9-03 残された真実と推測
主人公視点が続きます。
マスドライバーのデータ分析が終わった中尉さん達と合流し、判った内容を共有することに。
こちらの内容が重いので、先に中尉さん達の方から共有して貰う。
「マスドライバーは、採掘場のエレベーターエリアから南西10kmの地点にある、岩山の地下に作られていた。
作られたのはおよそ25年前。時期からして、軍政時代にここに駐留していた宇宙軍の手による物だろう。
軍政当時は、そこから頻繁に小惑星級の物体を打ち上げていたようだ。昔の軌道計算データが残っていたので調べてみたら、打ち上げ先は……このクーロイ星系のかなり外を回る準惑星だった。
この準惑星の事は、クーロイの星系図含めて、正式な文書には一切記載されていない。」
「本……バートマン中佐の日誌にも、第5惑星アンドロポスの軌道半径の7倍の半径の軌道を回る、準惑星『トラシュプロス』の存在のことが書いてあった。
星系の警備艦隊の通信を傍受して、バートマン中佐は存在を知ったらしい。」
グンター小父さんが説明してくれる。
トラシュプロスに、リオライトが横流しで運ばれていた。
「当時頻繁に小惑星が打ち上げられたが、帝国暦307年に入ってから頻度が減り始め、307年の10月末の打ち上げで、一度途絶えた。
そこから間を置いて、何故か帝国暦308年7月29日と、事故翌日……帝国暦308年11月30日に打ち上げが行われたのが、軍政時代の打ち上げの最後だ。
この最後の11月30日の打ち上げは、奇妙だった。
他と違って、この時だけは打ち上げ速度がかなり遅かった。恐らく、惑星オイバロスの重力圏を抜けられるギリギリの速度の様な気がする。」
7月29日の打ち上げは日誌の内容と一致する。
11月30日と言うのは……バートマン中佐はマスドライバーで脱出を図ったのかな?
「それから3区が閉鎖され、採掘場はしばらく稼働していない。
しかし事故から9年後、帝国暦317年11月。採掘場は再び稼働を始めた。
マスドライバーからの打ち上げも再開し、軌道計算はその準惑星になっているが、軍政時代の打ち上げ時には無かった事も起きている。
マスドライバーが改造され、飛んでくる小惑星を誘導し、マスドライバーで受け止めるようになったのだ。」
「採掘場に向かって、小惑星っぽいものが飛来してたのは、それって事?」
「マスドライバーで小惑星を受け止めるなんて事が、技術的に出来るとは信じがたいが……恐らくそうだろう。
アイーシャ達は、我々の知らない技術を持っているのかも知れない。
小惑星に物資を詰めて打ち出し、向こうで物資を受け取ったら空の小惑星を投げ返して、採掘場でそれを受け取って、というのを繰り返していたのかも知れないな。」
なんだかキャッチボールみたい。
「ただ、マスドライバーからの打ち上げは『トラシュプロス』を目標に計算されていたが、向こうから小惑星を投げ返して来るタイミングが、『トラシュプロス』から投げ返しているにしては早すぎるのだ。
恐らく、『トラシュプロス』とクーロイ星系の間の空白の宙域のどこかで、アイーシャ達は小惑星を受け止めて投げ返しているのではないかと推測している。
ただどこで受け止めているのかは分からない。投げ返すタイミングが毎回変わっているから、移動している可能性もある。」
アイちゃん達はそうやって、ケイ素とかリンを運び出してたのか。
「マスドライバーのデータから分かったのはこれ位だが、本の方はどうだった?」
「……かなり核心に迫る内容が、最後に書いてあった。
これはバートマン中佐の認識で、通信記録以外に証拠が無いようだが、かなり重要な内容だった。
ただ、ちょっと長い話になる。一度休憩を入れたいが、良いか?」
10分程休憩を入れて、会議を再開する。
小父さん達は冷静に話せそうにないから、私から説明して欲しいって休憩中に頼まれた。
「日誌に書かれていたのは、事故の6カ月前くらいから。
前の方はバートマン中佐の家族の事が多かったから省くとして。
採掘場の枯渇で、リオライトの横流しもされなくなって暫く経って……事故の4カ月前、その『トラシュプロス』を『クロップス宙賊団』が突然占拠したの。」
「……クロップス宙賊団……どこかで、聞いた記憶が……。」
中尉さんが呟く。
「バートマン中佐の記載によると、帝国暦305年くらいから、帝国内で略奪行為を行ってた集団みたい。
当時権勢を誇っていた、皇妃の従弟であるカーネイジ侯爵の領地が、特に被害が多かったらしいの。でも他にも被害を負った地域が帝国内のあちこちにあって。その宙賊団は神出鬼没の集団だったと記録があったそうなの。」
「思い出した。
当時、帝国内をさんざん荒らしまわった宙賊団だ。
宇宙軍が威信にかけて討伐に向かったが、艦隊が到着する前に姿をくらます事で、なかなか討伐出来なかったと記録を読んだことがある。
ただ、307年の終わり頃から、何故か姿を消したとあったが……。」
日誌に書かれていた内容から想像すると、そうなるかもと言う気がする。
「軍政時代から横流しされていたリオライトは、少なくとも帝国を宙賊団が暴れまわっていた時期、宙賊団の手に渡ってたことは、通信記録の内容に残ってるらしいの。その前の横流しについては、どこに流れてたのか分からないけど、
