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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第7章

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7-07 監察官周辺の不穏な動き

ケイト視点が続きます。

 そろそろ、先日の会議の関連に話を移しましょう。


「閣下は監察官の部下ではないとの話でしたが、先日の会議で、副監察官に従って会議場に入って来られたのはどういう事でしょうか?」


「あの副監察官、グロスター宮廷伯爵からの要請だったのだが……とある事情があって奴の要請は断れんのだ。甚だ不本意だがな。」


 ラズロー特務中将は目を逸らし、口元を歪めながらそう話します。

 あの副監察官とは何かの事情があるのでしょう。紛れもなく厄介事でしょうし、あまり立ち入った話は聞かない方が良さそうです。


「ただあの会議で話した、行方不明者の追悼式典を1か月後に開いて欲しい、というのは、監察官……あるいはその背後の皇帝からの要望だろう。

 何か仕掛けて来る可能性もあるから、用心に越した事はない。」


「何か、とは?」


「監査を口実にカルロス侯爵を追い落としたいのだろうというのは状況から分かるが、その真の狙いが分からない以上、何とも言えない。


 ただ、気になる情報はある。

 監察官派遣の発表の3日前、大小含め300隻、総人員8000人の宇宙艦隊が密かに動員されたそうだ。

 監察官派遣の発表時点で、いつでも出発できるように待機状態に入っているらしい。現在も首都星系の周辺宙域で待機中だそうだ。

 准将の伝手で入手した内密の情報で、一般には公開されていない。」


 まさか、その艦隊がクーロイに?


「タイミング的に、今回の監察官派遣とは無関係ではないだろう。

 それに通常の艦隊編成とはかなり規模が小さいとはいえ、動員してから3日で出発可能な状態に入るというのもあり得ない。8000人規模でも、動員してから最低1か月は掛かるだろう。発表後に準備していたのでは不可能だ。」


 ラズロー中将は頭を振ります。

 つまり……今回の監査は、予め実施することが決まっていたということなのですか?


「そもそも監査だけなら宇宙艦隊を送る必要は無い。

 それにクーロイの宇宙港は小さくて、そんな規模の艦隊が来ても港に入りきらない事は分かっている。

恐らく、監査の先まで考えて事前に動員を掛けていたと見ていいだろう。」


 監査の、その先……8000人もの部隊をこの小さい星系に送る意味……!


「もしかして、最初から……クーロイ星系を制圧して、カルロス侯爵を排除する積りだったのでしょうか?」


 私が呟いた言葉を、ラズロー中将閣下は聞き取って頷きます。


「今までの内偵の結果、重大な瑕疵が見つかっている訳でもない。

 3区の会への総務長官の暴言が、丁度良い口実に使われたという所だが、それ位の理由しかない時点で、監察官を派遣し、艦隊を配備しているのだ。

 そう考えるのが妥当だろう。」


 口実に使われただけ……そう言われれば納得できる部分はあります。

 副監査官は先日の会議で、口では3区の会との対話をと言っていましたが、こちら側の事を一切見ようともしませんでした。

 副監察官や、その上の監察官達は、私達の事は歯牙にも掛けていないのでしょう。


「結局、採掘場の調査をしない事には、その先は進まないという事ですか。」


「先日3区の外壁にカメラを着けてもらっただろう。あの映像からは、採掘場から大きな岩石のような物体が、時折打ち上げられているのを確認している。

 恐らく、何かの物資を採掘場から運び出す為の物と思われるのだが……。

 その岩石を使って採掘場か何かを運び出しているのか。本当に運び出しているとして、それは戦略物資リオライトなのか。どこへ運んでいるのか。まだはっきりした情報、証拠が無い。

 その為の採掘場の調査なのだが、準備の最中に監察官が来てしまったからな。」


 准将閣下が、調査状況を説明してくれます。


「監察官の方で、正式に3区の採掘場を調査したりとかは?」


「監察官の派遣理由が『3区の会やクーロイ臣民に対する不当な扱いを正す』というものだ。なかなか苦しい口実だな。

 権限としては監察官側で調査可能だが、現段階ではそれをするだけの正当な理由や証拠が無い。」


 現時点では、監察官配下と思われる宇宙艦隊が乗り込んでくる可能性は低いという事でしょう。


「分からないのは、カルロス侯爵や自治政府側に不正の痕跡が無い事だ。

 侯爵や自治政府が物資の横流し等に手を染めていれば、不自然な資金や人の動きなど、情報部が本気で探せば何かしらの痕跡が見つかる物だ。

 ただこれまで内偵を進めてきた感触では、そういった兆候は一切見られない。3区の採掘場にしても、物資の運搬らしい動きは見られるが、それに伴う不正な資金や人の流れは見当たらない。

 私に内偵を命じた根拠として、カルロス侯爵が他の貴族に巨額の資金提供をしたという話を皇帝陛下から伺ったが、資金提供は事実だったものの、元となる資金がどこから出て来たかは未だ不明だ。

 今にして思えば、皇帝陛下がクーロイ星系の内偵を命じ、監察官を派遣したのは、何か他の思惑があるのかもしれん。


 後、気になるのは……3区に残されていたという、アンドロイドだ。」


 え? ニシュの事ですか?

