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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第7章

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7-06 ラズロー特務中将とハーパーベルト准将

 レストランの招待券に書かれていた日付の前日、私はマルヴィラと0区の高級ブティックへ服を買いに行った。

 3区の会は、継続的に多額の寄付が入るようになり、潤沢になった活動資金から事務局で働く全員にそれなりに給与が支払われていますし、回収業者としての収入もあります。

だから多少はこういったドレスアップのための買い物も出来るのだけれど……。


「私はこういう御洒落は体型的に既製品が少なくて困るけど、既製品があってもケイトみたいに頻繁に用意しなきゃいけなくなるのも、それはそれで困るわね。」


「ええ、全くだわ。

 こんな事が続けば、お金が幾らあっても足りやしないわ。」


 そう。貴族階級や地方政府高官など、高位の方々に会うのに、いつも同じスーツで行くと嘗められてしまうらしい。それなりに高級感があって、しかも女性の場合は毎回違う服で行った方が良い、とエルナンさんから聞きました。

 そう言えば、初めにホテルでハーパーベルト准将閣下やトム・ジョン氏と会った時は一張羅のスーツだったけれど、2回目は最初の行き先が高級レストランだったからドレスアップして行ったわね。


 それに3区の会を立ち上げた後、自治政府の高官と会う機会が出来ると、今までの様な吊るしだけで済ませる訳にもいかなくなった。エルナンさん曰く『貴族や政府高官を相手にする時、吊るしのスーツでは嘗められる』らしい。

 その上トム・ジョン氏が実は高位の軍人で、かつ貴族階級らしいと来れば、彼に会うにもそれなりの恰好をしなければならない。

 正直、高級レストラン経由での呼び出しは止めて欲しい。


 結局、クラシカルなデザインのダークグリーンのパンツスーツと、濃紺のホルターネックのシルクワンピースの2着、それにハイヒールを2足選んでもらった。

 私が自分で服を選ぶと『色といいデザインといい、無難に走りがち』だとマルヴィラにはよく言われる。仕事着はそれでも良いのだけど、御洒落服はマルヴィラに見立てて貰っている。

 因みにマルヴィラは、彼女の体型に合う既製品が店に無かった。店員さんからオーダーメイドを薦められたがそれを断り、前回着て行ったスーツに少しアレンジを加える為、靴と小物を幾つかチョイスしていた。



 翌日、0区に借りている部屋――3区の会の事務所は、2区の自宅からは遠くて通えないので借りている――で、2人してドレスアップして化粧をして、タクシーでレストランに行く。

 昨日買った濃紺のホルターネックワンピースに、紅色のショールを肩に巻き、ちょっと高めの黒いハイヒールを履いた。

 マルヴィラは黒シャツにライトグレーのスーツジャケット、水色のロングプリーツスカートという組み合わせ。靴は白のパンプス。ハイヒールの方が長い脚が際立って良いと思うのだけど、『背が高くなり過ぎるし、いざという時動きづらくて苦手』と本人は言います。


 向かった先のフレンチレストランで、入り口の店員に招待券を渡して、中に案内してもらいます。通されたのは一番奥にある個室。

 席に座って、食前酒に軽いスパークリングワインを頼むと、しばらくして前菜と一緒に供される。前菜はオランデーズソースの掛かった、彩りの良い野菜のテリーヌ。美味しそうだけど、また食べられないのか……と思ったら、


「メインまではお出しできませんけど、エインズフェロー様には前菜はごゆっくりお楽しみください。」


 と給仕に声を掛けられた。

 聞いたことのある声だと思って給仕をよく見るとカービーさんだった。


「!? ……いつもと感じが違うからわからなかったわ。」


 事務所でいつも見る彼女はヘアピンで髪を留めて後頭部に団子にまとめキリっとした印象の顔つきだったけど、レストランの給仕に扮した今はソバージュパーマの掛かった髪を下ろして、目尻も下がった柔らかい表情になっています。


「ヒールでは動きにくいでしょうから、パンプスを御用意しています。お部屋に入るまでお履き替えなさいますか?」


「……有難う。気が利くわね。」


 正直、慣れないヒールであまり長く歩きたくなかったので、彼女の申し出は有難いです。



 履き替えさせて貰ってから、また前回の様にカートの下に設けたスペースに潜り込み、エレベーターで地下へ降りて車に乗り換えます。カービーさんと後部座席に乗り、シェザンさんの運転で車はそのまま0区の地下を移動します。

 2人によると、この地下道路はコロニーのメンテナンス用で、0区は他のコロニーより大きいので保守要員が車で移動するために作られているらしいです。

 それが、こうして要人の移動や避難にも流用されるとのこと。


 ある程度進んだ所で車が停まり、降りてカービーさんの案内で進んでいきエレベーターに乗り込む。エレベーターから外は見えず階層表示も無いけど、内装の高級感や、どんどん上に昇っている事から、0区中心部の高級ホテルのどれかかと思われますが、前回の場所とは異なるようです。

