1-05 アンドロイド侍女のニシュ
その服を着たロボット?は立ち上がり、こちらを向く。そしてこちらに歩こうとして……そのままバランスを崩して、バッタリと床に倒れた。
吃驚してセイン小父さんも固まってる。
「……アレ? 駆動系ガ動カナイ……。」
若干機械的な音声だけど自律的に話してるから、ロボットじゃなくて、人工知能が入ったアンドロイドなのかな? アンドロイドって初めて見るけど、受け答えはできるのかな?
危険が無さそうだから、グンター小父さんとライト小父さんも部屋に入って来た。
「使用人服のアンドロイドが床でのたうち回っている絵面は、なかなかシュールだな……。」
セイン小父さんってば、その笑顔はちょっと。
「アナタ方ハ、ドチラ様デショウカ。当家ヘノ御用件ハ?
…アレ、音声モ少シ変デスネ……。」
「えーと、私はセインで、この子はメグ。そっちがグンターとライト。この管理エリアに誰か居ないか調べに来たんだけど、当家ってのは?」
セイン小父さんが代表してそのアンドロイドに答える。
「当家ハ……アレ?
めもりーニあくせすデキマセン……御主人様ト、奥様、オ嬢様ガイラッシャッタ事ハ憶エテイルノデスガ……確カ、御家族ガ急ニオ出掛ケニナル事ニナッテ……。
トモアレ、当家ノ方々ハ皆様不在デス。当家ヘノ御用件ハ、ワタクシ『ニシュ』ガ、承リマス。」
御用件って言われても、この部屋に元々誰が住んでたのかも知らないんだけど。
「ニシュ、って言うのがあなたの名前?」
「ハイ、私ハコノ家デ“侍女”トシテオ仕エシテイマス、『ニシュ』ト申シマス。」
受け答えは出来そうね。小父さん達に目配せして、アタシがニシュと話をしてみる。
「ニシュ、アタシ達はコロニーの住居エリアから来たの。
管理エリアには入った事がないから、この部屋に誰が住んでたかはアタシ達も知らない。だからこの家の方々に用事がある訳じゃないの。ただ、この管理エリア全体が長く無人だってことだけは分かったわ。」
「……住居えりあノ一般ノ方々デハ、管理えりあニハ入レナイハズデス。アナタ方ハドウヤッテ管理えりあニ入ッテキタノデスカ?」
ニシュは、アタシ達が住居エリアの住人で、普通は管理エリアに入れない事は理解したみたい。
「管理エリアもこの部屋もマンサ小母さんのIDで入ったの。エリア入口のロボットは動かなかったから、そのまま入って来たけど。」
「まんさ小母サン……まんさ医師ノコトデスネ。オ嬢様ノカカリツケノ医師デシタカラ、彼女ノIDデナラ入レルデショウ。
シカシ門番モ動カナカッタトイウコトハ、ドウイウ事デショウカ……。
ソウイエバ、今ハ帝国暦ノ何年何月デショウカ?」
マンサ小母さんはお医者さんだった。お医者さんは少ないから、多分管理エリアの人たちも面倒を見てたんだね。
ところで、帝国暦って何?