 そう言えばこの間の作戦会議でも、ニシュの事が話題に上がりました。


「そのメイドのアンドロイドは、17年前の3区のコロニー維持管理責任者だった、ダニエル・バートマン中佐の物だったはずだ。

 通常であればこのような過酷な勤務の場合2~3年で交代するのだが、軍の記録によると、彼はクーロイに赴任してから事故当時まで、10年間という異例の長期に渡り管理責任者の職に就いていたようだ。彼の赴任が長期に渡る事になった理由は、記録には残っていなかった。

 彼は下級ではあるが貴族の爵位を持ち、使用人付きの生活をしていたのだが、使用人を呼び寄せる事は許可が下りなかった。長期の勤務の為、3年目からは家族を呼び寄せる許可が下りたらしいが、使用人の呼び寄せについてはやはり認められなかった。その為、軍用アンドロイドを家族の護衛兼使用人として使っていたらしい。

 何故かそのアンドロイドの事を、皇帝陛下が気にしていたのだ。」


「どうしてですか?」


「陛下も話さなかったので推測なのだが、使用人の渡航許可が下りていない事から、バートマン中佐は何らかの機密事項に関わっていた可能性は高い。

 現在管理エリアの宇宙船航行コンピュータや事故当時の記録にロックが掛かっているのも、バートマン中佐の関わっていた機密事項に関係すると見ている。

 本人は行方不明だが、アンドロイドのメモリに何か記録や証拠が残っていないか……陛下はそれを気にしているのかも知れない。」


 それで、そのアンドロイドを回収しようという話が軍部内で出ていたのですか。


「ニシュというのが、そのアンドロイドの名前ですが、長らくの放置でメモリが劣化していた様で、ニシュには当時の記録はメモリ上には残っていない様でした。

 当時お世話をしていた家族の名前も思い出せないようです。」


「その話は、貴女から聞いたとモートン大尉やカービー准尉からも聞いている。

 実は皇帝陛下からアンドロイド回収の話が来ていたのだが、内偵の支障になると断ったのだ。最終的には了承を頂いている。」


「有難うございます。」


 とりあえず、ニシュを回収する話はなさそうです。

 ちょっとホッとしました。


「ただ、3区の生存者達の安全については、まだ安心は出来ん。

 首都星系に待機している宇宙艦隊の狙いが分からないし、3区での式典を1か月後に捻じ込んできたのは監察官側だ。採掘場の調査次第では宇宙艦隊が乗り込んでくる可能性は否定できない。

 生存者達の扱いにしても、『採掘場の調査までは協力してもらう様に』としか通達が来ていない。その後の救助についての指示が無いのだ。

 用心をしておいた方が良いのは確かだ。」


 私もそれを懸念していますので、頷きます。


「式典の場で彼らを保護することも考えたが、監察官側の矛先が生存者達に向かうなら、私達が保護したところで無力だ。3区の管理エリアを宇宙船として稼働させて脱出させることも検討したい。

 モートン大尉。」


 中将閣下は扉に控えているモートンさんを呼びます。

 彼は扉を離れ、私達のいるテーブル脇に立ちます。


「そこでだ。モートン大尉とカービー准尉が、3区採掘場の潜入捜査を担当する。モートン大尉は宇宙船の操船資格持ち、カービー准尉はセキュリティ技術のエキスパートでもある。

