4-04 秘密の打ち合わせ(2)
しばらく沈黙が流れた後、トム氏が准将閣下に提案する。
「閣下。彼らを今強引に脱出させた所で、まだ材料が足りていません。彼らの要求を飲む代わりに、例の件の協力をお願いする方が良いのでは?」
「……やはり、そちらの線しか無いか。
こちらから人知れず3区に人を送る手段は今は無い。かといって民間人をあまり危険な目に遭わせたくは無いんだがな……。」
メグちゃんが危険な目に合うような事は、彼らは絶対に受けないでしょうね。
「危険についてはなるべく避ける方向で、段階的に協力をお願いしていくしかないでしょう。こちらから物資や人を送る手段も、私の方で検討します。」
「そうしてくれるか。
ケイト嬢、貴女にも当面彼らとの連絡役として協力頂きたい。」
「……彼らを助けて頂けるのであれば、私としても出来るだけ協力致します。」
承諾して礼をします。
「うむ。済まんが宜しく頼む。
……で、トム君。君の事だ、既に用意をしているんだろう?」
「そうですね。
その前に、ケイトさんに御協力頂きたい事があります。」
そう言ってトム氏は足元のアタッシェケースから、小型の立体プロジェクターを取り出し、トム氏と私の間の机の上に置きます。
プロジェクターを点けると、プロジェクターの上に映し出されたのは……これは、コロニーの立体図面でしょうか。
「これは、3区と同じ型のコロニーの略式立体図面です。細部までは書き込まれていませんが、たたき台としてはこれで十分だと思います。
ここから、今の3区の状態を反映させるのに、向こうに回収に行っておられるケイトさんのご協力を頂きたいと思います。」
そう言って、廃棄物コンテナが設置されるスペースの広さや、シャトル発着場の様子等を質問されます。それに私が答える度に、トム氏は空中に投影された図面に触れて直接直していきます。
「お伺いした内容で、今の3区の状態を大まかに反映させて頂きました。
それで依頼したい内容ですが……。」
トム氏は、投影された図面上のコロニーの外壁、ゴミコンテナ置場の中程にあたる所に、全周をカバーするように4か所マーキングする。
「コロニー外壁の、こちらのマーキング箇所に設置して頂きたいものがあります。それが……こちらとなります。」
そうしてトム氏がプロジェクターを操作して、画像を切り替えます。映し出されたのは、一辺50㎝くらいの立方体の上に、半径20㎝くらいの半球のドームが乗ったような物。
「これは一体?
それにこれは実物大なのでしょうか。これだけの大きさがあると、私が持ち込める大きさではないのですが……。」
「これは超望遠機能付きの360度カメラになります。光学ズームを使って望遠の倍率をかなり上げる必要がありましたので、このサイズになってしまいました。
持ちこみについては後程ご説明しますが、3区に持って行く所まではこちらで手配中です。こちらと一緒に軍用の外殻修理剤を持って行きますので、ケイトさんには、物資の引き渡しの手筈を向こうで整えて頂くのが依頼事項です。」
ただこれを引き渡せと言われても、まだ納得できない部分があります。これを使って何を撮影するのでしょう。
「ただこれを持って行って、取り付けてくれと言っても納得はしないでしょう。目的が分かれば、必要な調整を彼らに依頼することも出来ると思いますが、如何でしょうか。」
目的を話して欲しいと要求すると、2人の雰囲気が変わりました。
「……ケイト嬢、これを聞いてしまうと、君は後には引き返せなくなるぞ。君自身が危険な目に遭う可能性もある。それでも聞くかね?」
准将閣下が確認してきますが、ためらう事無く私は答えます。
「彼らに次の機会を悠長に待っている余裕はありません。
それを聞いて、私がもう少し踏み込んで貴方がたに協力すれば、より早く彼らの救助することに繋がるのであれば……お聞かせ頂きたく思います。」
そう答えると、トム氏はふうと息をついた後で話し始めます。
「そこまで仰るのでしたら、お話しましょう。」
それからトム氏が話してくれた事は、やはりカルロス侯爵がこの星系でリオライトの横流しをしているのでは無いか、と言う疑惑の調査で彼らが来ているという事でした。
「ただ、横流しとなれば、話はそれに留まらなくなります。
横流したリオライトはどこからどのように流れているのか。そこを管轄している組織はどこで、どのように金が流れているのか。そして、自治政府とクーロイ駐留軍はそれぞれどこまで関与しているのか。
侯爵の不正を押さえただけでは済みません。その横流しのルートと取引先の摘発、恐らく癒着しているであろう駐留軍の摘発と関係者の拘禁……対応すべき範囲は多岐に渡ります。」
横流しの線までは推測しましたが、かなりの範囲に渡って関与先を調べ、一網打尽にしなければならない事は、考えてみれば当然の話です。
「横流しについては、1区や2区の採掘場の線も否定していません。ただ1区や2区については既に内偵を進めているのですが、今の所目立った物は挙がっていません。
この3区の真下、廃棄されたとされる採掘場で行われていると仮定した場合、3区へゴミ捨てを行った帰りに横流し品を持って帰るか、このコロニーを経由せずに運んでいるかのどちらかですが、発覚する可能性を考えると後者の可能性が高いと睨んでいます。
