7-04 自治政府との話し合い(前)
本業が忙しく、思わぬ時間が掛かりましたが、これから7章の完了まで毎日UPします。
今話含め、しばらくケイト視点が続きます。
事務所で作戦会議をしてから数日後、帝都から行政監査官がクーロイ星系に到着した、との報道がTVで流れました。
TVで見たその監査官――帝国の第四皇子フォルミオン殿下は、皇族のみ許された紫色の軍服を身に纏った、金髪に青い瞳の見目麗しい男性でした。
大勢の随行員を伴った殿下と、当星系の管轄責任者カルロス侯爵――初めて映像を見ましたが、ガッシリとした大柄の、初老の男性でした――とが、宇宙港で握手をする様子が報道では映されていました。
監査官が来た当初は0区コロニー内の各所に警備が立つのが目に付きましたが、数日経つと街から警備の姿は無くなりました。市民の生活に特に変化はありません。
そんなある日、3区への渡航と行方不明者捜索についての、自治政府からの会議通知が届きました。
いつもは会議室に直接来るようにとの指示でしたが、今回は不思議な事に、会議の30分前に庁舎の総合受付に来るようにとの通達です。
会議当日、エルナンさんと私、ジャスパー、カービーさん(議事録を取って貰うために同行をお願いしました)の4人で庁舎に向かうと、庁舎周辺は警備がそこかしこに立っている物々しい状況でした。
途中1度だけ警備に誰何されましたが、用件を伝えると以後は咎められる事無く、総合受付まで来る事ができました。
総合受付の前には大勢の警備と、自治政府の総務部長が待っていました。
「3区の会の諸君。本日の会議はさる高貴なお方の御臨席があるので、念のため身体検査をさせて頂く。」
「私達はご覧の通り、1人を除いて女性なのですが、女性の検査担当は?」
「女性の方々の身体検査は、別室に控えている女性職員に担当してもらう。」
どうしようかとエルナンさんと顔を見合わせていると、私達の後ろから集団の足音が聞こえます。
振り返ると、目の前の警備とは様式の違う揃いの警備服を纏った、マルヴィラ程の体格のある大柄な女性達が10名程近づいてきます。
「3区の会のナタリー・エルナン殿ご一行とお見受けします。
私は近衛第3連隊第3小隊長、エリー・ハイヴェ大尉です。
本日の会議は特別な御方がご臨席になるため、どうか身体検査を受けて頂きたく思います。
女性の方の検査には女性を充てますので、御同道頂けますでしょうか。」
「さっ……3区の会の身体検査は我々が行う。
お前たちは引っ込んでいろ!」
随分と礼儀正しい女性警備達に、総務部長が喚きたてています。
先ほど話しかけてきた女性警備は、私達に「ちょっと失礼を」と述べた後、総務部長に向き直ります。
「今回会議の開催と3区の会の招聘を依頼したのは監査官閣下である。
閣下からも3区の会の方々を丁重にお招きせよと命を受けている。貴兄等の役割ではない。」
「我らとて上から命を受けている。」
「上とは、行政長官殿か?あるいは他の?」
「それは……。」
何故か総務部長が押し黙ります。
ふと見ると、総務部長や警備達の後ろや横からも、彼女達と揃いの警備服を纏った集団がそれぞれ近づいてきます。
「……っ!」
目の前の女性達だけでは無い事に気付いた総務部長が苦々しい顔をします。
「この事は上に報告しておく。
……失礼した。エルナン殿とご一行には、御同道頂けますか。」
そう言ったハイヴェ大尉の一行に連れられ、庁舎の奥にある会議室で男女に分かれて身体検査を受けた後、職員用エレベーターで最上階に上ります。
一般の立ち入りが禁止されている最上階は、行政長官以下、政府高官達の執務室があるフロアです。
そのフロア中央にある大会議室まで案内されました。向かう正面にある大扉ではなく、その両側にある小さな扉の一つから中に入ります。
大会議室には中央に大きな円形のテーブルがあり、その周りには装飾の施された肘掛付きの豪奢な椅子が十数席並んでいます。
テーブルから少し離れた所に、一際豪華な装飾の1人用テーブルとチェアが置かれています。後付けの印象があるので、こちらはやんごとなき御方が座られるのでしょう。
