5-07 紡ぎ歌は星々を渡る
今回は俯瞰視点です。
『ウィークリー・ホットビート100』の番組DJ、マリー・ケンジットとそのスタッフから出された、帝国内の他星系の音楽関係者達への問い合わせに対しては、マリーが思うような回答は得られなかった。問い合わせ先の誰もこの曲を知らなかったのだ。
むしろ、問い合わせた音楽関係者達から逆オファーを呼び込むことになってしまった。
『こっちのラジオでも流してみたいから、音源データを送ってくれ。』
『ダンス動画面白そうだ。音源と動画データを送って欲しい。』
『周りに聞いたが誰も聞いたことが無いって言ってた。案外、クーロイ星系のどこかに歌った奴が要るんじゃないか?
声が魅力的だ。こっちで流しても流行るかもしれん。流していいか?』
問い合わせをした関係者のほぼ全員から、向こうでも流したいから音源データを送ってくれとのオファーがあった。人口の少ないクーロイで異例のGood数を集め、曲名も歌手も不明なのに週間Top100の上位に食い込んだことで、話題性も高いと思われたらしい。
一体、ラウロ君はどこでこの曲を拾ったんだろう? 直接聞いてみたいけど、彼自身は小学生だから直接接触するのは問題だし、かと言ってあのお父さんは政府の役人らしいから手強そうね……。
マリーは追加の聞き込みを半ば諦めながら、黙々と音源データを各関係者への郵送手続きを進めていた。
辺境のクーロイ星系から流れて来た歌とダンス動画は、各星系で反響を呼び起こした。
若い年代には、アカペラの歌そのもののクオリティーの高さも然ることながら、寸劇の要素を含んだコンテンポラリーダンス動画の方が目を惹いた。女性が男性に手酷く振られ、そこから立ち直るまでの様子をダンスで表現する面白さ、そして踊っている女子高校生たちの技術の高さが話題を集めた。
歌そのもののクオリティーに目が向いたのは、音楽業界の業界関係者や、中高年層の年代の人々だった。
音楽業界の人々は、少しあどけない女性の声が持つ、感情を揺さぶる力強さや音域の広さ、真っ直ぐに伸びる声質に、久々の大物新人の登場を感じた。この歌手は一体どこの誰なのか、いち早く調べて契約しようと考える事務所関係者達が調査を始めたという噂が業界内に広まった。
歌手が不明のため、テレビでこの曲が流れるのは大抵の場合動画とセットであった。そちらの反響もテレビ局には寄せられたが、ラジオの方が反響が大きかった。
ラジオでこの曲を聴いた中高年層の年代の人達からは、この曲によって大きな失恋を経験した当時の心境を思い出すとか、亡くなった夫の事を思い出して泣けたと言った、別れとそこからの立ち直りを思い出す様なコメントが放送した局に寄せられる事が多かった。
そうして流れた先の星系でも大きな反響を巻き起こし、また違う星系へと歌と動画が拡散していった。
一方、一向に曲の情報が得られないマリー・ケンジットは、自身の知らない星系の音楽関係者から逆に問い合わせが殺到していた。音源データを送ってくれという問い合わせには対応しきれず、『○○○にデータを送ってあるから、そちらで聞いて欲しい』と、データを送った先の関係者へ丸投げ(もちろん、許可を取ったうえで)することにした。
ダンス動画をサイトにアップしたミレイとその仲間たちは、他星系への拡散による影響に驚いた。クーロイ星系のテレビ出演や、他星系からの番組出演依頼、芸能事務所の勧誘等、動画の拡散によって起きる諸々の大きすぎる影響に戸惑い、それぞれのメンバーが親や学校と協議する事になった。
この過程で、学校をサボっていたことが親にバレて大目玉を食らった一部メンバーがいた事は余談である。
ただ、この歌を誰が歌ったのか。曲名は何なのか。肝心のこの情報だけは、どこからも上がらず仕舞いだった。マリーがランキングに載せるために仮で付けた『星姫』という歌手名と『星の祈り』という仮の曲名だけが広まっていった。
ラウロとロイは、あの時AMラジオ電波で拾った曲がここまで拡散していくことにびっくりしていた。
怖くなって父親に相談した上でクローズドボードに書き込みをしてみたが、ボードの住人達は『もうここまで広まってしまったらどうしようもない』『AMラジオの件が広まっていないなら、3区の話にまで発展しないと思う』といった意見が大勢を占めていたので、心配するのを止めた。
「ラウロ、ここまで広まったら、逆に星姫ちゃんがテレビに出てきたりしてな。」
「うーん、まあ、そうなったらそうなったで、ちょっと楽しみではあるけどね。」
AMラジオの件を父親に話して気分が楽になったラウロの頭の中からは、すっかりAM3区のラジオの事は抜けていた。
水曜日の夕方、あの歌が流れる時間だけは変わらずAM3区のラジオを点けているが、それは『星姫ちゃんの新しい歌が出ないかなあ』という気持ちからである。
それ以外の時間はまた以前の様に、宇宙からの電波探しに戻っていた。
ダイダロス帝国の中心地、帝国の名を冠するダイダロス星系。
ここの第4惑星、同じく帝国の名を冠する居住可能な惑星ダイダロスに、帝国の首都機能がある。
人口の過密を避けるため、帝国の国政を司る帝都と、商業の中心地となる商都がこの惑星にはあり、帝都と商都の間は高速機や高速鉄道で結ばれている。
商都の郊外、高級住宅地にある自宅の一室で、ナタリー・カルソールは物思いに耽っていた。
ナタリーは若い時は割と人気があったが、齢60を越えた今、アルバム制作やコンサートは細々と行っている。テレビに出ることは今は余り無いものの、いまだ現役の歌手である。
物思いに耽るきっかけは、自宅のスタジオで教えている教室の生徒達が持ち込んだ、ある歌である。
ナタリーの教室では、本格的に歌手を目指す子や、現役の歌手に対してボイストレーニングを行っている。歌を持ち込んだ生徒は小学生の時から定期的にボイスレッスンを看ている、今年高校生に上がった女の子。他星系で流行ったダンス動画をナタリーに見せ、ここで使われている曲を知らないかと聞いてきたのだ。
「私もこんな風に歌えるようになりたいって思うんですけど……この綺麗な声の歌、昔聞かせて頂いた、先生の歌い方に似てるなって気がするんです。」
そう言って彼女が聞かせてくれた曲自体は聞いた事は無かったが、ナタリーはその歌声に引っ掛かる物を感じた。
これは……歌自体は知らないけど、この声どこかで……。
でも表面上はにこやかに、彼女に答えた。
「そうねえ、ミザリー。
私の知っている曲じゃないけど、私の若い時はこんな歌い方だったかしら?