 彼らには潜入捜査後も3区に留まってもらい、プロテクトの解除と脱出の手助けをさせたい。

 そこで貴女に頼みたい事が2つある。」


 閣下が私を呼び寄せた本題はこれでしょう。

 居住まいを正して伺います。


「まず1つ、採掘場の調査後も2人を3区に留まらせ、宇宙船を航行できる状態に持って行きたい。3区側とその方向で繋ぎをつけて貰いたい。」


「……その事でこちらからもお願いがあるのですが、先にもう1つの要望を聞かせて頂けますか。」


 単にメグちゃん達とモートンさん、カービーさんを引き合わせるだけでは駄目でしょう。信頼関係を構築して貰うには、こちらも譲れないものがあります。


「分かった。貴女の要望は後で聞こう。

 もう1つは、大尉と准尉の滞在期間が長くなる可能性を踏まえて、廃品回収で3区に行く際に、食料品を多めに向こうに持ち込んで貰いたい。

 持ち込むための追加の人手と口実が必要なら、こちらで手配する。」


「それでは追加の人手は3人程お願い致します。」


 4人で向こう2カ月分くらいの食料ストックはある筈ですが、()()になりますから、追加の食料持ち込みはそれなりの量が必要でしょう。


「3人か……回収業者としての収支からして、貴女の会社の社員とするのは難しそうだな。別の協力会社とする方向で手配しよう。」


「そうして頂けると有難いです。」


 情報部に掛かれば、回収業者としての収支の規模感は筒抜けですね。

 別会社としてこちらで賃金を払わなくて良いならその方が有難いので、お礼を述べておきます。


「それで、貴女の側の要望は何かな?」


「モートンさんもカービーさん――階級でお呼びするのは慣れないので、いつも通り呼ばせて頂きます。彼らの事は私としては信用していますが、3区の彼らはそうではありません。

 彼らは信頼関係を重視しています。私が手紙でお願いした所で、見ず知らずの人間を受け入れる事は出来ないでしょう。

 ですから、間に立つ人間が必要です。」


「……つまり、彼らと既に信頼関係がある貴女を、3区に連れて行って欲しいと?」


 閣下は眉を顰めますが、閣下の問いかけに私は首を振ります。


「私は3区の会の事務局長として、これから自治政府と式典についての折衝もあります。代表は首都に帰る事もありますから、私が居なくなると折衝が進みません。

 第一、私が行った所で足手纏いになるだけです。」


「という事は、貴女の代わりに、誰か彼らが信頼する者を送りたいと?」


 今度の問いかけには首肯します。


「はい……マルヴィラを、モートンさん達と一緒に3区に送り込んで欲しいのです。」


 信頼関係もありますし、私と違って腕も立ちます。彼女が居るならメグちゃん達も安心でしょう。

 マルヴィラにこの案を話したら『メグちゃん達にまた会える!』と喜んで了承してくれました。彼女が居ない間の私の身辺の護衛は、クレアさんが引き受けてくれます。

 ただ、マルヴィラを送り込む事に1点ネックはあるのですが……。


「マルヴィラというのは、貴女がいつも連れている大柄な女性のことか。3人要るというのは、彼女が抜ける分と合わせてという訳だな。

 貴女が離れられない理由は理解している……よろしい、彼女を3区へ送り込む手段は検討する。

 モートン大尉、そのマルヴィラ女史の体格であのダクトは通れそうか?」


「恐らく、ギリギリでしょう。

 音を立てて警備ロボットに気付かれても困りますし、個人的には止めた方が良いと思います。」


 やはり彼女の体格では、恐らくあのダクトを通って採掘場の調査まで同行するのは難しいですか。


「……採掘場の調査に同行させる事ができるか、こちらでも検討はしてみる。

 ただ、やはり駄目だったとなる可能性は低くない事も考慮しておいて欲しい。」


「御配慮有難うございます。」


 その後、メグちゃん達から挙がっている要望を幾つか提示します。

 意図は訊かれましたが、理由についてもメグちゃんから手紙で教えてくれているので、それを説明し了承して貰いました。




 最後にこれは聞いておかないと。


「最後に、閣下にお聞きしたいことがあります。

 閣下には、かなり3区の生存者達の安全や保護の事に、気を配って頂いている事に感謝しています。

 ただ、閣下がどうしてそこまで3区の生存者達の事を気にかけておられるのか、その理由をお尋ねしても宜しいですか?」


 閣下はメグちゃん達を保護したあと、どうする積りなのか。正直に答えるかどうかは分かりませんが、最後にこれだけは聞いておかなければいけません。


「……貴女の懸念は理解している。

 ダイダロス帝国に膝を屈し皇家の分家となった今でも、我がイデア家に残っている家訓がある。『掌から零れてしまう者に気付けば、あるべき姿に戻すのが指導者の役目である』というものだ。

 この家訓が、結果的に皇家の良い様に使われている面は否定しない。しかし、この家訓を脈々と受け継いできた祖先達に恥じない様に生きたいのだ。

 彼らは正しく『掌から零れてしまった』者達であり、手を差し伸べるのは当然の責務であると考えている。

 誓って、私は彼らを利用しようというのではない。」


……真っ直ぐに閣下を見つめて問う私に、閣下はちゃんと目を合わせて答えて頂きました。


「今の御言葉で十分です。有難うございます。」


 私の様な平民に対してさえ誠実にお答え頂いている閣下は、本人曰く権限の無い分家とはいえ、裏表の多いと思われる世界に身を置く方とは思えません。

 私の見立てで言えば、皇家やグロスター宮廷伯爵の様な貴族の人物相手でなければ、公平で誠実に振る舞う御方なのかなと思います。

 ……仮にこれが演技であればお手上げですが、今は自分の直感を信じましょう。



いつもお読み頂きありがとうございます。


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