の中に溜めていたゴミをまとめて処分しようとしたのでしょうが、そうは問屋が卸しません。
「いいから、さっさとやれ!」
「困りましたねえ。
事業者の利用申請はこちらでは受付できませんから……どうぞ、本庁舎へお問い合わせください。
どの道、私達では処理装置への通路のロック解除権限はありませんし。」
「貴様……馬鹿にしてるのか!」
「クーロイの法規定に則って業務を行うのが私達の仕事であって、あなた方、宇宙軍の横車を通す仕事ではありません。
ほら、こうしている間もゴミは増えているのです。
本庁舎への問い合わせを急いだ方が良いのではないですか?」
「さっさとゴミをどけろと言っているんだ!
さもないと、貴様を連行するぞ!」
録音させて頂いているのですけどね。
「それは、宇宙軍による私達への脅迫行為と捉えてよろしいですね?
であれば、本庁舎を通じて正式ルートで抗議を上げた上で、ハランドリ星系の地方裁判所で提訴させて頂きます。
法廷でお会いしますか?」
「……くそっ、覚えてろ!」
部隊長さんは捨て台詞を残して帰っていきました。
あれから部隊長さんはこちらに来なくなりました。
後で係長に聞いてみると、産業ゴミの対象となるあちこちの事業所にゴミを持ち込もうとしては断られ――もちろん、キッパリ断る様、係長が裏で手を回しています――、結局コンテナに詰めて0区へ貨物シャトルで送ったようです。
それは問題の先送りと呼ぶのですが……。
まあ、クーロイ政府もゴミ問題の先送りをしていますからね。人のことは言えません。
「どうせなら、自分たちで3区に捨てて欲しかったのですけどね。
後のことは本庁舎に任せましょう。
さっきの録音データも、本庁舎に送ってあります。
ブロワー君、応対お疲れ様でした。」
溜飲が下がったようで、係長の口調がいつもの口調に戻っています。
……後は本庁舎で何とかするでしょう。
「あれ位ならまあ、大丈夫ですよ。
ゴミ処理にクレーマーは付き物です。
暴力を振るわれなかっただけマシですね。」
振るわれたら振るわれたで、法廷闘争に持ち込んでたっぷり報復していましたけどね。
1帝国ドラクマ=10円 くらいの貨幣価値と思ってください。
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