9-11 追悼式典、その長い一日(6)
視点を変えながら話は進んでいきます。
(ジェラルド視点)
式典会場から脱出して、シャトル乗り場奥のバリケード裏に身を潜めている。
この奥に行くと宇宙軍の警備ロボットがウヨウヨいるらしいが、バリケード裏に隠れている分には大丈夫だ、との事前情報があった。
身を隠しながら、軍の回線を聞き録音していた。
どうやら、エインズフェロー女史は脱出して奥へ向かったらしい。式典会場の混乱を鎮めるまで、突入部隊の身動きが取れないようで、その間に距離を稼げると良いんだが。
それから依頼のあった、監察官が起こすだろう事の内容と、それに対する明確な証拠が無い事の記録。あの監察官とやら、有耶無耶の内に侯爵の領主権限を停止し、中将を捕えていたな。
今録音しているこの音声も、極超短波でフィト達に送っている。
この音声は、監察官が権威を乱用し、私的に軍隊を動かしているという証拠になり得る。これを真の依頼者に持ち帰ることが、3区の会……エインズフェロー女史からの依頼事項。
彼女は、そしてこの依頼を出した真の依頼者は……この後に起きる状況を、外から動かすつもりなのだろう。
しばらく待っていると、参列者が何人かシャトル側に逃げて来たのか、突入部隊の一部がシャトルの方まで来た。ちょっとドキドキしたが、突入部隊は参列者を捕まえた後、会場まで引き上げて行った。
傍受している様子では、パニックを起こした参列者達が徐々に捕まり、混乱は落ち着きつつある。
もうそろそろ、あの場所に行こうか……そう思っていたところで、こんな音声が飛び込んできた。
『……速やかに行ける所から管理エリアへ向かえ。
最優先は女の身柄。生きたまま、向こうと接触前に確保しろ。
接触済の場合は向こうの者達も確保。大した抵抗は出来ないと思うが、賊だと思って当たれ。
こちらの式場での参列者の監視も抜かりの無いように。
作戦指揮官、……。』
突入部隊はここの混乱を一旦収めたら、女史へ追手を差し向けるらしい。
写真のあの子、マーガレットの無事は、女史に託された。
時間稼ぎは出来たとはいえ、大丈夫だろうかと心配になる。あの真摯に、包み隠さず話してくれた彼女の助けになる事を、何かしたいと思う気持ちはある。
しかし、依頼時に『私に何があっても、レイエス様はデータを持ち帰る事を最優先にお願いします。』と言われている。
俺に出来る事は、通信を傍受し録音したこの記録を、このデータを持ち帰る事だ。
周りに誰も居ない事を確認して、俺はシャトルの向こう側から見えない様に気を付けて、バリケードを越えてシャトルの方へ近づいて行った。
フィト、サムエル。お前達も、上手く脱出してくれ。
*****
(ケイト視点)
一瞬、何が起きたか分からなかった。
しかし直後、右腿に激痛が走る。
痛みで気を失いそうになり、その場に倒れこんでしまう。
「……ん、ぐっ!」
『ケイト! 大丈夫!? 今行く!』
『お姉さん!』
マルヴィラやメグちゃんが声を掛けてくれているけど、痛みで声が出せない。
後ろから集団が迫ってくるような振動を感じる。でもすぐに、激痛に意識が持って行かれてしまう。痛みで意識が、体が言う事を聞かない。
『やっと見つけた。恐らくこれが最重要確保対象者だ。
大人しくしてもらお……うわっ!』
『ケイト! こ、この、よくも!!』
マルヴィラが来てくれた。でも多勢に無勢。
相手は銃も持っている。マルヴィラが危ない!
「ぐっ、こ、この……!」
『ぐわあっ!!!!』
『ぶっ!』
『ごふっ!』
痛みを我慢して立ち上がろうとしたら、何やら兵士たちが殴られる音や吹っ飛ぶ音が聞こえる。
見ると、ニシュが通路の壁を縦横無尽に飛び回りながら、兵士達に蹴りを浴びせている。
『ケイト、ニシュが引き付けている今の内よ。
ちょっと痛むかも知れないけど、我慢して。』
「あ、…有難…う……、マル、ヴィラ……。」
マルヴィラが私を横抱きにして兵士達から遠ざかる。
ほっとしたけど…。今、…痛みで気を……失う、訳…には、…いか、な…い。
頑張っ…て、意…識を……保た…な……きゃ…!
