9-04 取材依頼
8-10で登場した、ジェラルド・レイエス氏の視点です。
時系列的にも8-10の続きになります。
玄関のドアを開けると、前に若い女性、後ろに中年女性と中年男性、作業着を着た3人が居た。
「住居の不都合の確認をさせて頂きたく。
中にお邪魔させて頂いても構いませんでしょうか。」
「あ、ああ。確かに副局長からそれは聞いたが。
まあ、どうぞ。」
まだ仲間との打ち合わせの最中だし、手短に済ませよう。
そう思いつつ、3人を玄関に招き入れる。
3人が玄関に入り、扉を閉めた所で、3人が帽子を脱ぐ。
後ろの2人はともかく、前の若い女性は、まさか……!
「貴方が、ジェラルド・レイエス様で宜しかったですか?」
「そうだが……まさか貴女は、3区の会の事務局長、エインズフェローさんじゃあ……。」
「まあ、ジャーナリストの方には顔を知られていますのね。
改めまして、ケイト・エインズフェローと申します。
本日は、レイエス様に内密のお話がありまして、お伺いさせて頂きました。」
手短にと思ったら、とんだ大物がやって来たな。
さらっと、こっちがジャーナリストだと知っているぞと来た。
ジャーナリスト達の間では、滅多に会えないと噂の事務局長さんだ。
どんな話が飛び出すが分からないが、折角の機会だし話を聞こうか。
「立ち話も何ですから、こちらへどうぞ。」
リビングに案内すると、待っていたフィトもサムエルも目を丸くしている。
「そちらはレイエス様の同行者の方ですね。
初めまして。御存じかも知れませんが、ケイト・エインズフェローと申します。
本日は、内密の話がありましてお邪魔させて頂いています。」
「あ……どうもご丁寧に。フィト・マヌエルといいます。」
「サ、サムエル・ロッテ―ロです。宜しくお願いします。」
サムエルの耳がちょっと赤い。
これだけの別嬪さんに挨拶されたんだ。若いサムエルでは無理もない。
「有難うございます。
お二人は、レイエス様の御同僚の方かしら?
という事は、今回の皆さんのクーロイへの御来訪は、やはり取材を兼ねてですの?」
うわ、会社の事までしっかり把握してやがる。
若い女性だからと言って侮ってはいけない。
3区の会で、あのやり手そうな副局長の上を務めるだけはある。
「貴女の事です、最初からお見通しでしょう。
そろそろ、探り合いは止めませんか。」
「……ええ、そうですね。」
彼女にリビングの一席を勧め、俺は彼女の向かいに座る。
「今回は、レイエス様の従兄様についての個人的な話を含みます。
出来ればマヌエルさんとロッテ―ロさんのお二方は、話の間、うちのピケットと家具を動かす振りをして頂ければ。」
彼女の後ろに立つ、中年男性が礼をする。
「2人には俺の事情は全部話してある。
うちには口の軽い奴はいないから、2人にも同席させたい。」
「分かりました。
外に漏れない限りは、レイエス様の御判断にお任せします。
取材の場では無いので、レコーディングは御遠慮下さい。」
「ええ、勿論です。」
フィトやサムエルも、両手を見せて何もしてないとアピールする。
「長くなりそうですので、うちのクレアにお茶を淹れて貰いますね。
あと一応、不都合の確認の体ですので、ピケットさんに別の部屋の家具の調整の振りをして貰おうかと。
見た所、向こうにはまだ荷物を置いてなさそうでしたが、構いませんか?」
「ああ、どちらも構わない。」
彼女の後ろに控えていた2人は一礼した後、中年女性はキッチンに、中年男性は玄関脇の部屋に行った。
この事務局長だけでなく、後ろの2人……ピケットさんとクレアさんだっけか。3人とも動作がかなり洗練されている。