 エレベーターが停まって、カービーさんの案内に従って歩きます。エレベーターホールを出て左に折れると、少し先の左壁に扉が見える。床はカーペットが敷き詰められ足音はしません。

 扉の少し前で止まり、カービーさんが私のヒールを足元に置いてくれた。ヒールに履き替えて扉まで歩き、カービーさんが扉をノックします。


「ナナ・カービー准尉、ケイト・エインズフェロー様をお連れ致しました。入室許可願います。」


 入れ、と中から声が掛かり中から扉が開けられます。カービーさんは軍隊式の敬礼をした後、中に入って行く。扉を開けたのはモートンさんで、彼女に返礼をし、私に一礼してきます。

 彼に頷いて、カービーさんの後ろについて部屋に入るとそこは応接室の様で、テーブル奥にはラズロー中将――服はいつものトム・ジョン氏のスーツだけど、顔や髪型は先日の会議室で会った時の物になっています――と、その横には同じくスーツ姿のハーパーベルト准将。手前側には席が一つ。


「面倒なお呼び立てをして済まない。掛けてくれ。」


 ラズロー中将の声掛けに、手前の席をカービーさんが引いてくれ、そこに着席します。

 着席後はカービーさんが離れていきます。モートンさんと、扉の所で控えているようです。



「諸事情でトム・ジョンと名乗っていたが、改めて自己紹介しよう。

 ヘンドリック・イデア=ラズローだ。本来は軍籍では無いが、特殊な任務の為に皇帝陛下から特務中将位を拝命している。」


 ミドルネーム?

 ……この国では平民はミドルネームを持てないので、やはり貴族階級かそれ以上の方だったのですね。

私のような平民から話すのは確か失礼に当たる筈ですから、座ったまま一礼します。


「トム・ジョンとして接していた今までの様に話してもらって構わない。准将や後ろの2人も君を不敬に問うような事はしない。

 その方が私も気が楽だ。」


「……では、そうさせて頂きます。

 トムさん……ではありませんでしたね……中将閣下とお呼びすればよろしいですか?」


「このような私的な場であれば、いつもの様にトムさんでも良いのだが……気になるのであれば、それで構わない。」


 気にしないと言われても、先日の会議の場のような公的な場所でもついトムさんと呼んでしまいそうなので、中将閣下とお呼びした方が良いでしょう。


「中将閣下は、先日の会議で監査官と一緒に出てこられましたが、閣下は監査官……殿下の側近に当たる御方なのですか?」


「元々私や准将は皇帝の密命でクーロイ星系の監査に当たっていたのだが、監査官の派遣の際に、私は奴のサポートに回るよう命令されたのだ。

 奴の事は知っているが、私は奴の部下や側近ではない。」


 監査官の事を御存じで、『奴』と呼ぶからには、閣下も相当の高位の方なのでしょう。


「私の立場について詳しく話さなければ、奴と私の関係性は理解できまい。

 帝国が建国以来、周辺の国を併呑して勢力を拡大してきた事は知っているだろう。ただ、その併呑された国々の事は、名前以上の事は知っているかな?」


 確か学校の歴史の授業では、併呑……というか征服した年度と国くらいしか習っていないはず。

 それ以上の事は知らないので、首を横に振ります。


「そうか、やはり貴族以外には曖昧に伝えられているのだな。

 であれば、帝国の歴史を少々踏み込んで説明しなければなるまい。


 現在この帝国の版図となっている星系群は、数百年前には多数の星系をまとめる国も無く、小国が乱立していた。この帝国も最初は、ある星系内での戦乱の最中に興った、ダイダロス王国という小国に過ぎなかった。何代か掛けて軍事力を拡大し、武力で星系内を統一した。

 星系を統一した王国は、武力を背景にその周辺の星系を征服して勢力を拡大しようとした。当時は周りの星系も内乱が多く、その試みは当初は成功したが、4つの星系を擁する国になった頃には、周辺も同じように星系を統一、もしくは複数の星系を束ねる国ばかりになってきた。

 ここに来て、武力に頼って自らより勢力の弱い周辺国を攻めてきた王国の拡大路線は停滞した。」


 ここまでは、歴史の授業でも習う範囲ですね。

 頷いて続きを促します。


「複数の星系を擁する国との戦争による人員の損耗は激しく、仮に征服しても統治がなかなか上手くいかなくなってきたのだ。

 そこでこの国の取った手段の一つが、相手の支配者層に一族の者を婿入りや嫁入りさせて皇家の分家として組み入れ、相手の国を属国化することだった。

 この手段は最初こそ上手く行かなかったが、武力で攻め滅ぼされるのを避けるため、受け入れて属国になる国が出始めたのだ。

 分家として組み入れた旧支配層の実権を削ぎつつ、王国の支配体制を浸透させ、属国化した国を幾つも王国に取り込んでいった。

 そうして複数の国を取り込んで勢力を拡大したダイダロス王国は、帝国と名前を変えた。それが今から大体200年前位の話だ。」


「属国化した国の支配層を王家の……今は皇家ですか。その分家として取り込んだと言うのは聞いたことがありません。その分家はどうなったのですか?」


「最初は、分家として取り込むことで、皇家も一定の敬意を払い丁重に扱ってくれるという事で、家臣達も安心して帰属した。

 しかし丁重には扱われるが、徐々に旧領地に持っていた権益は削がれ、実権は何一つ与えられない象徴のような形にされた。生きていくための費用は全て皇家から出され、生殺与奪を皇家に握られた形になったのだ。

