8-10 あるジャーナリストの来訪
本日は2話同時投稿です。ご注意ください。
「やっぱり、多いな……。」
民間航路でやって来て、仲間2人と共にクーロイ宇宙港に降り立ったジェラルド・レイエスは呟いた。
クーロイは帝国の最辺境で居住可能惑星も無い星系なので、人口も経済規模も他星系と比べ物にならない程に小さい。当然、観光地としてもビジネスとしても不人気だ。
クーロイへ来る民間航路は、隣のハランドリ星系から週2往復、便あたり定員30名の小型船での運行しかない。そんな、帝国内の他の宇宙航路よりずっと小規模の運行でも、普段は半分程の乗船率になれば良い方だ。
それが今は、臨時で定員50名の少し大きな船に変更されており、それでもほぼ満席の状態となっている。その増えた乗客は3区の追悼式典を取材するマスコミ関係者が大半だ。
ちなみに次週から……式典を挟んで前後1週間くらいは、式典に出席する行方不明者家族達も加わることが想定される為、毎日1~2往復に臨時増便される予定である。
そんな、式典まで1週間以上先にも関わらず、マスコミ関係者が前もってクーロイに殺到する理由は。式典の取材枠確保のための交渉と独自取材のためだ。
ナタリー・エルナンの新曲や『星姫』と言われる謎の歌手の存在、一連の3区の会の広報キャンペーン等の影響で、式典には帝国中のマスコミの関心が集まった。
マスコミ各社は挙って自治政府に問い合わせしたが、自治政府は規模が小さいため個別の放送局や団体との交渉が難しく、マスコミ側で取材の用件を取りまとめた上での団体交渉を求めた。
そのため、首都星系の大手マスコミを中心とした数社が幹事として自治政府と交渉している。
彼ら幹事社以外のマスコミ各社は、幹事社が獲得した取材枠を高額を払って譲り受けるか、幹事社から取材映像を買うか、あるいは幹事社が取りこぼしている周辺取材に力をいれるかしかない。
クーロイに集まった各マスコミは互いに交渉したり、独自取材の種を探したり、各々が自らの存在価値を示そうと躍起になっている。
ジェラルドの呟きは、そうして取材の種を探しに多くのマスコミ関係者達がクーロイに来ている事に漏れたものだ。
かく言うジェラルド達も、取材に来たジャーナリストである。
ジェラルド達は特定の放送局に属さないジャーナリスト会社を立ち上げており、取材結果を大手マスコミや、場合によってはマスコミ以外に売る事を生業としている。
クーロイに来たのは、記者・リポーターのジェラルド、カメラマン兼映像ディレクターのフィト、ITスペシャリストのサムエルの3人。彼らの他にバックサポートを担当する3人が、隣のハランドリ星系まで来ている。彼らは総勢6人から成る小さな取材会社である。
彼らには、幹事社が獲得した取材枠の獲得競争には、最初から参加する心算は無い。
彼らの目的は、行方不明者家族枠での式典への参加・取材と、可能な限り3区の会や行方不明者家族達の取材、できれば最近話題となっている歌手『星姫』の正体を突き止めること等である。
リポーターのジェラルドの従兄が、当時クーロイ自治政府へ出向中、3区の事故に巻き込まれて行方不明になった。
その後17年の間に、一人息子である従兄を失った伯母夫婦は失意の内に病気で亡くなり、伯母の弟である父は仕事の都合で式典に参加できず、小さい頃から従兄と親交のあったジェラルドが式典の出席をすることになった。
ジェラルドも従兄を悼む気持ちは持っている。17年もの間行方の知れない従兄が生きているとは、流石に思っていない、
しかし一方で、家族枠で式典に入り込めることを半分喜ぶ自分もいる。ジャーナリズム精神も良し悪しだな、と自嘲するジェラルドである。
多数のマスコミ関係者が押し掛けている現在のクーロイでは、宿を確保するのも一苦労だ。
宿も確保できないまま、行き当たりばったりでやって来た小規模ジャーナリスト達が、野宿しようとして取り締まられ、警察の収容施設で一泊して隣の星系へ追い返される、といった事が度々繰り返されている。
最初はTVニュースで報道され物議を醸したが、懲りずにやって来ては追い返されるジャーナリスト達が後を絶たず、そのうちTVニュースはおろかネットニュースにすら報道されなくなった。
3区の会は式典に出席する行方不明者家族の為に十分な数の宿泊場所を確保した、と会報に書かれていた。
ジェラルド達は行方不明者家族とその同行者として、3区の会側で確保した宿泊場所を割り振って貰う事が出来るため、宿の心配が無くクーロイに来られたのだ。
宇宙港からシャトルで0区へ移動し、シャトル駅で荷物を一旦預けようとしたら、駅の荷物預かり所は満杯だった。取材機材等の荷物が多く、荷物を置くために一旦宿に行きたいのだが、宿の場所と鍵は3区の会で管理している。
まず3区の会へ手続きに行かなければならないが、その為に荷物を全部持ち運ぶのも面倒だ。
「ジェラルドは先に手続きに行って来てくれよ。
