3-08 紡ぎ歌は流れ始める
今回は俯瞰視点です。
2-07の続きになります。
当章の人物紹介アップデートと、同時投稿です。
ラウロとロイが偶然拾った、5分程度のAMラジオ放送の断片。
それを音声データに録音してアップしたチャットボードは、しばらく経って盛り上がりを見せた。
あの放送後、毎日決まった時間に、録音データと同じように5分ほど流れて電波が途絶えた。ラウロとロイは、学校帰りにラウロの家でその放送を聞くのが日課になった。
ボードの他の住人はすぐにはAMラジオ受信機を手に入れる事ができなかったらしく、アップするのはラウロが行った。
それがある日から、AM3区のラジオ放送は5分で切れず、10分、1時間、2時間経っても電波が切れなくなくなった。
その頃から、徐々にボードの住人の中にも、AMラジオ放送を受信できるメンバーが出始めたので、ラウロとロイはラジオ電波の検証をボード住人達に任せることにした。
何せ、ラウロとロイは小学生である。
そんなに長い時間検証はできないし、そんな技術も知識も無い。
ただ、そのチャットボードでの書き込みは気になっていたので、ラウロとロイは毎日そのボードをチェックし、時々発言もしていた。
数週間もすると、チャットボード上では、このAMラジオ放送は変だという話になっていた。
住人達が数人で交代して検証した結果、このAM3区ラジオは、7日分の放送が連続で流れた後、5分程の空きがあり、その後にまた7日分の放送が流れるようだ。
ただ奇妙な点が2つあった。
1つは、5分の切り替え時間の前後の放送が、連続性が無い事。
例えば、305年4月の第3週の放送が7日分流れた後、切り替え後は289年12月の第1週、その次は298年3月の第2週と続いている。
つまり、切り替えの前後での放送に関連性が全く無い。
もう1つは、その5分の切り替え時間。
切り替え時間はクーロイ星系標準時――惑星上と違ってコロニーから外が見えず、星の満ち欠けは関係ないため、0区~2区で共通の時間帯が用いられている――で言うと水曜日の午後5:30頃から5分間程。
その間、日によって全くの無音になったり、何かしら音楽が流れたりする。
しかも音楽がかかる場合も、前後に掛かる放送の時期には全く関係が無いらしい。
変だと言う話にはなったが、3区は廃棄されて久しいコロニーで、そこから発信されていることは考えにくい。だから、どこか別の星系か……あるいは、軍の関係者が趣味で流しているのではないか、と言うのが現在の住人間の認識らしい。
ラウロとロイは、その切り替え時間の事が気になった。
「ねえロイ、昔3区で放送された電波を受けた宇宙人が、気付いてほしくて流してる、って線は無いかな?」
「だったらさ、その切り替え時間にメッセージが隠れてるかもしれないな。
今度録音して調べてみないか?」
妄想のたくましい小学生であるラウロとロイは、次の切り替え時間の時に録音して確かめることにしてみた。時間的にも、水曜に学校から帰り、ラウロの家で宿題をやってからでも聞ける時間帯である。
次の水曜日、学校から帰ったラウロとロイは、ラウロの家で宿題を片付けてから受信機の前で釘付けになった。一応、想定される時間でタイマー録音をセット済である。
そして午後5:30頃、受信するAM3区ラジオは放送終了と電波一時停止のアナウンスが流れ……無音の時間が訪れる。タイマー録音は既にONになっている。
しかしこの日は、しばらくすると若い女声のアカペラの、神秘的な曲が流れだす。
『星は光 星は闇
照らされた 青い光 黒はより深く
星は命 星は死
赤い炎 皆を送る 遠い旅へと――――』
「綺麗な声だね。『星姫ちゃん』って感じ。」
「星姫ちゃんって、なんだそれ。」
「これってさ、星の世界しか知らない宇宙人の女の子が発信してるメッセージなのかなって思って。」
「確かに、なんとなくそんな感じもするな。」
携帯端末で例のチャットボードを開くと、同じ様にこのラジオを聞いている住人が何人かいる様だ。しかし誰の何という曲かは、誰もわからないらしい。
その神秘的な曲は、1番と2番が流れた後、しばらくして再度1番から流れ出し、2番の終わりで切り替え時間の終わりを迎えた。
そしてまたAM3区のラジオ放送が始まった所で、タイマー録音がOFFになった。
その頃には、ラジオで流れたその曲をアップしてほしいという書き込みがボードに流れ始めた。ラウロとロイは録音した音声データから、前後の不要な部分をカットする。
「ラウロ、これ、俺の端末に送ってくれよ。」
「オッケー。」
ラウロは編集済の録音データを自分とロイの携帯端末へ送った後、チャットボードに書き込みする。その時に、ラウロが聞いて感じたことも一緒に書き込む。
>> 今日の切り替え時間に流れた曲データ
>> → (こちら)
>>
>> 僕は勝手に『星姫ちゃん』って呼んでる。
>> 星の世界しか知らない宇宙人の女の子が発信してる?