 何一つとって自由は無いが、不満を抱き謀反を企てれば、旧家臣含めて容赦なく粛清された。そこまで行かなくとも、皇帝の意に従わない分家は旧家臣と共に放逐された。

 多い時は10を越えた分家も、今では2つしか残っていない。」


 言い方は悪いですが、取り込まれた国の旧支配者層は、その家臣団や領地を帝国に繋ぎ止めるために飼われている様なものですね……。


「私は、残った2つの分家の1つ、ラズロー家の者だ。帝国がまだ王国だった時代に取り込まれた旧イデア王国の王家の系譜となる。

 王国が帝国に名を変えた時、有難くも無いラズローという家名が与えられたが、旧家名のイデアも併せて名乗る事は許可されている。」


 話の流れからそうだとは思いましたが、皇家の分家の方でしたか。

 イデアというのはミドルネームでは無くて、旧家名ですか。


「そのような高貴な方に、今まで色々無礼な事を申しまして申し訳ありません。」


「気にしなくてよい。」


 最初に不敬は問わないと言われましたが、今までトム・ジョン氏として会っていた時に私も色々言っていた気がします。

 頭を下げますが、今までと同じように鷹揚に許してくださいました。


「あの、先ほど『分家には実権は与えられない』と仰いましたが、中将というのは軍部の中でもかなりの権限をお持ちなのでは?

 軍務には就くことができるのですか?」


「私の階級は正確には『特務中将』だ。特務、つまり特別な任務の為に一時的に皇帝から貸し与えられる階級と権限であって、それ以上のものは無い。

 カルロス侯爵とクーロイ星系の内偵を皇帝から命じられ、その為の借り物の軍籍と階級に過ぎないのだ。……一時的な筈なのだが、ここ何年も特務が続いていて、特務階級も私の肩書として付いて回っているがね。」


 軍務に就いているのも皇帝陛下の命なのですね。


「無能であれば放逐され、能力があれば使い倒される。分家というのはあちらにとっては使い勝手の良い駒なのだろうが、いい加減正式に軍籍にして欲しいものだ。」


 やれやれ、とラズロー特務中将は肩を竦めます。

 正式に軍籍にというのは冗談だと思いますが、妙に実感が伴っているのは気のせいではないのでしょう。


「准将閣下は、ちゃんと軍属の様ですけど。」


 ちらと、中将閣下の横に座るハーパーベルト准将閣下に目をやります。


「准将は元々帝都大学の教授で、私の子供の頃の家庭教師でもある。

 とある事情で15年前に軍に転身され、次々と功績を挙げて准将まで昇格されたのだ。私も信頼している。」


「……帝都大学の教授でしたら、よほどの事が無い限り安泰ではないですか。

どうして軍属に?」


 准将閣下の方を向いて尋ねます。

 中将閣下が信頼している事はこれまでの会合の様子から分かるのですが、この准将閣下があちらと繋がっていない保証がありません。

 中将閣下が准将を気遣う様に見ます。


「……まあ、良いでしょう。

 15年前……家族と旅行中に何者かの襲撃を受けてね。妻と息子は殺され、私も生死の境を彷徨う傷を負った。

 警察発表では物盗りの犯行という事になっているが、犯人は未だに捕まっていない。事故当日に不審な個人商船が宇宙へ逃げたとの報告が挙がっているが、その商船の行方も不明だった。

 警察では星系外に逃げた犯人を追えない。私は家族を殺した犯人を捜す為に軍に入ったのだ。」


 思った以上に重い内容に内心驚きました。

 そんな理由で、軍に入るとは……。


「犯人は、見つかったのですか?」


「問題となった個人商船は、別星系の軍管轄のスクラップヤードから見つかった……つまり、私や家族に対する襲撃に軍が関与している可能性があるという事だ。

 犯人自体は、未だに見つかっていない。

 中将はここ数年、特務であちこちの星系政府や軍部の内偵をしている。それに乗じて犯人が見つかるかもしれないと思い、彼の任務を手伝うよう志願したのだ。」


 准将は、淡々と話します。

 ただ犯人の事を話す時だけは、苦渋の表情が一瞬垣間見えました。


「中将は教え子でもあるし、犯人捜しを手伝って貰ったりしている。

 代わりに中将のやりたい事は、私も出来る限り手伝ってやりたいのだ。

 彼に隠れて監察官と繋がったり、邪魔したりはせんよ。」


 ……そういう理由で中将閣下と繋がっているのであれば、監察官側と裏で繋がったりはしていないかも知れません。

 犯人探しが成就することを願います。



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