9-06 追悼式典、その長い一日(1)
この章は、視点を変えながら話が進んでいきます。
(ケイト視点)
警備員の手配をしてから、式典までの間、私はガストンさんのお店の奥にある作業場に潜伏していました。
身を隠すのもそうですが、メグちゃん達に侯爵からの情報を伝えるため、警備に分からない様に3区へ持ち込むためのある物を作る為です。
今の私の持つ技術では、かなり難しかったのですが……ガストンさんも高い金属加工技術を持っていて、彼に色々アドバイスを頂きながら、何とか仕上げる事が出来ました。
そしてその間に、ガストンさんを通じてある男の子と連絡を取り、式典当日に実行して貰うお願い事をしました。
ガストンさん含め、周りの大人達も『俺達も手伝う』と言ってくれましたが、大人の場合は危険を伴います。これは子供がやる事だから良いのです、と説明しましたが、私達にもさせて欲しい、と逆にお願いされてしまいました。
彼らには、『絶対に、自身の危険を感じたら止めて下さいね』と念を押しておきました。
キャスパーからの報告では、私の居ない間エルナン氏とも上手く連携して、式典準備と、警備員や事務所内の対処を上手くやってくれました。
契約を結んでくれたレイエス様達の事も、キャスパーと彼で抜かりなく準備をしてくれたようです。
これで、事前に出来る事は全部やりました。
当日、朝早くに事務所に戻ります。
事務局メンバーと共に、総務長官の手配で寄越された警備員の皆さんと現地での配置確認のため、彼らを会議室に招きます。
彼らは最初3人って言っていたのに、いつの間にか5人に増えています。
男達のリーダー、クラム氏が口を開きます。
「我らも護衛として、近くに待機させて頂きます。」
「それなのですが、式典進行を担う関係上、あちらこちらを行き来する事にもなりますし、近くにクーロイ領主たる侯爵閣下や中将閣下など、独自で護衛を伴う方々が居られます。
彼らの御迷惑にならない様にして頂かなければ。」
「しかし……我らも、貴女の身辺を警護せよと命を受けておりますゆえ。」
そういう警護隊達の背後に、クレアさんと、派遣して貰った事務員たちが忍び寄ります。
「誰からの命なのでしょう。総務長官閣下ですか?
それとも……長官を裏切らせた、監察官側の差し金でしょうか。」
「そうだとしたら?
女や青瓢箪ばかりのお前らなんざ、5人で充分……なっ!」
彼らが腰の警棒を手に立ち上がった所を、クレアさん達が後ろから締め上げて拘束します。
男達は、自分達が隠し持っていた手錠で手足を拘束され、猿轡を噛まされます。
「昨日までの事務所の警備、お疲れ様でした。
今日は皆さんの御助力は必要ありませんので、ごゆっくりお休みください。」
私がそう告げると、彼らは唸りながら血走った眼を私に向けます。
事務員達が、彼等自身の持っていたスタン警棒で彼等をスタンさせ、裏口へ運んで行きます。
事務員たちは10分後、男達の身に着けていた、自治政府の警備隊の装備を身に着けて戻ってきました。
これから皆でシャトル駅まで行き、シャトル駅に設けられた特設会場で行方不明者家族達と合流して、セレモニーが行われます。
その後、我々が式典参加者用のシャトル便に乗り次第、警備隊員に扮した彼らは姿を消す予定だそうです。
実は彼ら事務員は、ピケットさんの伝手で派遣された人達です。
ピケットさん自身も式典に参加せずに、レイエスさんの方の対応をするらしいです。彼らは父やキャスパー達の伝手ではなく別口なので、私も詳細には知らされていません。
邪魔者達を排除できましたし、一報を入れて、これから戦場に向かいましょう。
*****
(総務長官視点)
侯爵閣下と共に式典のセレモニー会場に着いたら、3区の会の奴らが呼んだ行方不明者家族の連中でごった返していた。
3区の会の奴らはバラバラにいる家族の連中をまとめようと、あちこち走り回っている。
その中に、代表と事務局長らしき女2人と、その後ろに警備部隊の恰好をした護衛達が居るのを見て一安心した。どうやら、殿下に命じられてやった立ち回りが上手く行ったらしい。
「総務長官、彼女達に護衛を付けたのは、君の差配か?」
