3-07 心の奥底にあった望み
アタシが気を失ってから、目が覚めたのは、次の日の朝だった。
ここは……引っ越してから寝室にしてる、ニシュを見つけた部屋。
「目が覚めましたか。気分は如何ですか?」
ベッドの傍に椅子を置いて腰かけたニシュが、そう声をかけてきた。
「うん、大丈夫。色々スッキリした。
あの後ブリッジからここまで運んでくれたの?」
「ええ、メグさんがいきなり気を失ったものですから、
慌てて抱き留めて、ここで寝かせました。
かなり長い時間寝ていましたので、お腹が空いていませんか?」
「うん、お腹も空いてるけど、先にお湯が飲みたい。」
ニシュにお湯を用意して貰って、いつもより多めのお湯と、レーションパックをゆっくり飲み込む。
「あの、メグさん。
昨日のあの儀式、それからあの歌は……何だったのでしょう?」
食事を摂って落ち着いてから、ニシュがそう聞いてきた。
それに答えようとして……今じゃない、って感じた。
「あの儀式は、昔お母さんに教えて貰ったの。
詳しいことは、次にお姉さん達が来た時に、皆に話すね。
……小父さん達や、お姉さん達にも、聞いてもらいたいことがあるから。」
小父さん達にも、アタシはもう大丈夫だって伝えた。
心配され、無理しなくていいんだぞって声を掛けられたけど、本当に大丈夫だし、いつも通りの仕事に戻った。
そしてその2日後、シャトルがゴミを積んで来る日。
いつも通りお姉さん達が来たので、エアロック室を経由して会議室に案内する。
物々交換の取引を終えて、お姉さん達が持ってきてくれたスコーン――これもお姉さん達、主にマルヴィラお姉さんの手作りらしい――を食べながら、皆で雑談をした後で、アタシから話し始める。
「あの、お姉さん達も小父さん達も、ちょっといいかな。」
皆が雑談を止めて、アタシの方を見る。
「……小父さん達は、アタシがこの数日、集中があまりできずに作業が手に着かなかったのを知ってるよね。
それで一昨日作業を休んで、自分を見つめなおして……歌ができたの。
これは元々、聞かせるためのものじゃないし、拙いんだけど……みんなに聞いて欲しいなって思ったの。
聞いてもらっても、いいかな?」
「それはどんなものか、聞かせて欲しいな。」
「ええ、いいわ。」
皆が頷いてくれて、それぞれ席に座って聞く体勢になってくれる。
アタシは目を閉じて、深呼吸を繰り返し……心の感じるままに、あの儀式のときの歌を、紡ぎ始める。
「星は光 星は闇
照らされた 青い光 黒はより深く
星は命 星は死
赤い炎 皆を送る 遠い旅へと
氷が 駆けてゆく 遠い思い出
連星が 奪い去る 手に戻らぬもの
壊れた欠片を 拾い集めて
元に戻れと 祈りを編む――――」
今のアタシは、あの儀式の時と全く同じ心の状態には、ならないけど。
それでも歌を紡ぐことで、あの時の感情が蘇ってくる。
いつの間にか、目からは涙が流れているけど、心のままに歌を続けていく。
「星は幻 星は現身
手に触れる 香かを匂う 夢か真か
星は灯 星は道
暗闇を 抜けていく 微かな足跡
久しく 焦がれてた 暖かな夢
歩みを 遮るのは 自らの足
壊れた欠片は 鼓動を刻む
前へ進めと 望みを抱く――――」
あの時とは違って、一度歌を歌っただけで、アタシの口からはもう一度歌が紡がれる事は無く……静かに目を閉じ、深呼吸を幾度か繰り返して、再び目を開ける。
小父さん達も、お姉さん達も皆目に涙を浮かべているけど……ケイトお姉さんだけは、ボロボロ泣いている。
ケイトお姉さんはパチパチと拍手をし……つられて皆が拍手をしてくれる。
アタシは深く頭を下げた。
拍手が鳴りやんで、アタシが頭を上げると、ケイトさんが近寄って抱きしめてきた。
「ケイトお姉さん、どうしたの?」
「……しばらく、こうさせて。色々思い出してしまって。」
アタシにケイトさんが抱き着いている上から、マルヴィラさんも何も言わずアタシとケイトさんを2人とも抱いてきた。
「メグちゃん……私もね、小さい時にお母様を亡くしたの。
さっきの歌を聞いて、その時の事を思い出してしまって……。
だから、メグちゃんのその時の気持ちが、分かるような気がするの。」
ケイトさんとの会話から、ケイトさんのお母さんの話が出てこないなって思ってたけど、そういう事だったのね。
「ケイトお姉さんはその時、どんなだったの?」
「お母様が亡くなったのは、私が6歳の時。
家族で何日か喪に服してから、御父様も、私と歳の離れたお兄様お姉様たちも、みんな日常に……仕事や学校に、戻っていった。
でもそれが私には、家族みんながお母様の事を無かった事にしたみたいに思えて、家族に当たり散らして、塞ぎ込んで、殻に閉じこもってしまったの。」
そうなってしまったケイトお姉さんの当時の気持ちは、よく分かる。
