4-01 大人になろうとし始めた日常
『大人になりたい』宣言以降、アタシ……私の生活にも変化が起き始めた。
まずはマナー教育。
あの宣言の後でニシュに聞かれた。
「メグさんは、どんな大人になりたいですか?」
「アタシ、私は……ケイトお姉さんみたいに暖かくて、マルヴィラお姉さんみたいに恰好良い大人になりたい。」
「……すいません、質問が悪かったみたいです。
もう少し具体的に聞きましょう。
ケイトさんやマルヴィラさんの振る舞いを見て、メグさんはどちらを参考にしたいですか?」
ケイトお姉さんの座り方や、一つ一つの仕草は……綺麗だったな。
マルヴィラお姉さんはケイトお姉さん程ではなかった。
「ちょっと助け船を出しましょう。
ケイトさんは、社長令嬢ですし、ビジネスをしていらっしゃるだけあって、立居振舞がとてもお綺麗でいらっしゃいます。
マルヴィラさんは、会議室では大人しくされていらっしゃいます。ただ彼女は今まで、警察や護衛の仕事が多い様ですし、コンテナでお会いしていた時は威圧感を与える振る舞いをわざとされることがありました。」
そう言われると、ケイトさんの護衛をしている時のマルヴィラさんは、会議室の時よりサッと動いたりしてて恰好良かったな。
でも……。
「マルヴィラさんの様な事が出来るようになりたいとは思うけど、護衛に憧れてるわけじゃないし、体格的な向き不向きはあるかも知れない。
それよりは、普段はケイトお姉さんの綺麗な振る舞いが出来る様になりたいかな。ゴミ捨て場で会ってた時も、アタシは……私は、安心感があったし。」
「一人称は気が付いた時に徐々に直していきましょう。
やっと直す気になってくれたのは嬉しいです。
……ともかく、マナー教育はケイトさんの様な立居振舞ができるよう頑張りましょう。
時々、ケイトさんに見て貰ったり、意見を貰ったりするのも良いかも知れません。生きたお手本が居ると教育も進みそうです。」
マナー教育はケイトお姉さんを目標に頑張ることにした。
ニシュ曰く、私の立居振舞はまだまだ子供の振舞らしい。
これを直して、お姉さん達に『ちゃん』付けをされない様になるために頑張りましょうと言われて、確かにそうだなと思った。
後日、立居振舞の仕方をどうやって習ったかをお姉さん達に聞いてみた。
「私は……最初は母さんに教えて貰ったけど、直ぐに旦那様に止められたわ。だって私が出来なかったら拳骨が飛んできて、タンコブになっちゃったから。
それからは、ケイトの家に勤めるメイド頭から教えて貰ったの。」
マルヴィラお姉さんのお母さん……どんな人なの。
「私は、マナーの先生を呼んで教えて貰ったわ。叩かれる事は無かったけど、長い棒を持ってて、変な仕草をしたらその部分を棒で当てて指摘してくるの。」
ケイトお姉さんの方は、ニシュと変わらないかな?
そう思って、会議室でケイトお姉さんに振舞を見て貰ったら……私の認識が甘かった。
「こんな座り方で、良いかな?」
「うーんと……まず、背筋伸ばして、腰をもうちょっと引いて。そうね。
腿はもう少し、ちゃんと閉じた方が良いわね。ほら、こうやって。
それで踵はここ。つま先はこっちに向けてね。そうそう。
それから手はここね。あと、もう少し顎を引いて。うん、そう。
……うん、これで見た感じは良くなったかな。
それでニッコリ笑うの。んー、ちょっと固いわね?」
こ、これは結構、ニシュの時よりも、きつい……。
「成程、レベルを徐々に上げるのではなく、一気に高いレベルで指導しますか……。
確かにその方が早いかも知れませんね。」
ニシュ、こっそり普段の指導レベルを上げようとしてない?
「メグちゃんもマナー教育を頑張っているみたいですし……。
じゃあその体制のまま、30分は維持してみてね。(ニッコリ)
ただ黙って座っているだけだと訓練にならないから、話をしながらね?」
……口調が柔らかいだけで、ケイトお姉さんのマナー指導は厳しかった。
お姉さん達からは、私の食事に問題があるとか、体の成長に必要な栄養が足りてないとか言われた。
「でも、食べられるものと言ったら、廃棄ゴミから再生するレーションパックしかないよ?」
そう言ったら、次の取引にはお姉さん達はカセットガスコンロと、冷凍食材と調味料、片手鍋を持ってきた。何をするのかと思ったら、マルヴィラお姉さんが私に料理を教えてくれるらしい。
本当は新鮮な食材を調理する方が良いらしいけど、そんな物はここでは無理。だから、お姉さん達の持ってきた冷凍食材を使って、調理して食べるのを徐々にやっていきましょう、って提案された。
今回は、持ち込みの冷凍ミックスベジタブルと冷凍鶏肉を使った、コンソメスープだって。でも、ミックスベジタブルは小さく切ってあって食べやすいけど……。
「マルヴィラお姉さん、この冷凍鶏肉って大きいんだけど、解凍したら小さくなるの?」
「解凍しても大きさはそんなに……メグちゃんの口にはちょっと大きすぎるかな?
