7-02 作戦会議(前)
今回はケイト視点です。
以前3区で試験を行ったゴミ処理装置の再試験の打ち合わせで、クーロイにやって来る旨、ライアンお兄様から連絡が入りました。
兄上と政府側との打ち合わせの後で顔を出せと言ってきました。
あの煩いだけのライアン兄上が、また来るのか……。
3区の会の事務所でその話をキャスパーにすると、何故か彼にもその連絡が入っているそうだ。
「その日は事務局会議の日ですね……この事務所は政府庁舎から遠くない場所ですから、ここに来させるように手配しましょう。」
「ここへ来させるって、そんな事出来るの?
あの兄上、私の話なんか聞かないのに。」
「それは大丈夫です。
あの人はケイトお嬢様の事を暇人とでも思っている様ですので、認識を改めさせないといけません。」
複数のメディアに呼ばれて、他星系を回って3区の会の主張を広めに行っていたエルナンさんがクーロイに戻ってきたのは、ライアン兄上が来る前日。
当日は兄上が来るまでの間、事務所で事務局会議を開き、現状共有していた。
エルナンさんは、クーロイ放送でのTV討論会で意見を封じられて以降、首都星系ダイダロスの他、私の出身星系クセナキスを含む主要星系6か所を回って3区の会の主張を広めて来た。
知名度のあるエルナンさんだからこそ、これだけ声が掛かったのだと思う。
そして多くの星系で主張を広められたお陰で、クーロイ星系以外の世論を味方につけ……行政監査官の派遣を引き出せたのでしょう。
自治政府側との交渉は、未だ先が見えません。
3区への訪問や行方不明者捜索、式典の実施などの主張を出していますが、政府側はそもそもの会議出席者を2名までに絞れとか、協議は内容も議事録も無しで行いたいとか……交渉に入る前の事前交渉の段階で、会議方法について噛み合わず難航しています。
こうして交渉に時間を掛け、有耶無耶にしてしまおうとしているのでしょう。行政監査官が来て、監査官が交渉に立ち会ってくれれば、もう少し風通しが良くなるのでしょうか。
メグちゃん達の方は、配線は全部修理完了、外殻は8割程修理完了しています。次の修理剤の補給で、外殻の修理は完了する見込みです。
ただし宇宙船パイロットはまだだし、航法コンピュータのロック解除の目途も立っていません。直接救出しに行く事も検討する必要があるかもしれません。
会議の途中で小休止を入れた所で、事務所の来客チャイムが鳴ります。
カービーさんに応対して貰うと、やはりライアン兄上とその一行ということだったので先に応接室に通して貰い、私とキャスパーで応対しますが……何故か、キャスパーがクレアさんを一緒に連れてきます。
応接室に入ると、兄上と一緒に来ていたのはクレフ――ハルバートさんの長男で、キャスパーの兄――と、クレフ付きの秘書。
「全く、ケイトの分際でこんな所に呼びつけやが……なんでキャスパーがこんな所に居るんだ! ハリエット兄上に付いていたんじゃないのか!
