6-06 お祖母様の紡ぎ歌と、儀式について
久々のメグ視点です。
ケイトお姉さん達との手紙のやり取りでは、私からは日々の生活の様子を書き綴っています。
ケイトお姉さんからは、3区の採掘場の調査の為に軍が人を送り込んで来る時期を調整中な事、それから17年前のあの事故の被害者団体をお姉さん達が立ち上げて行方不明者の家族達を3区に連れて来るべく政府と交渉している事を知りました。
マルヴィラお姉さんからは、お姉さん達の日常の話や、毎回何かしらの新しいレシピが送られて来る。今度マルヴィラお姉さんのお母さんがクーロイに来るんだって。お母さんからの扱き――武術の訓練らしいんだけど、それが憂鬱だって書いてた。
あの大きくて格好良いマルヴィラさんがそんな風に言う、お姉さんのお母さんってどんな人だろう。
お姉さん達は小父さん達とも手紙のやり取りをしている。
小父さん達に見せてもらったけど、小父さん達はそれぞれから見た私の様子とか、あとはグンター小父さんとはケイトお姉さんと機械加工の話とか、ライト小父さんは主にマルヴィラお姉さんと何か取り留めも無い話、セイン小父さんはケイトお姉さんの好みをマルヴィラお姉さんから聞き出そうとしているみたい。
小父さん達はお酒のリクエストを挙げてたみたいで、お姉さん達も優しいから都度差し入れしてくれるんだけど、手紙では『飲み過ぎ・つまみの食べ過ぎでメグちゃんに心配かけない様に』ってお姉さん達から注意されてた。
ある時、ケイトお姉さんからの手紙の中に、一回り小さい水色の封筒が入っていた。
ケイトお姉さんからの手紙には、その封筒は『私のお母さんの事をよく知ってる人から預かった』って書いてある。その人は被害者団体の立ち上げの時にお金を出してくれて、団体の代表をしているんだって。
封筒の表書きには『まだ見ぬ孫へ』って書いてある。
封を開けて、封筒と同じ色の便箋を開く。
◇◇◇◇◇
まだ見ぬ孫、メリンダの娘、マーガレットへ
私は、ナタリー・カルソール――貴女のお母さんメリンダ・カルソールの、その母親になります。
商都で貴女の歌を耳にして、愛しいメリンダの小さい頃にそっくりな声や歌い方に、心が震えて、居ても立っても居られなくなってクーロイに来ました。
メリンダは既に病気で儚くなってしまったとエインズフェローさん――貴女が『ケイトお姉さん』と呼んでいる女性から先日聞きましたが、貴女の歌を聞いた時に、メリンダは既に亡くなっているのだと感じました。
メリンダは小さい頃から、歌がとっても好きな女の子でした。でも大きくなるに連れて、私みたいに歌手として歌で人を癒すのではなく、人を助け癒す仕事がしたいと看護を学び、看護学校を出た後は過酷な環境のクーロイ星系へと旅立ちました。
離れて暮らすことになって私は寂しい気持ちになりましたが、あの娘の目は本当にやりたい仕事が出来る事に活き活きとしていたので、自分の人生を歩き始めた彼女を快く送り出しました。
その後も何度かメリンダと手紙のやり取りをしました。手紙の度にメリンダはよく近況を教えてくれました。
当時のクーロイは今よりも過酷な環境だったこともあり、医療や介護の需要が大きく、直ぐに就職できたこと。
怪我の手当をした男性の患者さんに猛アタックされた事。
その男性と結局お付き合いを始めた事。
……そして、その男性との結婚を決めた事。
結婚の知らせに同封されていた写真には、旦那様になる人――ライノさんとの、幸せそうな2ショットが映っていました。
当時のクーロイは一般の市民の渡航が認められておらず、こちらから結婚式に行く事はできなかったけど、小さな式を挙げた後、新婚旅行ついでに報告に来てくれると知らせてくれて、私は嬉しかったのです。
その知らせを受け取った数日後――あの忌まわしい事故のニュースが流れてくるまでは。
