5-04 軌道エレベーターへの道
ゴミ捨て場から通じる会議室に、小父さん達と集まった。
いつもはシャトルの来る日に、ケイトお姉さんやマルヴィラお姉さん達と落ち合うためにここに集まる。
でも今日はシャトルも来ないし、もちろんお姉さん達もいない。
今日の話は、この間お姉さん達から託された荷物の事。
ゆっくり座って話が出来るのはこの部屋位だから、ここに集まった。
小父さん達宛の荷物は40㎝×40㎝×20㎝くらいの小さな箱が2つ。会議室に小父さん達はその箱を持ってきて、私の目の前で箱を開ける、
1つにはオクタより一回り小さい四輪走行の箱型機械と360度カメラ、アンテナの付いた箱型機械の充電台に、スティック型の箱型機械のコントローラーが入っていた。360度カメラは箱型機械の上に付けられるようになっている。
もう1つの箱には、丸みを帯びたパーツが4つ、メモリカードが赤黒の2枚、そして説明書と小父さん達宛のお手紙が入っていた。4つのパーツは、組み合わせると頭をすっぽり覆うヘルメットになる。
「手紙によると、ケイトさんの協力者達からの依頼で送られて来た物らしい。
依頼の内容はやはり、シャトル発着場の奥にある軌道エレベーターと、そこまでの道の安全確認をして欲しいという事だ。
詳しい事は赤のメモリカードにあるそうだ。」
そう言って、グンター小父さんは手紙を見せてくれた。今小父さんが言ってくれた内容が、手紙でみたケイトさんの綺麗な字で書かれている。
赤いメモリカードは、前にお姉さんが持って来てくれた立体プロジェクターに差して中身を確認して欲しいって書いてある。
書かれている通りにプロジェクターに赤いメモリカードを指す。すると自動でコロニーの図面が映しだされ、シャトル発着場あたりが拡大表示され、そして音声が流れだす。
『これから、協力者の方々から依頼された内容を説明します。』
あ、これケイトお姉さんの声だ。
『お願いしたい事は、シャトル発着場の奥にある軌道エレベーターまでの道の安全確認と、軌道エレベーターの制御室の確保です。
まずエレベーターまでの道については、こちらを見てください。』
プロジェクターで映し出された図面上で、シャトル発着場の奥にある扉が赤く点滅し、その奥に赤い線が伸びていく。
赤い線は途中で枝分かれし始め、何本もの道筋になって、最後エレベーターの手前で2本に収束し、それぞれ別の場所にあるエレベーターの搭乗口まで続いた。
エレベーターの搭乗口は、1つは青く大きく、1つは緑色に小さく光っている。
『青い搭乗口は資材用の大型エレベーター、緑の搭乗口は人員用の小型エレベーターの搭乗口です。
それぞれのエレベーターへ続く道を調べて、人が安全に通れそうなルートを探して欲しいのが1つ目の依頼です。
この依頼の為に探索用の機械を箱に同封しています。使い方は説明書に書いてありますが、恐らく練習が必要だと思います。充分に練習した上で探索をお願いします。』
それがこの箱型の機械と付属品なのか。
『黒いメモリカードは、依頼主に渡すデータを入れます。
先に安全なルートを確認してから、黒いメモリカードを箱型機械に差し込んで下さい。差し込んでから、発着場からそのルートを通ってエレベーターまで行く道筋を箱型機械に行かせると、映像が記録されます。
記録されましたら、そのメモリカードを私達への手紙に同封してください。』
箱型機械を確認すると、側面にメモリカードを挿入できる小さいスリットが付いている。安全なルートを確認してから、メモリカードを差してもう一度行って欲しいって事か。
『次に、制御室の確保についてです。
エレベーターの制御室は、大型エレベーターと小型エレベーター両方の搭乗口の間にあります。』
図面上で、2つのエレベーター搭乗口の近くの扉が黄色く点滅する。
『依頼の内容は、この扉を開けて制御室の中に入り、軌道エレベーターの制御コンピューターのスイッチをオンに出来るかを確認することです。
部屋の中に制御盤があって、分かり易い位置にスイッチが付いている筈だとのことです。箱型機械ではスイッチを操作できないので、ルートを確保してから、実際にそこまで行く必要があります。』
箱型機械で安全を確保してから、実際に制御室まで行かないといけないのか。
『この依頼の報酬として、追加の外殻修理剤を用意するとのことですが、他にも必要な物があれば要望を伝えて欲しいとのことです。
あと、箱型機械はご自由にお使い下さいとのことです。改造しても構わないし、あとで返す必要も無いそうです。
一方的にお願いするだけで申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。』
そこでケイトお姉さんの音声は途絶えた。
箱型機械の説明書を読むと、この機械はヘルメットを被った状態で、コントローラーを握って操作するみたい。
ヘルメットは頭がすっぽり入る形で、スイッチを入れると箱型機械の360度カメラで映される全周の映像がヘルメット内部に表示される。
