7-03 作戦会議(後)
前回に引き続き、ケイト視点です。
「アンドロイド……ニシュを借りたいって言うのは、正直難しいと思うわ。」
「それはどうしてですか?」
私の回答に、クレフではなくカービーさんが聞いて来る。
回答内容を軍情報部で吟味するためでしょう。
「まず前提として、ニシュは道具としてではなく、既に彼ら3区の生存者達のコミュニティの一員、一緒に生き残る仲間として意識されています。
それを踏まえて言うと、借りたいと言ってもまず無事に返してくれる保証がないし、潜入する調査員には彼らの間に信頼関係は無いわ。だから彼らは絶対首を縦に振らないと思います。」
「返してくれる保証と、信頼関係ですか……。」
「そもそも、潜入する2人はどうやって帰ってくる想定なのですか? 採掘場を調査した後、惑星上から飛んで逃げられたら、ニシュは帰ってきませんよね?
返してくれる保証も無しに貸してくれと言われても彼らは拒否するでしょうし、私もそれを説得することは出来ません。
クレフは、その辺はどう思うの?」
今回の内容説明におけるクレフの、つまり父上の立ち位置が分からないので、彼に水を向けてみます。
「……軍側との話し合いでは、2つのプランが出ていますが、どちらにするかはまだ結論が出ていません。
軍側、特に上層部に強硬策を主張する方々が多いらしいですが、それで押し切るだけの材料も無く。
私や旦那様……エインズフェロー工業側は、強硬策には反対ですが、もう一つの案にも懸念材料は残ったままです。
どちらのプランにも、決定打は無いのです。
この場で、3区の会の皆さんにもアイディアを出して頂ければと思いまして、今回説明の場を設けさせて頂きました。」
ここでクレフは一息ついて、コーヒーを一口飲んでから、話を続けます。
「まず、軍側の主張する策はこうです。
向こうの生存者からアンドロイドを譲り受けた後、潜入者とアンドロイドで軌道エレベーターを降りて採掘場の調査を行います。
恐らく採掘場にはマスドライバー……重量物を宇宙空間へ打ち上げるカタパルトがあることが推定されます。何日か掛けて採掘場を探索した後、脱出用カプセルに乗り込んで、マスドライバーで星系外に待機する宇宙艦隊に向けて打ち上げて脱出します。
その後、採掘場の探索データを元に、その宇宙艦隊がクーロイ星系に入って大々的に捜査を行います。」
……それって。
私の懸念と同じものを感じたのか、エルナンさんの表情も険しくなっています。
「……そもそも、強硬手段を用いてでも、ニシュを強引に奪っていく事が前提になっていませんか?
それに3区の生存者達の安全は考慮されていないのも問題です。」
譲り受けるって、素直にニシュを渡さなかったら武力で脅してでも持って行くって意味でしょう?
それには、シェザンさんが挙手して発言します。
「ええ、どちらも事務局長の仰る通りです。
中……准将閣下以下、今まで事務局長や、事務局長を通して3区の生存者達やエインズフェロー工業の方々と関係を築いてきた我々は全員、このプランに反対しています。それに3区へ人を送り込む事自体、事務局長や生存者の方々の協力が無ければ実現不可能です。
ただ残念ながら、事情を詳しく知らない上層部にこのプランを推す人が多いのです。」
ハーパーベルト准将閣下よりも上の人に、強硬派が居るという事ですか。
「3区の会が軍に協力するのは、3区の生存者達を無事に救出するためです。これは大前提ですから、この強硬策を受け入れる事は絶対にできません。
もう一つのプランを聞かせて貰えますか。」
エルナンさんが強い口調でこのプランを退ける。
クレフは頷いて、もう一つのプランを話し出します。
「もう一つのプランは……軌道エレベーターを降りて採掘場の調査をする所までは、先ほどと同じです。
その後、再び軌道エレベーターで3区へ戻って来て、生存者達と合流します。そこで、宇宙船の航法コンピューターのロックを調査します。
ロック解除できれば、宇宙船を修理した後、3区から切り離して脱出します。ただ、ロック解除できなければ……彼らと生存者の脱出は、次の機会を待つことになります。」