次はもう少し小さいカット肉を探さないといけないわね。取り敢えず、今回はこうしましょうか。」
(ペキッ)
「マルヴィラ……、素手で冷凍食材を割れるのは、クレアさんと貴女だけよ。」
カチカチの冷凍鶏肉を、素手で半分に割ってる……。
ケイトお姉さんもちょっと呆れた目で見てる。
教わったコンソメスープの作り方は、とっても簡単。
1.鍋に水を入れて食材を入れ、コンロで中くらいの火にかける。
2.鶏肉が完全に柔らかくなる前に固形コンソメを入れる。
3.鶏肉が柔らかくなったら、少々の塩と胡椒を加えて味を調える。
「塩と胡椒の加減は1回に一振りか二振りずつ。それを軽く混ぜてから、ちょっとスープを小皿にとってなめてみて。美味しいと思ったら、それで調整は終わりね。
そうやって少し足したら味を見ることで、調味料の加減を覚えていくのよ。」
「……ふーん、こんな味になるんだね。」
レーションパックしか食べてなかったから、こうやって、自分の食べる物を自分で調理するのってちょっと面白い。
「ところでケイト、メグちゃんの方ばっかり見てて大丈夫なの?
……鍋から、焦げ臭い匂いがするんだけど。」
「え? ……あ、きゃあ!」
何故か、私の横でケイトお姉さんが見よう見まねで同じ料理を作ろうとしてる。便乗して自分も料理を習うつもりみたい。
私と同じようにやってた筈なのに、何かの拍子に火を強くしちゃったみたい。しかも私の様子ばかり見てて気を取られたみたいで、気付いたら鍋の水はほぼ蒸発して、中身が焦げてしまっていた。
「ケイト……加工作業で電炉を使う時は火の具合をちゃんと確認するのに、どうして料理になると火加減を確認してないのかしらね。」
「うう……ちょっと目を離しただけのつもりなのに……。」
私の作った分は、小父さんお姉さん達と美味しく頂きました。これから時々作って、小父さん達と一緒に食べようと思う。
ちなみにケイトお姉さんの作った分は、再利用処理装置行きになった。
もう一つ変わった事と言えば、小父さん達の様子。
グンター小父さんとケイトお姉さんは、素材の加工方法について最近よく話をしてる。ケイトお姉さんによると、加工技術はグンター小父さんの方が上手で、話を聞くだけでも色々勉強になるんだって。
ライト小父さんは、マルヴィラお姉さんとスポーツやトレーニングの話で盛り上がってる事がある。
スカッシュで対戦してみたいって話になってるけど。今度会議室の横にスカッシュコートを作らないといけなくなるのかな?
セイン小父さんも、時々ケイトお姉さんと話をしてる。何の話をしてるかは知らないけど、邪魔しない方が良いってグンター小父さんに言われてる。
ただ、ケイトお姉さんと話している時のセイン小父さんの挙動が何か変なの。
オドオドしたり、どもったりなんて普段しないのに。
その様子を見ながら、グンター小父さんとマルヴィラお姉さんに相談すると、
「ああ、いや、うん。
あいつは、なんか病気してるわけでは……いや、病と言ってもいいのか……。
とにかく、あいつなら何でもない。」
「あら、グンターさんもそう見た?
ケイトはそう言う事には結構鈍いから、気付いてないと思うけど。」
グンター小父さんもマルヴィラお姉さんも、何を言ってるのかさっぱり分からない。
「病気なら、何か薬が要るんじゃないの?」
「いやいや、そういう話じゃないから。体の不調とかじゃないから心配すんな。セインは放っておいて大丈夫だから。」
「メグちゃんがあれを分かるとすれば、ここを脱出してからになるかしらね。治療が必要なものじゃないから、あのままで大丈夫よ。」
よく分からないけど、2人共が大丈夫って言うならそっとしておこう。
「そういうお前さんだって、ライトの事はどうなんだ?」
「向こうは多分そうだろうなって気はしてるけど。
今のところは、友達だと思ってるわ。」
やっぱり話が読めない。
後でケイトお姉さんにセイン小父さんの事を聞いてみる。
「セインさん? メグちゃんの事を心配して色々気を回していらっしゃるから、相談に乗ってるだけよ。」
後ろでマルヴィラお姉さんがヤレヤレってやってた。
ケイトお姉さんは鈍いって言ってたけど、何の事なんだろう。
言ってることが分からない私も鈍いって事?
いつもお読み頂きありがとうございます。




