8-05 三者会談(前)
今回と次回はケイト視点です。
0区にあるホテルのVIPエリアのとある1室。
そこに居るのは私ケイトと、ラズロー中将。
そしてそこに、奥の扉を開けて入って来るもう一人の人物。
どうしてこうなったんだろう……。
私は遠い目をしながら、これまでの経緯を思い出していました。
マルヴィラが3区に行っているので、その間の部屋の管理や食事などは、クレアさんにお願いしています。
ある日、仕事を終える前にクレアさんが3区の会に迎えに来た際(クレアさんは私の護衛を兼ねているため)、会議室でキャスパーを交えて話したい事があると言います。
キャスパーを呼んで、3人で会議室に入る。
「部屋に届いたチラシや郵便物に紛れて、これが投函されていました。
内容物もスキャン済で、危険が無い事は確認しています。」
そう言って、クレアさんは白い封筒を差し出す。
封筒には達筆で『ケイト・エインズフェロー殿』とある以外は何も書かれておらず、誰から届いたのかは分からない。
封筒を開けると、中には便箋が1枚だけ。そこにはこう書かれていました。
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ケイト・エインズフェロー殿
ラズロー中将と面会したい。 橋渡しをお願いしたい所存。
(手書き署名)
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手書きの署名は読めず、署名の主が誰かは分からないけど、恐らく貴族ね。
溜息をつき、頭を抱える。
どうされました、と気遣う2人に、便箋を見せる。
「この署名は……誰かは分かりませんが、恐らく貴族でしょう。
こうして接触してきたという事は、この貴族には、私達がラズロー中将と何らかの接触がある事は知られている訳ですか。」
「御貴族様同士、勝手に接触でもしておいて、って思うんだけど……そうも行かないわね。
今はカービーさんも居ないし、シェザンさんに便箋を渡して、ラズロー中将に連絡して貰いましょう。」
この日は事務所に居たシェザンさんを会議室に呼び出し、手紙を見せる。
便箋の署名に彼は眉根を顰めるけど、
「誰かは何となく予想できますが、ひとまず中将閣下に確認してみます。
この手紙は預からせてください。」
彼はそう言い、手紙を預かって行きました。
その後、私は手紙の主とは直接やり取りをせず、シェザンさんが手紙の主とラズロー中将の間のメッセンジャーをしていた様です。
手紙を彼に渡してから1週間位して、シェザンさんから事務所の会議室に呼び出されました。
「先日の手紙の件で、中将閣下と先方で調整して、3日後にお会いになる事になりました。
ただ、事務局長にもお会いしたいとの先方の希望がありまして。」
「え?」
「先方は3区の生存者達の話をしたいとのことですので、是非事務局長にも出て頂きたいと閣下からの伝言です。」
「……分かりました。当日、私はどうすれば良いですか?」
「前回と同じ様に、閣下との面会をした際のレストランにお越しください。レストランからの移動は手配します。
あとこちらが、レストランの招待券となります。」
……そうして、当日クレアさんとレストランへ伺い食事をして、私だけ裏からホテルへ連行された。
通された部屋には中央に円卓があり、椅子が3脚だけ置かれている。ラズロー特務中将だけがそこに居て、中将閣下自ら円卓の一つの椅子へ着席を促して来る。
今日はあの准将閣下は居ないらしい。
「余人を交えず3人で会談したい、と言うのが先方の希望でね。」
そう言って、中将閣下自ら椅子を引いてくれた。男性がこういう事をするのは貴族のマナーだと知っているけど、御貴族様にこういう事をさせるのは居心地が悪い。
私が座ると中将閣下も椅子に座り、もう1人を待つ。
「もう一方は、一体どなたなのでしょう。」
「……そうか、気付いていなかったか。
では、来てからのお楽しみだ。どうせすぐに分かる。」
しばらく待っていると、部屋の奥の扉がノックされる。
中将閣下が「どうぞ、お入り下さい」と言うと、扉が開かれ……えええ!
「ラズロー中将、機会を作って頂いて感謝する。
ああ、そちらのお嬢さんも、座ったままで結構だよ。」
入ってきたのは……まさか、カルロス侯爵!?