それにクレア……さん、まで?」
私達が入るなり、私に対して文句を言いかけたライアン兄上が、キャスパーとクレアさんを見て目を丸くしている。
呼び捨てにしようとして、クレアさんの視線に委縮しています。どうやら、未だにライアン兄上もクレアさんのことは苦手の様です。
「兄上の都合にばかり合わせられませんでしたから、こちらに呼ばせて頂きました。
それで、私に何の用件ですか?」
「……ふん、回収業者が立ち行かなくなったと思ったら、次はこんな所に潜り込んで。いい加減フラフラしてないで、家の方に戻ってこい。
父上にも認められている俺が、会社にお前の職場くらいは用意してやる。」
兄上は相変わらずの様ですね。
どう言い返そうか……と思ったら、兄上の横に居るクレフが溜息をつきます。
「ライアン様……勘違いしているようですが、私が今回貴方に付いているのは、何も貴方が旦那様やハリエット様に認められて、私が貴方付きになったのでは無いのですよ。
自治政府との再試験の交渉で、貴方だけに任せることが出来ない事情が出来たからに過ぎません。それに、貴方がケイトお嬢様に余計な事をしない様に釘を刺しておけと、旦那様に言われたからです。」
「なっ……!」
ああ、クレフが一緒に付いてきたのを、父やハリエット兄上から認められて、これから会社の経営に関われると勘違いしたのね。
「全く……他の御兄弟の皆様に相手にされないからって、末妹のケイトお嬢様を自分の下に置いて威張り散らそうなんて、浅はかな真似はお止めください。
そんな事は旦那様もハリエット様もお見通しです。下らない虚栄でケイトお嬢様や我々を振り回さないで頂けますか。」
「お、お前、使用人の分際で、俺にそんな口を……!」
やれやれ、他の兄様姉様達にも相手にされてないのね、ライアン兄上。
「さて、私の本来の用事に入りましょう。
ケイトお嬢様、エルナン氏は全てご存じなのですか?」
どうやら、クレフは父上から何かを言付されているようです。
恐らく裏事情を知らされていないライアン兄上の手前、詳しい事はここでは話さない方が良いでしょう。
「ええ、私から全て話しているので事情は御存じです。
丁度会議室に皆集まっていますから、そちらで話をしましょうか。」
「ええ、よろしくお願いします。
ただ、この方が妹に会いに来た、と言う体裁が必要ですので……。」
そう言って、クレフは横目でライアン兄上を見る。
なるほど。恐らく兄上の一行には政府の監視が付いているから、クレフが私に会いに来るにはライアン兄上をカモフラージュにする必要があったのですね。
「では……クレアさん、この人をこの部屋で抑えておいて頂けますか。
用が済むまで、この部屋に留めておいて下さい。
……もう少し人が要りますか?」
「私1人でも問題ないと思いますが、出来ればもう1人。」
「バートン、クレアさんに協力してください。」
「了解しました。」
クレアさんはもう1人要るというので、クレフが帯同する秘書を付けてくれました。この秘書も体格がありますし、クレアさんと2人だったら、ライアン兄上を物理的に抑え込むことはできるでしょう。
体の大きいライアン兄上は、私達に昔から居丈高な態度で接していました。今では体の大きなマルヴィラですら、小さい頃からのトラウマか、未だにライアン兄上には少し苦手意識があるようです。
クレアさんは、マルヴィラほどに恵まれた体格はしていませんが、そこそこ体の大きい人です。実家の邸の中の誰も――父の護衛含めて――1対1では勝てなかった強者です。昔もっと粗暴だったライアン兄上も、クレアさんには何度もコテンパンにやられています。
「……くっ……始めから、俺をダシにするつもりだったのか!」
「貴方がどうしてもクーロイに来たがった理由は、何とかしてケイトお嬢様を連れ帰って、自分の下に置きたかったからでしょう?
旦那様とハリエット様もそうご認識でしたので、最終的に私が見極めて『そんな小人だったらこの案件に深く巻き込むに値しない、外せ』と言われていたのですよ。」
「後の政府との交渉がまだあるだろう!」
「権限はハリエット様……副社長に頂いていますので、以後の政府との本交渉は、私が担当します。
ライアン様は、明日の便でクセナキスへ帰って頂きます……ゆっくりとお休みになられてください。」
「!……。」
クレフは兄上の見極め役でもありましたか。
静かになったので、応接室はクレアさんに任せましょう。
クレフを会議室……休憩中だった事務局会議の場に連れて行きます。
「初めまして、クレフ・アンダーベルトと申します。
クセナキス星系・エインズフェロー工業から、今回3区のゴミ処理実験の交渉のため、クーロイに来ております。
弟のキャスパーがお世話になっておりますので、御挨拶にお伺いしました。」
「こちらこそ初めまして。『3区行方不明者家族の会』代表、ナタリー・エルナンです。キャスパーさんには、大変力になって頂いております。
こちらへいらっしゃったのは、御挨拶の為だけではないのでしょう?