そこで、このカメラの話に戻るのです。このカメラを使って、3区下の採掘場跡に出入りする船が居れば、それを撮影したいのです。そして、その船がどこから来て、どこへ行くかもね。」
出入りする船があれば、その飛んでくる、あるいは飛んでいく方向から、横流し先の拠点を突き止めたいのですね。
「カメラから記録を回収する依頼は、別途私宛に連絡が来ると考えてよいでしょうか。」
「この星系の駐留軍も信用できないので、通信で送るわけにもいきませんからね。ただ、偽の連絡が貴女に届いても見分けがつかないでしょう。
これから先、この件で貴女に連絡を取る際の符丁を後で決めましょう。
……差しあたっては、このカメラを3区へ持ち込む方法と、こちらが準備している引き渡しの手筈をご説明します。」
「……というのが、今回の持ち込みの手筈と、カメラ取付の注意事項になります。
ケイトさんにはこちらをお持ち頂いて、向こうの方々に説明頂ければと思います。」
トム氏は一通りの説明をそう締めくくり、卓上に置かれたプロジェクターと操作端末を示されました。
「以後の連絡等については、こちらから連絡員を送ります。こちらからの連絡員には必ずこのマークをどこかに身につけさせます。これが無い連絡員の言う事は無視してください。」
そう言って、トム氏はスーツのフラワーホールを指します。そこには、惑星の周りを大きな衛星が回っている様を模したラベルピンが刺さっています。図柄は単純なので覚えやすいです。
頷いて了解の意を示します。
「他に、何か質問はありますか?」
「今のところは、これで大丈夫だと思います。」
以後の連絡は連絡員を通してという事なので、結果連絡もその連絡員に伝えれば良いでしょう。
「それではトム君、ケイト嬢。
今日はこの辺りにしようか。ご足労頂いて感謝する。」
「またこちらからご連絡致しますので、よろしくお願いいたします。」
「ええ、御連絡をお待ちしております。」
二人の前を辞去し、またハルバートさんに連れられてロビーラウンジに戻ります。
マルヴィラの方を見ると、彼女がのんびりとケーキを食べているところが目に入ります……待ちくたびれたのでしょうが、VIPルームでの緊張感から帰ってきた私には、割と呑気に見えるその様子に少しイラっとしてしまいました。
「……お嬢様もお疲れでしょう。貴女も食べて帰れば宜しいかと。」
ハルバートさんはそう言いつつも、彼もちょっとマルヴィラに呆れた様子。
とは言え少々疲れたのもありますし、彼の申し出に乗っかって、一休みしてから帰りますか。
*****
(??? 視点)
「どう見た、准将。」
彼女が辞去し、エレベーターに乗った事を護衛達から報告を受けてから、隣のハーパーベルト准将に尋ねると、彼は私の言いたい事を理解し簡潔に答える。
「管理エリアに立ち入りしているのは想定外でしたが、宇宙船として使おうとしているのであれば、あのエリアは隈なく探索しているでしょう。
それで見つかっていないのであれば、あり得るのは、下か外か。外だとすれば厄介ですな。」
「可能性を潰していくしかあるまい。次に調べるのは下だな。例え今回の作戦で外の位置が判明した所で、今はまだ駐留軍を差し置いて手は出せん。
ただ本人は居なかったとしても、鍵はあるかも知れん。奥方と娘の話では忘れ物があるそうだからな。流石に17年も放置されていれば置物になっていよう。
それが本当に鍵なのかは、調べてみないと分からんがな。」
彼らを脱出させた後で回収する予定だったのだが。まあ良い。彼らを脱出させる前に回収する手立てを考えて、彼女に依頼すれば良いだろう。
「しかし、彼らを脱出させた後、改めて聞き取りをする必要があるでしょうが……こうも報告書と実態が異なると、やはり自治政府側も駐留軍側も、隠し事が色々ありそうですな。
彼女が聞いた内容が本当であれば、当時の事故報告書にあった、事故直後の救出活動で見つかった生存者、と言うのは……。」
「恐らく、何らかの伝手で天体衝突を事前に察知し、シャトルで脱出した者や……実際は3区に居なかった者をカウントしているのだろうな。」
例えば、政府側メンテナンスチームの3区責任者とかな。
「当時の3区のメンテナンス責任者でしたら、既に定年退職していると思いますが……締め上げる必要はありそうですな。それはこちらで手配しておきましょう。」
「よろしく頼む。」
今はまだ、その位しか調べる手立ては無いか……。
「しかし、皇族でもあられる中将殿が、私の部下の振りをして応対するなどと仰るとは……。」
「私など、皇族と言っても名ばかりだし、上からすれば使い勝手の良い駒に過ぎんよ。階級も事が終われば取り上げられる臨時の物だ。それに軍内部には私の手足になる信頼できる部下もほとんど居ない。
だから相手の事は自分の目で確かめなければならんのだよ。今回准将には無理を言った自覚はあるが、収穫はあった。」
「中将殿から見て、彼女は使えそうですかな。」
「彼女の心理的立ち位置は向こう側の代理人だな。我々がそこさえ見誤らなければ良い。
ハルバートの入れ知恵もあったと思うが、横流しの話に動じていなかったところを見ると、彼女なりに想定していたのだろう。ちゃんとリスクを考えて動ける相手だと見て良いだろうな。」
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