慌てて立ち上がろうとしたら、やんわりと制止されました。
侯爵は、そのまま円卓の空いたもう1席に着きました。
自治政府の会議室でお見掛けした時と違って、非常に穏やかな表情をされています。
「そちらのお嬢さんが、3区の会の事務局長……ケイト・エインズフェロー殿かな。
私はエミール・アレッサンドロ・カルロスだ。一応、帝国から侯爵位を賜っていて、ここクーロイの統治を委託されている。」
「ケイト・エインズフェローと申します。
3区の会の事務局長と、あと3区からの資源回収業を営んでおります。」
着席しながら、一礼する。
「宜しく。
しっかりしたお嬢さんだと、政府の面々からも聞いているよ。」
にこやかにそう言って、侯爵は中将閣下の方を向く。
「ラズロー中将……いえ、殿下とお呼びした方が宜しいですかな。
『イデアの麒麟児』にお目に掛かれて光栄だ。旧イデア系の方々からは期待の星だとお聞きしております。」
「止して下さい。麒麟児どころか、殿下と呼ばれるのも背中がむず痒くて仕方ありません。
むしろ、変にライバル視する者がいて迷惑な限りです。
仮初の階級ではありますが、中将とお呼び頂いて結構ですよ。」
「ああ……勉強がちょっと出来るだけの、親が甘やかしたどこかの四男坊が、周りから麒麟児だ何だと煽てられているらしいな。
しかし、国立帝都大学の教授会で全員一致で首席と認められた、こちらの本物の麒麟児に比べたら……優秀な側近達の成績を掠め取っても次席止まりの偽者では比べようもない。」
す、凄く居心地が悪い……誰を揶揄しているのか分かってしまって……。
「ああ、お嬢さんにはちょっと居心地が悪い話をしてしまったかな。
まあ時間も無いし、本題に入ろう。」
そうして侯爵は居住まいを正し、真剣な表情になる。
「中将。単刀直入に訊くが、クーロイへ来たのは3区の内偵かな。
そもそも、何を陛下に言われて探っているのかな。」
「……隠しても無駄だという事ですか。
確かに、陛下から命じられたのはクーロイの内偵です。貴方が戦略物資リオライトを横流ししている、という疑いを調査せよと命じられてね。
しかし1区や2区の採掘場は外部監査がしっかりしていて、侯爵や自治政府の手で横流しなどできそうになかった。なので、今は3区の調査をしている。」
ストレートな質問に、中将閣下も隠し立てせずに答えます。
「成程。それで、3区の立ち入りが制限されているから、回収業者として出入りが可能な彼女……エインズフェロー殿の協力を求めたと?」
「いや……それは順序が違うな。
彼女が回収業者として3区に出入りした時、他の業者から爪弾きにされ……1人で3区のゴミ置き場を探索している際に、偶然3区に居る生存者を見つけたのだ。
その生存者達はずっとそこでの生活に甘んじている訳ではなく、生きる為に3区を脱出したいと思っていた。しかし彼らは今までの経緯から、クーロイの自治政府の事を信用できなかった。
そこで、どうすれば彼らを助けられるかと彼女が実家に相談し……その実家は、庇護者であるトッド侯爵に話を持ち掛けた。」
私と閣下が接触した経緯を中将閣下が話すと、侯爵は疲れた顔で、右手で額を押さえた。
「なるほど……派閥は違えど、トッド侯爵は君の支援者の1人だったな。
しかしその者達が、事故の後でそこに入り込んだ者でない、という証拠はあるのか?」
「事故を生き延びた後、3区で亡くなった者達のIDを受け取っている。いずれも事故後行方不明になっている者達の物だった。
IDに残された情報を読み取ると死亡推定時は数年前、亡くなった場所は3区の高級住居エリア内だ。
現在生き残っているのは4名。事故当時からの生き残りが3名と、事故後に3区で生まれた者が1名だ。
彼らには3区の調査に協力してもらう代わりに、3区からの脱出準備を我々が手伝っている。」
「脱出準備?」
「管理エリアが単独で宇宙船として動かせる事を知ったらしい。こちらからは宇宙船としての修理材料の提供をしている。」
中将閣下の説明に、侯爵は両手で頭を抱えた。
「……管理エリア、か。
やはり、陛下は邪魔者を一掃しようとしているらしいな。」
邪魔者?
「リオライトの横流しなど、私に出来る筈が無いのだ。
3区の採掘場からはリオライトはもう採れない。軍政時代、ガンマ採掘場と呼ばれていた終わり頃、あそこの鉱脈は枯渇したのだよ。
それが、クーロイの統治が私に委託されたそもそもの理由でもある。」
「……枯渇、ですって?」
「ああ。3区は宇宙港から見て惑星の反対側にある、軍にとっても目の届きにくい場所だった。そんな場所で戦略物資が採掘されても、横流しの危険性は常にあった。
だからクーロイは長らく軍政下で統治され、3区にも戦力を置いてきたのだ。
しかしガンマ採掘場からリオライトが採掘できなくなると、宇宙港にも近く目の届きやすい1区と2区……アルファ、ベータだけが残る。いつまでも戦力をクーロイに張り付けておきたくなかった軍部と陛下は、統治を別の貴族に委託し、規模を縮小しようと考えたのだ。
クーロイの統治が軍政から私に委託された事について、当時から色々良からぬ噂が流れていたのは知っているよ。しかし実際は、こんな辺境に赴任するのが嫌で、高位貴族の者は皆ここの統治などやりたがらなかったのだ。
かといってここは戦略物資の採掘星系であり、下手に下位貴族に委託するわけにもいかん。
そこで、皇室からの多額の資金提供と引き換えに、陛下から私が押し付けられたのだ。諸事情で、当時の私には資金が必要だったものでね。」
侯爵は抱えていた頭を起こし、中将に向き合う。
「そうして自治政府を立ち上げ、軍政からの移行手続きの最中に、あの3区の事故が起きてしまった。
私は3区の住民を出来るだけ救助すべく動いていたが……私の指示ではなく、どこか別から出た指示によって……3区からの避難指示が止められてしまい、肝心の3区に指示が届かなかった。それに気づいたのは、大分後になってからだった。
宇宙軍に救助を依頼しても、生存者は見つからなかった、と言われてしまえばそれまでだった。」
ふう、と溜息をつき、侯爵は話を続ける。
「3区の事故については、私には責任が無いとの陛下の言を頂けたが、3区とその下の採掘場の閉鎖が、陛下の命で決まった。それから長い間3区は放置されてしまった。
やがて、クーロイでゴミ問題が顕在化した時、事故の事後処理で資金難になっていた自治政府の状態を考慮して、3区をゴミ捨て場にすることを私から提案した。
陛下から許可は下りたが、管理エリアや軌道エレベーターへの立ち入りは許可されなかった。自治政府への委託範囲は、3区のゴミコンテナを置いている区画だけだ。
あんなゴミしかない所で、私に一体何が出来るというのだ?」
そう、侯爵は中将閣下に問いかけました。
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