ここからは、中佐の推測なんだけど……3区の採掘場が枯渇したから横流しが行えなくなってから、宙賊団はリオライトを調達できずに、姿を消さざるを得なかった。
その間、宙賊団は略奪した物資を売ったりして過ごしてたと想像するけど、やがてそれも無くなって来ると……再度、リオライトの横流しを要求した。
ところが、横流しをした側は、3区のリオライトが枯渇していたし、恐らく何か他の理由もあって、要求を断った。断られた宙賊団は後がなくなって、リオライトの集積基地だった『トラシュプロス』を襲撃して占拠した。」
「マーガレット君、ちょっと待て。
宙賊団は、誰に要求を?」
中尉さんは話を一旦止めようとする。
「横流し自体、ここの警備艦隊独自でやった事では無いのは確かね。
クーロイの警備艦隊だけでは、帝国中を荒らす宙賊団の支援なんて大それたことは出来ない筈だから。
後で出て来るから、横流しをしていたのが誰なのかは、一旦置いておくね。」
まだ話は長いから、ここで一息ついて続きを話す。
「『トラシュプロス』が占拠されたことにクーロイの警備艦隊は慌てたけど、何らかの理由で『トラシュプロス』をすぐに攻撃することが出来なかった。
そこで警備艦隊は、昔の横流しと同じ手段に見せかけて、占拠した宙賊団の残党を討つことにしたの……つまり、3区採掘場から『トラシュプロス』に向けて小惑星を打ち出し、宙賊団の残党が小惑星を捕まえてリオライトを受け取るために『トラシュプロス』から出るのを待って、始末する事にね。
その作戦は……半分成功して、半分失敗したの。」
「半分って、どういう事なの?」
「採掘場から打ち出した小惑星は、リオライトを運んでいないダミーだったし、誘い出された残党を撃てば始末出来ると考えたんだと思う。
そして、目論み通り誘い出された残党を攻撃して、殲滅は成功したの。
誤算は、残党がまだリオライトを保持してたのか、『トラシュプロス』にまだリオライトが残ってたのか……攻撃した時に大爆発が起きて、惑星上の氷が、大きな氷塊として飛散してしまったの。
ただ飛散ルートを調べた結果、コロニーへの影響は無いと判断されて、大きな問題にならなかった……この時は。」
中尉さんと准尉さん、セイン小父さんの顔色が悪い。
この時の氷塊が、3区に衝突したんだと分かったんだと思う。
「ただ状況は……この後、恒星イーダースの恒星フレアが発生した時に一変するの。それがあの事故の20日前。
コロニー側には影響が少なかったけど、警備艦隊は機器が故障して航行できなくなったり、観測船も機器が故障して満足な観測ができなくなったの。
その間に、恐らくフレアで発生した恒星風の影響で……『トラシュプロス』から飛散した氷塊が軌道を変えて、3区への直撃ルートに入ってしまったの。
ここは最辺境だから、故障した機器の代替の配送が遅れて……故障を直した観測船がそれに気づいたのが、事故の7日前。警備艦隊はまだ故障から立ち直ってなくて、状況を理解しても対処する力が無かった。
更に状況を悪化させたのが……艦隊内の下級兵士たちのパニックと、上層部の責任逃れなの。まともに艦隊が機能せず……自治政府やコロニー管理者達への連絡が遅れ、自治政府に状況が伝わったのが事故の3日前。
その時には、自治政府の上層部の一部はクーロイを逃げ出していて、下位の役人たちはパニックを起こし、こちらも機能不全に陥ったの。
中佐は、状況を把握して直ぐに、3区内に緊急放送を出そうとしたの。ただ管理者が発令するための放送設備は壊されていて、AM局は職員がいち早く居なくなってて、中佐がスタッフにコロニー内で触れ回るよう指示をしたら、そのスタッフたちも我先に3区から逃げてしまって、」
「……酷い……。」
准尉さんが、目に涙を浮かべてる。
中尉さんもセイン小父さんも、事前に知ったグンター小父さんやライト小父さんも、お姉さんも……みんな俯いて、白くなるまで拳を握りしめてる。
実際、とんでもなく無茶苦茶な話。私も話しててすっごい腹が立つ。
「更に、中佐がやっと警備艦隊の司令官と通信が繋がって、『トラシュプロス』の不始末だから艦隊で責任を取れって詰め寄ったら、いきなり回線が切られて……中佐に刺客が差し向けられたの。それがグレン・クレッグ中尉。
『トラシュプロス』の件は、中佐が艦隊の暗号通信を傍受して知ったらしくて、艦隊側はそれを隠してたの。それを指摘されたから、艦隊側は秘密を守るために3区を切り捨て、中佐を始末することにしたんだと思う。」
「人命救助より、秘密の保持と責任逃れを優先したのか。」
「更にね、その混乱の中の暗号通信で、とある艦長がこう言ったのを中佐は耳にしたの。
『そもそも宙賊団に横流しをしたのも、横流しを止めて宙賊団を放置したのも、陛下の命令じゃないか! ならこの責任は陛下にある! 俺達がこの責任を負うのは間違ってる!』
それに対して、司令官が『滅多な事を言うな!』と返したの。
その艦は星域を勝手に離脱しようとして……司令官の命令で撃沈されたの。仲間の艦隊にね。
この辺りは、ちゃんと通信記録に残ってるんだって。」
「やはり……横流しを指示していたのは、皇帝なのか……!
