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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第7章

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7-05 自治政府との話し合い(後)

今回も引き続きケイト視点です。

 エルナンさんの訴えに耳を傾けていた政府側は、沈痛な面持ちで互いに目配せをします。

 総務課長と警備部長が総務長官に頷くと、総務長官がその面持ちのまま、エルナンさんに話します。


「……事故の後17年もの間、失ったご家族に会う事も探す事も出来ずに過ごされて来た、御家族の心痛は察するに余ります。

 エリアの奥へ行く事は、安全面から流石に許可できませんが……ゴミ捨て場のエリアからその奥を窺い、思いを馳せる時間は必要でしょう。

 その様に、取り計らわせて頂きます。」


「……あ、ありがとうございます……うぅぅぅぅ……。」


 総務長官の回答に、エルナンさんは泣き崩れます。後ろにいたカービーさんがエルナンさんにそっとハンカチを差し出します。

 私も、目尻に浮かんだものをそっとハンカチで拭います。




「……失礼しました。」


「いえ、お気になさらず。」


 一頻り涙を流した後、別室で化粧を整えて戻ってきたエルナンさんが、会議を中断させたことに謝意を述べると、総務長官は沈痛な面持ちのまま返答します。


 これまでの会議では、渡航について頑なに拒否し続けた筈の政府側と、渡航を求める私達の間に漂っていた空気は、張り詰めたものでした。

 ですが、今では少し和やかささえ感じます。

 ……こんなに政府側の態度が変わったのは何故なのでしょう。エルナンさんの涙の訴えに政府側が軟化したという事なのでしょうか。

 それだけではない気もしますが……やはり、監査官閣下の意向、というのもあるのでしょうか。


 そこからは、非常に穏やかに議論が進みました。


 3区の会からは、このような希望を出しました。

 渡航は2回に分け、1回目は最大50人程度で早めに実施すること。2回目は日を空けて、もっと大人数での訪問を行うこと。

 その後はある程度人数が集まり次第、申請の上で渡航が出来るようにすること。

 そして……渡航の際、エリア奥を窺い、行方不明者達を偲ぶ機会を設けて貰う事。

 

 政府側は私達の希望を大筋で受け入れてくれました。そして1回目の渡航の際に、行方不明者達を偲び弔うための式典を3区で行う事も提案されました。

 ただ準備に時間が掛かるとの理由で、総務長官は1回目の渡航を3か月後と提案してきました。


「ちょっと、良いだろうか。」


 そこでラズロー中将が突如介入してきたのです。


「行方不明者達の式典については、中央政府を代表して監査官閣下も出席されたいとの意向がある。ただ3か月も先の話では、閣下も出席できるかどうか。

 ……早める事は出来ないのか?」


「閣下にお知り置き頂きたいのは、我々は他の星系と違って非常に小さな政府なのです……規模的にも、財政的にも。恥ずかしながら、行政業務すらニコラオス星系からの多くの出向者の助力で何とか回している状況です。

 式典を開催するとしても、準備に動員できる人員も予算も少なく……細々となら準備を進められますが、それだとどうしても3か月程は掛かってしまいます。」


 ラズロー中将の要請に、総務長官は汗を書きながら回答します。

 エルナンさんがテレビ局で会ったという居丈高な前総務長官と違い、現総務長官は非常に腰の低い印象です。長官がそれだけ逆らえない何かが、ラズロー中将にはあるのでしょうけど。

 ……それにしても、それほど赤裸々に財政状況の苦しさを語るなんて。


「そう言う事であれば、資金提供や人員について協力頂くよう、私から監査官閣下に奏上することも吝かではない。

 それで閣下がクーロイに滞在中に式典が開催できるようなら、閣下も協力を申し出るだろう。」


「……『船頭多くして船は山に登る』と言います。人まで出して頂くと、指示系統が分かれて混乱することになりかねません。

 資金さえあれば十分な人員が動員できる当てがありますので、閣下には資金の提供をお願いしたく。」


 中将の申し出に、総務長官はやんわりと人員協力は断りました。


「……それで良かろう。

 閣下は、1か月半後……できれば1か月後くらいの式典開催を望んでおられる。その為に必要な準備資金を早急に算定して提出して頂きたい。

 無理を言っている事はわかっているが、宜しく頼む。」


「了解しました。」


 中将は、政府の財政状況も事前に分かっていたのでしょう。政府側に対する気遣いさえ伺えます。その事が少し不思議に感じました。


 その後の議論で、1回目の日程の確定と参加者の調整については別途……1週間以内に打ち合わせを持つこと、2回目の3区への渡航は4カ月後を目途として開催の調整をすること等が決まりました。