スティック状のコントローラーは握って持つ形で、親指でホイールが1つだけついている。ホイールを前に回すと、顔の向いている方向の拡大画像が目の前に表示される。ホイールの回し具合で拡大の倍率が変わるらしい。
箱型機械の動かし方は、スティックを前に倒すと前進、後ろに倒すと後退。左右に倒すとそれぞれの方向に動く。体の向きを変えるとそれに合わせて箱型機械の向きも変わる。
「ケイトお姉さんの向こう側からの依頼内容は分かったけど、小父さん達はどうしようと思ってるの?」
「1つ目は受けていいと思ってる。ご丁寧にこんな箱型機械まで用意してくれているからな。2つ目は正直見てみないと分からん。
ただ報酬についてはちょっと考えたい。あまり安請け合いして、何でもやってくれると思われるのも癪だからな。」
私はグンター小父さんに頷く。
次は軌道エレベーターで下に降りて様子を確認してくれって言われても困るしね。
「後は機械の使い勝手次第かな。
実際に探索するまでに操作に慣れるのと、電波の届く範囲とか活動時間を見て、使い難かったら調整することにしよう。」
ヘルメットは十分な大きさがあるし、パーツの継ぎ目で調整も出来そうだから、4人とも使おうと思ったら使えると思う。
あともう一つだけ確認しよう。
「もし安全なルートが一つも無かったら、最悪の場合、外から行くって選択も有りなの?」
「……それだとカメラを設置した時より大変だ。できれば避けたい。」
ライト小父さんが首を振る。
カメラを設置した時も、ゴミ捨て場に改装されなかった住居エリア部分からエアロックで外に出た。カメラの設置場所までは結構距離があったけど、軌道エレベーターまで行くと距離が倍になりそうだからね。
あとは、誰がこの機械を操作するか。小父さん達は口を揃えて私にやって欲しいって言ってきた。どうも小父さん達の場合、ヘルメットに映る360度カメラ画像で酔ってしまうらしい。
私はヘルメットを被って、説明書通りに機械を動かしてみた。
最初はスティックを倒して動かす操作に戸惑ったけど、動かしている内に慣れてきて、会議室の椅子の脚をジグザグに抜けて行ったりして遊んでみた。
それだけ使えるなら問題ないだろうという事で、私が操縦することになった。
それからシャトルが来る日を除いて数日間、私はひたすら機械の操縦練習をした。
オクタと100m競走した時、全力で走らせたらオクタの半分以下のタイムで100mを走り切った。ただ静かに探索するっていう目的からすると、全力で走らせるとモーターの音が大きいのが問題ね。
一方のオクタはこの機械程は速く走れないけど、速く走ってもシャカシャカ音はうるさくないし、少々の段差も乗り越えられるから、場合によってはオクタに探索してもらうのも有りかもしれない。
後は充電台から300mくらい離れると、コントローラーの操作電波が届かなくなって操作不能になる事、90分くらいでバッテリーが切れそうになる事は気になった。
遊びで使うならともかく、探索用ならもう少し距離も稼働時間も欲しい。
ヘルメットの中に360度カメラの映像が映るけど、後ろを向くとヘルメットも動いてしまうので、後側に映ってる映像は結局見えないし、画像は私しか確認できない。
管理エリアの無重力トレーニング室には、360度プロジェクターがある。あそこに機械の360度カメラの映像データを繋げると皆で360度映像が見られて、小父さん達に後ろを確認してもらったりできる。でもそうするとシャトル発着場が遠すぎて、管理エリアから機械の操作ができない。
どうしようかって小父さん達に相談したら、充電台とヘルメットやコントローラーを遠く離しても操作できるように、操作電波の中継器を何台か作って管理エリアから操作できるように考えてくれるみたい。
練習や機械の改造をしている間に、次のシャトルが来る日になった。
小父さん達からは、1つ目の依頼は受けることにして、箱型機械操作の練習中だって事と、報酬については検討しているって事を手紙に書いたらしい。
私からは、ミソスープを作って食べたライト小父さんに泣いて喜ばれた事とか、ニシュのマナー教育――ケイトお姉さんに見て貰ってから、ニシュの教育が厳しくなった――の事、その他日常の取り留めも無い出来事を書いた。
お姉さん達からは前回の手紙の返事が来た。『メグちゃんが私達の事も、小父さん達と同じくらい受け入れてくれて有難う。私達にとっても、メグちゃんは大事な人よ』って書かれていたのには、目頭と胸が熱くなった。
あとはマルヴィラお姉さんからベーコンのガーリックバターソテーのレシピと、ベーコンや冷凍野菜、冷凍唐揚げなどが届いた。
小父さん達、特にライト小父さんは揚げたての唐揚げが食べたいと言ってる。でもマルヴィラお姉さん曰く、大量の油の扱いは危ないから、私には揚げ物作りはまだ駄目だって。小父さんには当分、冷凍唐揚げで我慢して貰おう。
そうして準備を重ねて、いよいよシャトル発着場の奥の探索を始める。
私はグンター小父さん・セイン小父さんと一緒に、管理エリアの無重力トレーニング室にいて、ヘルメットとコントローラーを準備している。