「お母様は私を産んだ後、体を弱らせてしまって。ずっとベッドの住人だったの。私は立ち直った後で分かったんだけど、家族のみんなは、私よりだいぶ歳が上だったから、理解していて……いつかこういう日が来るって覚悟していたの。
でも幼かった私は、そんな事を聞かされても居なかったから……。」
……家族みんなに気を遣われて、まだ早いって内緒にされてたんだ。
「お姉さんは、どうやって立ち直ったの?」
「兄姉の中で一番上の、クローディアお姉様……私より17歳上なのだけど、その時既に結婚していて、お母様が亡くなる少し前に産んだ姪っ子を連れて、頻繁に見舞いに来てくれたの。
姪っ子はその時まだ赤ちゃんでね。来る度に笑顔に癒されたり、逆に散々世話を焼かされたりしている内に、後ろばっかり見ている余裕が無くなってきてね。
後、マルヴィラや、彼女のお母さんのクレアさんが、私がお母様を思い出して落ち込んだ時に、慰めたり発破を掛けたりしてくれたわ。」
ケイトさんは静かに涙を流しながら、思い出を話してくれた。マルヴィラさんもそれを思い出しているのか、時々頷きながら、アタシ達を優しく抱きしめてくれる。
こうして優しく抱きしめて、見守ってくれている人達が居るからこそ……アタシも甘えたままでは無くて、前に進まなきゃ、いけない。
「……お父さん、お母さん、他に事故を生き残った小父さん小母さん達が、病気で亡くなったのは、5年ほど前。
その直前に、自分と向き合って前を進む方法って言うのを、お父さんに手伝って貰いながら、お母さんに教わったの。でも……お母さんたちが亡くなった直後は、お母さんを思い出してしまうから……怖くて、出来なかった。
みんなが亡くなる前、皆に可愛がってもらってたあの日々に戻りたいって……ずっと、過去にしがみついて……心が止まってたの。
折角お母さんに教えて貰ったことを、今まで使わずに、ずるずると来てしまった。
この間、アタシの歳を聞いてマルヴィラさんが驚いてたよね。多分、実際の歳とアタシの振る舞いの差に驚いてたと思うんだけど。」
「……メグちゃんの身長の事だけじゃなくて、言葉とか振る舞いとか見てて、10歳くらいだろうって思ってたの。
ひょっとして、怒った?」
おずおずとマルヴィラお姉さんが聞いて来るけど、アタシは首を振る。
「ううん。
実際、表向きは小父さん達に明るく振る舞ってたけど、アタシの心は5年前から……心がその時から、動いてなかった。
小父さん達がお姉さん達の矢面にアタシに1人で立たせたのも、いつまでも幼いままじゃダメだって言いたかったのも、分かってた。でもアタシは……動けなかった。
それが、この間お姉さん達が、アタシの中で隠れてた思いに気付いてくれて……同時に、他にもアタシが自分で隠してたというか、目を背けてた思いに気付かされたの。
その思いが言葉にできずに、すぐ蓋をしちゃったんだけど…一度気付いちゃったら止められなくて。
それで、お母さんの教えてくれた事を思い出して……やってみようって思い立って。それで出来たのが、さっきの歌。
皆に聞いて欲しかったのは、さっきの歌そのものより……アタシの、一番奥にあった思い。
それは……。」
皆、黙ってアタシの…私の、言葉を待っている。
今はっきり感じられる、奥底にある思いを口に出す。
「私は……、もっと、大人になりたい。」
言葉に出すと同時に、私の目から涙がまた溢れ出す。
ケイトお姉さんとマルヴィラお姉さんの抱きしめる力が、強くなる。
「やっと、自分の本当の気持ちが言えたのね。やっと……。」
「よく言ったな、メグ。」
「偉いぞ。」
小父さん達も皆、アタシの肩を叩いたり、頭を撫でたりしてくれる。
「小父さん、お姉さん……アタシ、私……大人に、なれるかなあ……。」
「ああ、なれるさ。」
「大丈夫だ。」
「無理して頑張らなくてもいいの。その気持ちがあれば、必ずなれるわ。」
皆の温かい言葉が、抱き締める腕が、撫でてくれる手が、とても嬉しい……。
皆に抱き着いて、一杯泣いて……落ち着いてから、セイン小父さんの方を向く。
「そうだ、セイン小父さん。
時々で良いから、これ……ラジオで掛けてくれない?」
そう言って、メモリカードを小父さんに渡す。
「この間休んだ時に、さっきの歌を歌ったデータなの。」
あの『儀式』の時に歌った歌を、ニシュのメモリから抜き出した音声データ。
「決意を、忘れたくなくて……もし忘れてしまっても、歌を聞けば、思い出すと思うから。」
「7日分の切り替えの時間帯に掛ける事になるけど、それでいい?」
「毎日聞きたいとかじゃないから、それで充分だよ。」
ラジオを掛けながら、時々ふっとその歌が流れて……歌を歌った時に心の中にあった思いを思い出せれば、それでいい。
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