だから、あのクイズか……。」
帝国内を蹂躙する宙賊団に、皇帝側の支援が密かにあったって言うのは、ありそうな話だと思う。
「中佐は、刺客に襲われて怪我をしたけど、結局逃れて採掘場に降りた。
この時にクロミシュって同行者がいたみたいなんだけど、これが誰なのかは分からないの。
この本をマスドライバーの情報端末の部屋に隠して、恐らくそのままマスドライバーで脱出したんだと思う。
ただ、日誌を最後まで読んだんだけど……結局、あのクイズのヒントらしきものは、見つからなかった。」
「マーガレット君。まとめてくれて有難う。
……ひょっとしたら、まだ何か見落としがあるのかも知れない。
日誌を見せてくれないか。」
中尉さんが提案するので、日誌のページを撮った写真をプロジェクターに投影した。求めに従ってページを送っていたら、ここで止めるように言われた。
中尉さんと准尉さんは、食い入るようにページを見ている。
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かなり長くなるが……私の知る真実と、そこからの推測を書き残そう。
ギリギリの所で刺客から逃れたが、私はこの真実を知っているがために、生きていると知られれば狙われ続けるだろう。
はっきりしている事は、それだけ敵は強大だという事だ。
本当は、管理エリアごと逃げられれば良かったのだが……これから残す真実の証拠は管理エリアの通信記録にあり、そう簡単に破棄されないよう仕掛けをしてある。
残す事の出来る手がかりは少ないが、真実を突き止めんとする者は、詳らかにして欲しい……解き明かすヒントは残したつもりだ。
何としてでも生き延びて……愛するヒラリ―に、ナターシャに会いたい。
神よ、私の願いを叶えたまえ。
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確かに、この部分は何か違和感があるんだけど、何なのかは分からない。
中尉さんと准尉さんは頷き合って、准尉さんから切り出した。
「……確かめたい事があるの。日誌の実物を貸してくれない?」
密閉袋に仕舞い直した日誌を渡すと、准尉さんは表表紙や裏表紙、背の部分をあちこち指で叩き始める。
同じ様に、表紙の裏側、背表紙の裏側も叩いていると、背表紙の一部の場所で、叩く音が変わった。
「映しているこの部分……無理やり作った文章の様に感じたの。
文頭の文字を拾い出してみたら、『かギは本のなか』となったわ。
つまり、本の中に鍵が隠されていると思ったのよ。」
そう言って准尉さんは背表紙の裏側に貼られている紙を、角から慎重に剥がす。
剥がしていくと、背表紙の真ん中に縦に窪みがあり、長い金属製の平たい棒に紙が巻き付いて、その窪みに収まっていた。
「それはひょっとして、通信記録のプロテクトを解除する、鍵……。」
「恐らく。そして、この巻いてある紙にも何か書いてあるわ。」
准尉さんはそれを取り出し、巻き付けてある紙を広げる。
そこには『忠誠心なんか犬に食わせろ』と書いてあった。
「まあ、皇帝がこんなことを裏でしていたと知ったら、皇帝に仕える者としてはこんな気持ちになるかも知れんな。
恐らくこれが、航法コンピューターのロック解除用のクイズの答えだろう。」
「じゃあ、これで脱出……。」
そう言いかけたマルヴィラお姉さんの発言に、中尉さんは首を横に振る。
「航法コンピューターのロックはこれで解除できたとして、だ。
一体、我々はどこへ逃げれば良い? こんな秘密が隠れていたのであれば、どこまででも皇帝側は追って来るぞ。
事務局長……ケイトさんの実家のあるクセナキス星系へ逃げるのは駄目だ。むしろ、向こうで網を張って待ち構えていても驚かない。」
「それじゃあ、一体どこへ……。」
「マーガレット君、下でアイーシャさんが言っていただろう。
帝国から安全に逃げる場所が必要なら、侯爵を頼れ、と。
出発準備だけはしておく必要があるが……ケイトさんを通じて、侯爵と連絡を取る必要がある。
次のゴミ捨てのタイミングでケイトさんと接触して、侯爵への繋ぎをお願いするしかないだろうな。
……時間が無いのが、ネックだが。」
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