俺達は荷物を全部持って、その辺の喫茶店に入ってるからさ、」
というフィトとサムエルの申し出を受け、ジェラルドは1人で3区の会事務所に向かった。
タクシーで向かったその事務所には、前に人だかりができていた。その中にはちらほらと顔を知る者が居る所を見ると、3区の会を取材しようとアポ無しで押しかけたジャーナリスト達らしい。
彼らを前に強面の男が『事務局の作業が滞るため、いかなる取材も受け付けていない』と繰り返し説明していた。
事務所は思ったより小さく、彼らが居る所以外に入って行けそうな場所が無い。
仕方なく顔見知りのジャーナリスト達を押し分けて、その強面の男の所へ行く。
「ちょっと済まない。式典参加予定の行方不明者家族だ。
諸々の手続きはどこですれば良いかな?」
ジェラルドは懐に入れた、式典参加申込者へ届けられた3区の会からの案内状の封筒を男に見せる。
「……参列予定の御家族の方でしたか。」
その強面の男はジェラルドを中へ通そうとするが、その隙に事務所の中になだれ込もうとするジャーナリスト達の動きに気付き、男は扉を閉めて立ちはだかる。
「ジャーナリストの皆さん。ここで集まられても、こうして手続きに来られる行方不明者家族の方々の邪魔になります。速やかに退去ください。
これ以上居座って無理に取材しようとして、こうした参列予定者の訪問を邪魔するのでしたら、威力業務妨害で警察に通報させて頂きます。
式典は自治政府との共同事業ですし、政府側はこうした通報にも協力的ですからね。」
男はそう言って、懐から携帯端末を取り出し、警察への電話番号を押し始める。それに気づいたジャーナリスト達が、通報されては堪らないと渋々事務所から離れていく。
ジェラルドが顔を知っているジャーナリストの男が、去り際に声を掛けてくる。
「ジェラルド、家族枠なんてずるいぜ。
後で俺達にも情報を回してくれよ。」
「俺は行方不明者家族として、参列手続きに来ただけだが?
ちなみに俺への取材はお断りだ。」
「……チッ。ケチ臭え事言いやがる。」
そのジャーナリストは舌打ちをして離れて行く。
ジャーナリスト達が離れて行ったのを確認し、男がジェラルドに声を掛ける。
「それではご案内致します。
しかし、よくあの中を入って来られましたね。」
「連れを駅に待たせているんでね。手続きを済ませてさっさと宿に行きたいんだよ。
あいつ等はその日暮らしのジャーナリストだろう。金になりそうなネタに飛びついて、手に入れた情報はすぐに金になりそうな相手に売る連中だ。それぞれ一匹狼を気取っているが、俺に言わせれば捨てた肉に群がる野犬とそう変わらない。
あんな連中を相手に時間を無駄にしたくないんだ。」
「……あの方々の中にお知り合いがいた様子ですが、貴方もジャーナリストで?」
「確かに俺もジャーナリストの端くれだが、取材対象には事前にアポを取るものだ。
相手との信頼関係が無ければ、質の良い取材なんか出来やしない。それが分からないあの連中とは一緒にされたくないな。
それに何より、俺は今、取材に来ている訳じゃない。」
「……そうでしたね。大変失礼致しました。
こちらへどうぞ。」
強面の男に嫌味を言えば、男は一転柔和な表情でジェラルドへ謝罪すると、扉を開けてジェラルドを事務所の中へ案内する。
ジェラルドを事務局内に入れると、男は直ぐに扉を閉めて鍵をかける。
事務所内には受付カウンターがあり、若い女性が男とジェラルドに一礼する。
「このまま、手続きを行う部屋へご案内致します。こちらへどうぞ。」
そうして男はジェラルドを、受付カウンター近くの会議室に案内する。
会議テーブルの角の席に案内し、座って待つようにお願いした後、男は会議室から退出する。
ジェラルドがしばらく待っていると、男が書類を幾つか抱えて戻って来て、ジェラルドの斜め前に座る。
「お待たせしました。
まだ自己紹介をしていませんでしたね。私は3区行方不明者家族の会、事務局副局長のキャスパー・ベルドナットと申します。」
「ジェラルド・レイエスです。」
「レイエス様、それでは、こちらからお送りしたご案内を確認させてください。」
ジェラルドは、懐に入れていた案内状の封筒を副局長に渡す。副局長はその封筒の宛名を見て、ジェラルドに確認する。
「……失礼、宛名とお名前が違うようですが。」
「父はそれなりに責任がある立場で、仕事を休んで来られなかったのです。
行方不明になった従兄とは私も親交がありまして、私が父の代理で来させて頂きました。」
ジェラルドは父に書いてもらった委任状を懐から取り出し、副局長に手渡す。
「そうで御座いましたか。了解しました。
では中身を確認させて頂きます。」
そう言って、副局長は案内状と委任状を封筒から取り出して中身を確認する。
「確かに、こちらがお送りした案内状で御座いますね。委任状も問題ありません。
それでは手続きに入らせて頂きます。」
副局長はそう言って、ジェラルドに持っていた書類を何枚か提示する。