円卓のそれぞれ席の前には、ネームプレートが置かれています。その中には、エルナンさんと私の名前もあります。その円卓の席の後ろ側にも椅子が2つ置かれていますが、これはジャスパーとカービーさんの席なのでしょう。
円卓の我々の席の向かい側に、自治政府側の出席者5人のネームプレートが置かれています。ネームプレートを見る限り、向こう側の出席者は、中央に先日総務副長官から昇格したばかりのステファノ・アイアロス総務長官、向かってその左には総務部長と総務課長、右には警備部長と第2警備課長――3区での回収の際の警備部隊を指揮している人――が出席するようです。
向こう側の出席者はまだ入ってきていませんが、ハイヴェ大尉に促され、私達は席に着きます。ハイヴェ大尉たちはそのまま壁際に一定間隔で並んで直立不動で立っています。
しばらく座って待っていると、私達の入った扉と反対の小さな扉から、自治政府側の出席者と、その護衛として警備隊が入ってきますが、総務部長はそこには居ません。
総務部長不在のまま、他の4人の出席者は席に座り、他の警備隊は彼らの背後の壁際に立って並んでいます。
「諸事情により総務部長は今回の会議からは外れて貰った。
他の方々がお見えになるまで、しばらくそのままお待ち頂きたい。」
そのまま暫く待っていると、大扉の外から口上が述べられます。
「副監査官閣下、およびカルロス侯爵閣下の御成りである!」
その言葉に、政府側出席者がその場で起立します。私達もハイヴェ大尉に促されて起立します。
全員が起立した後で大扉が開かれます。
先頭に入ってきたのは60か70歳代くらいの老齢男性。その後ろにテレビで見たカルロス侯爵ともう1人、紺の軍服を着た30歳代くらいの男性。
3人が、護衛隊――ハイヴェ大尉と同じような意匠の軍服なので、近衛隊なのでしょう――に囲まれて入室します。
私は後ろの紺の軍服の男性が気になりました。彼の紺の軍服には多くの徽章が付いており、高位の軍人だろうと思われますが……どうもあの男性、会った事がある人の様な気がします。
私の知っている人とは髪色も髪型も、瞳や肌の色すら違うのですが、顔の造りが似ている気がするのです。
紺の軍服の男性は白い肌に短髪のアッシュブロンドで、赤い瞳からは怜悧さが伺えます。髪色をブラウンにして、もう少しモサッと伸ばして、四角い細い眼鏡を掛けて、肌を全体的にもう少し濃くして、頬に印象的な黒子があれば……。
「副監査官閣下からの御挨拶である。傾聴!」
護衛の一人が、今から殿下からの御言葉がある事を大声で告げ、私の思考は中断されました。
しかし、殿下がいちいち発言する度にこのような口上があるのでしょうか。
「私は副監察官を拝命している、ハインリヒ・グロスター宮廷伯爵である。
クーロイに来るにあたり、『過去にあった忌まわしい事故の際、3区に残された人民の事を思うと痛ましい限りであるが、その際の行方不明者捜索が結局行われなかった事は極めて遺憾である』と、今上皇帝陛下の御言葉を頂いている。
これを受け、監察官閣下がカルロス侯爵と事前協議を行った結果。侯爵からは、『3区行方不明者家族の会』が希望する3区への渡航と行方不明者捜索について、許可する方向性が出された。
本日集まって貰った諸君には、その前提で協議を進めて貰いたい。」
諸君と言いつつ、副監察官閣下は私達の方に一切目を向けず、総務長官の方だけを向いて話します。
それにしても、渡航と行方不明者捜索を認めましたか。
殿下の後ろでカルロス侯爵は平静な表情のままですが、一瞬口元が歪みました。
しかし、皇帝陛下が3区の会の事を何故気にするのでしょう。
おかげで協議は前に進みそうですが、ちょっと引っ掛かります。
「私とカルロス侯爵は退出させて貰うが、諸君の速やかなる協議を、後ろに控えるラズロー特務中将に、監察官閣下の名代として監督して頂きます。
ラズロー中将、後は宜しくお願い致します。」
副監察官の発言に、後ろの紺の軍服の男性が首肯します。
そうして軍服の男性……ラズロー特務中将と護衛の一部を残し、副監察官閣下とカルロス侯爵は身を翻して、護衛の一団と共に大扉から退出していきます。