直ぐに渡航申請を出し、渡航許可が下りたのでクーロイに行きました。メリンダの名前が3区の行方不明者リストにあった事で目の前が真っ暗になりました。
政府に3区への訪問申請を出しましたが、何度掛け合っても許可が下りませんでした。望みをかけて1区、2区でメリンダを探しましたが、見つかりませんでした。
月日が流れ、0区と自治政府が出来てから、クーロイ星系には来やすくなりましたが……3区へ行く許可は、何度申請しても出ませんでした。
ケイトさんの助けを借りて、漸く3区へ渡って貴女に会いに行き、貴女と3人の小父様達を助け出す準備が出来つつあります。
でもメリンダが亡くなってしまった今、もっと早く3区に来てメリンダや貴女達を助ける事が出来なかった、自分の力不足が悔やまれてなりません。
メリンダが遺してくれた貴女に一目会いたい。3区でメリンダや貴女がどう過ごしていたのか、貴女と一杯話したい。
そして……過酷な環境から抜け出して、貴女に安らかに過ごして欲しい。
そんな思いで、今、エインズフェローさん……貴女は、ケイトお姉さんって呼んでいるのでしたね。彼女達と準備をしています。
貴女と会える日を楽しみにしています。
3区を抜け出すまで、どうか小父様達共々、体には気をつけて。
貴女の祖母 ナタリー・カルソールより
<追伸>
同封したメモリカードは、最初に貴女の歌を聞いた日に、気持ちの溢れるままに――こう言えば、貴女には通じるでしょうか――作ったものです。
最初に貴女に聞いて欲しいと思ったので、同封します。
◇◇◇◇◇
お祖母様の話は、昔お母さんから色々聞いた。
『世界で一番尊敬できる人で、信頼する、大好きな人』って、お祖母様の事をお母さんは言ってた。
どんな人だろう、会ってみたいな、と思った事を覚えている。
追伸に書かれているメモリカードは、まだ封筒の中に残っていた。カードリーダーに入れてカードの中身を調べると、どうやら3Dデータみたい。
3Dプロジェクターにカードを差し込み、データを投影する。映し出されたのは、紺色のワンピースを着た、白髪の交じり始めた女の人。これがお祖母様……。
投影されたお祖母様は、しばらく体を揺らしながら、歌を歌い始めた――。
◆◆◆◆◆
ほんの小さなひとかけら ただそれだけを手掛かりに
幼い貴方は旅立った 遥か宇宙の果てへと
ほんの小さなひと紡ぎ 心の歌を餞に
老いた私は只祈る 遠く星の瞬きに
幾千の星を 過ぎ来たる 幸せの便り
杳々なる地は 透き通り 手は届かない
遠く遠く 姿は見えず 声は聞こえず
多くの星たちが 瞬いて消えた
ほんの些細なひとかけら 遥か遠くより辿り着く
幾年経った遠い記憶 あの背を思い出す
ほんの微かな一筋の 光が真っ直ぐに胸をうつ
仄かに灯る新たな炎 安息の地はまだ遠く
幾千の時を 乗り越えて 残された形見
誰も知らないまま そこにあれど 手は届かない
遠く近く 声は聞こえ 姿は微かに
私はその星に手を差し伸べる
◆◆◆◆◆
映し出されたお祖母様は涙を流しながら、身振り手振りを交えながら、同じ歌詞を何度も繰り返し歌っていた。
ループ再生されているわけではなく……やっぱりあの『儀式』なんだ。
私はそこに、お母さんの面影を確かに見た。
お母さんを快くクーロイへ送り出したこと、ずっと遠くから暖かく見守ってくれていたこと……そしてあの事故から、どんな思いで、何度もここへ足を運びお母さんを探そうとしてくれていたのだろうか。
そのお祖母様の思いが歌にのって……私の心が、体が。その思いに動かされる。
……お祖母様……お母さん……。
気づけば、頬になにかが触れたような感触があった。
大きな手が私の左肩にそっと置かれる。
ふと見ると、グンター小父さんが優しい目で私を見つめていた。セイン小父さんとライト小父さんも、その後ろで優しく微笑んでくれている。
