4-03 秘密の打ち合わせ(1)
今回と次回もケイト視点です。
ハルバートさんが戻ってきたのは、IDを預けてから1カ月半ほど経ってからでした。
今回はハルバートさんと一緒に同行してきた方が居るという事で、彼は今回の滞在では私達のオフィスには来られない事、その同行者交えて話がしたいので会いに来て欲しいとの事でした。
待ち合わせに指定されたのは、0区コロニーの宇宙港行きシャトル駅に隣接する、高級ホテルのロビーラウンジ。同行者がそれなりに高い地位にある方であることが伺えます。
マルヴィラと2人、ラウンジで頼んだ紅茶を飲みながら待っていると、ハルバートさんがやってきます。
ハルバートさんが私達の向かいに座り、給仕にコーヒーを注文します。給仕が彼のコーヒーと伝票を置いて去ってから、話を始めます。
「向こうの状況は、どうですか?」
「彼らは今の所、今まで通りです。
ただ今までずっと再生レーションパックで食べ繋いでいたため栄養状態は良くありません。冷凍食品と調味料、調理器具を少しずつ持ち込んで、徐々に改善を図っている所です。
ただ……。」
他に聞かれても困るので、声を落として続けます。
「向こうには娯楽が無かったので、管理エリアへの道が開けた時に、AMラジオ局を修理して過去の放送を流しています。
もちろん出力をかなり落として、こちらに届きにくい様に工夫はしているのですが……その電波をキャッチした人が、わずかながら居る様なのです。」
「3区に人が居る事が、漏れそうなのですか?」
ハルバートさんは、ちょっと苦い顔をしました。
「そのラジオ電波の話題に関するクローズドボードの中では、仮説という段階で止まっていて、公表しない方向で話が進んでいました。
あと……私の取引先の1人にはバレてしまいました。ただその方は、口外しない事と善意の協力を申し出ています。」
「……それならまだ良いでしょう。図らずも協力者が得られたのであれば、出来る事も増えてくるでしょうしね。」
ふう、と一息ついて彼はコーヒーを飲みます。
「お嬢様、貴女にはこれから”ある御方”に会って頂きます。
IDの調査結果についてはその御方から聞くことになるでしょう。
ただ……その御方が、この星系に来ていることは内密にしてください。色々とまずい事になります。」
「私は、どうすれば良いでしょうか。」
マルヴィラがハルバートさんに尋ねます。
「私やお嬢様と比べて、貴女は顔に出やすい。
……しばらく時間が掛かると思いますが、ここで待っていて頂けますか。
これを預けておきます。飲み足りなければ、ここに付けて置いてください。」
そう言って、ハルバートさんは……ホテルのルームキーをテーブルに置き、マルヴィラの方へ差し出します。
マルヴィラはちょっと蒼い顔をしながらも、何も言わずにカードを受け取ります。
「それではお嬢様、参りましょうか。」
ラウンジにマルヴィラを残し、ハルバートさんの先導でロビーラウンジを出ます。
客室行きエレベーターの方へ向かいますが……なぜかエレベーターを通り過ぎ、従業員出入口の方へ向かいます。そして彼は懐から別のカードキーを翳して従業員出入口を開け、その奥の従業員用エレベーターの横、扉にVIP用と書かれたエレベーターのパネルにカードを翳します。
扉を開き、彼とエレベーターに乗り込みます。
このエレベーターには、ロビー階と最上階ラウンジ行きのボタンはありますが、カードで行き先が指定されているのか、客室階への行き先ボタンも階数表示もありません。
行き先ボタンを押さないままエレベーターは上昇し、とある階で止まります。
扉が開くと、短い廊下の先に豪奢な扉が1つだけ。ハルバートさんに続いてエレベーターを降り、彼が扉をノックします。扉が少し開き、向こうからサングラスに黒スーツの男性が顔を出します。私達を確認すると男性は扉を大きく開けます。
開けた先は小部屋になっていて、正面奥の扉へ、男性は私達に入るよう促します。
ハルバートさんがその扉をノックし、「入れ」との声が掛かってから、彼は扉を開けて入って行きます。
私が続けて入ると、そこは応接室になっていました。奥には窓の代わりにスクリーンがあり、この惑星を中心の二重星が照らす様子が映し出されています。
部屋の四隅と扉の脇には、入り口の男性と同じ格好の男性がそれぞれいます。
そして……応接テーブルには2人座っています。
左の方はカーキ色の三つ揃えスーツに口髭をたくわえた、少し恰幅の良い年配男性。
右の方は、チャコールグレーのシングルスーツにライトグレーのネクタイを締め、眼鏡をかけた、怜悧な印象のある30歳代くらいの男性。
年配男性に促され、彼らの対面に着席します。年配男性の向かいにハルバートさんが、若い男性の向かいに私が座ります。そして、年配男性の方が話し始めます。
「初めまして、いきなりこんな物々しい場所にお呼びして申し訳ない。
我々の事を自己紹介させてもらうと、私はクロイツ・ハーバーベルトと言う。軍で准将などと言う大仰な階級を頂いているが、退役間近の閑職の椅子を温めていると思ってくれ。
隣は私の部下で、トム・ジョンと言う。」
紹介を受けた、私の正面に座る男性が一礼します。
クロイツ・ハーバーベルト准将……流石に准将の階級となれば、名前や階級はある程度公になるでしょうし、名前を偽ってはおられないでしょうが……こんな風にお忍びで来られる必要のある方が、閑職の筈がありません。
隣の男性――階級も教えられませんでしたし、トム・ジョンという名前は明らかに偽名でしょう――は、諜報とか内偵とか、そういう類の方かもしれません。となるとハーバーベルト准将閣下は、そういう諜報関係の統括責任者という事でしょうか?