「正確ではないかもしれんが、今は帝国暦326年3月25日……だったかな?」
アタシに代わってセイン小父さんが答えた。
「326年!? デハ、御主人様ト奥様、オ嬢様ヲオ見送リシタノガ、モウ17年以上モ前ダナンテ……。ソウデスカ……。
デアレバ、駆動系ガ動カナイ理由ハ恐ラク、潤滑油ガ駄目ニナッテイルノデショウ。」
17年以上メンテナンスされてない状態でここに居たのなら、動けなくなっていてもしょうがないか。
「じゃあニシュ、アタシ達がメンテナンスして動けるようになったら、アタシ達を手伝ってくれない?」
「手伝ウッテ、何ヲデスカ?」
「ニシュが眠っている間にこのコロニーに大きな事故があって、もうアタシ達しかこのコロニーで生きてる人は居ないの。だから、ニシュにはアタシ達がこのコロニーで生きていくのを色々手伝って欲しいと思ってね。具体的には、色々な装置のメンテナンスとか、外壁の修理とかね。
勿論、ニシュがアタシ達に危害を加えない事が条件だけど。」
ニシュが手伝ってくれるなら、4人だけだと手の回らなかった事も色々できるかもしれない。
「私ニハ『三原則』ガ組ミ込マレテイマスカラ、アナタ方へ危害ヲ加エル事ハ有リマセン。
アナタ方ニめんてなんすシテ貰エナケレバココデ動ケナイノデ、直シテ頂ケルナラ手伝イマスガ、コチラカラモ条件ガアリマス。」
「三原則?」
「私ノ様ナ人工知能ヲ持ッタあんどろいどガ、人間ニ危害ヲ加エナイ様制限ヲ掛ケルタメノ原則デス。
一、あんどろいどハ人間ニ危害ヲ加エテハナラナイ。自分ニ危害ヲ加エヨウトスル人間カラモ逃ゲルコトハ許サレルガ、反撃シテハイケナイ。
二、あんどろいどハ原則トシテ人間ニ対シテ注意ト愛情ヲ向ケルガ、トキニ反抗的ナ態度ヲ取ルコトモ許サレル。
三、あんどろいどハ原則トシテ人間ノ愚痴ヲ辛抱強ク聞クガ、トキニハ憎マレ口ヲ利クコトモ許サレル。」
危害は加えないけど、絶対服従ってわけじゃないのね。
まあ、憎まれ口をきいたりするんだったら、話し相手にも良さそうね。
「三原則はわかったわ。それで、ニシュの条件って?」
「以前私ガオ世話シテイタオ嬢様ハ、丁度ソチラノオ嬢サント同ジ位ノ歳ノ頃ダッタノデス。 “侍女”トシテオ嬢サンノ身ノ回リノ世話ヲサセテ頂キタイノデス。」
身の回りの世話?
「エエ、女ノ子ラシクナルヨウニ髪ヤ服ヲ整エタリトカ、オ化粧ダトカ、色々デス。ソチラノオ嬢サンハ磨キ甲斐ガアリソウデス。」
「えー、それは面倒そ……。」
「それは是非お願いしたいな。」
「うむ、そうじゃな。」
「宜しく頼むな。」
ちょ、ちょっと小父さん達!
「メグも、ニシュがこれから儂等を手伝ってくれたら楽になるだろう?」
「そ、それはそうだけど……。」
「私達もメグが女の子らしい恰好をしてくれるのは嬉しいんだよ。私達は皆メグの事を娘の様に思っているからね。」
……それを言えば、アタシも小父さん達をお父さんみたいに思える所があるのよね。
「……仕方ないわね。それで手を打ちましょう。」
「じゃあニシュを一旦向こうに運ぶか。ここは木製の家具があるから、ここでニシュを直すのは危険だ。」
「……スイマセンガ、宜シクオ願イシマス。」
そうして皆でニシュを抱え上げてセイン小父さんの部屋まで運んだ。
それから暫くの間、日々の作業にはニシュの修理の手伝いと、管理エリアの探索が加わった。
管理エリアの入り口左右にいたロボットは部品取りに必要かも知れないから、皆で4体ともセイン小父さんの所に運んだ。反対側の管理エリアの出入口にも2体いたの。
ニシュによると、この4体はアンドロイドじゃなくてロボットだから三原則は組み込まれてなくて、動き出すと人間にも危害を加える可能性があるんだって。だからセイン小父さんの部屋に運んでから、真っ先に手足を外してバラバラにした。
ニシュの居た家?の他の部屋も家探しした。
お嬢様の部屋の他には、御主人様の執務室と寝室、奥様の寝室、ワインセラーと貯蔵庫があるってニシュから聞いたら、小父さん達、特にセイン小父さんが喜んでた。