ライト小父さんとニシュには、探索用の機械と充電台、オクタを持ってシャトル発着場へ向かって貰っている。オクタは探索機械が動けなくなった場合の回収や、その他の補助作業のため。ニシュは何か予想外の事態が起きた時の対処の為だ。
『こちらライト。シャトルの発着場に着いた。
やっぱり、軌道エレベーター側の出口には監視カメラが付いてるみたいだな。』
ライト小父さんから無線で連絡が入った。
「それじゃあ、カメラの死角になるように、オクタを近づけてくれ。」
『了解。オクタ、あのカメラに映らない様に近づいてくれ。』
セイン小父さんが見てるモニターには、オクタの背中にあるカメラからの映像が映っている。オクタは壁を登って軌道エレベーター側に向かっているみたい。そうして軌道エレベーター側の出口上についている監視カメラの上にたどり着いた。監視カメラは下を向いているので、上からゆっくりと近づく。
「ああ、このタイプなら対処は簡単だ。」
セイン小父さんは呟いて、端末にオクタへの命令を入力する。
オクタはカメラから伸びて壁の中に入っている線の被膜を切り、被膜の中の線とオクタ内部の通信用の線を接続する。
それからセイン小父さんは端末を操作して、監視カメラに何か細工をしたみたい。
「ライト、監視カメラはこれから2時間の間は大丈夫だ。」
『了解。』
セイン小父さんに聞いたら、監視カメラの記録から何も映っていない5分間の映像を切り取って、それを2時間の間繰り返し記録するプログラムを監視カメラに仕込んだらしい。その間、カメラは何を捉えても記録には残らないってことみたい。
オクタのカメラ画像に、宇宙服を着たライト小父さんとニシュが来る様子が見える。小父さん達が近づくとオクタも壁を下りて小父さん達に近づいていく。
『充電台を置ける場所もあった。メグ、そろそろ準備してくれ。』
「了解。」
ライト小父さんの指示で、私はヘルメットのスイッチを入れ、コントローラを握った。トレーニング室の全周の壁に、探索機械についた360度カメラの映像が映った事を確認して、ヘルメットを被る。
ヘルメットの画像を見る限り、機械が置かれた位置は発着場の軌道エレベーター側出口を入ってすぐの壁際。視界の隅には赤いメモリカードにあった軌道エレベーターまでの道の図面データが表示されており、赤い点で現在位置が示されている。
「それじゃあ、行ってきます。」
『気をつけてな。』
モーターがあまり大きな音や振動を立てない様、ゆっくりと通路の奥へ機械を走らせていく。 通路は奥に行くほど暗くなっていき、カメラが自動的に暗視モードに切り替わった。
最初の分岐に差し掛かった。直進と左折する通路があったが、『迷路はどちらかの壁伝いに探索する方が良い』というライト小父さんの言いつけに従い、右壁伝いに進む。今回は直進だ。
しかし、直進した先の通路は天井が崩れて行き止まりになっていた。行き止まりの手前右側に扉があるが、この機械では入れない。
分岐まで引き返して左折する通路に入った。暫く進むと通路は右に折れ、その先は直線の通路が続いている。
通路の左側には窓が何か所も付いている。その中は仕切り壁の無い広いスペースになっているようで、そちらに出入りする扉も何か所かについている。装置の視界は低いからスペースの中までは確認できず、窓からは天井しか見えない。
右側にも所々に扉があるけど、こちらは扉のプレートに『用具庫』『事務所』『作業員詰め所』等と書いてある。
ただ、時折左側の窓から反対の壁に赤いレーザー光が走る。
「この広間に、通路を監視するカメラや警報装置なんかがあるんだろう。人が知らずに歩いてここを通ると、引っ掛かるかもしれんな。
この通路に誘導するためにさっきの行き止まりを作ったのかもな。」
グンター小父さんが呟く。
通路を進んだ先で、右折と直進の分岐に差し掛かった。右壁伝いに右折すると、その先で壁が崩れて通路を塞いでいるのが見える。ただ、今度は上の方は開いていて、頑張れば上まで登って通れない事は無い。
どうしようかと思っていたら、上を赤いレーザー光が通り過ぎた。
「後ろは窓になっているから、そこは行かない方がいいな。」
セイン小父さん、もうちょっと早く言ってよ。
戻って直進の通路を進むと、通路はまた右に折れている、
ここも左側の壁に窓があって、時々赤いレーザー光が折れた通路の奥まで走って行くけど、この装置が光に当たる位置じゃない。
右折進んでいくと先の方に十字路が見える。
視界の隅に見える図面を確認すると、最初の行き止まりだったところが真っ直ぐ進めたら、途中壁の崩れた所に繋がる分岐を経てここに来るみたい。だから右折はしなくてもいい。
直進か左折のどちらかだけど……。
「メグ、ストップだ。」
分かってる。私はスティックの傾きを戻してすぐに装置を止めた。
その十字路の真ん中に、小型の――とはいえこの探索機械よりはずっと大きい――四本脚ロボットが1台いるのが見えたからだ。
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