貴女に教えるにしても、ちょっとこの歌をじっくり聞いてみたいわ。
データを送って貰えないかしら?」
ナタリーは、その女の子から曲データを送って貰った。
この子の声質にこの歌い方が合うかどうかは分からないけど、とにかく聞いてから、どう教えていくか考えましょう。その時はナタリーは単純にそう考えていた。
教室が終わった後、椅子に座ってヘッドフォンを掛け、その歌をじっくりと、繰り返し聞くことにした。幼い感じの残る女性の声による、アカペラの短いソロ曲。
だけど、この声……歌い方も……。
……まさか!?
ナタリーは、アルバムのレコーディングでよくお世話になっている音楽プロデューサーへ連絡を取った。
「お久しぶりです、ナタリーさん。
今日は、どうしましたか?」
「久しぶりね、ジェイク。ちょっと聞きたいことがあって。
最近ね、『星は光、星は闇』って出だしで始まる歌を聞いたんだけど、その歌の事は知っているかしら?」
「……ああ、あれですか。
知っていますけど、あれがどうしたんですか?」
「あれを歌っている歌手について、教えて欲しいの。」
「うーん、そうですねえ……。」
煮え切らないジェイクの返事に、ナタリーはどういう事か詳しく聞いてみることにした。
「あれって『星姫』って歌手の『星の祈り』って曲名で流れてきていますけど、あれを誰が歌っているのか、実はまだ分かってないんですよ。
歌手名は最初にあの曲を拾った子供が思いつきで付けた物だって話ですし、曲名にしてもFMラジオのDJが付けた仮のタイトルだって事は、業界関係者には知られています。」
拾ったってどういう事?
そう思ったナタリーはジェイクに訊き返したら、曲が出た経緯を教えてくれた。
「いやね、この曲は元々、辺境の星系で流行ったダンス動画のBGMだったんです。
ですがその曲の出元が分からずに、その星系のラジオDJが動画投稿者にインタビューして、掘り下げて行ったそうです。そして、ラジオ好きの小学生がどこからか拾った物らしいという所までは分かりました。
ただその子の親が、その子への直接インタビューを拒否しているらしくて、どこのラジオ電波からそれを拾ったかは、未だにわからないんですよ。」
まあ小学生なら、マスコミのインタビューを親が拒否するのは分からなくはないわね。
……ちょっと待って。辺境?
その単語に引っ掛かりを覚えたナタリーは、思い切って聞くことにした。
「ねえジェイク。
その歌の出所だっていう、辺境の星系って……どこなの?」
「確か、クーロイっていう星系です。
居住可能な星が無くて、採掘用の惑星の周りに3つだけコロニーがある、かなり人口の少ない辺鄙な場所です。確か10万人も居なかったんじゃないかな。」
クーロイ……ああ、クーロイ!
「そうなのね。教えてくれて有難う、ジェイク。
ひょっとしたら、後でもう一度連絡するかもしれないわ。」
「……そうか、クーロイといえば……わかった。何かあったら、また連絡をくれるかな。」
ジェイクとの通話を切ったナタリーは、それからスケジュール帳を開いて直近数週間のスケジュールを確認し、自身のマネージャーに連絡を入れた。
「もしもし、パット。
来週から3週間の、私の主なスケジュールを教えて頂戴。」
長く自身の芸能活動のサポートをしてくれているマネージャーのパットに、自身の直近の予定を確認する。来週は1本テレビ撮影の仕事があるが、その次週から4週間ほどは予定が入っていないと回答があった。
「それじゃあ急で悪いけど、再来週から2週間、何も予定を入れないで頂戴。
どうしても行かないといけない所が出来たの。
パットも一緒に来て欲しいけど……駄目?……ああ、それは仕方ないわね……ドーラなら大丈夫なのね?
じゃあ、ドーラの分も含めて、旅券と宿の手配をお願いしたいわ。
場所は……。」
マネージャーに予定を開けて貰い、旅券と宿の手配をお願いした後は、再来週から2週分のレッスン予定を確認し、受講者たちにキャンセルと謝罪の連絡を入れ続けた。
最後にジェイクに再度連絡し、再来週から2週間不在にすることを伝えた。
一通り連絡を入れた後で、ナタリーはプレイヤーからヘッドフォンを外し、音量を上げる。
部屋を満たすあの歌を、ソファーにもたれながら聞く。
ナタリーは双眸に涙を浮かべながら――
貴女なの……メリンダ……。
――自身の末娘の名を、そっと呟いた。
いつもお読み頂きありがとうございます。
章終わり恒例の人物紹介は明日UPします。
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