副局長が出したのは、式典の参列申込書、式典の間の宿泊施設の利用申込書、守秘義務契約書の3枚。
守秘義務契約書についてジェラルドは中身を確認する。悪質な行為と事務局が判断すれば事務局側が参列を取り消す事が出来る、等の文言があるが、大半は一般的な守秘義務契約書と変わらない。
「一般的に契約で使われる守秘義務契約書と、それほど文言は変わりませんよ。
ただ、我々は悪質行為には裁判を含めて徹底的に戦います、とだけ申し上げておきます。」
ただの慈善団体だと嘗めて掛かっている表の連中は、痛い目に遭うだろうな。
そうジェラルドは思った。
提示された申込書を記載し、契約書に署名して、ジェラルドは副局長に書類を返す。
「有難うございます。
ではレイエス様の宿泊場所のご案内をさせて頂きます。幾つか候補をご提示しますので、ご希望の場所をお選び下さい。
手続きにいらっしゃる御家族の方はまだ少ないので、良い場所はまだまだ残っておりますよ。」
そう言って副局長は5つの候補を提示してきた。
3区の会が確保しているのはホテル等の宿泊施設ではなく、空き家を一時的に政府から借りているらしい(クーロイでは不動産の所有は出来ず、全て自治政府が管理している)。借りる側の費用負担は無いそうで、好きな場所を選んでもらって構わないそうだ。
ジェラルドは候補の中から、0区コロニー内でも閑静な住宅街にある広めの一室を借りることにした。
部屋を決めると副局長は黒いカードをジェラルドに渡した。
「こちらがお選びなさった部屋のカードになります。
タクシーに乗る際にこちらを提示して頂ければ、タクシーが宿泊先まで案内致します。自治政府からの貸与物ですので、くれぐれも紛失なさらない様ご注意下さい。」
「へえ……タクシーとも連動しているのは便利だね。
住居を政府が管理しているからこそ、出来る芸当だな。」
「お荷物も多いでしょうし、本日宿泊先まで行く分については、レイエス様はカードを運転手に御提示いただくだけで、お代は我々の方に後程請求が来るようになっております。
ただ、それ以降はタクシーにお乗りされても、レイエス様にて直接お支払い頂く必要がありますので、ご注意ください。
それから宿泊施設は一般の住宅の借り上げですので、申し訳ありませんが食事はご自身で手配をお願いいたします。
お部屋の方に宅配やスーパーマーケット等の案内を置いております。キッチン完備ですので御自身で調理頂くことも可能です。
あと、本日夜か明日の朝になると思いますが、宿泊先にご不便が無いか、確認の者が回らせて頂きますので、宜しくお願い致します。」
一般の住居で使用している所なので、ホテルのようには行かないらしい。その為、なにか不都合が無いか確認をしているとの事だ。
ただの慈善団体ではこうも行き届いたサービスは提供できないだろう。
この副局長も挙動が洗練されていて、かなりの高水準の教育を受けていそうだ。大きな後ろ盾がありそうだな……とジェラルドは思った。
3区の会を出たジェラルドは、すぐさま外に居たジャーナリスト達に囲まれる。
あれこれ聞かれるが、ジェラルドは全てを無視して流しのタクシーを捕まえてシャトル駅に戻った。
フィトとサムエルと合流し、荷物を持ってタクシーに乗り、宿泊先に向かう。あの黒いカードをスキャンさせれば、本当に運転手に何も訊かれずに目的地に向かった。
「首都でもこれが出来れば便利なんだけどねえ。」
「クーロイはコロニーだからか、住居は全部政府管轄だ。そうじゃないとこんな事できないだろう。」
などと3人は雑談しながら、タクシーは宿泊場所へ向かう。
宿泊場所は3LDKの一般住居で、家具や家電は全て備え付けられていた。
キッチンには食器や調理器具、食洗器や食器用洗剤に、基本的な調味料まで揃っている。
リビングのテーブルの上には、副局長の言っていた近隣の店舗や宅配、ゴミ収集などの案内が記載された書面が置いてあった。
自分達で家事もしないといけないのは面倒だが、3人共それなりに家事は出来る方だ。何とかなるだろう。
荷物を置き、途中宅配で食事を頼みながら、今後の取材をどうするか3人で話し合う。
話し合いは長時間に渡って続く中、不意にインターフォンが鳴る。
「はい、どちら様でしょうか。」
「3区の会から、住居の不都合が無いか確認にお伺いしました。
お邪魔させて頂いても宜しいでしょうか。」
画面を確認すると、作業用のツナギを来た3人がドアの向こうに居る。帽子を目深にかぶっていて顔は良く確認できないが、インターフォンで話しているのは声からして若い女性らしい。
問題無いだろうと思ったジェラルドは、応対しようと扉を開ける為に玄関に向かう。
この時のジェラルドは、まさかこれが、波乱の幕開けになるとは思ってもいなかった。
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