この事務局長さん、かなりの大金持ちの企業経営者のお嬢さんだという情報があったからな。あの2人は、さしずめ使用人兼護衛だろうか。
「話を始めましょうか。
今回クーロイの取材に当たって、ご契約先は決まっておいででしょうか。」
「今更隠してもしょうがないが……式典への参列ついでに取材出来ればって事で来たのは確かだ。
ただ俺達は零細だが、大手と違ってどんな取材が出来るか分からないのに、金に釣られて契約を事前に結ぶのは危なくてね。
アポが取れてどんな取材が出来るか目途が立ってから、初めて契約先を探すのが俺達のやり方だ。」
今回、俺が式典に出席できるから、他よりも良い潜入取材が出来ると踏んだのもある。
「あと、レイエス様は、御父様の代理出席との事ですが……レイエス様自身の、行方不明者とのご関係をお聞きしても宜しいでしょうか。」
「行方不明者は、俺の4歳上の従兄になる。
近所に住んでいたんだが、当時は向こうもうちも両親が共働きで、日中居ない事が多かった。そんな時、彼が俺と妹の面倒を見てくれたんだ。
俺が大学に入るまで、何かにつけ面倒を見てくれたり、相談に乗ったりしてくれた。恩を返したかったが、俺が大学在学中にあんな事になってしまって。
妹も出席したがっていたが……彼女は今、赤ん坊がいて手が離せなくてね。」
流石に従兄がもう生きているとは思っていない。
世話になった兄貴を悼む気持ちに嘘は無い。
「成程……有難うございます。」
こほん、と一息ついて、彼女は続ける。
「今回こうしてお伺いした理由なのですが。
……私共から、レイエス様達にある取材を依頼させて頂きたく思います。」
「……は?」
なんで、3区の会側から取材依頼?
意味が分からん。
「今度の式典に行方不明者家族としてレイエス様も御参列頂くわけですが、その際にお願いしたいことがあるのです。その内容を無事持ち帰って、ある御届け先へ届けるまでが、依頼させて頂きたい事となります。
勿論、詳しい話を聞かないと判断できないと思います。
絶対に外には話さないと確約頂けるのであれば……更に踏み込んだ内容をお話し、契約書をご提示しますが、如何でしょうか。」
「それは、ハランドリ星系に居るうちのサポートメンバーとも相談していい内容か?」
「この家に居られるお三方の間での相談でしたら問題ありませんが、通信を伴うものは御遠慮頂けますか。
実は……当件は人の命が掛かっているのです。
話が漏れると、その方々が大変困った事になってしまいます。」
中々に重い話になりそうだな。
後ろで話を聞いているフィトとサムエルの方を向くと、2人は頷いてきた。
「……わかった。この場から外には絶対に出さないと約束しよう。」
「有難うございます。では、お話させて頂きます。
まず、今回レイエス様にお願いをする目的ですが。」
目の前の事務局長は、口に手を添え、声を潜めて話す。
「実は、3区には生存者が居ます。
今回彼らが脱出する手筈は、私達で整えます。
お願いしたいのは、その後起こり得る事態の収拾のための依頼となります。」
「「「!!!」」」
何だと……生存者!? それって、17年前の事故の?
ここで、キッチンでお茶を淹れていた女性が、全員分のコーヒーや紅茶をテーブルに給仕する。
目の前の彼女とサムエルの前には紅茶、俺とフィトの前にはコーヒー。どうやってか知らないが、俺達の好みも把握しているんだろう。
4人分を給仕した後、女性は下がって事務局長の2歩後ろに立つ。
置かれたコーヒーに口を付ける……ん?
部屋の備え付けにはインスタントしか無かった筈だが。
何でドリップコーヒーの様な味がする?