『メグちゃん、ケイトは撃たれて怪我をしているわ。
今は命に別状は無いけど、ニシュが追手の相手をしている間にちょっと離れて、応急手当するわ。』
『わ、わかった! お姉さんも気を付けて!』
…あ、……あれ…を……、グ……ン…ター…さん、…に……。
*****
(???視点)
「こ、こちら第5小隊。サードフライ、至急応答願う。」
『こちらサードフライ。第5小隊、状況を報告せよ。』
「こちら第5小隊。
先ほど最優先対象者を発見しましたが、確保失敗。
向こう側の反撃に遭い、当小隊の全員が負傷。作戦続行困難。
増援を要請する。」
『こちらサードフライより第5小隊。
事前の想定では、向こう側にそこまでの反撃能力は把握していない。
何があった。詳細の報告を求める。』
「こちら第5小隊。
最優先対象者を発見したが、更に向こう側から接近する者が居たため、足止めの為に最優先対象者の脚を現場判断で狙撃した。
そのまま確保しようと対象者に接近した所、向こう側から戦闘アンドロイドが出現し、小隊が壊滅した。
その間に、もう1人の人物に、対象者を連れ去られた。」
『戦闘アンドロイドだと!? ……失礼。
こちらサードフライ。
第5小隊、被害状況を報告せよ。』
「こちら第5小隊。全員、命に別状は無し。
ただ戦闘アンドロイドにより、全員が恐らく腕や足を複数個所骨折している。
自力での移動が困難。救助を願う。」
『こちらサードフライ。
第5小隊、君達の方に第1小隊が接近している。
ひとまず第1小隊の到着まで現位置で待機。
第3、第4小隊も別途援護に向かわせる。』
「こちら第5小隊、了解。
第1小隊到着まで現位置で待機する。」
『……ん?
こちらサードフライ、第5小隊、応答求む。
ドラゴンリーダーより確認事項。
そのアンドロイドは……AX-2型か、AX―3型だったか?』
「こちら第5小隊。
そう言われれば……女性物の服の様なものを身に纏っていた気がします。
男性型のAX-3型ではなく、女性型のAX-2型だったと思います。」
『こちらサードフライ。了解した。』
*****
(マルヴィラ視点)
ケイトの右太腿に、光線銃で撃たれて貫通した表裏2か所の銃創がある。
宇宙服の自動調整機能が作動して、右足付け根辺りを締めているみたい。これで中の空気漏れは一旦止まっているみたいだけど、この調整機能はあくまで間に合わせ。この状態だと、動くとまた空気が漏れてしまう。
撃たれた脚からは赤黒い血がドロドロと流れ出している。血の色からして動脈血じゃ無いっぽいけど、血は止まっていない。
宇宙服を脱がないと本格的な手当てが出来ないけど、今はそんな場所も時間も無い。
取り敢えず、早く止血しないと。
バックパックから応急キットを出し、まず傷口の少し上側に、止血用バンドを少し強めに巻く。
『ううっ……!』
気を失っていたケイトだったけど、痛みで目が覚めたみたい。
痛いよね……ごめん。
「ケイト。ごめん、ちょっと我慢して。」
出血がまだ止まらないので、止血用バンドの締めをもう少し強める。
『……大丈……ぅ!』
止血用バンドで出血の勢いを止めた後は、本当は血を拭って、軟膏を塗る方が良いのだけど……宇宙服を着ている今は、それは難しい。
応急処置として、傷口を薄く覆う程度に血を残してガーゼで出血を拭った後、残っている傷口2か所の血にコールドスプレーを掛け、傷口を覆う血を一旦凍らせる。
その上から、傷用軟膏を塗った大きめのあて布を傷口に当て、上から包帯と、更に空気漏れを防ぐテープを巻く。
応急処置としては、今できるのはこの位か。
……! 誰か、来る!?
