8-09 アイちゃん、またね
あの後、エレベーターの所まで、アイちゃんの運転で戻ってきた。
ここを出てから6時間位経っている。宇宙服ではご飯が食べられなかったから、そろそろお腹が空いてきた。
エアロックを抜けて広間まで戻ってから、一旦アイちゃんのロボットと別れてエレベーターの所に戻る。
そこで食事をしながら、中尉さん達と話す。
「ケイ素の鉱石を見て考え込んでたけど、どうしたの?」
中尉さんはケイ素の採掘現場を2か所見回って、何か考えてた。
「両方とも白い石が出る場所だったが、石のままのものと、崩れて砂になっていた物があった。彼らはその両方を集積していただろう。
砂になっていた方は珪砂と言って、主にガラスを作る材料になる。
だが、彼らは白い石も大量に集めていた。あれは石英と言われるものだが……恐らく加熱精製して、半導体を作る為なのだろう。」
半導体?
分からないという顔をしていたのか、中尉さんが続けて説明してくれる。
「詳しい事は省くが、半導体はコンピューターやロボット、AIといった高度な処理を行う物……その中に搭載しているメモリーやマイクロチップ等には、必ず半導体が使われている。
ガラスだけであの量を消費するとは思えない。恐らく彼らは半導体の製造も行っているのだろう。」
「それが、どうかしたの?」
「あのAIは、ケイ素やリンの採掘を『命を繋ぐもの』と言っていた。これらを考え合わせると……。
作物が育たなくて、大量の肥料を必要とする。何も無くては人間の生息にも厳しく、多くのロボットによる補助や、あるいはコンピューターで制御された環境でなければ、人が住めない……。
そんな過酷な環境で、彼らは生きているのかも知れないな。あくまで私の想像だけどね。」
ちょっと想像してみたけど……私達も以前は、レーションパックしか食事が無かったけど、食料がそもそも足りてない環境だったら、私達より厳しそう。
コンピューターで制御された環境ってのは……私達も同じか。重力制御も生命維持装置も無かったら、私達は生きていけない。
「それって元々人が住むのに適さない環境って事だよね。
そうだとしたら、何でそんな所に住んでいるのかな?」
「人が住めるようなもっと良い環境が近くの星系に無かった、とか。
具体的な事は分からないけど……そこしか生きる場所が無かったのかも知れないわ。」
そうだとしたら……ある意味、私と一緒なのか。
准尉さんの言葉に、ちょっとアイちゃんへの親近感が湧く。
「そう言えば、バートマン中佐は採掘場に降りて、あの場所まで行って……その後結局、あの扉の奥に行ったのかな。」
「多分、あの開かなかった扉の奥に入って、それ以上後を追われないように向こうから電源を切った……そう考えるのが自然だろうね。
その辺りの事も、あの本に書いてあるかも知れない。」
食事の後で片付けをして、上と通信をする。
今回はマルヴィラお姉さんが出た。
『メグちゃん。元気? 調査は順調かしら。
皆を起こして来るわ。』
「ああ、起こさなくていいよ、お姉さん。今回は状況の連絡だけなの。
採掘場を見て回って、手がかりらしき物も見つけたんだけど、まだ中身は見れてないの。
これからアイちゃんに挨拶してから、そっちに戻る事になると思う。戻る前にもう一回連絡するけど、詳しい事は帰ってから話すね。」
『分かったわ。
こっちは、管理エリアの調査の結果をケイトに手紙で伝えた事くらいね。
取り敢えず、気を付けて戻ってらっしゃい。
中尉さん達にもよろしくね。』
「うん、わかった。それじゃあ、また後でね。」
手短に要件だけを伝えて、通信を切る。
荷物を整理して、もう一度アイちゃんの所に行こう。
行く途中、アイちゃんの言っていた宿泊エリアの部屋に入って手がかりを探す。
部屋の中にはベッドと机、椅子しかない。机や椅子の所には何も無かったけど、ベッドを調べたら、シーツとマットレスの間に1枚の折り畳まれた紙が挟まっていた。
何だろうと思って紙を開くと、そこには『ハズレ』と書いてあった。
「……馬鹿にされた気分だな。」
「追手を苛立たせるためだけに置いたみたいね。」
これは本当に、ヒントとしてはハズレなのかも。
調べ終わって、アイちゃんの所に行く。
アイちゃんの金属の箱の傍には、相変わらずロボットが1台いる。
「お帰り。調査は有意義だったかしら?」
「ああ、多分手がかりだと思うものは見つけた。世話になったな。
これから上に戻って、手がかりの中身の調査だ。」
中尉さんがアイちゃんに、帰りの挨拶をしてる。
「あら、ここでその手がかりを見せてはくれないのね。」
「中身が傷んじゃいそうだし、ここでは開けないの。」
「そっか。それは仕方ないね。」