「いくつか、質問して良いか?」
思わずこちらも声を潜めて話してしまう。
彼女は頷くので、遠慮なく確認させてもらおう。
「どうして、向こうに生存者がいると?」
「私がこちらで資源回収会社を運営している事は、貴方がたも御存じかと思います。
私が3区で資源回収の業務中に……本当に偶然ですが、向こうで会う事が出来ました。
そして彼らの状況を知り、物資の援助を密かに続けていました。」
「……という事は、3区の会の立ち上げは……。」
彼女は頷く。
「17年の間、孤立無援のまま3区で生きて来た彼らの状況は、限界ギリギリでした。
私が個人的に出来る多少の物資援助では、彼らの状況を改善するのは困難だったのです。
そこで、偶々知り合う事が出来た、今の会長……ナタリー・エルナン氏に相談し、彼女が個人資産を出資して頂くことで立ち上げました。」
「……向こうで接触があったのなら、直接こちらに連れてくることは出来なかったのですか?」
「それも考え、提案しましたが……彼らはそれを良しとしませんでした。
大きな理由の1つとして、彼らは帝国も自治政府も信用していません。
事故以来、まともな生存者捜索は一度もされないまま、3区が遺棄されてしまいました。政府に今更助けを求める気にはなれないそうです。
更に、生存者達の中に、非常に微妙な立場となる……事故後に向こうで生まれた、現在15歳になる女の子がいます。」
「「「!!!」」」
「彼女には身元を証明するものが一切ありません。
救出されても、帝国市民であることを示すIDの無い彼女は、非常に微妙な立場に立たされます。」
流民と見なされてもおかしくない、という事だ。
帝国には、難民や流民に対する厳しい目を向ける者は多い。
「それ以上に、この最辺境の星系では、事故当時にまともに生存者捜索をしていなかった事が露見するのを恐れる、政府の責任逃れの為に、闇に葬られかねない……それを、彼らは恐れています。
そのため、私達が考えた手段は――宇宙船でクーロイ星系を脱し、別星系で有力者に保護して貰う事でした……今は、それも難しいのですが……。」
「難しい、とは?」
彼女は、非常に悲痛な表情を見せながら語った。
「実は、向こうの生存者達がいるエリアに、17年前の事故に関わる記録が残されている事が判明したのです。プロテクトが掛かっていて、その記録は閲覧できないのですが……周辺の証拠から、当時の事故に、宇宙軍や皇帝陛下も、何か関わりがあるらしいことが分かりました。
しかも、『星姫』騒動をきっかけに、最近になって向こうも3区に生存者がいる可能性に気付いたようです。宇宙軍の中でも、特に皇帝陛下に近しい部隊が、帝都周辺で密かに艦隊を集めているという情報を、ある筋から入手しました。
かなり確度の高い推測ですが……彼らの狙いは17年前の事故に関わる記録の抹消。そしてそれを知っている可能性のある者達を捕え、闇に葬ること。
仮に宇宙船で逃げる事が出来ても、周辺の星系や、私の出身となるクセナキス星系などへも、既に網を張っているでしょう。」
それは、かなり危険な状況だ……生存者達に、逃げ場が無いという事。
フィトもサムエルも目を見開き絶句している。
「それでも、貴女がたは生存者達を逃がす為の段取りをつけているという。
……一体、どこへ?」
「また別の筋から、帝国から安全に身を隠せる場所を提示されています。
生存者を帝国から逃がす事については、彼らと我々の間で利害関係が一致しているので、大丈夫だと思いますが……具体的な場所については、ご勘弁下さい。」
フィトとサムエルを振り返る。
彼らは何も言わず頷く。
「……取り巻く状況は、理解した。
それで、俺達への依頼と言うのは?