ワインセラーには100本近いワインがあった。貯蔵庫は気温が低く保たれていて、食べ物だった物もあったけど、こっちにも沢山のお酒……ウィスキーやブランデー、ショウチュウなんかがあったみたい。要らない物は片付けて、ワインセラーや貯蔵庫のお酒は飲みたい時に必要な分だけ持って帰るんだって。
他の部屋からは大人用の男女の服の他に、本や遊び道具なんかが見つかったらしい。遊び道具については今度セイン小父さんが教えてくれるって。
ワインセラーや貯蔵庫以外の各部屋には端末があったけど、住居エリアと同じような機能しかなかったらしい。ただ一つ、御主人様の執務机の端末はロックが掛かってて使えなかったみたい。
そしてニシュの修理については、メインの記憶装置が過電流で破損していたみたい。セイン小父さんはあの事故の影響かも知れないって言ってた。
記憶装置は門番ロボット達にも同じような物があったけど1個を除いて全部破損してた。それで無事な1個にニシュの壊れた記憶装置から取り出せるものをコピーして、それをニシュの記憶回路に組み込んだ。
音声装置や他のパーツも幾つか壊れてて、ロボット達から使える部品を取り出して交換して、潤滑油を交換して……といった修理も含めて、ニシュを直すのに20日位かかった。日々の機械やレーダーの点検も欠かせないし、足りない部品はケイトさんに調達して貰わないと行けなかったからね。
そしていよいよ、修理の完了したニシュを起動する。
グンター小父さん、ライト小父さんと私が見守る中、セイン小父さんがメインスイッチを入れる。
ニシュが起き上がり、その場で腕や脚を動かして具合を確かめる。
「動作確認……関節や潤滑油にも問題は無さそうです。
……声も普通に戻りましたね。
直して頂いて有難うございます。皆様、これから宜しくお願いしますね。
そんな防護服を着ていなくても、大丈夫ですよ。」
そう、何かあってはいけないから全員防護服を着てた。
「ちゃんと直ったみたいで良かった。これから宜しくね、ニシュ。」
ニシュに手を差し出すと、ニシュは両手でアタシの手をそっと握ってくれた。こんな繊細に握手してくれるなら、大丈夫そう。
「儂等も宜しくな。」
「これから宜しく、ニシュ。」
「宜しくな!」
ニシュがアタシ達に加わってから、機械や外のレーダー装置のメンテナンスが楽になった。これは記憶装置をロボットの物に入れ替えた事が関係している。元々はニシュはそんな仕事をしたことが無かったけど、元の記憶装置にメンテナンス記録や図面なんかがあって、出来るようになったみたい。
それ以外は、大抵はアタシのゴミ漁りを手伝ってくれる。アタシが見落としてた小さい部品なんかも拾ってくれてる。ニシュ自身の修理部品にも細かい部品が使われてるのが多いから、そういう部品を見逃さないニシュにはセイン小父さんも助かるって言ってた。
ただ……ニシュは時々、時間のある時にあの部屋にあった”お嬢様”の服を着せて、アタシに薄く化粧を施す。鏡に映る自分が別人みたいになってるけど、こんな動きにくい服を着て、化粧で別人の顔になる人は、一体何のためにしているんだろう?
そして、毎回それを小父さん達に披露する。
小父さん達は思いの他喜んで頭を撫でてくれるから、時々は着ても良いかなって思う。でも服はまだ良いんだけど、“ハイヒール”は無理。歩きにくいし爪先が痛くなるから勘弁してほしい。
困るのは、そういう服を着るときは優雅に動かないと駄目だってニシュに叱られる。緊急時はしかたないですけどね、とニシュは言うけど、その優雅な動きって何?
そこでニシュにその“お嬢様”の動きを教えて貰うと、脚とかお腹とか、後であちこち筋肉痛でしんどい。そのお嬢様ってよくこんな事が出来るな―って思った。
何にせよ、今のアタシ達の様に危険と隣り合わせの生活はしてなかったんだろうな。
いつもお読み頂きありがとうございます。