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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第7章

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7-01 体を鍛える日常

 手持ちの外殻修理剤を使って、管理エリア外部――宇宙船として切り離せる部分の外殻修理は、8割ほど終わらせている。

 修理剤はまだ多少残ってるけど、使い切るとこの後脱出するまでに何か……例えば、大きなデブリが衝突して穴が開いたりしたら困るから、トラブル対応用にわざと少し使わずに置いてある。

 船内の配線については、お姉さん達の差し入れと、3区の他の所から拝借した配線を使って、全て交換が済んでいる。

 

 つまり……日々の点検を除けば、差し迫ってやる事がないの。

 かといって、今すぐ脱出も出来ない。

システムに掛かっているロックもまだ解除できないし、パイロットも居ない。外殻修理もまだ終わってない。


 さあどうしようかと思ったら、ライト小父さんがこんな事を言い出した。


「メグ、それじゃあ体を鍛えよう。」


「へ?」


「……おいおいライト、なんだ藪から棒に。

 まさか、メグをお前みたいな筋肉馬鹿にするつもりか?」


 グンター小父さんもセイン小父さんも、呆れた顔でライト小父さんを見てる。


「いやいや、ちゃんとした理由があるんだって。

 ……メグ、この3区の重力指数は、いくつに設定されているか覚えているか?」


「んーと、確か0.89だっけ。

 0区や1区、2区も同じだって、ケイトお姉さんに聞いた記憶があるよ。」


 ちなみに重力指数は、昔人間がいた惑星、地球の重力を基準値1としているらしい。


「正解だ。

 じゃあ、その指数にしている理由は何だと思う?」


 考えたけど分からないので、首を横に振る。


「普通は星系から星系に渡る場合、互いの重力指数に差があると、そのまま惑星に降りると体調を崩してしまう。

 そこで星系を移動する時、宇宙船の中で徐々に行き先の重力指数にあわせたり、衛星軌道上の施設で惑星の重力指数と同じ指数の施設に入ったりして、体を重力に順応させてから惑星に降りるんだ。

 でもここクーロイ星系はコロニーしか無いし、順応施設を作る余裕も無い。幸い隣のハランドリ星系を経由しないとクーロイに来られないから、クーロイのコロニーの重力は、ハランドリ星系の居住惑星の重力指数に合わせているんだ。」


 なるほど。ハランドリ星系で順応しておけば、クーロイに来るときに支障が無い様にしてるんだね。


「でも、それが何故体を鍛える理由になるの?」


「これから宇宙船を修理して脱出した時、行った先の星系の重力指数がここと大きく違うとどうなると思う?

 指数が低いと、お腹が張って痛くなることもあるし、思った以上に体が動いてしまって思わぬ怪我をする。

 逆に指数が高いと、内臓が締め付けられてやっぱりお腹が痛くなるし、ちょっと動いただけで疲労が溜まる。」


 ……想像したけど、どんな感じになるんだか分からない。


「こういった症状は『重力酔い』って言われるんだが、体の内側の『体幹』って言われる筋肉、特に内臓周りを鍛えておけば、重力酔いの症状は大分軽くなるんだ。

 本当は外側の筋肉も鍛えるともっと良いんだが……まあ、一度体験すればわかるだろう。」



 そうして、私はライト小父さんに連れられて、重力トレーニングルームにやって来た。グンター小父さんとセイン小父さん、ニシュも一緒に来ている。

 私を部屋の中央に立たせ、ライト小父さんは部屋の入口にあるパネルを操作する。


「まあメグは船外活動もしているし、多少は順応性がある筈だが、気分が悪くなったらすぐに言うんだぞ。

 まずは重力指数の重いほうからな。それじゃあまずは……1.1だ。」


 んっ……ちょっと胃が下に引っ張られる感じがする。


「ちょっと胃が重いけど……これ位ならまだ大丈夫。」


「そうか。なら、ちょっとその場から歩いたり飛んだりしてみろ。」


 そう言われて、前に歩こうとしてみると……体が重い!

