8-03 17年前に何が起きたか
前回の後書きでの予告通り、今回は
17年前の事故前後の状況を読み解いていく推理回です。
「メグ、なんかウンウン頷いているけど、何かわかったのか?」
今までの情報を元に色々とバートマン中佐やスパイさんの事を想定していたら、ライト小父さんが声を掛けて来た。
「……なんか、声紋認証のプロテクトだけ違和感があったの。
准尉さん、これを解除すれば閲覧だけは出来そうって言ってたじゃない。
もしバートマン中佐がこれを掛けたとしたら、何を守る為のプロテクトなのかなって。」
これを言うと、皆がちょっと考え始めた。
「航法コンピューターのロックにあったクイズ通り、バートマン中佐をスパイさんが殺しに来ている、という前提で考えるとね。
仮にバートマン中佐が通信記録を見れなくして、秘密は守られてます、安全ですよってスパイさんにアピールするため、とも考えられるけど、そもそもスパイさんの立場では、その程度の事でバートマン中佐を見逃すかな?」
「まず無理だろう。スパイだというからには、必ず裏にそれを命じた者が居る。スパイの独断で相手を見逃すなんてことは無いはずだ。
むしろ記録が残っていると不味いから、記録の破棄と、中身を知っているバートマン中佐の殺害は間違いなく指示されているはずだ。」
代弁してくれて有難う、中尉さん。
頷いて続きを話す。
「だからその声紋認証のプロテクトを掛けたのはバートマン中佐じゃなくて、多分スパイさんの方だと思う。
声紋認証を解除すると閲覧だけは出来そうなんだよね?
余程見られては不味い情報があって、放置できないと思って慌ててプロテクトを掛けたんじゃないかな。」
「すると、こっちはグレン・クレッグ中尉の声紋が無いと解除できないと?
ってことは、あの事故で死んだ筈だから、もう解除は無理って事か……。」
グンター小父さんがぼやく。
「スパイさんの声紋が必要だと思うし、そのスパイさん自体は行方不明だけど、だからと言ってあの事故で死んだとは限らないよ?
私の予想だと、むしろあの事故を生き延びたんじゃないかな。」
「「「「「え?」」」」」
全員が驚いてるけど、そんなに驚くようなことかな?
「その前に色々話さないと分からないだろうから、スパイさんの生死についてはとりあえず置いておくね。」
ちょっと一息つく。
皆の頭をスパイさんの生死から一旦離さないといけない。
「次に疑問だったのは、スパイさんは何故、わざわざ声紋認証のプロテクトを掛けたのか。」
「ちょっと待て、メグ。
見られては不味い情報があるから掛けた、ってさっき自分で言っていたじゃないか。」
すかさずグンター小父さんから指摘が入る。
「記録を破棄するだけなら、管理エリアそのものを爆破すれば簡単じゃない。
なぜそれをしなかったのか、ということ。」
「……この通信記録の中に、クレッグ中尉が必要な情報が入っているから、とか?」
「それなら、バートマン中佐がそれを閲覧可能な状態で置いておく理由がわからないな。」
中尉さんや准尉さん、小父さん達やお姉さんも考えてるけど、答えは出ないみたい。そろそろ私の推測を話そう。
「多分だけど……『管理エリアから出られなかったから』じゃないかなあと思う。
小父さん達、最初に私達が管理エリアへの通路を発見した時って、隕石の衝突で管理エリアへの通路を塞いでた壁に歪みが出た所からだよね。
管理エリア側は生きてたけど、コロニー側の電気系統は壊れてて、どうやってもあの壁を空ける操作が出来なかった事、覚えてる?」
「あ、ああ……だが、それだと、あの天体衝突の後って事にならんか?
だからメグは、クレッグ中尉があの事故を生き延びたと思うって?」
「そう、あの事故の後の話。
スパイさんの優先順位は、第一にこの通信記録の中身を知ってるバートマン中佐をどうにかする事。
バートマン中佐が1区や2区に逃げてたら、スパイさんはそもそもここに来ない。だから、天体衝突から逃れられるギリギリの時間まで、スパイさんはバートマン中佐を何とかしようとしていた。」
「すると、バートマン中佐は、殺害されたの?」
准尉さんが訊いて来る。
「……それはまだ、分からない。
でも、そのスパイさん、元々はあの事故の直前に管理エリアを3区から切り離して、宇宙船として動かして逃げるつもりだったんじゃないかな。管理エリアごと事故から逃れてしまえば、あとは煮るなり焼くなりすればいいんだから。
ここで、あの航法コンピューターのロックが効いて来るんだと思う。
あのロックに掛けられてたクイズ、5問目までは多分、スパイさんがここを切り離して逃げるのを妨害するための、ダニエル・バートマン中佐の嫌がらせじゃないかな。
幾ら訓練されたスパイさんとはいえ、3区にどんどん天体が迫って来る中で、冷静にあのクイズを解けると思う?」
「……難しいだろうな。」
「むしろ、クイズを仕掛けた相手への殺意が湧きそうだ。」
ライト小父さん、そもそもスパイさんは殺しに来てるんだって。
「早く解こうとして焦れば焦るほど、あの問題は解けないと思う。いくらスパイさんでも、逃げられない中で天体が3区に近づくほど、恐怖を感じたんじゃないかな。
恐らくそんな状況のまま、天体が3区に衝突したんだと思う。
幸い、天体衝突の被害は管理エリアにはあまり無かったから、スパイさんは事故後に落ち着いて航法コンピューターのロック解除を続けたと思う。」
「そうすると、事故後の解除で、あの5問のクイズを突破した可能性があるって事だよな?