有難う、小父さん達。お姉さん達……。
またお祖母様の映像に視線を戻し……5回歌が繰り返して映像が終わるまで、涙を流しながらお祖母様の姿を見ていた。
いつもケイトさんを出迎えていた会議室で、映像を流した後。
全員分のお茶を淹れ、飲みながら余韻に浸っている時。
「あの事故よりも大分前、メリンダ――メグのお母さんから聞いていたんだが、メグのお祖母さんが本当に、あのナタリー・エルナンだったとはねえ……。」
グンター小父さんがふと話し出す。
「お祖母様に会った事あるの?」
「ん? いや、会った事は無いが……俺がクーロイに来る前には、あの人は歌手として有名だったんだ。帝国中に放送される歌番組によく出演してたから、TVで俺も何度も見たことがある。
俺の覚えている姿からは大分歳を取っていたが、若い頃の面影は残っていたな。」
「ナタリー・エルナンっていえば、ラジオのアーカイブでも何曲か聞いたが、昔はもっとポップな歌を歌ってなかったか?」
「まあ、あんなメランコリックな歌を歌う感じの歌手じゃなかったな。」
ライト小父さんもセイン小父さんも知ってるみたいだから……お祖母様って、そんな有名な人だったんだ。
「さっきのお祖母様の歌は、この間の私の歌と同じなの。
これは、『自分の気持ちを整理して、次へ向かうための儀式』なのね。」
「ああやって歌う事が、次につながる儀式?」
セイン小父さんが聞いて来る。
「上手く言葉にできないかもしれないけど。
頭で考えても処理しきれないモヤモヤした思いって言うのかな。それを表に出して、はっきり感じるようにするための一連のステップがあるの。
そのステップを経て、そのモヤモヤした思いを意識して、そこから直接言葉を発したら、それが歌になるって感じかな。
それがお母さんやお祖母様のやる『儀式』ね。
……上手く説明できてないかも知れないけど。」
「それって、自分のモヤモヤした思いを言語化するってことか?
それにしては、前のメグの歌も歌詞は抽象的だったし、ケイトさんの話を聞いて漸く内容が理解できたくらいだぞ。」
……ああ、あの時歌を聞いた、ケイトお姉さんが号泣した時ね。
「儀式を通してできる歌って、言葉の意味が分かり易いとは限らないみたい。
でも、勿論歌を作った本人は感覚的にはっきりわかるし、特に似た思いを抱えていたり、あるいは経験済だったりする人には、感覚的に伝わりやすい……それが『共感』なんだって、確かお母さんが言っていたわ。」
「それじゃあ、あの歌を通してお祖母さんは何と?」
「手紙にはね、ラジオで流した私の歌が巡り巡って、お祖母様の所まで届いたらしいって事が書いてあったの。それを聞いてお祖母様は儀式をして、あの歌が出来たらしいの。
歌を聞いた限り……あの歌だけで、お母さんが既に亡くなっている事、それから私が3区で生きてる事を直感したみたい。で、私達を助け出そうって思ったみたい。」
「ああ、この間連絡があった『被害者団体』ってやつか。
あれにメグのお祖母さんも絡んでるんだ。」
「絡んでると言うか……そもそも団体を作ったのがお祖母様だって。
お祖母様からケイトお姉さんを誘って、協力して団体を運営して、私達を助けようとしているみたい。」
あ、そうだ。ケイトお姉さんからの連絡の事も話さなきゃ。
「そうそう、近々動きがあるってケイトお姉さんから連絡があったの。
前にさ、何か変な機械が3区に来たじゃない。私とニシュが床下から中に潜り込んで、宇宙船の外殻修理剤を受け取った時ね。
あれがもう一度こっちに来るんだって。
その時に、下を調べる人を送り込む計画があるみたいなの。」
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