『マルヴィラさん、ニシュです。』
「……ふぅ。ビックリさせないでよ。向こうは?」
『一旦、引き上げてくれました。
加減はしましたが、しばらく動けないでしょう。』
加減はしたと言っても、相手の皆さんは、骨の2本や3本は折れていそうね。
『お、お姉さん達! 大丈夫なの!?』
「取り敢えず応急処置はして、出血は止めたわ。
ただ、処置が落ち着くまで、しばらく安静にしてないといけないわ。」
『……メグちゃん。…一つ、お願いがあるの。』
床に横たわっているケイトが、メグちゃんに何かを話そうとしている。
『な、何?』
『……帝国軍に、…メグちゃん達の命が、狙われているって…訴えて、欲しいの。
あの、AMラジオで。』
『「え!?」』
私とメグちゃんの驚きが重なる。
『この3区で何が起きているのか、まだ外の……0区や、他の星系の人達は知らないの。このまま、誰にも知られないまま、無かった事にされてしまう。
だから……外には『星姫』って、歌が知られているメグちゃんに、ラジオで訴えて欲しいの。
『星姫』が、3区でずっと生きてきた事。そして今、帝国軍が、それを無かった事にしようとしている事。
酷なようだけど、これはあの歌が切っ掛けで、『星姫』って言う通称で知られているメグちゃんだからこそ、皆が訴えに耳を傾けてくれる。
……メグちゃん、お願い。』
そのケイトの訴えに、しばらく沈黙が流れる。
『……うん、わかった。やってみる。
ケイトお姉さんの大事な頼みごとなんだもん。
お姉さん達も、早くこっちに帰って来てね。
お姉さんの傷は、後で小父さん達や中尉さん達が何とか見てくれると思う。』
『……うん。』
『それじゃあ、ラジオ室に行ってくる。待ってるから、また後でね!
小父さん達、手が空いてたら手伝って!』
『僕が行くよ。ケイトさん……、また、後で。
マルヴィラさんも気を付けて帰って来て。』
メグちゃん達は、早速準備に向かったみたい。
「もう少しして血が固まったら、メグちゃんの所に行こう。」
そう言ったのだけど、ケイトは……首を横に振る。
『私は……行くわけには、いかない。
私がメグちゃんと一緒に逃げてしまうと……私が今まで巻き込んできた、エルナンさん、キャスパー、クレアさん、事務局の人達……沢山の人達が、危ないの。
恐らく皆、式典会場で捕まっている。私が逃げてしまうと、軍の……監察官達の怒りが、あの人達に向いてしまう。
……マルヴィラ。私の宇宙服の、両足の錘、取ってくれない?』
「それって……足の底裏に嵌め込む、ウェイトの事?」
低重力や無重力の場所を歩きやすいように、宇宙服に入れるもの。
だけど、それをどうするの?
疑問はあるけど、ケイトの宇宙服の踵にあるジッパーを外して……片側2個づつ入っていた、合計4個の錘を抜き出し、ケイトに渡す。
ケイトはその鉄の塊を1つ手に取り……1か所を指で押す。
すると、押した場所がずれて、厚い板状の塊が反対側に飛び出す。
「えっ?」
錘って、こんなのあったかしら?
出した時、見た目も手触りも……ただの、鉄の塊だったけど。
同じ様に錘を指で押して、板状の塊が飛び出た形になる塊が、3つ。
残り1個は、本当にただの塊だったみたい。
その、板状のものが飛び出した3つの鉄の塊を、私に渡して来る。
『中に、メグちゃん達を匿ってくれる人達が居る場所と、彼らに伝える合言葉が彫られているの。
これは、カルロス侯爵から預かった、大事な情報。
マルヴィラ。それを持ってグンターさんの所に行って。
グンターさんなら、中の情報を取り出せるわ。』
ケイト……貴女って人は。
「それは、私に逃げろって?」
『マルヴィラは……メグちゃんと逃げて。
貴女は、正規の手段で3区に来てないから……帝国軍に捕まると危ないわ。』
「あ、貴女は……ケイトはどうなるのよ!?」
『……このまま、帝国軍に。
私は、メグちゃんもマルヴィラも大事だし、3区の会の皆も大事。
それに来てくれた参列者の方々にも、私は無責任では居られないわ。
どの道、私は今、動けないし。』
……つまり、みんなを庇って。
それで、帝国軍のヘイトを受け止めようって!?
1人で?
ケイトの目は。辛そうに意思を固めた、この目は……。
こうなったら、梃子でも動かない事は、私が一番良く知っている。
この、この……この、強情っ張り!
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