貴女達が生存者達と逃げた後の、後始末か?」
ちょっと意地悪な聞き方をしてしまうが、彼女の真の意図がどのあたりにあるかも確認しなければならない。
しかし、彼女は首を振る。
「彼らを脱出させるために、私が直接、式典の途中で抜け出して情報を渡しに行きますが、一緒に脱出する積りはありません。
レイエス様達にお願いしたいのは……。」
彼女は声を潜めたまま、俺達への依頼事項、そして意図するところを話す。
……確かに、難しい依頼だ。かなり危険もある。
それに、これを彼女達自身で出来ない理由も分かる。
「……先ほどお話した通り、恐らくこのご依頼は、かなり危険な内容になると思います。
特に私や3区の会事務局メンバーと、現場で直接関わるのは危険です。
我々3区の会事務局は特に目をつけられています。そんな我々と接触していると……どうなるかは、お判りになるかと思います。
ですから、なるべく我々に接触をしない様、独自に行動頂きたく思います。」
「式典の前に、生存者達を逃がす事はできないのか。
貴女は資源回収業者でもある。式典までに向こうで接触する機会もあるだろう。」
そう問うたのだが、彼女は首を横に振る。
「会場設営と警備の確認という理由で……明日から式典翌日まで、ゴミの3区への投棄は中止されました。
私が向こうに行ける機会は、次は式典当日しかないのです。」
既に、彼女達に選択の余地は無いのか。
こんな手段をとる必要に迫られるほど、彼女達の方も追い詰められた状況にあるのだろう。
「……危険な内容だという事は、理解できた。
貴方がたとの接触は避けるように、との事だが、どうやって準備をすれば?」
「私は直接関与できませんが……別途ご連絡差し上げます。」
彼女の視線の動きから、連絡の手段は何となくわかった。
手引きの内容次第だが、やるとするなら、綿密な準備が必要だ。
フィトが手を挙げる。
「我々への見返りには何を?」
「被った損害の補償を含めて、金銭的報酬は、最終的な行き先で保証して頂けます。
もしそれが難しい場合でも……私の個人資産から、出来るだけの事はさせて頂きます。
それ以外には、後日、事態が落ち着いてからになりますが……生存者達と相談の上で、彼等へのインタビューの機会を設けさせて頂きます。
公表するかどうかは彼らの希望に沿って頂きたい、という前提付きにはなります。そこはご了承下さい。」
危険度合いは高いが、成功すれば見返りも大きいか。
契約するかどうかを決める為に、あと2つ、彼女に聞いておきたいことがある。
「あと2点、聞かせて欲しい。
まず、貴女がかなりこの件に入れ込んでいる事はわかる。そこまでして、生存者達に入れ込む動機は何だろうか。
もう1つは……そもそも、何故俺達にこの話を持ち掛けたのか。
俺達がジャーナリストだという他にも、何か理由があるのではないか?」
彼女は目を伏せる。
しばらくそのまま沈黙が流れた後、顔を上げ、話し出す。
「……3区に居る。現在の生存者は4人。
その内、先ほど話した事故後に生まれた女の子ですが……レイエス様の従兄にあたるライノ・ルマーロ氏と、3区の会会長ナタリー・エルナン氏の末娘、メリンダ・カルソール氏の間に生まれた女の子です。」
「「「っ……!」」」
今日一番の爆弾発言に、飲んでいたコーヒーを吹きそうになった。
フィトもサムエルも驚いている気配はあるが、そっちを確認する余裕も無い。
彼女は、懐から一枚の写真を取り出して渡してきた。
それは……祝われる中心の女の子とそれを囲む5人の大人――目の前の彼女と、もう1人同年代の女性、3人の中年男性が、柔らかい表情で写る、記念写真。
質素な誕生日パーティーで祝われているらしい、この女の子が、そうなのだろう……。言われてみれば、笑顔で写る彼女の目元が、ライノ兄貴によく似ている。
「……ライノ兄貴や、母親――メリンダさんは?」
彼女は目を伏せ、悲痛な表情で首を振る。
「……全部で12~3人の生存者がいたそうですが。
他は皆、5年前……伝染病で、亡くなったそうです……。」
「……そうですか……。」
「こんな状況にありながら……彼女は、とても素直に、真っ直ぐに育っています。
ただ、3区で生きていくには、限界ギリギリの所に来ています。
彼女には、何とかこの状況から抜け出して……普通に、生きて欲しい。
私が願うのは、ただ、それだけなのです。
それだけの事が、本当に難しい……。」
彼女は目に涙を浮かべながら……悲痛な表情で、切々と続ける。
「危険な依頼をこんな形でお願いしてしまう事に、申し訳なく思います。
このような事は、事務所に群がる他のジャーナリストの方々には、とてもお願いできません。ですが、事務所で話を伺った貴方がたなら、信用できるかも知れない……そう思って、お願いに参りました。
彼女達の命を助ける為、是非、皆さんのお力をお貸し下さい。
どうか、どうか……お願いします……。」
涙を流しながら、彼女は俺達に頭を下げた。
俺の中では、既に答えは決まっていた。
フィトとサムエルの方の表情からは……意見は同じだという事が読み取れた。
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