グレッグ中尉にして見れば、残りの問題はさほど難しい問題では無さそうなんだが?」
グンター小父さんが疑問を投げかけて来る。
「それはクイズが、今分かっている分だけならね。
それでも今、ここに管理エリアがあるという事は、スパイさんが解けない問題があったという事。つまり、この後にとんでもない、スパイさんにとっての意地悪問題があるんだと思うの。
だからスパイさんは、航法コンピューターのロック解除を諦めて、次に管理エリアを爆破すべく、コロニー側へ行って状況確認しようとしたら……向こう側がどうやっても開かなくて、管理エリアから出られなかった。
管理エリアごと脱出できなかったら、爆破すると自分も巻き込まれるからね。仕方なく、通信記録のプロテクトを掛けて見れなくしてから、3区を脱出したんじゃないかな。」
うーん、と皆で考え込んでる。
「ねえ、マーガレットさん。聞いていいかしら。
確かにそう考えると筋は通るんだけど、1つ疑問が残るの。
そのスパイさん……グレッグ中尉は、事故後の3区からどうやって脱出したと考えているの?」
准尉さんが質問してくるけど、それの答えははっきりしている。
「小父さん達から聞いた話だと、事故後に宇宙軍の調査隊やデブリ回収隊が3区に来たのよね。
だったら、一緒に回収して貰えばいいの。
軍が派遣したスパイだったら、生存を公表しなくても良いでしょう?」
「……むしろ、死んだことにして存在を隠す、か……。」
中尉さんが呟くけど、正にそう。
そして、そのスパイさんを見つけるのが困難だと思う理由でもあるの。
「事故の直後、外に出られていたら、状況が変わっていたのかなあ……。」
セイン小父さんが呟く。
そうだ、事故当時の話は小父さん達から何度も聞いてたけど、疑問に思っていた事を聞いてみよう。
「小父さん達、事故の後から何か月か、コロニーの外に出られなかったって言っていたよね。
私が知っている限り、コロニー内から隔壁を通って普通に外に出られる扉は少なくとも3か所あるけど、当時はあの扉は無かったの?」
「いやいや、あれは全部事故前からある。だが、それが何故か事故から後は何カ月も開かなかった。
デブリ回収に宇宙軍が来なくなって、しばらくして試したら普通に開いたんだ。
事故当時開かなかった理由は未だに分からない。」
……なんか、すごく嫌な想像が頭の中を過る。
背筋がゾクッとする。鳥肌が立つ。お腹の中に虫が這いまわるような感触がする。
でも何故だろう。この想像が一番しっくりくる。
「……ちょっと、良いだろうか。」
と手を挙げる中尉さんも顔色を蒼白にしている。
中尉さんも何か思い至ったらしい。
「事故当時残された皆さんの話は、エインズフェロー氏……ケイトさんからの又聞きになるが、聞かせてもらった事がある。
聞いた当時は気付かなかったが、今日のスパイの話と照らし合わせると、かなり状況がおかしな事に気付いた。」
「おかしな事って?」
「マーガレット君が言う様に、本当にクレッグ中尉がバートマン中佐を殺しに来たスパイだったとした場合……スパイは果たして、彼一人だっただろうか。
潜入活動を一人で行うなんて事はあり得ない。まして暗殺なんかはね。
隠ぺい工作をする為にも、彼には複数の仲間のスパイが居たはずだ。その仲間のスパイ達はどこへ行った?