どうぞ、お掛けになって。」
クレフの席をキャスパーの席の隣に用意して、彼を座らせます。
「エインズフェロー工業という事は、貴方は事務局長の実家からの使いなのかしら?」
「ええ、それで差支えありません。
本題に入る前に……ケイトお嬢様、この部屋の防諜は?」
「問題ないわ。」
この会議室は外に面していませんし、シェザンさんやカービーさんが盗聴対策に軍情報部仕込みの腕を発揮してくれています。
「それでは……これからの交渉で細部が変更になる可能性がありますが、今回のゴミ処理装置の再実験について、現段階の計画についてお話します。
ケイトお嬢様、3区の会のそれぞれに依頼事項がございますが、それは最後に説明させていただきます。」
そう言ってクレフは小型の3Dプロジェクターを取り出し、会議室内に投影する。3区のシャトル発着場からゴミ置き場一帯の立体図が映し出された。
「今回の試験計画では、自走式のゴミ分別処理装置と、再利用出来ないゴミから生成したペレットの射出装置を向こうに設置して、丸1日ゴミ処理させます。
前回同様、処理装置の中に不足している外殻修理剤と予備の銀配線等の補修材料を積み込んで行きますが、他にも2人の人間と、彼らの4週間分の水と食料を持ち込みます。」
「前回同様という事は、前回の床の穴の中に物資を送り込むの?」
「前回はコンテナを装置の傍に持って行きましたが、今回は逆に装置をコンテナの方に動かしますので、前回の床の穴は使えません。
そこで、ゴミを回収するコンテナの一つに細工をして欲しいのです。」
そう言ってクレフは手元の端末を操作し、プロジェクターの映像を動かす。
映し出された映像では、3区の立体図の中をトラックの様な形の処理装置が動き出し、装置の先端を伸はしてコンテナの扉にくっついていくようなイメージが映し出された。
空港で飛行機に乗る時、搭乗口が自走して飛行機の扉にくっついていくのによく似ている。
「恐らく発着場から近い所から処理していく事になるでしょう。
お嬢様への依頼の1つは、発着場から近い場所のコンテナのどれかに、床に穴を空けて荷物と人が入れるスペースを作ってもらうよう、向こうと調整してほしいのです。」
「それ位は多分出来ると思うわ。
それで、計画にはまだ続きがあるのでしょう?」
「はい。処理装置の中にも2人の人員を潜ませるので、彼らが荷物を穴の中に運びこんで彼ら自身も穴の中に潜み、再試験が終わるまでこのまま潜伏して貰います。」
プロジェクターの中でも、装置の中から管を通って2人の人間がコンテナに入り込み、穴の中に潜む図が映し出される。
「彼らは、試験が終了して装置や随行員、警備員達がシャトルで帰ってから、向こうの人達に補修材料を引き渡した後、3区の軌道エレベーターを降りて惑星表面の採掘場の調査に行きます。」
「たった2人で? 採掘場には何があるか分からないのに?」
採掘場の調査には大人数のチームが必要だろうと思っていたし、以前の打ち合わせでも、トム氏はそれが計画上のネックだと言っていました。
「ええ、それがこの計画のネックなのです。
軍側は本当は10人位送り込みたいと言っていたのですが、処理装置にそれだけの人数と食料を隠しておくスペースは作れません。2人が精一杯だったのです。
2人しか送り込めない以上……向こう側の手を借りないと、この計画は実行できません。」
「向こうの手……!」
まさかメグちゃんを手伝わせるつもり?
そう思った事をクレフは察したようですが、首を振って否定します。
「軌道エレベーターへは、通気ダクトを通る必要があります。
調査頂いた映像を確認しましたが、ダクトの中は結構狭いですから、体格の大きい大人は通るのが困難でしょう。
生存者達には、ダクトを通ってエレベーターまで行くまでのサポートはお願いするかもしれませんが、流石に採掘場の調査までは手を借りるつもりはありません。
借りたいのは、調査の映像にも映っていた蜘蛛型ロボットと……向こうでメイドをしているという、戦闘アンドロイドです。」
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