「ええ。向こうはジャーナリスト達に追いかけ回される立場ですから、式典の平穏な進行のため、付けさせてもらいました。」
侯爵に突然訊かれ、内心慌てつつも用意した無難な答えを返す。
侯爵は「……そうか。」と言ったきり、それ以上何もなかった。
ふう。取り敢えずこの場は凌げたらしい。
式典はこのシャトル乗り場に設けられた特設会場でマスコミ向けのセレモニーを行った後、3区へ移動してから黙祷や献花などを行う予定になっている。
特設会場では、総務部を中心に他部署の応援を含めた自治政府スタッフと3区の会事務局が、出席者やマスコミ関係者の案内を行っている。
会長と事務局長は来賓対応のためあまり場所を動かない筈だが……ああ、いたいた。ちゃんと、護衛に付けた者達も後ろにいるな。
どうやら、監察官……殿下はまだ来ていないらしい。多分、最後に来るのだろう。
私は今回の式典、実務は全て総務部長に任せているが、立場上は式典を取り仕切る責任者になっているので、来賓席には座れない。
全ての出席者が揃った後……というか、ギリギリの時間に監察官閣下の来場の後、来賓席の後ろ側に用意した運営スタッフ用のエリアに入って、進行を見守る。
式典は、最初に自治政府を代表して行政長官の挨拶、3区の会代表ナタリー・エルナン氏の挨拶の後、来賓として監察官閣下、侯爵閣下の挨拶と続く。
行政長官は10年前に別星系から侯爵がスカウトしてきた人で、事故の事は記録でしか知らないが、挨拶としては行方不明者達への冥福の言葉と政府を代表しての謝意を述べていた。
一方ナタリー・エルナン氏は、3区の会の立場として行方不明者達が生きている希望を捨ててはいないが、亡くなっていたとしたら哀悼の意を述べたい、と発言していた。裏事情を聞いていれば、いっそ白々しく感じる。
監察官閣下は、17年前の痛ましい事故の犠牲者に、帝室として哀悼の意を述べる、とスピーチをしていた。
侯爵閣下は、領主としてこの事故を防げなかったことへの謝意と、行方不明者への哀悼の意……ここまでは良かったのだが、事故当時の記録の精査と保存に取り組む、と述べていた。
そんな話は聞いていない。後で侯爵閣下に確認を……いや待て、落ち着け。
今回の事が上手く行けば、状況は変わるはずだ。
ふと見ると、事務局長の女はスタッフエリアの隅に座っていた。護衛も傍にいるな。周りのスタッフは運営進行で忙しく、彼女にあまり注目が集まっていない。これはチャンスか?
膝の上の手で、予め決めてあったハンドサインをする。
……護衛達の反応が無い……気づいていないのか?
あるいは、今はまだ出来ないと護衛達が判断したのか?
ハンドサインはそのままに、式典進行を見守る。
式典は来賓挨拶を終え、黙祷に入る。この間になら大丈夫だろう。
黙祷を終えて、さり気無く彼女の居た方を見ると……様子は変わらない。
おかしい、段取りと違うじゃないか。
黙祷を終え、この特設会場でのセレモニーが終わってしまった。
これからシャトルに分乗して3区への移動になる。
ではこの最中に、護衛達に彼女の拉致を指示……。
「総務長官、ちょっと良いだろうか。」
後ろから声を掛けられて振り返ると、護衛達を引き連れた侯爵閣下がいた。
「はい、何で御座いましょう。」
「込み入った話なのだ。ちょっとあっちへ。」
侯爵に促されて特設会場の外へ。
着いて行くと、そこには行政長官とその護衛達もいた。
はて、何の話だろう。
「さて、総務長官。今朝がた、3区の会から苦情申し立てがあった。
3区の会に派遣された護衛達が、事務局メンバーにスタン警棒を持って暴力を振るおうとしたとね。
その護衛達は、既に取り押さえてある。」
「な、何ですと。それは由々しき事態ですな。
至急、警備隊長に確認を……。」
急ぎ、その場を離れようとしたが、行政長官の護衛に阻まれる。
「総務長官。私は先ほど、君に確認したな。
『あの護衛達は、君の差配か』とね。
君は、そうだ、と答えた。」
……ま、まずい。
「し、しかし、先ほど3区の会の会長や事務局長には、護衛がちゃんと付いていたではないですか。」
「あれは、申し立てを受けて私が別に手配したものだ。」
行政長官が、代わりに手配?