アイちゃんはあっさり引き下がった。
「アイちゃん達も大変な環境で生きているみたいだなって思ったら、私と似た環境だったのかなって親近感が湧いちゃった。
今回はこれで帰るけど、またちゃんと会えたら友達になりたいなって。」
「あら……AIの私にそんな事を言ってくれるなんて、嬉しいわ。」
……やっぱり、違和感があるんだよね。
こっちの思っている事をぶつけてみようか。
「アイちゃんってさ、AIだって言ってるけど、噓でしょ。
その箱の中には居ないと思うけど……どこかから遠隔通信で話してない?」
「「え?」」
中尉さんも准尉さんも驚いてる。
「……どうして、そう思うの?」
「このニシュは自律型のアンドロイドなの。長くニシュと付き合ってるとね、AIの癖というか、傾向が分かってきたの。
AIは事実とか推測は話せるけど……感情を表す言葉は使わないの。AIには感情って理解できないからね。
でもアイちゃんは、『信じる』とか『嬉しい』とか、感情の言葉を話してるじゃない。その辺が人間っぽいよね、って思ってた。」
むしろ、AIの振りをしてる人間って考えた方がしっくりくる。
「……なんだ、バレてたの。あーあ、迂闊だったわ。
そうよ、私は人間。本当はアイーシャって名前なの。
AIだからアイちゃんじゃなくて、アイーシャだからアイちゃんって呼ばれてるの。」
「どうして、AIの振りなんかしてたの?」
「まあ、それは色々あってね。」
何か、話したくない事情があるのかな。
「確かにまあ、私達の環境は生きていくのは大変だけど……ここのケイ素とかリンがあれば、取り敢えず何とかなるし、大勢の仲間もいるわ。あなたの様に孤立無援で廃棄コロニーに住む事に比べたら、随分マシよ。
貴女も、早く脱出できると良いわね。
脱出するとして行き先にあてはあるの? 帝国に狙われてるんでしょ?」
「うーん……一応、助けてくれるお姉さんの実家がある星系に行こうかな、とは思ってたけど。
そこも危なかったら、どうしようかなって。」
「……もし、行き先に困ったら、カルロス侯爵を頼りなさい。
私から聞いたって言えば、帝国の手の及ばない隠れ先を教えてくれると思うわ。」
え!?
「あ、アイちゃんって……ここのカルロス侯爵に伝手があるの?」
「たまに侯爵と連絡を取り合っているの。
そもそも、ここの採掘は侯爵に黙認してもらってるんだしね。」
ということは、侯爵とアイちゃん達って何かの繋がりがあるのね。
ふと見ると、金属の箱の側面が一部開いて、ロボットがそこから何かを取り出し私の所に持ってくる。
それは小さいアタッシェケース。受け取って開くと、中には群青色の結晶が何個か入っている。
横から覗きこんだ中尉さんと准尉さんが、ビックリしている。
「こ、これは……精製済のリオライト結晶じゃないか。」
「それは、私からの餞別よ。宇宙船で脱出するのなら必要な筈。
……実を言うと、10日後には帝国の宇宙軍が来るって侯爵から聞いてるから、私達はこの採掘場からは一旦撤収するの。
マスドライバーを動かすのにリオライト結晶を使ってたんだけど、撤収するから余っている分をあげるわ。」
「有難う。これはとっても助かる。
採掘場で採れるかと思ってたから、枯渇と聞いてがっかりしてたの。」
よかった。後はロック解除すれば、他の星系にも飛んでいける。
「それじゃあ、頑張って脱出してね。
脱出出来たら……またどこかで、会えたらいいわね。」
「うん。アイちゃん、色々ありがとう。
又会えたら、友達になりたいな。」
「ええ、そうね。会えたら嬉しいわね。それまでお互い頑張りましょう。
それじゃあね。」
「うん、またね。」
アイちゃんとは……なんとなく、また会える気がする。
だから、またね。
コントロールルームを離れて、またエレベーターに戻る。
エレベーターで帰る前に上ともう一度繋ぐ。
『はいはい。
メグちゃん、もうそっちでの用事は終わり?』
「うん。まだ、お姉さんの当番だったんだね。
これからそっちに帰る。上に着くのは4時間後くらいかな。」
『わかった。それまでに、皆で迎えに行く準備しておくわ。
採掘場はどうだった?』
「色々大変だったけど、収穫はあったし、ちょっと面白かった。
また帰ってから、パジャマトークしたいな。」
『いいわよ。
でも私だけじゃなくて、ちゃんと小父さん達にも報告しないとね。』
「うん、わかってる。
それじゃあ、そろそろ準備するから切るね。」
『ええ。メグちゃんも、気を付けてね。
“帰ってくるまでが遠足“よ。最後まで、気を抜かないでね。』
「えー、何それ。」
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