そういう観点で見てみると、今まで見えてなかった事が見えた。
……事故の後、軌道ケーブルを伝って脱出しようと3区から居なくなった人達は……一部または全部、スパイの仲間達だったのではないか、とね。」
「「「な、なんだと!」」」
一時期だけでも苦楽を共にした仲間の事を悪く言われたように思ったのか、小父さん達が顔を赤らめ椅子を立ちあがる。
……でも。
「小父さん達、落ち着いて聞いて。
……前提として、あくまでこれは私の想像で、証拠なんか無いんだけど。
天体衝突の前に管理エリアを宇宙船として動かせなかったスパイさん達は、二手に分かれたの。片方は、衝突後に航法コンピューターのロックを解除する側。
もう片方は、衝突後に他の生存者がどのくらい居るかを調査する側。」
「……どのくらい居るか、調査?」
「事故後も沢山の生存者が居たら、救出された時に一人一人には誰も構っていられない。その時は救出騒ぎに紛れて、スパイさん達は姿を消せばいい。
でも生存者が少人数だと、人数が少ない分スパイさん達も注目されてしまって、その後スパイとしての活動が出来なくなってしまう。
そこでスパイさん達は……あるいは、スパイさん達の裏に居る人は……スパイさん達以外の、小父さん達生存者を…見捨てて行く事を決めたの。
扉が開かなかったのは、多分小父さん達と一緒に残ったスパイの仲間が何か細工したんだだと思う。」
「「「……」」」
小父さん達は立ち尽くしているけど、まだ話には続きがある。
「恐らくマンサ小母さんも、スパイの仲間だったんだと思う。私達が管理エリアへの通路を見つけたのは、元々マンサ小母さんが使ってた部屋だよね。
でもマンサ小母さんは……既に私がお腹の中にいた、お母さんをどうしても見捨てる事が出来なかったんだと思う。
脱出していく仲間達に、後で救助に来てくれるように頼んだ……一度だけ、そんな事を漏らしていたのを聞いたことがあるの。私も小さかったし、誤魔化されちゃったけど。
でも、結果は……今の状況なの。」
重苦しい沈黙が流れる。
「さっきのクイズの第9問。
あの天体衝突の切っ掛けを起こした人物……その人こそが、スパイさん達の裏に居た人だと思う。スパイさん達の目的は、その切っ掛けを知る人物の口封じと証拠隠滅。
ただ、それが誰かは分からない……私が想像したのは、ここまで。
中尉さんは、まだある?」
「……元々クレッグ中尉達が潜入した目的は、バークマン中佐の監視か何かだと思う。1つの任務への赴任期間が異様に長くなれば、不正防止の観点でそういう監視が付くこともあると聞く。
しかし、天体衝突の切っ掛けとなる事故あるいは事件が発生し……その背後関係をバークマン中佐に知られてしまった。そのため、彼らの目的は中佐の口封じと証拠隠滅に変更された。
これを前提として考えた時、今現在、クーロイ星系にて起こっている事を見てみると……あの第9問の答えになりそうな人物を、1人だけ思いついた。
これからそれを試してみたいと思う。着いて来てくれ。」
そう言い、中尉さんは立ち上がる。
全員で中尉さんの後に続いて、コックピットの航法コンピューターの所へ行く。
航法コンピューターのディスプレイには、第9問が表示されたままになっていた。
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第9問:
3区への天体衝突の切っ掛けとなる事、それを起こした原因の人物は誰か。
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そこに中尉さんはゆっくりとキーボードで人物の名前を入力する。
『アウレリウス=アレクサンドロス・ダイダロス』
その名前を目にした私と中尉さん以外の、全員の息を飲む音がする。
私は、その人物が誰なのかわからなかった……どこかで見た名前の様な気がするけど……。
「メグさん、判っていない様ですけど……これ、帝国の今上皇帝の名前です。」
ニシュの言葉に目を剥く。
中尉さんは、そのままエンターキーを押す。
コンピューターは『ピッ』という音と共に、画面が次のクイズに切り替わる。
……ってことは、今のが正解?
つまり、17年前の3区の事故が起きたのは、皇帝が起こした事が原因で……?
「どういう事……?」
「監察官がクーロイに派遣されてきているが、どう見ても皇帝の意向だろう。
となれば、皇帝側の動機は何か、と考えた時に、ここの証拠隠滅を目論んでいる可能性が頭に浮かんだ。つまり17年前の事故に皇帝が関わっている可能性だな。
……どうやら、正解だったようだ。」
中尉さんが呟く。
航法コンピューターの画面には、新たなクイズが表示されていた。
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第10問:
貴方が忠誠を誓う相手は誰か。
(注意:解答権は1度のみ。間違った回答を入力すると、
通信記録の内容が平文のまま無制限に発信されます。回答は慎重に)
(ヒントは採掘場に)
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「これは……貴族達が部下に対して忠誠を誓わせる時に、良く使う言い回しだな。
しかし正直に自分の忠誠する相手の事を書いても駄目だろう。
括弧書きの内容がハッタリかどうかは確かめようが無いが、だからと言って迂闊に答えを試したりもできない。それに、採掘場へのエレベーターがいつ封鎖されたかは分からないが、クレッグ中尉達に採掘場を調べる時間など無かった筈だ。
奴らはさぞ、怒り狂っただろうな。」
中尉さんの推論に納得する。
しかしやっぱり、採掘場に行かなければならないみたい。
このクイズのヒントを何としても採掘場で見つけて、3区を脱出しないとね。
主人公たちの推理にはいくつか穴がありますので
あくまで現時点での推測です。
いつもお読み頂きありがとうございます。
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