 飛ぼうとしても、思ったほど体が床から離れない。

 それに動くと余計に胃が重くて、気持ち悪くなってくる。


「元の重力指数が0.89だから、大体2割と少し体重が重くなる計算だ。

 メグはまだ動けない事は無いだろうが、結構きついだろ。

 後でもう少し指数を上げるから、一旦その場で休め。」


 その場で前屈みになって休んでいると、段々胃の気持ち悪さも落ち着いてきた。


「呼吸も落ち着いてきたし、そろそろ良さそうだな。

 それじゃあ本格的な重力酔いを体験するぞ。……重力指数、1.3だ。

 言っておくが、体を動かすのは止めた方がいい。」


 その途端、胃がグイっと下に引っ張られる感じがした。例えるなら、小さい穴に胃が吸い込まれていくような感じで……さっき食べたご飯が……は、吐きそうっ!

 思わず口を両手で押さえようとするも、腕が重くて手を口に持って行けない。

 動こうとすると全身の骨が軋む……痛い!


 ……と思ったら、胃がさっきのちょっと気持ち悪い状態に戻った。

 口を両手で押さえ、何とか吐くのをこらえる。


「1.1に一旦戻したぞ。

これが重力酔いだ。なかなかしんどいだろ……30秒かけて重力指数を徐々に元に戻すから、ソレは飲み込んで、横になって一旦休め。

 ニシュ、3人に水を持って来てやってくれ。」


 3人? ……ふと見ると、グンター小父さんもセイン小父さんも、涙目になって両手で口を押えてた。小父さん達も重力酔いになったのね。


 トレーニングルームの外に水を取りに行ったニシュが戻って来て、私達に水ボトルを渡す。

 重力が元に戻って来たから、水をゴクゴク飲んで胃から上がってきたものを元に戻して、床に大の字に寝転んで一休みする。

横になると、お腹の中がちょっと疲れてる感じが分かる。


「横になると、体の内側の筋肉が疲れているのが分かるだろう。

 一気に高い重力に上げた時に、内臓を元の場所にキープしようとして、体の内側の筋肉に負荷がかかるんだ。

 普段意識して使う筋肉じゃないから、変な疲労感がある筈だ。」


「うん……これは確かに、少し休まないと、動くのがしんどいね。

 どうしてライト小父さんは、平気なの?」


「そりゃあ、管理エリアに引っ越してから、この部屋を使って鍛えているからな。

 1.3ではまだ動けないが、1.2くらいまでなら、普通に動けるようになってきたぞ。」




 少し休んで、気分も落ち着いてきた。


「よーし、次は指数の軽くなる方を試すぞ。

 そうだなあ……まずは、指数0.75で行くか。」


 ライト小父さんがパネルを操作すると、ふっと体が軽くなる。

 ただちょっと胃が張ってくる……体の中に風船があって、膨らまされている感じがする。


「重力が減った分、多分胃が張ってくる筈だ。気分はどうだ?

 大丈夫だったらゆっくり歩いてみろ。いいか、ゆっくりだぞ。」


 小父さんがゆっくりを強調するので、そろりそろりと足を出して歩こうとすると……足を前に出した途端、体が前につんのめってコケそうになる。

 ニシュが支えてくれて倒れるのは免れた。

 横を見ると、グンター小父さんが普通に歩こうとして、バランスを崩して……あ、コケた。セイン小父さんは何とか踏ん張って転ばなかった。

 無重力の時の様に、ちょっとの力で勝手に飛んでいく感じでは無いけど……思った以上に体が動いてバランスが崩れる。


「今度は()()()()()()()だろう。

 重力指数が軽くなると体が軽くなって、軽い力で動けるようになる。

 普段通りの力で動こうとすると、思っているより動き過ぎることになるし、そうすると無理に動きを抑えようとして、また余計に力を使うんだ。」


「うん。なんか、宇宙服を着ないで船外活動するような、変な感じ。」


 飛んだり跳ねたりといった動きより、普段通り歩くのが大変。


「低重力については、どの程度の力でならイメージ通りに動けるか、実際に練習して慣れるしかない。

 ただし、これ以上軽くなると、重力が強い時とはまた違う『重力酔い』になる。今からそれを体験してもらうぞ……重力指数、0.5だ。」


 ライト小父さんがパネルを操作して、更に重力を軽くする。

 すると、さっきより更に胃が張る、というか上にあがって来る……肺が中から圧迫されて苦しい!