「残念だよ、ステファノ・アイアロス君。
たった今から、君の総務長官としての職務権限を停止する。」
「ま。待って下さい、閣下! 何かの誤解です!」
権限停止だと! 冗談じゃない!
「行政長官、彼の取り調べは任せる。
容疑は……警備隊の私的利用、警備隊身分証偽造など、色々とある筈だ。」
「了解しました。しかし、政府トップの私が式典に出ないのは不味いでしょう。
私の補佐官を臨時の総務長官代行に任命して、当たらせます。
手続きの為、3区へのシャトルの同乗は出来なくなりますが、後で行きます。」
「うむ、宜しく頼んだ。」
護衛の手を逃れようとしたが、結局私はそのまま連行されてしまった。
まだ、警備隊の方に連れていかれたら何とかなるかと思っていたが……連れて来られたのは、政府庁舎地下の使われていない会議室。そのまま、見知らぬ強面の男達の取り調べを受ける事になった。
……監察官閣下から聞いた話が本当なら、あと、数時間の辛抱だ。
なんとか、耐えなければ……。
*****
(???視点)
「え、私が、総務長官の代行ですか?」
『そうだ。任命書は、私が一度庁舎に戻って発行する。
差し当っては3区の会からの申し入れの件で、前総務長官と警備隊長の取り調べだ。
具体的には戻った時に追って指示するが、まずは地下の会議室を2室、取り調べ用に用意してくれ。警備隊側は信用できん。』
「警備隊長もですか!?」
『ああ、前総務長官を拘束した後、警備隊長に確認した所、奴も絡んでいる事が判明した。』
「……了解しました。至急手配します。」
やれやれ。
アイアロス総務長官……、微妙な時期にやらかしてくれましたね。
式典の打ち合わせで面識のあった3区の会事務局長、エインズフェロー女史から緊急の相談があったのが今朝。総務長官の手配で3区の会側の警備に当たっていた警備隊員が事務所内で暴れたため、急遽取り押さえたとの連絡でした。
警備隊はほとんど式典準備で出払っていたため、職員数名と事務所を訪れて確認してみると、警備隊でもあまり見ない大柄の男5名が、手足が背中側に回された上で、下着姿のまま電子手錠で拘束され、猿轡をされた状態で事務所奥の会議室に転がされていました。
職員が彼らの面体を確認した所、やはり警備隊員の登録データベースには存在しない。持っていたというスタン警棒や電子手錠、麻酔銃は警備隊の正式採用の装備ではない――クーロイ政府にはこんな高い装備を買うほど余裕は無い。
「警備隊は式典と市内警備で出払っていらっしゃるでしょうし、代わりの警備を寄越して欲しいとは申しません。
ただ、式典で警備不十分と思われるのも、政府の体面上余り宜しく無いかと推察します。
ご提案なのですが……3区行きのシャトルに乗るまでの間、この制服をお貸し頂けません? 私達の護衛にこれを着せて警護に当たらせます。」
内部で相談すると一旦保留しましたが、長官と相談の結果、結局女史のその提案を受け入れ、転がっている5名と制服以外の彼らの装備を預かりました。
地下の会議室を用意して取り調べ――猿轡だけは外しましたが、電子手錠の拘束はそのままです――をすると、宇宙軍第7遊撃部隊所属の士官だとか、今解放しないと後で処罰されるぞとか吐く始末です。
しかし彼らの言葉遣いは破落戸のそれと一緒ですし、彼らの持っていた装備は軍の正式装備でも無さそうです。そもそも第7遊撃部隊という部隊名は、手元の宇宙軍部隊表――昨年、星域警備部隊から頂きました――には存在しません。
長官が式典から一旦お戻りになりましたが、2枚の任命書を発行して大急ぎで式典会場へ向かっていきました。
一つは私を臨時の総務長官代理に任命する任命書。
もう一つは、式典現場で警備を指揮している警備副隊長を臨時警備隊長へ任命する任命書です。
任命書を受け取ってから、5名を破落戸として牢屋にぶち込むよう指示し、アイアロス前総務長官の取り調べに向かいました。
いつもお読み頂きありがとうございます。
ブクマや評価、感想、いいねなどを頂けると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。