 結局ラズロー中将が介入したのは、1回目の式典開催の時期の話だけでした。




 会議が収束し、総務長官が終了を宣言した時、ラズロー中将が発言を求めました。


「実り多い会議になったと、私も閣下に良い報告が出来る。

 式典の開催には、自治政府も3区の会も良く協力して当たって頂きたい。

 私は式典の準備や調停を閣下から任されている。何か助力が必要な事態となったら、私に相談して欲しい。

 これは3区の会側にもお願いする。連絡方法は別途お伝えしよう。」


 監査官閣下の思惑が分かりません……渡航や式典には前向きに協力してくれる分には良いのですが、良からぬ企みや政治劇に利用されるのは御免です。

 それに、ラズロー中将が私の思う人物と同じなら……彼の立ち位置が分からなくなりました。


「それでは、実りある議論に感謝を。

 今後も同じように実りある進展を期待する。」


 そう言って中将は立ち上がって円卓に歩み寄り、政府側の出席者達に手を差し出して握手を求めます。

 政府側は差し出された手に戸惑いましたが、長官が握手をしたのを受けて、他の面々も中将と握手をします。


 政府側と握手を交わした後、彼は私達の所へやって来て同じように手を差し出します。エルナンさんが彼と握手をした後、彼は私の所で同じ様に手を差し出します。

 私が彼の手を握ると、手の中に何か紙片が手の中にあるのを感じました。驚いて中将の顔を見ると、彼はごく僅かに頷きました。

 折り畳まれたその紙片を私の手の中に残して、彼は手を離し護衛を伴って大扉から去っていきました。


 私は紙片を手の中に隠したまま……会議室を出てトイレの個室に入ってから、中身を見ずに紙片をハンドバッグの隠しポケットの中に入れました。

 流石に個室の中までは入りませんが、ハイヴェ大尉の一隊の者が護衛としてトイレの中まで入ってきています。紙片の渡され方からして、彼女達にも紙片を見られるのは不味い気がします。

 中を確認するのは安全な事務所に帰ってからにしましょう。



 ハイヴェ大尉の一隊が護衛として事務所まで付いて来ました。事務所に入ってから大尉達が帰ってから、漸く落ち着くことが出来ます。


「ケイトお嬢様。あの中将閣下と握手してから、ずっと何か緊張していたみたいですけど、どうしたのですか?」


 上手く隠していたつもりですが、ジャスパーには気付かれましたか。

 大尉達も事務所まで護衛――一部の人は私達の事をずっと見ていましたので、護衛と言うより私達の監視であったような気がしますが――してきたので、あの握手の時に、何か勘付いたのでしょう。


「……それは、会議室で話します。」


 そう言って会議室へ行く事を促します。

 エルナンさん、ジャスパー、カービーさんと4人で会議室に入り、カービーさんが扉に内鍵を掛けてから、ハンドバックから折り畳まれた紙片を取り出します。


「それは?」


「握手の時に、中将閣下が私の手に渡してきたの。

 あの近衛の女性達が傍に張り付いていたから、まだ中も見てないのだけど。」


 そう言いながら紙片を開いて中を見ると、そこにはこう書いてありました。


◇◇◇◇◇


監査官のことは、あまり信用してはならない。

迂闊に信じて足を掬われない様に気をつけろ。


T・J


◇◇◇◇◇


 一読した紙片をテーブルに置き、皆に見せます。

 T・Jはラズロー中将のイニシャルとは異なります。でもこのイニシャル署名があるという事は、やはりラズロー中将は……。

 しかし、ますます彼の立ち位置が分からなくなりました。


「渡航と式典を進めて頂くのは有難いのだけど、信用しすぎるなと警告する彼は、一体何者なのかしらね。それにこのイニシャルは、あの中将と違うみたいですけど。」


 エルナンさんも当然の反応です。


「カービーさん……例の人物と、今一度話をする必要がありそうです。

 手配頂けますか?」


「……ええ、閣下もそのつもりで、メモを渡したのですから。」


 そう言って、カービーさんは自分の懐から、封筒を私に渡します。

 封筒を開けると、以前とは別の高級レストランの招待券が2枚入っています。招待券には私とマルヴィラの名前が入っています。


「……またあの方法で?」


「窮屈な方法で申し訳ありません。

 それにまた、マルヴィラさんには……。」


 またマルヴィラを置いて会いに行く事になるようです。


「申し訳ありません。」


「いいのよ。前回だって開き直って食事を楽しんだみたいだしね。」


 そんなカービーさんとの会話に着いていけないエルナンさんが、不思議そうな顔をして首を傾げています。


「ああ、エルナンさん。

 実はあの中将の件で、また軍の情報部との面会が……。」


「……ああ、あの中将さんは、そのメモの人のメッセンジャーだったのね。

 エインズフェローさんは、彼らの立ち位置を是非確かめて頂戴。」


 立ち位置を確かめる必要があるのは間違いないので、もちろんです、と私は頷きます。

 ただメッセンジャーというより、あれは多分本人なのですが……きちんと確かめるまで、それは言わなくても良いでしょう。



「それから、私は次の政府との打ち合わせが終わったら、例の準備で2週間程帝都に戻るわ。

 クーロイに帰ってきたら直ぐに進められるよう、根回しをしておかないといけませんから、ドーラはここに残して行きます。戻っている間、何かあったらドーラに連絡を頂戴ね。」


「わかりました。」


 3区への渡航と式典の準備に、出席できる行方不明者家族達の確認と手配。それから並行して進める、メグちゃん達の救出作戦に、回収業者としての通常業務と差し入れの準備。これから式典当日までの1か月、目の回る忙しさになりそうです。

でもこれらは、メグちゃんを助ける為の準備です。今までの彼女達の苦労に比べたら大した事ではありません。


 でもまずは、ラズロー特務中将……トム・ジョンを名乗っていた彼の立ち位置がどこにあるか、確かめなければいけません。




いつもお読み頂きありがとうございます。


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