「次の機会とは?」
エルナンさんがすかさず問いただす。
それは私も気になった。
「3区行方不明者の大々的な捜索などが実現すれば、とは考えられていますが……具体的には、まだ何も。
それがこちらのプランの1つ目の大きな懸念です。」
行方不明者捜索については、政府との予備交渉――交渉条件の交渉の段階で既に難航しています。行政監査官の着任で、交渉がもう少し進むようになればいいのですが、現時点では交渉が進むのかどうか、先行きはまだ不透明です。
「仮に採掘場が探索できたとして、調査結果を早く送って、大規模な捜索の部隊を寄越してもらう事は出来ないのですか?」
「……中央から大規模な監査部隊を派遣してもらえるかどうかは、その調査結果次第ですから、確約は取れません。
余程重大な結果が出れば、すぐにでもこの星系を制圧する部隊が派遣されるでしょうが……そうでなければ監査部隊を編成するのにも時間が掛かるでしょう。」
シェザンさんが回答します。
そうなると、メグちゃん達と潜入員の2人を救出するタイミングが不確定になる、というのが1つ目の懸念ですか。そうすると、他の懸念も出てきます。
「他にも、今度は水と食料の問題が出てくるのですね。
あくまで3区の生存者達との関係を維持するのであれば、採掘場へは2人だけで調査をすることになりますね。その調査が、果たして1週間程度で終われるのか。
それに戻って来ても、いつ脱出できるか分からないとなれば、その間の水と食料はどうするのか。私やマルヴィラがゴミ処理での訪問の際に差し入れる量にも限界がありますし、無理をすると政府側に気付かれる危険性もあります。」
「ええ、そうなんです。
だからと言って持ち込む水と食料を増やすと、補修材料を持ち込める量が少なくなり、修理が進まなくなる可能性もあります。」
私の出した懸念点に、カービーさんが回答します。
確かに、早急に救出できる見通しも立たなければ、単に食い扶持が増えて生存の可能性を圧迫するだけです。
「……確かにこれだけでは、強硬策を跳ね返すのは難しいですね。」
流石にエルナンさんも、弱気の発言が出てしまいます。
そこから暫く、会議は無言の時間が流れましたが、何かに気付いたキャスパーが挙手をします。
「問題点を整理しましょう。
3区の会としては、第一のプランは受け入れる事は出来ません。
しかし第二のプランでは、採掘場の調査に時間が掛かりそうな点、調査後に3区へ戻った後で救出する目途が立たない点、これにより水や食料の懸念が出て来る点。
細かい事を挙げれば他にも出てくると思いますが、第二プランに対する問題点はこれで良いすよね?」
「ええ、その通りね。
それらを解決できれば、強硬策を跳ね除ける事はできる?」
「私達にそこまで権限が無いので、今ここで確約は出来ませんが……その懸念を払拭できれば、上を説得します。」
シェザンさんがエルナンさんの質問に答えてくれるけど、彼らがそれを出来るだけの解決案を出さないといけません。
……そんな案は思い浮かばないけど。
でも、キャスパーには何か考えがあるようです。
「やはり、自治政府との交渉が進まないのは問題です。
先日の討論会の影響で自治政府への批判が高まっては居ます。ですが政府の姿勢に対する批判であって、3区の会や、17年前の事故についての世間の関心は高くありません。
ですから、漠然とした政府への批判はあっても、我々の交渉が進まない事に対する世間の後押しにはなっていないのです。」
政府との交渉で、それは薄々と感じてはいました。
政府高官側は、のらりくらりと時間稼ぎをすればその内立ち消えになると考えている節があります。
「つまり、自治政府と交渉を更に進めるは、3区の会やその活動に対する注目を集めなければならないと思っています。
そこでですが……。」
キャスパーが話し始めたその案は、会議室の全員を驚愕させました。
確かに、注目が集まるでしょうけど……。
「その提案だけど……それによって3区に生存者が要ると公にならないかしら?