随分と大物を引っ張り出してしまったであろう事に、内心驚きます。この一文は下のほうに同じものがあるので、削除してもいいのでは
「ケイト嬢の事はハルバート君から聞いているから、自己紹介は不要だよ。」
私の名前を知っているという事は、既に調査済なのでしょう。
随分と大物を引っ張り出してしまったであろう事に、内心驚きながらも一礼します。
「クセナキス星系のトッド侯爵と私は古い友人でね。君が持ち帰ってくれたIDを、内密に調べて欲しいと彼から依頼を受けたんだ。
それで確認してみると色々疑問が出てきたので、君に確認したかった。わかる範囲で答えて貰えると有難い。」
「ええ、了解致しました。私が分かる事であれば。」
やはり、実家の星系の領主様、トッド侯爵様経由で話が行ったのですね……であれば、どういう質問が来るか分かりませんが、了解する以外の答えは無さそうです。
准将閣下はトム氏に向かって頷きます。トム氏が口を開きます。
「まず、17年前の事故で亡くなられた方々のIDですが……こちらは、どこで見つけたと聞いていますか?」
「住居エリアや、商業エリアの避難シェルター内だそうです。
パニックを起こした住民達が、宇宙服を着ないままシェルターに駆け込んで……事故で隔壁が壊れる等で空気が漏れたシェルターの中で、大勢の方が亡くなっていたそうです。」
パニックという言葉にトム氏が反応します。
「事故前の避難指示の様子などは、聞いていますか?」
グンターさん達から聞いた事を思い出しながら答えます。
「政府の避難シェルターへの緊急避難指示が出たのは事故の6時間前。その頃には3区を退去しようと思っても、シャトルは既に止まっていたらしいのです。
ただ数日前から政府や軍の上層部が慌ただしく、事故の3日前から急に軍の航宙艦が3区に出入りしたり、あとはシャトルで急に3区から1区や2区に行く人が増えて、チケットが取れなくなったりした、とも聞きました。
結局その緊急避難指示が出るまでは、天体の接近や衝突に関して、何も発表は無かったそうです。」
「それは……随分、報告書と様子が異なりますね……。」
トム氏は何かを考え込んでいます。
しばらく彼は考えた後、次の質問をしてきます。
「次に、事故後の生存者の方々として預かったIDですが、確かに事故後、数か月以上後になっての死亡であることが確認されました。行方不明者名簿と照らし合わせると、彼らは自治政府のコロニー維持装置のメンテナンス担当チーム、あるいは彼らへ引継ぎを行っていた軍関係者であることも確認しました。
ただ、政府側のチームリーダーは当時偶々難を逃れ現在も存命ですが、軍側の引継責任者グレン・クレッグ中尉と、その副官リロイ・マックバーン准尉、彼らの上司にあたる3区コロニー管理責任者ダニエル・バートマン中佐といった方々については、行方不明となっています。
彼らについては、何か聞いていませんか?」
「伺った話で、正確ではないかも知れませんが……。
軍側の管理責任者の話は伺っていません。多分会った事も無いのでしょう。
引継リーダーと事務官の方は、事故の3日前になって急に担当を外れる事になって、それ以来見ていないそうです。外れた理由はわかりません。
ちなみに政府側のチームリーダーは引継ぎ期間中、一度も会った事がないそうです。」
「……こちらも、当時の報告書とは全く異なりますね……。」
准将閣下は、腕組みをして何かを考え込んでいます。
トム氏の方は、何やらメモを取っています。
「彼らが事故後の捜索で見つからず、救助されなかった理由については聞いていますか?」
「事故後、1カ月かけて無人機がコロニー周囲のデブリを回収していったそうですが。
コロニー内部の捜索や救助は……一度も無かった。そう聞いています。」
「ば、馬鹿な!?」
「一度も無い……俄かには信じられん。」
准将閣下もトム氏も、驚きを隠せないでいます。
「……これは、彼らの証言を直に聞く必要があるな。
何とかして彼らを3区から連れ出さなくては。」
准将閣下はそう呟きますが、私は首を振ります。
「……経緯が経緯です。彼らは政府も軍も信用していません。
単純に軍艦で乗り付けて救助に来たと言っても、彼らは絶対に応じないでしょう。」
「しかし、彼らには脱出する手段など無いでしょう。
彼らは一体どうしたいと言っているのですか?」
トム氏が反論します。
「……最近になって、コロニーの管理エリアに入る手段を見つけたと聞きました。ご存じかも知れませんが、あのコロニー自体も宇宙船としてやって来た上、管理エリア単体でも宇宙船になるらしいです。
ですから管理エリアを宇宙船として修理し、この星系を出て……安全な星系へ脱出したいそうです。」
准将閣下もトム氏も、口を半開きにして驚いています。
「そのために彼らが求めているのは……。
まずは修理のための、軍用の宇宙船外殻修理剤の提供。それから宇宙船を飛ばすための、航行コントロールのロック解除と航行技術の提供、推進触媒となるリオライトの提供。
そして最後に、クーロイ以外の星系での身柄の安全の確保。
彼らが求めているのは、以上の4点です。」
「……それは……なかなか、ハードルが高いな……。」
准将閣下は、腕組みをして目を閉じ考え込みます。
トム氏はトム氏で、こめかみを指で押さえ黙り込みます。
いつもお読み頂きありがとうございます。