>> 小学生の独り言。
最後の行は、偶に自分の書き込みが幼稚だと笑われることがあるので、自分の感じたことを書き込む時に付け加えるのがラウロの癖になっている。
アップが終わった途端、アップ有難うの書き込みが10件程ボードに流れた、
その後も2人は時々ボードを覗いてみたが、曲の歌手や曲名は出て来ずじまいだった。
翌日学校で授業が始まる前、ラウロとロイはイヤホンを使ってあの曲を聴いていると、クラスの女子が声を掛けてきた。
「ねえ、なに聴いてるの?」
と聞いてきたので、ラウロはイヤホンを片方貸してあげる。
しばらくその女子は曲に聞き入ったところで、
「綺麗な声ね。素敵……。いいじゃん、これ。
ラウロ君、このデータ頂戴ね。」
と言いながら、その女子はラウロの端末を勝手に操作し始め、ラウロがびっくりする間に、自分の端末に録音データを送信してしまう。
「ありがとね、ラウロ君。
ちなみにこれ、誰の何ていう曲?」
「知らないけど、ラウロは『星姫ちゃん』って呼んでるな。
曲名ってなんだっけ?」
「……曲名はわかんないな。」
勝手にデータを持っていく女子に、勝手に答えるロイ。
ラウロは戸惑ってしまって、わからないって答えるだけで精いっぱいだった。
その日の午後、授業が終わってからいつものチャットボードを覗いてみると、そこにはこんな書き込みがあった。
>> ボード管理人からのアナウンス:
>> 諸事情により、このボードは
>> 人数限定のクローズドボードに移行します。
>> 以後当ボードへの書き込みはできません。
>> 履歴はクローズドボードメンバーしか
>> 閲覧できなくなります。
>>
>> クローズドボードを閲覧したい場合は、
>> 下記リンクより管理人へ申請の上
>> パスコードとボードアドレスを
>> 入手してください。
>> → (こちら)
>>
>> なお、当ボードは移行が完了する
>> 4月26日 午後5時時点で
>> 完全に消去されます。
>> 上記日時以降、このボードは
>> 閲覧できなくなるのでご注意ください。
>>
>> 管理人
誰でも閲覧できるボードから、クローズドボード……限られた人だけが見れるボードへの移行の通知であった。
そして今のボードが4月26日……つまり今日の夕方に消去されるという通知に、ラウロとロイは驚いて顔を見合わせる。
「どうする、これ。」
「気になるから、クローズドボードも引き続き見ようぜ。
履歴も見れなくなるんじゃあ、しょうがないじゃん。」
ラウロはロイの意見に賛同し、それぞれリンクからクローズドボードの閲覧を申請する。
程無く来た返信に記載されたリンクとパスコードを使い、クローズドボードにアクセスする。ボード名は【例のラジオ放送と、切り替え時間の歌について】となっていた。
2人はボードを開く。
ボードの最初にある、管理人の書き込みにはこうあった。
>>1: 記載者 管理人
>>
>> 【最重要】
>> 前のオープンボードで議論された
>> AM3区ラジオの放送について
>> 重大な懸念があるため、人数限定の
>> クローズドボードに移行しました。
>> ここで議論される内容は、出来る限り
>> 外部に漏らしたり、オープンボードに
>> 転記したりしないでください。
「何か……大変な事になってるね。」
「秘密にしろって事だろ。一体何が起きてるんだ。」
2人は書き込みを読み進めていく。
きっかけは、ラウロが何気なく書き込んだあの歌に対する個人的な感想、『星の世界しか知らない宇宙人の女の子が発信してる?』の部分だった。
その書き込みが問題だった訳ではない。
しかし、それまで歌詞の内容に注意を払っていなかった住人たちが、その感想を念頭に歌詞の内容を吟味してみると、空恐ろしい仮説が出てきたのだ。
1番の歌詞のうち、『青い光』『赤い炎』『連星』……これらは、クーロイ星系の中心にある二重星、イーダースとリュンケウスを連想させる。
そして『氷が駆けていく』『遠い思い出』『奪い去る 手に戻らぬもの』は……昔、3区コロニーが廃棄される切っ掛けとなった、天体の衝突事故を連想させる。実は、衝突した天体は巨大な氷の塊だったらしい。
2番の歌詞はより抽象的な内容で、具体的に何かを連想させるものではなかったが……。
1番と2番を通して、惑星上での生活経験があれば出てきそうな単語が、何一つ出てこない事。これをラウロの感想と結び付けた住人たちが、一見突飛な仮説を立てたのだ。
実は、天体衝突の事故の生き残りが、今も3区に生きているのではないか。
この歌を歌ったのは、そこで事故後に産まれた女の子ではないか。
似たような他の仮設……事故で漂流した宇宙船が3区に流れ着いて救援を求めている説や、帝国軍が宇宙船から発信している説など、様々な仮説が挙げられたが、現実に照らし合わせるとどれもあり得ない、という結論になり、他の仮設は否定されていった。
この仮説自体、事故後17年経つ現在、3区で住人が生き残っている可能性は無いのではという話も出たが。住人の多くが『何故か一番しっくりくる』と感じた事が、この仮説が残った理由だった。
しかし公式には3区の住民は全滅したとされ、既に事故から17年以上経っている。しかも3区との通信は遮断されている。そんな今になってこの仮説を公表しても、現実的ではないとして一笑に付され、黙殺されるのが関の山だろう。
事実関係を確認しないと公表は危険だという結論になった。
そのため、このAM3区ラジオ電波の話だけではなく、問題となった歌についても、事実が明らかになるまで流出させない様にお願いしたい、という事になっていた。
あの曲については、歌手や曲名を調べる際に数人に流出した位だから、そこに口止めをしておけば大丈夫だろう、と言う話になっていたが……。
思わぬ展開に、ラウロとロイは蒼くなる。
「ロイ。今日データを持って行った女子にこの話する?」
「いや、止めた方が良いと思う。
そんな話をして、女子が黙ってられると思うか?
この間もさ、誰それと誰それが付き合ってるっていう内緒話が漏れて、『ここだけの話って言ったじゃん!』って女子の間で大騒ぎになってたぜ。」
「ああ、そうか……内緒話なんかしたら、かえって火が付きそうだね。
ほっとけば、その内忘れてくれるかな。」
「それが良いと思うぜ。」
いつもお読み頂きありがとうございます。