大扉が閉まって暫くしてから、ラズロー特務中将が発言します。
「この場では私、ラズローが監査官閣下の代理を務めさせて頂く。先ほどの副監査官閣下の発言を前提として議論を進めて貰いたい。」
ラズロー特務中将も貴族階級なのでしょうか。
それにしても……声は、やはり彼とよく似ています。
「大きく前提を逸脱しなければ、基本的には私が議論に参加する事は無いが、建設的な議論を進めて頂きたい。
それでは総務長官、始めてくれ。」
「……畏まりました。
それでは始めよう。全員席に。」
ラズロー特務中将の発言に、総務長官が彼に一礼した後に全員に着席を促します。
特務中将は円卓脇の豪奢なテーブル付きの座席に、それ以外は円卓もしくはその後ろの各自の座席に座りました。
「さて、以前から3区の会側が希望していた、3区への渡航と行方不明者捜索だが……現在ゴミ置き場となっている空間はともかく、それ以外の場所はまだ整理もされておらず、危険な場所でもある。
まずは行方不明者家族達の3区への渡航と、向こうで慰霊式典を行う方向で考えたいのだが、3区の会側の意向はどうだろうか。」
私達の正面に座る総務長官が、ラズロー中将の方に時折視線を向けては汗をかきつつ、そう提案してきました。
今までの議論は3区への渡航と行方不明者捜索を「やらせてほしい」「却下する」という内容に終始していたのですが……監査官の意向、と言うのは大きいようです。
「私達としては願っても無い事ではありますが、それで終わりにならなければの話です。
渡航と式典はこのあと詰めるとして、まずは行方不明者捜索について、政府としてどのようにお考えでしょうか。」
エルナンさんが代表として、我々の意向を述べます。
「……一度も捜索活動はされていない、という報道があったが、実際は今のゴミ捨て場に改修する工事の際、工事が行われるエリアに対して一通り捜索を行ったのだ。
しかし結果として、3区に取り残されたと思われる方々の遺体やIDタグ、身元がわかる遺留品といった物は発見できなかった。
工事予定エリア以外の場所は、こちら側の人員の安全面を考慮して探索を断念したが……残念だが、恐らく生きている者は居ないだろう。だからこちら側の安全面を考慮しつつ、徐々に探索を進めていきたいと思っている。」
総務長官が政府側の見解を話します。
グンターさん達から聞いた話では、その工事の時……工事エリアから奥へは誰も入って来なかった、と言っていましたね。
工事で出たゴミは全部捨て置かれていたそうですが。
「工事エリア……今のゴミ捨て場のエリアには、何も残っていなかったのは分かりました。ですが、そのエリアの外側……コロニーの奥側に、遺品でも何でも、何か残っているという希望は、我々は捨てていません。
それがどんな場所なのか……そこでどんな生活をしていたのか、あの事故の後どうなっているのか……そして、未だに残された跡はあるのか。
警備や安全面の問題もあるでしょうから、その奥に行きたいとまでは、今は言いません……。
そのゴミ捨て場のエリアからでも良いのです……私達残された家族に、その奥のエリアを見させて頂く事は、出来ないでしょうか。」
そうエルナンさんは切々と、涙を目に浮かべながら、政府側に問いかけます。
メグちゃん達は生きていますし、上手く行けばそこで救い出したいというのもありますが……メグちゃんのお母さん、メリンダさんやそのご主人さん達がどんな生活をしていたのか。そこに思いを馳せ、娘さんを偲ぶ思いも、エルナンさんには確かにあるのです。
そんなエルナンさんの思いに、私も涙腺が緩んできます。
思えば、私達回収業者を除けば、一般の人の3区への立ち入りは今までずっと禁じられていたのです。
帰ってこないご家族が3区でどのように生きていたのか。きっと、他の行方不明者の御家族達も同じ事を求めるでしょうし、実際一部の御家族からはその様な声が挙がっているのです。
メグちゃん達を救うために立ち上げた3区の会ですが、他の亡くなった方々のご家族の思いも、私達は大事にしたいのです。
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