それはメグちゃん達にとってはかなり危険な事だと思うけど。」
「完全に公になってしまうと、彼らにとっては危険な状況でしょう。私達の行方不明者捜索に先んじて政府側が彼らを確保しかねません。
ですからそうならない様に、発表の仕方に工夫が必要ですが……念のため、マーガレットさんだけでも、一時的に退避して頂くのはどうかと。」
「退避って、一体どこに?
それに、何故メグちゃんだけを?」
「採掘場です……ニシュさんを護衛に、潜入者のお二人と採掘場へ降りて貰って、調査終了時まで3区から物理的に離れて頂くのです。」
説明をするキャスパー以外の、会議室の全員が驚く。
「……採掘場はどんな危険が待ち受けているのか分からないわ。
メグちゃんを退避させないわけにはいかないの?」
「採掘場に人が居る形跡はありませんから、警備ロボットがうろついていない限りは大丈夫だと思います。ニシュさんが居ますので、そういう危険にはまだ対処できるでしょう。
むしろ万が一調査の手が伸びてきて、マーガレットさんが政府側に確保される方が遥かに危険ですよ。
他の3人だけが確保されたところで、行方不明者名簿に存在する人なのですから、対処の仕方はあります。
でも彼女……マーガレットさんは、政府側にとって『存在しない人間』です。それに他の3人や我々にとってのアキレス腱なのです。彼女を人質にされ、政府が3人や我々を脅迫することだってあり得ます。
それどころか、下手をすると本当に居なかったことにされます。彼女の存在が明らかになる事は、政府側にとって大きなマイナスですからね。
違いますか?」
誰の助けも無い状態で、向こうで子供が生まれて育っていたなんて知られたら。政府は何も調査せず対処しなかったという印象が強くなるでしょうね。
「この案を実行するとして、エルナンさんの準備はどのくらい掛かりそうなのですか?」
「……実は、遅かれ早かれ、発表することになると思っていたの。
だからある程度準備は進めているわ。
残りの準備が完了するのは、大体1か月くらい後かしらね。」
一番時間が掛かりそうだと思っていたエルナンさんの準備も、思った程は掛からないのですね。
「それなら、今この場で詳細を詰めましょう。
ただしこれを実行するかどうかは、一番リスクを負う向こう側の意見も聞きます。
向こうが駄目だと言ったら、その時はまた考えましょう。まだそれだけの時間的余裕はあるとは思います。
エルナンさんは、それで構いませんか?」
「ええ、その方向で話を進めましょう。」
その後、キャスパーの提案について皆で細部を詰めました。
これを次の資源回収の時にメグちゃんに渡して、向こうの意見を聞くことになります。
ただ、1つ疑問に思った事があったので、最後に質問します。
「最後に、シェザンさんとカービーさん。
軍側の潜入者が、無理やりメグちゃん達を脅してニシュを奪うとか、何か不利益な事をする事は絶対に無い?」
カービーさんが答えます。
「実は、向こうに潜入する2人は私とモートンさんなのです。
私もモートンさんも、それから私達の上役も、軍内部では3区の会寄りの意見を持っています。
それにその上役なら、少々の横暴な命令も跳ね返せるだけの権限をお持ちです。
ですから事務局長の心配するような事は、起こらないと思ってください。」
「分かったわ。
向こうに行ったら、メグちゃん達のことを宜しくお願いするわね。」
細部を詰め終わった後、クレフはライアン兄上を連れてホテルへ帰って行きました。
兄上は私に恨めしい目を向けていましたが、兄上はこれから、実家で立場が無くなるでしょう。あれこれと言ってくることは暫く無さそうです。
それに私はメグちゃんの事で頭がいっぱいで、兄上の事を思いやる余裕はありません。
「お嬢様は、3区の生存者達の救出に集中していてください。
成し遂げた暁には、ライアン様もケイトお嬢様にちょっかいを掛けようとは思わなくなりますよ。」
というクレフの言葉は、意味が分からなかったのですけれど。
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