「ゲェッ!」


 セイン小父さんが溜まらずゲップをしたみたい。

 私はゲップを出すのは恥ずかしいから、なんとか口を押えて我慢している。


「重力が軽くなると、内臓も上にあがって肺を圧迫するんだ。なかなか苦しいはずだ。

 元の位置に内臓を戻そうとする力が入るし、そんな力が入ったままでは動くたびに余計な力が入るから、さっきみたいに体が動き過ぎる。

 重力指数を少しずつ下げて、徐々に慣れていくしか無いな。」


 そう言って、小父さんはパネルを操作する。

 段々、重力が元に戻っていくのを感じる。



 重力が戻って、気分の悪さが落ち着いてきたころに、ライト小父さんが提案してきた。


「さて、重力指数の違う環境に慣れる必要があるのは、理解できたと思う。

 まず重力を高くして、その中で筋トレをして負荷を掛ける事で、筋力を上げる。

 その後で重力を低くして、動き方や内臓の使い方に慣れていく。

 これを繰り返して、この部屋で体を鍛えて重力の違う環境に慣れていく方が良いと思う。

 文句はあるか?」


「……なるべく重力差の少ない脱出先を選ぶだけじゃダメなの?」


 重力差に対応できるための訓練はやったほうが良いのはわかるんだけど、ここまでの訓練をみんなやってるとは思えない。

 グンター小父さんやセイン小父さんも隣で伸びてるから、ここまでの訓練をしていないのは明らかだし。


「ここから脱出した後、どんな環境で生きていく事になるか分からんからな。

 俺達を受け入れてくれる脱出先が、ここと重力差が少ないとは限らん。

 どんな環境でも生きていける様に訓練しておけば、未来の苦労が一つ減るってもんだ。」


「……なるほど、わかったわライト小父さん。」


 確かにそうよね。準備出来るならしておいた方が良い。




 こうして、脱出用の宇宙船修理の時間は、重力訓練の時間に代わることになった。

 重い方は重力指数1.0、軽い方は0.8で訓練がスタートした。訓練の順番として、まず重い方の重力指数の環境下で筋力トレーニングをした後、後半は軽い方で動く練習をする、という形になっている。


 後からライト小父さんに聞いたけど、最初に1.3とか0.5の指数を体験したのは、酷い重力酔いを体験させるためだけ。

 ライト小父さんの立ち合い無しで訓練はするな、重力差を上げるのは小父さんが許可しないと駄目だ、と厳しく言われた。特に重力を重くする訓練では、下手をすると骨が折れるらしい。


 グンター小父さんは、最初はきつそうだったけど、割と早く重力訓練に慣れて行った。準軍属だったそうで、若い時にこの訓練を受けた経験があるんだって。

 セイン小父さんは軍属じゃなかったから、この訓練は初体験で結構きつそうだった。



 手紙でお姉さん達やお祖母様にこの訓練の事を書いたら、あまり無理しないでね、嫌だったら小父さん達に止める様言いなさい、って心配された。お姉さん達は小父さん達への手紙でライト小父さんに抗議したらしいんだけど、私も納得してやっているし、小父さんも必要だからと譲らなかったみたい。


 小父さんは逆に、肉類の差し入れを増やして貰う様にお姉さん達に頼んだらしく、ある時お姉さん達からの差し入れに大きな肉が入っていた。

 どうやって調理するのだろうと思ってたら、ライト小父さんが2㎝くらいの厚さに肉をカットし、下味をつけ、鉄板で焼いてくれた。ステーキって言うらしいこの料理は、手ごろな大きさに自分でカットして食べるらしい。醬油ベースのタレも小父さんが作ってくれた。


 外はこんがり、中は若干赤く残るそのステーキ肉を、一口大にカットして口に運ぶ……んんっ!

 中からジュワっと口の中に汁が広がるけど、これが美味しい!

 そのまま食べても美味しいけど、ライスと一緒に食べると、ライスが油の味を吸ってまたこれも美味しい。

 小父さん達はステーキと一緒に赤ワインを楽しんでる。飲みすぎには気を付けて欲しいけど、こんなに美味しいお肉と一緒に飲むとまた格別だな、って上機嫌だし、こんな美味しい差し入れを頼んでくれたから、ちょっとくらいは大目に見よう。

 お姉さん達、またこの肉を差し入れしてくれないかな?

いつもお読み頂きありがとうございます。


重力差のある環境にいるとどうなるかの描写は、想像で書いてます。

実際にそうなるかは分かりませんが、違和感を感じてもご容赦下さい。


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よろしくお願いいたします。

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